魔王という存在
宿屋の中に入った時、俺は部下の姿がないのでどうしたのか尋ねると、神族は固まって行動しているわけではなく、いくつかパーティーを組んで町中ではバラバラに行動しているとの返答があった。
「神族が動くとして、魔王側も警戒すると思い町を守護する意味合いで色んな場所に部下を配置した。今は魔王の部下が報復する可能性を考慮して、だな」
そう語ると彼女は二階にある部屋を開ける。そこはベッドが一つしかない部屋で、どうやら個室らしい。
ただしテーブルに備えられた椅子は二つ。アレシアはそれを使うよう俺達に示すと、自身はベッドの端に腰を下ろした。
「本題に入る前に、レフジェル殿に訊きたいことがある」
「構いませんよ……あ、俺のことは名前で好きに呼んでもらえれば」
「そうか? ああ、こちらも砕けた口調で構わないし、好きに呼んでくれ。メリスさんも同様だ……で、だ。フィス殿。魔王との戦いで見せた技術だが、あれは勇者エルトの技術を基にしているのか?」
なるほど、まずはそこか……彼女だけなら適当な理由を語ればいいのだが、今回はメリスもいるし、下手な嘘は怪しまれるかもしれない。彼女なら勇者エルトについて調べていてもおかしくないからな。
「……まずあの魔法は、他者の魔力を相殺するものだ」
そう前置きすると、アレシアは眉をひそめ、
「相殺……それなら確かに怪我がなかったことは納得できるが、魔力を解析できなければ不可能なはずだ」
「俺は元々その能力が高かったことも技術を構築できた要因だ。これは幼少の頃から父親を始め技術を習得している人から色々と教えてもらったからだ」
「……ふむ、なるほど」
その説明に対し、アレシアは一定の理解を示す。
「ならば魔王との激突については?」
「身体強化の方法を師匠と検討しているうちに編み出した技法で、通常よりも遙かに強化が成される。ただ使うには魔力の質なども関係しているから、俺が他者に教えるのは無理だな」
魔王の知識だし、怪しまれるのは防ぎたいからこんな理由付けをしておけばいいだろう。
「なら魔王との戦い……メリスさんのように一気に仕掛けることもできたはずだが、それをせず最終局面はあえて攻撃を受けていたな」
「退路を塞ぎ、窮地に追いやることで士気を下げることが目的だった。傍から見れば楽勝だったかもしれないけど、もし魔王が奮起していれば勝敗はわからなかった」
その解説にアレシアは「そうか」と応じたものの……納得しているかどうかはわからない。ただ何か怪しんで勘ぐっているわけではなさそう。
一方のメリスも一定の理解を示しているようで、ひとまず俺のことについては特に追及する気もないようだ。魔王を破った勇者エルトの息子ということで「様々な技術を習得していてもおかしくない」という背景が形成されている。その辺りを勝手に想像して、納得してくれているのかな?
「わかった、説明ありがとう……では本題に入ろうか」
「神族であるアレシアがどこか重々しい表情になっている……あんまりいい話ではなさそうだな」
指摘に彼女はコクリと頷いた。
「そうだな……現在情報統制がされているため一般に情報が出回ることはない。よってギルドで探っても情報は出てこない話だ」
「別に魔王が出現したとでも?」
その言葉にアレシアは再度頷き、
「より正確に言えば、今回戦った魔王アスセードに力を渡した存在だ」
「力を……渡した?」
声はメリスから。どういうことなのかと言葉を待っていると、アレシアはゆっくりと語り始めた。
「数年前から、魔王を自称する存在が活発化している。これはメリスさんも冒険者として活動しているのなら、理解できるはずだ。そうした魔王の根源……言わば力を与えている存在がいるんだ」
「そいつが真の魔王って言いたいのか? 目的は?」
こちらの疑問にアレシアは肩をすくめた。
「何をしようとしているのかまではわからない。ただ多数の国を混乱させ、破壊活動をしようとしていることは間違いない」
「神族が傷つけられたというのは、もしやその真の魔王に対してなのか?」
「いや、魔王アスセードからだ。こいつが力を与えられた魔王の中で特に活発に動き回っていた存在で、神族も攻撃を仕掛けた。今思えば迎え撃てる自信があったからこそ、そうした事に及んだのだろう」
「つまり真の魔王はそれだけ力を持っている存在というわけか……名前は?」
アレシアは一時沈黙し、
「……名はロウハルド。百年以上前にこの大陸内で暴れ回り破壊の限りを尽くした、暴虐の魔王だ」
――この大陸の歴史で魔王という存在は切っても切れないものとなっている。理由は幾度となく魔王が出現し、そいつを勇者と呼ばれる存在が打ち破ってきたからだ。
そしてアレシアが発した魔王ロウハルドは、俺も知っている。およそ百五十年前に出現し、大陸を転々としながら各地で暴れ回った存在だ。
「魔王ロウハルドの大きな特徴は、その圧倒的な力にある。どんな者も寄せ付けない無類の強さ。純粋で凄まじい力が、あの魔王にはある」
彼女の言葉は正しい。普通魔王とて魔法を用いて力を高める。魔王アスセードも同じだったし、前世の俺も同じだった。
ロウハルドも同じではあるが少しやり方が違う。体の内に存在する筋肉を始めとした体そのものに魔力を宿している。そのため攻撃は殴打などの直接攻撃が中心ではあるのだが、その破壊力が他のどんな魔族よりも群を抜いていた。その強さは間違いなく魔王アスセード以上だろう。
「魔王ロウハルドの討伐に加わってほしいと?」
メリスが尋ねると、アレシアは首を左右に振った。
「二人にはその手前……ロウハルドは幾人もの魔王に守護されているのだが、その魔王との戦いで援護してもらいたい」
「ロウハルドそのものとは戦わないと」
「ああ、我ら神族が戦う……この魔王と神族とは因縁がある。今回は絶対に、負けない」
因縁とは何か――確か魔王ロウハルドによって、神族の主神が滅んだはず。
主神とは人間の国で言う王様に相当――いや、それ以上の存在と言ってもいい。基本政治などには関わず神族が暮らす土地で姿を見せず暮らしている。全ての神族が恐れ敬っている、象徴的な存在。
俺も神族の主神については情報がほとんどない……確実に言えるのは、魔王ロウハルドに倒されて主神が一度代替わりしていることくらい。
つまり、神族にとって今回の戦いはリベンジ的な意味合いもあるわけだ。
「取り巻きの魔王というのは?」
俺が問うと、アレシアは説明を加える。
「全部で二体。双方ともロウハルドから力を受け、魔王を自称する存在だ。ロウハルドがいる場所を守護するように拠点を構えており、名はレドゥーラとザガオン」
――ああ、聞き覚えのある名前だ。前世の魔王の際、忠誠を誓っているわけでもないのに俺の名を用いて暴れていた不届きなヤツらである。
うん、俺が参戦する理由は決まったな。ロウハルドも倒すが、それよりも取り巻きの魔王二体を叩きつぶそう。絶対に。
メリスもまたその名に聞き覚えがあるのか、表情を硬くする。そしてアレシアは俺達の表情を見た後、さらに語り続けた。