謁見と依頼
俺とメリスは、神族の騎士であるアレシアに連れられる形でレテイデ王国の王都、ローベルクまでやってきた。
そして間髪入れずに王との謁見が待っていた……普通なら緊張するところだとは思うが、俺はさして気にならなかった。元々目立つつもりだったし、こういうこともあるだろうと心構えもしていたからな。
「此度の戦い、本当に感謝する」
そう述べるレテイデ王国の国王。ヒゲを蓄えた威厳のある王様で、俺とメリス、そしてアレシアはひざまずいて礼を示し、言葉を聞き続ける。
「我々はあなた方に礼を尽くす義務がある。冒険者である二人にはギルド側から相応の報酬が支払われるようになっているが、それ以外に要望があれば聞こう」
ふむ、報酬か……と、こちらが口を開く前に王はさらに続ける。
「神族の方々についても礼をしたいところだが、こちらとしてはどう応対していいかわからないのが正直なところだ」
「今回の戦いで必要な支援を頂きました。今後も戦いがあれば、またお願いします」
「無論だ。今回の戦いは神族であるあなた方の力が非常に大きかった。もし今後戦いが生じるのであれば、我らも参戦を約束しよう」
彼女としては満足な報酬なのかどうか……アレシアは「ありがとうございます」と応じた。社交辞令なのか本心なのかわからないが、人間に協力を取り付けたのは上々の結果なのかもしれない。
「――私は」
次に口を開いたのはメリス。
「大陸各地を回り、魔物や魔族。そして魔王を討つべく活動しています」
「噂はかねがね聞いている……なぜそうまでして戦う?」
「大変申し訳ありませんが、理由は話せません。ただ、私の人生において、魔王を、魔族を討つべき理由があるだけです」
――王様はこの説明を受けて「過去に大切な人を魔族に殺された」とか「魔王の破壊活動に巻き込まれた」とか想像したかもしれない。だがメリスがそういう理由で戦っているわけではない。そもそも彼女は元魔族である。
この辺りはいずれ調べよう……と、彼女はさらに告げる。
「報酬の件ですが……私は現在冒険者として活動しています。国家をまたぎ活動しているわけですが、ギルドに登録していても手続きなど面倒なことが多い。国家の保証があればその辺り融通が効くということを聞いたことがありますので、できればそのような処置をお願いします」
「戦い続けるために、か……いいだろう。責任を持って対応させてもらう」
……さて残るは俺だが、こっちが話し始める前に王が声を発した。
「勇者エルトのご子息とのことだが、魔王と戦ったことは後を継ぐつもりなのか?」
「……父が魔王を討った存在だから、剣を握ったわけではありません」
俺はまずそう答えた。
「幸運にも私は戦う力を得ることができた。幼少の頃から人よりも剣や魔法に触れる機会が多く、今回魔王を討てるくらいに強くなることができた……ならばそれを生かし、人の役に立とうと思っただけです」
もっとも目的はあるけど、ここでは当然話せない。
「そうか……要求はあるか?」
「冒険者メリスと同様にしていただければ。私もまた、国をまたいで活動するつもりですから」
あんまり大きなことを願うとこの国に縛られる可能性もあるから、この辺りが妥当だろう。王としてはずいぶんと慎ましい要求だと感じたかもしれないが――
「いいだろう、フィス殿も同じようにする……この国にどの程度滞在するのかわからないが、私達はあなた方が行ったことは忘れない。何か要望があれば、私がそれを聞くことにするから、遠慮なく城を訪ねてくれ」
「ありがとうございます」
俺が代表して礼を述べる。そうして謁見は終わった。
堅苦しいことをやり終えてから、俺とメリスは一緒にギルドへと向かう。ちなみにアレシアとは簡単な挨拶の後、あっさりと別れることとなった。
目的は報酬の受け取り……とはいえ金額にするとかなりのもので、全額受け取ると重くて旅に支障が出るくらいだったので、ギルド側が処置を行った。
