夜の密談
俺達は旅を続け、クーバルのいる猟師小屋へと近づく。小屋は森の中にあるのだが、カラッとした水気の少ない場所で、落ち葉を踏む音がずいぶんと響く。
「この先にあるみたいだけど……あった」
先導するマーシャが指を差す。その先には小綺麗な小屋が一つ。
「事前に告知もなく来たし、もし家にいたら戸惑うかもしれないけど……」
と、マーシャは前置きをしたのだが、正直そこまで懸念する必要はなさそうだった。理由としては明瞭で、明らかに留守にしていることがわかったためだ。
小屋の周辺には落ち葉がずいぶんと落ちている。なおかつ傍らには井戸もあるのだが、裏返しになっている桶に落ち葉が積もっていた。
「ずいぶんと長い間戻っていないみたいだな……どうする?」
「一応、家の中を確認してみよう」
俺の問い掛けにマーシャはそう返答し、小屋へ近づく。鍵は掛かっていないようで、あっさりと開いた。
中は……ずいぶんと綺麗な整理されており、それはまるで長期外出するために身辺を整理した、と捉えることができる。
「……やっぱり魔王ヴィルデアルの所へ行ったのか?」
俺はそう呟きながら机を注視。そこに書き置きがあった。
確認してみるとそれは猟師小屋を訪れた人間に宛てたもの。内容は「長期間小屋を離れるため仕事はできない。また戻ってくるのでそれまでは小屋などは自由に使ってもらって構わない」といった感じだ。
「……戻ってくる、というのが引っ掛かるな」
俺の発言にマーシャは「そうね」と同意する。
「陛下の所へはせ参じているのなら、ここへは戻ってこないという書き方をしてもおかしくないのだけれど」
「……文面から推測すると」
と、メリスは口を開く。
「陛下の所へ迷わず行ったという雰囲気ではないかな……マーシャの話を聞いていたのだとしたら、本物の陛下なのかを確認すべく、北部へ向かったと解釈はできる」
「そうかもしれないな……この目で確かめて、マーシャに話をするつもりだったのかもしれない」
「そうだとしたら、事前に相談すると思うんだけどなあ……信用ないのかな」
困惑した表情のマーシャ。これに対し、別の意見を述べたのはチェルシーだった。
「少し見解が違うねえ。あたしはクーバルの独断ではなく、別に同胞がいたんじゃないかと思うよ」
「別に? つまりその同胞に誘われたということ?」
「そういうことさ……マーシャに相談しようとクーバルは提案したかもしれないが、それを押し切って無理矢理連れて行ったか。そういう強引さを見せる同胞だっていただろ?」
ああ、俺にも顔が思い浮かぶ……もしそういう想定だとしたら、マーシャに連絡していないことも、留守にしていることも一応説明がつく。
「……マーシャ」
俺は一つ質問を行う。
「現状、マーシャが知る限りクーバル以外でヴィルデアルの配下だった者が、移動したとかいう報告はあるか?」
「……旅をしながら連絡をとっているけど、現状ではクーバルだけだけど」
「ということは、彼を連れて行ったのはメリスやチェルシーのように、流れ者をやっている同胞ってことだな。さすがにそういう存在と連絡はとれていないだろ?」
「そうね……」
「連れて行った存在に思いつく魔族はいるのか?」
問い掛けにメリス達は唸り始める。俺も頭の中で候補を思い浮かべてみるが……うん、たくさんいるな。
「特定は無理だろうねえ」
と、チェルシーが肩をすくめながら語った。
「候補はいくらでもいるからね……ともあれ、あたしの話はあくまで推測だけど、そういう場合だと面倒なことになるかもしれないねえ」
「正直、魔王が現われた時点で面倒極まりないし、一つや二つそういう事柄が増えても驚きはしないけどな……」
ともあれ順調に偽物の下へ近づいているのは確かか。これは止めようがないし、早期に北部へ向かわないといけないな。
「……ここに用はなくなってしまったし、先へ進もうか」
俺の言葉に全員が頷き……旅を再開することとなった。
そこからは幸いにして国側の干渉もなく、順調に進んでいく。そして首都へ近づけば近づくほどに、住民達の雰囲気が暗いものになっていく。
首都近郊ではどうなっているのか……ちなみにギルドで得られた情報によると、まだ小競り合い程度で魔王軍は動き出していないらしい。これは幸いで、もし俺の配下が偽物の下にいるとしても、まだ間に合うかもしれない。
で、首都へ近づこうとしている際、俺はとある存在を目に留めた。そこで――
「陛下、どうなされたんですか?」
後方を歩くマーシャが問い掛けてくる。俺達は適当な理由を付けて宿を離れ、郊外に出ようとしている。首都まで残り数日といったくらいで、住民達は夜に魔物の襲撃を恐れてか、家に閉じこもっている。
月夜の中を歩き続け、やがて辿り着いた場所……町外れの森で、人目につかないような場所だ。
「ここは……?」
「ちょっと前の町で、ここに来るよう指定されたんだよ」
「え、誰にですか?」
「それは――」
「やあ、よく来てくれた」
俺にとって聞き慣れた声。視線を転じると、そこには神族の主神――ノルバの姿があった。
「……部下に話をさせると思っていたんだが」
そこで声を出す。俺は神族の使者が来ると聞いただけだったのだが……、
「さすがに作戦の主格を担うものだ。部下に任せてばかりではいられないよ」
その言葉で――マーシャは察したようで、
「あの、もしかして……」
「ああ、そうだ。神族の――主神だ」
「あなたのことは伺っている。初めまして」
ニッコリと微笑を浮かべるノルバに対し、マーシャはカチンコチンになる。まあ神族の主神なんて存在が目の前にいるのだ。
「……俺はここに、作戦概要の説明をするって聞かされて来たんだが」
話を進める。驚いたが、ここでノルバと会えたのは収穫だな。
「ああ、それについて今から説明させてもらうよ。ただ、この国はずいぶんと入り組んでいる……というより、魔王側の手勢が国側に潜り込んでいるようだ。よって、作戦は慎重に行わなければならない」
やっぱりそうか……心底面倒だなと内心思いつつも、俺はノルバの言葉を待つことにした。




