王女が残したもの
さて、意気揚々と資料室に入ったのだが……うん、フェブロン王国についての資料もそれなりに存在しているな。ただ問題は七百年前の国のことなので、王女のことについての記述があるのかどうかだけれど。
「うーん、国の行く末については書かれているけど、さすがに一個人となるとキツイか……」
国に関する記述は散見されるのだが、やっぱり王女については……これは難易度が高いな。
とりあえずフェブロン王国そのものについては、魔王が出現してからおよそ百年くらい経過した時に王位継承者が断絶し、王朝そのものが変わるという形で滅亡している。魔王が出現しても滅ばなかったけれど、血筋が絶えて消え去るとはなんとも皮肉な話だ。
この様子だと王女の子孫とかはさすがにいないか……と、考えている間に、
「あ、これか……?」
俺は資料の中にキサラ王女の名前を確認。記述の内容は――
「……ほう、最終的に彼女が即位したのか」
資料には確かに魔王討伐後、キサラ王女が即位したと書かれている。他に王位継承権を持っている存在がいたのかはわからないけど、まあとにかく彼女が統治を行ったのか。
「執政そのものは普通だったみたいだな……」
そういう感想を抱いた。現時点で調べた範囲だと、民のことを思う善良な王様ということみたいだ。
即位後彼女は貴族の男性と結婚し、一男一女をもうけた。その後、長男が成人を迎えた段階で王位を譲り、彼女は余生を穏やかに過ごしたようだ。
そこから数代先で王国は消滅したわけだけど、彼女の執政によってどうにかなったというわけではなく、女王として使命を全うしたのは間違いない。
「良い女王だったというわけか……と、これは……」
資料の中で興味深い一文を見つける。女王の墓が存在しているらしい。
とはいえ七百年経過している以上は、地上から消え失せていてもおかしくないのだが……どうも現存しているらしい。
しかも資料の中には「死後、自分の名を後世に残したいという意思が強かった」という記述もある。偉大なる存在として名を知らしめたいと願う王は多数いるので、キサラ女王についても同じように考えることはできるのだが――俺は、違うのではないかと直感した。
「もしかして、ディリオンに見てもらいたかった、とか?」
そんな可能性を口にする。女王であり王家の血筋を絶やすことができない以上、誰かと結婚するのは仕方のない話だが、そうした中でもディリオンのことは忘れていないと意思表示したかったのでは――
「ロマンがありそうな見解だけど、どうなんだろうな……うーん、現地へ行って確認してみるか?」
それともディリオンに相談する? 色々と頭を悩ませた後、俺は場所を確認。ふむ、ここからそう遠くない……というか魔法を使えば往復数時間程度の距離だ。
「少し調べてみるか」
俺は決断して資料室を出る。ディリオンへの報告は墓を確認した後でもいいだろう。
よって砦の騎士に少々外出する旨を告げ、俺は魔法を使い女王の墓へと向かう。とはいえ七百年前の物だからな。現存しているとはいえ、もう崩壊寸前とかいう状況でも不思議じゃないな。
そんなことを考えながら俺は疾駆する……天気は良く、砦を離れれば魔王が出現していることなど忘れるような、気持ちの良い陽気だった。
移動を重ね想定していた時点で女王キサラの墓に到着したのだが……それは予想していたものとずいぶん違っていた。
「へえ、これは……」
近くに村もあったので少し聞いてみると、多少なりとも管理しているようで、かなり綺麗なものだった。
ただ、女王の墓というにはずいぶんとシンプルで、彼女の名前が刻まれた墓石があり、それを中心に整備されているような形。ただこれはどうも幾度か再建されているようで、作られた当時の墓とは異なるらしかった。
「うーん、建て直しをされている以上、情報を得るのは難しいかな……」
呟きながらお墓の周辺を見回すと、中央にある墓石の横に、ずいぶんと古めかしい石版が一つ。
「……ん?」
俺は眉をひそめ、それをじっと見つめる。文字……のようだが、異国の言語のように何が書いてあるのかわからない。
大陸で使われている共通言語とは違うな。かといって七百年前当時に使われていたものとも違う……と、石版の隅には読める文字が刻まれていた。
『この石版だけは破棄することは適わぬ』
「……再建するにしても、これだけは残せってことか?」
世代が変わっても残すよう、この石版に文字が記載されているけど……そもそも刻まれているものは文字なのか?
とはいえ、これがどうやら後世に残したいものなのは間違いない様子。うーん、ディリオンにまつわるものなのか? 疑問ではあったが、ひとまずやることはやったので城へ戻ることにするか。
で、その道中で俺はディリオンへ簡潔に報告を行うことにした。
『墓が、残っていると?』
「ああ。けど再建はされているみたいで当時の物として残っているのは、文字らしきものが彫られている石版だけだ」
『石版……? 文字らしき、というのは?』
「読めないんだよ。何かの暗号なのか――」
『それはもしかすると、私に残したものかもしれない』
ん、どういうことだ? 疑問に思っているとディリオンは説明を行う。
『実は彼女とやり取りする際、暗号を使っていたんだよ。さすがにやり取りしていることを察知されると危なかったからね』
「はー、なるほど。そのまま魔王に宛てた文章ではまずいから、わざわざ暗号にしたものを残したのか……しかもそれが七百年経った今でも残っているとは……」
『彼女の執念、かもしれないね。そこまでして私に何か伝えたかったのか……』
少し沈黙した後、ディリオンは、
『うん、ますます作戦を成功させなければ、と思ったよ。というわけで早速だが明日、行動に移させてもらう』
「神族が来る前にアクションを起こす、だな」
『そうだ』
「俺は何をするべきだ?」
『ひとまず魔物を出現させるから、それを退治してもらえばいい。あと、私の分身をそちらへ派遣するけど、それを倒すのは誰なのかについてはそちらにお任せするよ』
「分身か……」
俺が直接やってもいいけど、騎士団に花を持たせてもいいな。
「わかった。なら、そうだな――」
そうして俺とディリオンは打ち合わせを開始する。俺が移動する間、ひたすら会話が続き、結局話し合いが終了したのは、俺が砦へ戻ったときだった。