砦の狼
砦の中に出現した狼に対し、メリス達は即座に向かおうとしたのだが……その気配により、立ち止まる。
「これは……」
メリスが呟く。その魔物から発せられる気配は、これまでに遭遇した魔物と比べても異質だった。
「魔王の生み出した存在だとしたら、心底面倒だねえ」
続いてチェルシーが続く。双方とも魔王に仕えていた存在にもかかわらずこのような言動をするのは、魔物が発する魔力が完全に、魔王ディリオンのものだったからだ。
例えば俺が魔物を作成する場合でも、魔王である自分自身と魔力を同質にするようなことはほとんどない。確かに俺の力を利用した魔物は相当強いのは確か。だが自分自身と同じ魔力であるということは、例えば魔法を使って使役するといった作業が非常に面倒となる。自分で自分を操るのが難しいように、同質の魔物というのは制御するのも一苦労なのだ。
しかし目の前の狼はディリオンの力を有している……メリス達としては極めて面倒だと考えているはずだ。
「……どうする?」
こちらの問い掛けに沈黙するメリス達。魔物の様子を窺っているようだが、にらみ合いのような形となり、どう攻めるか決めあぐねている様子。
――ディリオンから魔物による奇襲攻撃を仕掛けるというのはこちらも聞いていた。ただしそれがどうやら特別な魔物によるものみたいで、ディリオンとしても演出を派手にしたかった狙いがあるのだろう。
ならどうするか……俺が考える間に、狼は咆哮を上げた。
それは耳を軋ませるような巨大な音の塊。下手すると人間が気絶しそうなほどの轟音であり、兵士や騎士が恐れおののく。
……さすがにこの魔物は彼らの手では荷が重すぎる。かといって俺だけが頑張るというのはあまりよろしくない。
「これは……」
その時、クリューグ建物内に入ってくる。それと同時に剣を構え、周囲の騎士と共に戦闘態勢に入った。
彼の周囲にいる騎士達は精鋭らしく、巨大な存在に映っているであろう魔物に対し臆することなく警戒を見せる。
ここまでは予定通りのようだが、問題は……と、考える間に今度は外側から悲鳴が。状況的にメリス達は戸惑った様子ではあったが……、
「ひとまず、中の安全を確保しないと」
「そうだな」
俺は同意し剣を抜く。直後、狼は吠え、俺達へ突撃してきた!
その巨躯から廊下を走るだけで全てを蹂躙するくらいの勢い……それに対し俺はまず、風の魔法を行使し突進の速さを殺すことにした。
「いけ!」
声と共に放たれた突風。狼はそれでもなお突き進もうとしたが……こちらの魔法により、勢いを削がれた。
「いい判断だね!」
チェルシーが叫び、剣を振る。その刀身からどうやら風の刃を生み出した。メリスもまた同じように刃を放ち、それが狼へと直撃する。
パアン、と乾いた音を立てる両者の風。特にメリスの刃については顔面に直撃したが……外傷はなし。
「相当皮膚が硬いな……!」
俺は叫びながら風魔法の出力をさらに上げる。結果、狼を押し留めるだけでなく押し返すことに成功。魔物は後退し、距離を置いた。
ふむ、外の悲鳴が気になるのでどうにかして向かいたいけど……狼が吠える。再び突進を仕掛けてくるつもりか。
先ほどのように押し留めることができればいけると思うが……と、考える間に狼が突撃。口を大きく開けて俺達を食らいつくそうという雰囲気を垣間見せる。
「……なるほど」
小さく呟くと再び風の魔法を使用。再度身動きが鈍った魔物に対しメリスとチェルシーは仕掛けたが……やっぱり通用しない。
「どうする? フィス」
メリスの言葉に俺は彼女を見返し、
「皮膚は強固だけど、俺達を食おうとしている雰囲気だからそれを逆手に取ろう」
「というと?」
「口を開けた瞬間に魔法をぶち込んで滅する。皮膚を通して攻撃する場合、俺が全力出せばどうにか……と思えなくもないけど、こいつの魔力……質がなんだかおかしい。それに結果として派手な攻撃になって砦に大きな被害が出るかもしれないし」
「これは間違いなく魔王の魔力だねえ」
チェルシーの意見。こちらは「そうか」と呟き、
「だとしたら、この硬さは理解できるな……とはいえ動き自体は単調だ。二人で口を開けるタイミングを見計らい、魔法を使い押し留めてくれないか。その瞬間にこっちは魔法で倒す」
「わかった」
「いいよ」
メリス達は相次いで返事。それと同時に狼は三度目の突撃を始める。
これに二人が同時に魔法を使用。だがそれでもなお魔物は口を開けて俺達を食おうとする。
そこへ、俺は左手をかざし光を放つ。狼はわずかに反応したようだったが、全てが遅かった。
口の中へ光が吸い込まれていく。それが体の中を駆け抜けると……狼はビクリと動きを止めた。
そしてメリス達の魔法により吹き飛ばされる。地面に体を打ち付け盛大な音を撒き散らし……やがて倒れ伏すと、塵となって消えた。
「よし、次は外だ!」
俺の言葉と同時に外へ走る。メリス達が先に出てそれに続く形で建物を出たのだが……破壊された城壁付近に、騎士達がわだかまっていた。その理由は、
『どうした? 来ないのか?』
――魔王、ディリオンの姿が。といっても当然ながら目前にいるのは分身だ。既に騎士達にも情報が行き渡っているのか、剣を向けるだけで彼らは攻撃しようとしない。
「いきなり総大将……といってもさすがに本物ではないだろうね」
チェルシーの冷静な声音。俺は小さく頷き、近くにいるクリューグへ問い掛ける。
「戦うしかないようですが……」
「……やるしか、なさそうですね」
クリューグは覚悟を決めた様子で兵や騎士へ号令を掛ける。さらにメリス達も最大の敬啓を示し魔王の分身へと近づいていく。
『……役者は揃ったか』
ディリオンが告げる。メリスやチェルシー達を見て、そう思ったのか。
『さて、なぜわざわざここへ来たのか教えてやろう……警告だ。先ほどの魔物もそういう意味がある』
「警告だと……!?」
クリューグは呟きながら魔王と視線を合わせ――相手は律儀に頷いて見せた。
『そう遠くない内に、先ほどの魔物が島を埋め尽くす。どうやら一体倒したようだが、ならばわかっているはずだ……貴様らでは手に負えん存在だと』
ディリオンはそう語ると、騎士クリューグへ告げた。
『あの魔物は、例え神族であっても打ち破ることが難しい、我が盾だ。そちらはあんな存在に野を埋め尽くされれば国が崩壊する……とはいえ、我が心も寛大だ。こちらの条件を呑むというのならば、手出しはしないでやろう――』