陰のある町
やがてベージェ王国の町へと入る。ギルドで情報を調べると、魔王ヴィルデアルは都の北側に陣取っているらしい。南側から入国したので、すぐに交戦とはいかないようだ。
「まだまだ先は長いな……マーシャ、魔王ヴィルデアルの部下達は現在どうしているんだ?」
「今は私がどうにか話をして動かないようお願いしているけれど、時間の問題ね」
人目があるのでマーシャは普段通りの口調である。
「とはいえ、いつ何時ヴィルデアルが攻撃を開始するかわからないからな……できるだけ急がないと」
「この近辺でも魔物が出始めているようだね」
と、別所で情報を求めていたチェルシーが近寄ってきた。
「魔物の遭遇率が目に見えて増えていると……ふむ、疑問だね」
そう口にする理由は俺としてもわかるが、勇者フィスとしては当然疑問なので尋ねる。
「疑問とは? 魔物が増えると変なのか?」
「陛下は穏便に事を済ませることが多かったから、魔物なんてものはあまり生み出さなかったんだよ」
そもそも人間に戦争を仕掛ける気なんてゼロだったので当然である。
「……その理由は、何かあるのか?」
「たぶん人間を油断させておいて、時が来たら全部平らげようって算段だと思うよ」
そう解釈するか……あまり話をしなかったのは悪かったかなあ。
「なるほど、今回復活したことにより方針を変更したのか……」
「どうだろうね。人間に滅ぼされたから恨みを抱いて攻撃を仕掛けているというのはわかるけども、フィスの話を聞く限りは憎しみを抱いている、なんてありきたりな理由で攻撃を仕掛けるとは思えないんだよね」
変なところで信用されているな……さて、俺は口元に手を当て、
「復活後では思考も変わっているのだろうか? 一度滅んで考え方が変わるって可能性はありえなくもないが」
「そこはやっぱり陛下に会ってみないとわからないね……お、メリス。そっちはどうだった?」
メリスもまた俺達に近づいてきた。すると、
「魔物討伐の依頼があるんだけど、受ける?」
「……真っ直ぐ魔王ヴィルデアルの所へ向かった方がいいんじゃないか? 元凶をどうにかすれば魔物だって消える可能性が高いし」
「そこは大丈夫」
チェルシーの言及に対しメリスはそう返答し、
「進む方向だったし、魔物と戦えば陛下の真偽を見極めるヒントになるかもしれない」
あー、なるほど。そう言われたらこっちも拒否はできないな。
チェルシーとマーシャに視線を送る。両者とも小さく頷いていた。
「うん、進行方向なら問題ないな……メリス、依頼を受けてくれ」
「わかった」
彼女は受付に向かう。そこで俺は一つ言及。
「ベージェ王国で正式な依頼を受けたから、俺やメリスの情報がギルドに伝わるはずだ。国側としては魔王を倒せる可能性のある戦力を放っておくことはしないだろうし、何かしらコンタクトをとってくる可能性があるな」
「あまり国と関わるべきではないって言っていなかったかい?」
「過度な接触はまずいという意味だよ。魔王ヴィルデアルの真偽を確かめるには、まず何より対峙する必要がある。けど、いくらギルドにより俺やメリスの身元が証明されたとしても、突然やって来て戦わせろでは、国側もどうするか悩んでしまうだろ? なら魔物討伐でもこなして俺達が協力的だと示した方が、前線に出られる可能性は高まるって話だ」
「あ、なるほどね……メリスはそこまで考えて?」
「彼女としてはできるだけ早く魔王ヴィルデアルに会いたいってことなんだろうけどな」
動機はなんであれ、こちらに利することではあるので同意することにした……で、
「チェルシー、わかっていると思うけど国側と関わるのは最低限にするように」
「フィスとメリスが自重していれば大丈夫さ。こちらに話を向けることはないだろうし」
「そうは言うけど、一番転びそうなのがチェルシーだからな」
「そうだね」
同意するのか……俺は「注意するように」と言葉を添えて話を切り上げることにする。
やがてメリスが依頼を受けて戻ってくる。場所を聞き地図で確認した後、そこへ赴くべくギルドを出た。
距離的にはこの町から北へ半日といったところ。現地に魔物の駆除部隊がいるので協力してくれとのことだった。
依頼内容的には金額等を含めまあ妥当なところ。ちなみにこういう仕事が増えているらしく、住民も魔物が増えて不安になっているようだ。
「国境を越えて少しの町でこれだからな……北へ進んだらどうなるんだ?」
「現在、さすがに魔族を国内各地に配置しているような事態にはなっていない」
と、マーシャからの情報。
「けど、魔物が増えている……陛下が生成し各地へ放っているのなら、そうなるのも時間の問題かもしれない」
「つまり、魔物が魔族の拠点を用意するために下見をしていると?」
「そうかもしれない」
……ここは魔物の質によって変わるな。仮に魔物の魔力が魔王ヴィルデアルの力を少しでも受けているのだとしたら、マーシャの言及した目的である可能性が十二分にありうる。
ただしそうでない場合、魔王の魔力により魔物が凶暴化したという形になる。こっちならばまだ魔王は北側に陣取っているだけで、国内全域を支配とまではいっていないということになる。
ま、それは魔物を見て判断すればいいので、今は現地へ向かうことに注力するとしよう……俺達は宿を取らず、町を出るべく歩き出す。時間的にこの町を抜け宿場町へ到達できるので、そこで仕事に備えて休むことになりそうだ。
俺はふと、町の人々へ目を向ける。人通りは多く、行商人なども積極的に交易を行っている。活気はあるのだが、やはり魔王の存在からか露天商などの顔も時折陰のあるもののように見えてくる。
「……魔王に近い都なんかは、厳戒態勢かもな。誰かその辺り情報は得てないか?」
「警戒はしている、くらいの情報はあったけど」
と、これはメリス。
「都の状況まではわからなかった……その辺りも商人とかから訊いた方がいいかな?」
「ああ、それがいいかもな。国側の動きだって把握しておいた方がいいだろうし……とはいえこの町だと情報が古いかもしれないから、もう少し近づいてからの方がいいか。魔物討伐を行った後にやろう」
「わかった」
そうして旅は続く……まだ魔王ヴィルデアルとの決戦までに遠いかもしれないが、少なくとも魔王のいる国には入ったのだ。いつ何時問題が生じても対応できるよう構えておこうと、心の内で思った。




