自分自身
マーシャが語る異常事態……こちらが沈黙していると、やがて彼女は語り始めた。
「その、正直まさかという事態なのですが……」
「俺の偽物でも現われたか?」
ビクリ、とマーシャは体を大きく震わせた。はあ、なるほどな。
「マーシャがメリスに隠し立てするのも理解できるよ……そうか、俺の偽物か」
「その、驚かれないのですか?」
「多少は驚いているけど、宿敵のことだからそういう手を使ってもおかしくないとは思ったよ……ただ、意図は読めないな」
魔王ヴィルデアルの意識がここにある以上、間違いなく偽物が出現したわけだが、
「マーシャ、そいつは当然だが魔王ヴィルデアルを名乗っているんだよな?」
「そうです。その目的は大陸の蹂躙としております」
「人間に滅ぼされた以上、人間に恨みを抱き全てを滅す……シナリオとしては三流だけど、まあ動機付けには十分か」
「――陛下は、どうお考えですか?」
と、マーシャは俺へと問い掛ける。
「偽物の出現……ただ単純に魔王ヴィルデアルと名乗るだけでは元配下を騙すことはできないでしょう。けれど現在、陛下の部下であった存在もまた、接近している」
「接近か……その魔族から事情を聞いているか?」
「はい。魔力から陛下で間違いないと」
――俺の部下は存命であるため、単純に偽物を作っただけでは間違いなくバレる。ただそうした者が魔王ヴィルデアルと認めたのであれば、少なくとも擬態する能力については一級品ということだろう。
「俺としては魔王ヴィルデアルの名に固執するつもりはないし、害がないなら放っておくけど……さすがにそうもいかないか。メリスはどうするだろうな?」
「……私ができる限りフォローを入れるつもりですが、現状では本物と断定しても良いような状況です。どうしましょうか?」
「もし話を聞いたらそちらへ向かうと?」
「可能性の話ですが……」
人間として活動しているメリスだが、スタンスは「魔王ヴィルデアルを滅ぼすきっかけとなった魔王を倒す」というのが主軸みたいだからな。もし本物が現われたなら、そちらへ行こうとしてもおかしくない。
「……現状、配下だった者達が傘下に入っているかの情報は?」
「私が現在止めています。魔王ガルアスのように陛下の遺骸を利用したもので、元々配下だった者達を呼び寄せる餌だと解説しているんです」
実例もあるからどうにか踏みとどまっているか。
「ただ、直接会った者はあれこそ本物の陛下だと断言しているので、止められるかはわかりません」
「誰かが傘下に入った瞬間、雪崩を打ってそちらに加入する危険性があるのか」
「……あの、陛下。もしそういう事態となったら――」
「人間を手に掛けなければまだ罪は問わない。だが偽物の命令で人に危害を加えれば、こちらとしても相応の態度に出ざるを得ない」
ただ、話を聞く限り時間の問題みたいだな……ふむ、ならば――
「マーシャ、少し大変だが指示してもいいか?」
「はい、なんなりと」
「ともかく神族に呼ばれている以上、俺はまずそちらへ向かう。この町に迎えが来ているし、そう時間は掛からないはずだ。その後、俺は魔王ヴィルデアルを打倒しに行く」
「陛下を打ち破った勇者の子息である以上、極めて当然の流れでしょうね」
「そうだな。その際、マーシャはメリスやチェルシーに偽物である可能性について言及してくれ」
「わかりました……が、メリスがどう行動するかは……」
「情報を信じるかマーシャを信じるか、だな」
賭けだが、ここはもうどうしようもなさそうだ。
「ともかく、俺が戻ってくるまでは情報を手に入れないようにしておいてくれ」
「わかりました。ただ魔王ヴィルデアルにことについては広まり始めているので、陛下が帰ってくるまで隠し通せるかわかりませんが」
「もしバレたら、俺が戻ってくるまでどうにか……できるか?」
「わかりました」
無理な要望ではないにしても、メリスの性格を知っている彼女は非常に大変だと認識している様子。けれど俺の指示であるため、彼女は応えてみせよう、といった感じだろうか。
それから少しばかり話をして、俺は部屋を出る。しかし俺の名を騙った存在か……もしここで「俺が本物だ」と名乗り上げるのは、さらなる混乱を呼ぶだろうからまずいよな。
まあさすがにヴァルトのこともあるから俺の前世が魔王ヴィルデアルであることは騙るつもりはないけど……もし露見する可能性があるとしたら――
「ヴァルトの所在がわかるまでは、せめてバレないように……いやいや、元の目的がある以上、これ以上知られる存在を増やすわけにはいかないか」
俺は一度息をつく。相当面倒なことになりそうだが、おそらくヴァルトの息が掛かった出来事だろうし、対応しなければならない。
――その日は偽の魔王ヴィルデアルについてどうすべきか考えながら一日を過ごす。そして翌日、俺はいよいよ神族の長である主神と顔を合わせるべく、動き出すことになった。
翌朝、俺はマーシャの屋敷を離れて町の外へ。そこに神族の使者がおり、
「移動はどうするんだ?」
「こちらの魔法で」
言いながら手で森のある方角を指し示す。たぶん魔法陣か何かを森の中に描いていて、転移魔法でも使うって感じだろうか。
神族はそうした魔法を扱うこともできるのだが、準備する場合色々と資材が必要で、使用されることはあまりない。しかし今回は俺のために利用する……それだけ特別待遇というわけだ。
さて、偽のヴィルデアルのことも気になるが、まずは当初の目的である主神との謁見だ。相手の対応がどうなのかを考えながら、話をしなければならない。
――問題は俺が考えている主神との交渉手段が通用するのかどうか。たぶん大丈夫だとは思うのだが……、
「ここは賭けか……綱渡りだなあ」
「どうしましたか?」
神族の使者が呟きに反応。俺は「何でもない」と答え、使者の先導に従い森の中へと入っていく。転移魔法を使うのなら、向こうで話をして場合によっては宿泊もして……長くとも数日といったところだろうか。
そのくらいなら、ヴィルデアルのことについても知ることなく、メリスもたぶん屋敷に留まってくれるだろう……たぶん。
不安要素はあるけど、こればっかりはマーシャに託し……いよいよ、主神の待つ神族の聖域へと向かうこととなった。




