観察する魔族
向こうがどういう形で監視しているのか不明だが、俺が動き出したことはたぶん察知しているはず。その反応を含め、色々と探らせてもらうとしよう……そんな風に思いながら俺は森の中を駆け抜ける。程なくして到着した山の麓。ふむ、ここまで近くに来るとわかるな。明らかに自然とは異なる魔力がある。
普通ならば魔力を感じられないよう気配は殺すはずなのだが……どういう意図があってなのか気になるが……やがて山肌へ到達すると、相手はこちらを向いた。顔立ちは黒髪の男性。
「お、気付いたか。さすがだな」
格好は人間のそれ。戦士風で鉄鎧に身を包んだ傭兵といったところではあるが、滲み出る気配は明らかに魔族のそれだ。
「誘っていたのか?」
「ちょっとばかり試してみたんだよ。この距離で気付けるのかどうか……陛下の考えが正解なのかどうかを、な」
「……偵察なら、わざわざこんなことをする必要もないと思うが」
「そうだな。これは俺の独断だ……まあなんというか、俺もそろそろ武功を上げたいと思ってなあ。骨のある相手なのは間違いないし、食い甲斐がある」
なるほど、本来は偵察任務をやれと命令されていたが、俺を見て戦いたくなった。で、その功績を持って帰ろうと思ったわけか。功を焦った結果なのだが、こっちとしては情報が多少なりとも得られるのでありがたい。
「その様子だと、俺の顔は知っているのか?」
「そりゃあまあ」
「情報源はギルドだな?」
魔族はニヤリとなる。図星ってことか。
「ふむ、魔族同士のコミュニティではなく、自前で用意した偵察部隊や人間と接触を図る部隊がいるってことか」
「陛下の力は絶対だ。対等な関係を結ぶなどあり得ない」
魔族は力強く語る……うーん、その様子から考えて信奉しているのは間違いないな。
魔王同士が手を組むといったこともまったくなさそうな雰囲気。全て自前で戦力を用意できる以上は脅威に違いないが、少なくとも目の前の魔族が発する情報を考慮すれば、例えばヴィルデアルを狙って他の魔王や魔族が動く可能性は低そうだな。
「なるほど……で、俺のことを知っているというのは、当然俺が魔王ヴィルデアルを破った勇者の息子であることは理解できているはずだな?」
「無論だ。だからこそ貴様の首には相当な価値がある」
ふむ、自信満々だな。偵察任務ということもあり、自分の手で対処できると考え、俺に気配を向けたってわけか。
なるほど、状況は理解できた……そしてもう一つばかり質問をする。
「魔王ヴィルデアル……俺の父が滅ぼしたはずだ。けれど復活した……本物か?」
「ははははは!」
哄笑。俺のことを嘲っている。
「まさか息子が疑うとは……まあいい、あの御方は紛れもなく本物だ。それだけの力を有し、今度こそ大陸を蹂躙せんと動き出したまで」
……俺自身、あんまり活動していなかったので実力とかほぼ見せたことはなかったのだが、これはヴァルトとかの計略で誇大に噂が広まっていたのか、それともあえて隠していたので世間が噂などを膨らましたのか……どちらにせよ、魔王ヴィルデアルに対し俺の認識と世間の認識は結構違っているらしい。しかもそれは人間に加え魔族も含まれている。
「なるほど、よーくわかった……で、そちらが俺のことをずいぶんと甘く見ていることも」
「その言葉は、そっくりそのまま返すとしよう……安心しろ、一瞬で痛みも感じぬまま殺してやる」
魔族の魔力が高まる。姿が豹変するということはないのだが、まとう気配は最早先ほどとは比べものにならないほど。魔物と戦っているメリス達も気付くくらいの量を発している。
「こんな任務ばかりでつまらなかったが、どうやら意味はあったな――こうして最高の獲物を手に入れることができたのだからな!」
「ちなみに訊くが、俺の首をとってどうする気だ?」
「決まっている! 陛下の傍に立つ者はこの俺! それ以外の有象無象とは違う……この俺こそが、ふさわしいのだ!」
魔王ヴィルデアルに心酔しているって感じだな。ここで大きな問題としては、本心から言っているのか、何かしら洗脳でもされているのか。
後者だと魔法か何かが掛かっていてもおかしくないが、そういう気配はない。ヴァルトが扱う魔法であるなら俺は察知できるはずだが……ということは、偽物は相応にカリスマ性があるってことかな?
「終わりだ! 人間!」
声と共に腕を伸ばす。気付けばその手の先には長く伸びた鋭利な爪が。首でも斬って持ち帰るつもりなのだろうか。
それに対し俺は……まず相手の初撃を後退することでかわした。だが魔族は追撃を仕掛ける。喜悦の笑みを浮かべながら、なおも追いすがる。
俺を仕留めることしか頭にないようだな。もし俺の功績などが耳に入っているのなら、ここまで無茶なことはしないと思うのだが……いや、もしかすると魔王ヴィルデアルは魔族に力を与えているのか?
仮にそうだとしたら、目の前の魔族はもらった力で増長していることになる……これなら一応理屈は通るな。
魔族が迫る。そこで俺は剣をかざし、爪に対抗しようとする。
敵はそのまま爪を振り下ろした。直後、交錯する剣と爪。鍔迫り合いという状況になったのだが……逃げられるのも面倒だ。ここで片を付けてしまおう。
爪を切り払う。魔族は即座に俺の喉元を狙い突き込もうとしたのだが――俺は相手が動くより早く、横手へ回った。
たぶん魔族の目からは消えたと感じたことだろう。そして俺は魔族の横っ腹へ一閃。そのまま流れるような動作で魔族とすれ違う。
「……力を得て増長しているのはわかるが」
そう言った後、俺は剣を鞘にしまった。
「それが絶対だと確信して周りが何も見えていないな。少しくらい相手の力量をつかめるようにならないといけなかったんじゃないか?」
「何を、貴様――」
言葉が止まる。ここでようやく斬られたことを理解し、顔にヒビが入った。
「色々教授してもいいけど……ま、消え去る相手には無駄なことか。それに、手向けに喋る時間もなさそうだ」
「ま、待て――」
何か言葉を発しようとした矢先、彼の体が上下に分離する。そして魔族は沈黙し、地面に転がり、やがて消え去った。
名前くらい聞いておくべきだったか……いや、偵察なんてやる存在だし下っ端だろう。まあいいかと思い直し、俺は下山することにした。