「カードに魔力を付与し、報酬金額を把握できるようにしておきました。大陸各地のギルドでカードを提示し金額を言ってくだされば該当金額をお支払い致します」
おお、これは便利だな……銀行的な役割も担っているわけか。
金額的に当面金に困ることはないし、本当に良かった。これで目的に集中できる。
で、俺は即座に魔王に関する情報を調べることにする。ギルドの片隅にテーブルと椅子があったので、着席し資料を読む。他に俺の名を利用して暴れていた魔族は――
「ずいぶんと熱心ね」
ふいにメリスが声を掛けてきた。
「座ってもいい?」
俺の対面にある席を指す。こちらが頷くと彼女は座り、
「ギルド内でそこまで集中して資料を読む人、初めて見たよ」
その言及に、俺は資料から目を離しメリスを見る。少しばかり沈黙が生まれ、
「……どうしたの?」
小首を傾げる彼女。ふと、そういえば魔王の時は丁寧な話し方しかされなかったなあ、と思ってなんだか新鮮な気持ちになったのだ。
「いや、なんでもない。まあ情報収集は怠らないように、って父親からも言われているからさ。こうして頑張って資料を読んでいる」
「そう」
納得したのか彼女は会話を打ち切るが……さて、どうするか。
彼女にとって現在の俺は、主君を討った存在の息子であるという立ち位置なわけだが、そう悪い感情を抱いているようには見えない。むしろ俺の戦いぶりを見て参考にしたいとか、あるいは魔王を討つという目的を成すための協力者として組みたいとか、そんな気配すら漂う。
孤高の勇者なんて異名があるくらいなのでこれまで一人で戦っていたのだろうし、実力的に今まではそれでやってこれた。けれど自分ではどうにもならない相手に出くわした。だからより強くなるために、俺と組む……理由としてはありそうだな。
こちらから会話の口火を切ろうか……などと思っていた矢先、ギルドの扉が開く。そこにいたのは、先ほど別ればかりのアレシアだった。
「ああ、二人とも。まだここにいたか」
歩み寄ってくる。俺達二人が彼女に視線を送ると、
「別れの挨拶をしてまた顔を合わせるのもどうかと思ったのだが……二人に、頼みたいことがあってここに来た。部下の許可もとってある」
頼みたいこと? 神族がそう要求する以上、軽い内容ではなさそうだ。
「内容は?」
メリスが聞き返す。それにアレシアは周囲を見回し、
「ここでは人目もあるし、できれば場所を移したいのだが……と、その前に確認だ。今後二人は何か予定はあるか? もしあるのならそれを優先してもらって構わないが」
予定、ね。メリスが首を振り、俺は――
「武具探してもしようかと思っているけど」
「武具探し?」
聞き返したアレシアに、俺は剣の柄に手を掛け、
「魔王との戦いで、もっと強い剣があれば楽に倒せたかもしれないと思ってね。これは故郷から持ち出した魔法剣だけど、耐久力があるだけでそう強力なものでもないから」
これは本当にしようと思っていた。それに対しアレシアは肩をすくめ、
「魔法で補強していたとはいえ、魔王を討てるほどの魔力を抱えられる剣だ。それに見合う物を探すのは難しいと思うが」
「確かにそうだけど、今後戦い抜く上で必要なことだろうし。今回得た報酬で良い物を買ってもいいけど……多少なりとも吟味はしないといけないかな、と」
俺の発言にアレシアは少し思案し、
「そうか……私は仕事を一つ持ってきたのだが、必要であれば武具も提供できるぞ」
「それが報酬というわけではなくて?」
「あなたの力に見合う物が用意できるかどうかわからないからな。ただつなぎの武具くらいは提供できると思う」
……雰囲気的に切迫している感じにも思えるし、受けてもいいか。
「俺は構わないよ」
「私も」
「二人ともすまない……では移動しようか」
アレシアが先導を始める。俺達はギルドを後にして彼女に追随。町中を進み……やがて、一軒の宿屋に辿り着いた。