敵襲
さて、ディリオンと色々話し合って数日後、俺は彼から報告を受けた。
『今日、行動に移す。それで人間側が神族などを待たずして動くことを祈ろう』
「そうだな……しっかり頼むぞ」
『ああ』
返答を聞いた後、俺はまず朝食をいただく。その折、チェルシーが俺の対面に座った。
「おはよう、昨日動いてみたいだけど、何かあったのかい?」
「魔王ディリオンについて調べていただけだ。弱点とかを見つけるのは無理かもしれないけど、突破口はないかと思ってさ」
「なるほど。で、成果は?」
「まったくなかったよ。まあ、国側だってリサーチしているとは思うし、一介の冒険者が調べるにも限界があるからな」
「そうだね。けどやれることはやった方がいいのは事実だね」
彼女の返答は明瞭なもの。それから雑談を挟み俺達は食事を終える。けれどチェルシーはまだ話し足りないのか、続けてくる。
「魔王ディリオンとの戦いだけど、あの島で戦うとなれば、魔王はそれこそ不死身なのかもしれないねえ」
チェルシーのコメント。そんな風に思う理由は、
「魔物を自在に生成できるということは、つまり島の魔力を使いたい放題というわけだ。それを考えれば多少の傷を負わせてもすぐに回復してしまう……それでなお一度はやられたのかもしれないけど、だとすれば相応の対策をしていてもおかしくない」
「それも騎士達は考慮しているのか?」
「どうだろうねえ。けど考慮に入れていないってわけじゃあないと思うよ」
肩をすくめながら語るチェルシー。
「打倒するなら島の外へ誘い出すか、それとも再生できないくらいの威力を相手に叩き込むかしないと」
「前者は難しいだろうな。魔王としては別に自分自身が島の外に出る必要はないから」
「そうだね。必要に迫られているのは人間側……このまま悠長にしていてまずいのはこっち側だし……」
「国としてはすぐにでも仕掛けたいところだろうが……神族が来るまで待つのか?」
「神族もこっちの動向を把握はしているだろうから、早急に来る可能性はあるねえ。さすがに三日後とかは無理でも、連絡して数日でどう対応するかは決めるだろうし、近日中にその情報がこっちにやってくる可能性も」
「十日くらいだったら待つかな」
「あたしもそのくらいだったら待つね」
国としては一日も早く倒したいだろうけど、な……沈黙し水を飲んでいると、チェルシーはなおも続ける。
「騎士達としては自前の戦力でどうにかできるならさっさと動き出すだろうけど」
「そうだろうな……たださすがに勝てない戦いに挑むほど無鉄砲なわけじゃないだろう」
「でも国からは突き上げられているし」
……神族が来るかどうかが魔王に戦争を仕掛ける分水量かな。仮に十日後やってくるというのなら、戦力を温存して待つことを決めるだろう。しかしもし、のっぴきならない状況に陥ったとしたら――
その時、轟音が建物の中に響いた。眉をひそめるチェルシーは、
「魔法……?」
「外からだ」
彼女と共に食堂を出る。そこですぐに気付く。砦の廊下を歩いていた面々が全員、窓の外を眺めている。
俺とチェルシーも同じように外を確認。そこで、
「あれは……」
砦の中に魔物がいた。なおかつ砦を囲う城壁の一部分が破壊されている。先ほどの音はそれだろう。
「敵襲か?」
「の、ようだね。行くよ!」
チェルシーは声を荒げ俺を先導する形で走り出す。廊下にいる面々は何が起こったのかと全員動揺しており、完全にフリーズしていた。
そうした中で俺はチェルシーと共に外へと出る。状況を確認しようとした矢先、こちらに気付いたのかメリスが近づいてきた。
「フィス、これは……」
「俺にもわからない。突然城壁を破壊された……魔王の部下でも来たか?」
「その可能性は高そうだね」
チェルシーが警戒感を露わにする。次いで目を崩れた城壁へ移し、
「問題は魔族の類いがいるのかだけど」
――既に砦の中に侵入した魔物は兵士達の手によって倒している。後続から魔物がやってくるわけでもなく、何が目的なのか。
「皆さん」
そこで騎士クリューグもまた外へと出てきて俺達や兵士へと呼び掛ける。
「どうやら怪我人はいないようですね……すぐに周辺の警戒を!」
その声で兵士達が弾かれたように動き始める。その一方で俺は周囲に目配せを始めた。
これはディリオンの語っていた作戦の第一段階だ……いよいよ始まったわけだが、俺の動き方も騎士達によって変えなければならない。
「さすがにこれで終わりじゃないだろうねえ」
チェルシーはなおも眼光鋭く砦内を見回りながら呟く。
「中に入ってきた魔物だけで城壁を破壊できるとは思えないし、たぶん魔物とは別に何かがいるはずだ」
「俺も同じように予想するけど……城壁を破壊して以降、動きがないみたいだな」
兵士達は砦の外を警戒し始めているが、何か出現しているといった雰囲気ではなさそう。
「さすがに魔王と無関係というわけではないだろうし……俺達はどうするか」
「けど見回りは兵士がやってくれるみたいだし」
メリスが告げる。彼女もまた周囲に目を配っているが、警戒度合いは多少薄い。
「それに、気配もないし。フィスはどう?」
「俺もないな……チェルシーは?」
「同じく。嫌がらせのために魔法を撃って逃げたとか? けどあの魔王がそんな姑息なことをするのかねえ……」
首をひねる彼女。まあ普通は何がしたかったのかと疑問に思うところだよな。
兵士達の中にも何が起こったのかと事態が理解できず困惑している者もいる。さすがに城壁が独りでに壊れたとか考える者はいないみたいだけど。
「これが魔王の手の者の仕業だとしたら、何が目的なのか……」
チェルシーは城壁などに目を向けながら必死に読み取ろうとする。それに対し騎士や兵士はキビキビと動き、城壁の損傷具合なども確かめ始める。
一体何が起きたのか……脅威が周囲にないためか、魔物や魔族を捜索するより原因を調査しようと騎士達が動き始めようとした時――それは起きた、
「――う、わぁぁぁぁぁぁ!」
男性の悲鳴。それを聞き騎士達はにわかに目を見開く。
しかもその場所は、砦の中。
「まさか、城壁破壊は陽動か……!?」
俺の言葉にチェルシーやメリスは即座に中へ戻るべく走り始める。俺もまたそれに追随し、剣を抜き放ちながら再び砦の中へ。
そこで、悲鳴の主を見つけた。尻餅をついて動けない。
その正面に、魔物が一体……ただしそれは非常に大きな狼で、また同時に凄まじい気配を放つ、これまでにない恐ろしい存在だった。