勇者の力
俺が迎え撃つ構えを示した直後、魔王が選択したのは愚直な突撃。しかしそれは俺以外の全員を吹き飛ばすどころか、さらに城すら半壊させそうな勢いを伴ったものだった。
それに対し俺は、真正面から相対する。魔力を静かに高め、構える。
――本来、人間である俺がこれだけの力を持った魔族と正面から戦えるような力はない。人間と魔族、ひいては魔王とでは魔力を抱えられる器が違いすぎるはずで、だからこそ人間は強力な武具を用いて魔王に挑む。
けれど俺は違う……原因は前世。俺も最初から強かったわけではない。長い時を経て試行錯誤し、手に入れた力……それが人間になった今も通用している。
刹那、こっちの剣と魔王のかざした腕が激突し、せめぎ合う。完全に拮抗し、力と力の勝負となる。
「馬鹿な……!」
それに魔王が反応。さすがに捨て身の攻撃を受け止められて、衝撃だったようだ。
「なぜ、人間がこれほどの力を……!」
――俺は現在体を強化する魔法を使っているわけだが、そのやり方次第で強化の度合いが大きく変わる。膂力を倍加するようなものも現代の魔法では存在しているが、俺の魔法は倍どころの騒ぎではないくらいの強化度合い……それにより、目の前の魔王の攻撃を受け止めることができているというわけだ。
さて、十分驚愕してもらったところで今度は絶望を味わってもらおう――そんな考えを読み取ったのか、魔王は一度体を震わせた。もしかすると、無意識の内に殺気を発していたかもしれない。
ともあれ、俺は剣に力を注ぎ込んだ。結果、捨て身であるはずの魔王を押し込んでいく。
「ぐ、う……!」
ここで魔王は選択を迫られる。このまま勝ち目のないせめぎ合いを続けるか、それとも後退して体勢を立て直すか。
どちらを選んでも勝機が薄いことは明白だが……魔王は後退を選択した。俺の剣を受け流し一歩距離を置く。
こちらはすかさず追撃。刀身に注いだ魔力はまだ維持されている。これをまともに食らえばさすがに魔王もひとたまりもない。
それは相手もわかっているようで、俺の剣戟を魔王はまずかわした。しかし俺はさらに踏み込む。そこで、
「――舐めるなぁぁぁぁぁ!」
絶叫。右腕に力を集めたかと思うと、俺の剣に対抗すべき拳を放った。
乾坤一擲の攻撃。それと俺の剣が交錯し――勝負は、一瞬でついた。
さらに魔力を加えた俺の刃が魔王の拳を弾き、闇をはがす。そして剣を振り――ヒュンという風切り音と共に、魔王の右腕は肘から先が床に落ちた。
「があああああああっ!」
悲鳴なのか自身を鼓舞する声なのか。ともあれ追い込まれていることは確実だが、それでもなお俺へ向かおうとする――
けれど、その動きが突如止まった。理由はわかる。俺が、笑みを浮かべていたからだろう。
それも、喜悦の笑み……魔王がどう感じたのか。確実に言えるのは、俺が発するその表情から薄ら寒いものを抱いたかもしれない。
同時、魔王の表情が歪んでいく。滅ぼされる――まさしくそれは恐怖だった。
俺は内心満足し、一片の容赦なく剣を薙ぐ。
「が、あ……!」
呻き声。斜めに入った俺の剣により、魔王はとうとう倒れ伏す。唇を震わせ、俺のことを見据え、
「お前は、何者……」
呟き、魔王は消え失せた。
あっという間の戦いであったが、魔王にとっては死闘であっただろう。俺としてはまだまだ余裕はあったわけだし、もうちょっと戦って恐怖させるのも良かったかも……いやまあ、あんまりやり過ぎると神族とかメリスとかに余波がいくかもしれないし、まあこれはこれでいいか。
そして同時に、俺は果てしない爽快感を得ていた。前世散々俺の魔王の名を利用して暴れ回っていたヤツが滅んだのだ。ざまあみろという感じである。
「……あ」
少しして、後方からアレシアの声。振り向くと彼女と隣にいるメリスが俺のことを凝視していた。
「あなたは、何者だ?」
問い掛けはアレシアから。そこで俺は剣を鞘に収め、
「フィス=レフジェルといいます、神族様」
「フィス……レフジェル?」
はっとなるアレシア。父の姓名は知っていた様子。
隣にいるメリスもまた驚愕している……が、こっちはどう思ったか。仕えていた魔王を討った勇者の息子だからな。
そして他の神族達もザワザワとし始める。とはいえここで立ち尽くしていても仕方がないので、
「ひとまず、話をする前に魔物を討伐しましょう。外からまだ物音がしています。魔物は魔王が滅んでも消えていないようなので」
その言葉にアレシアは「そうだな」と呟き、部下達に指示を送った。
結果的に俺としては最高のデビュー戦となったわけで、たぶん戦いが終わった後、色々やることが出てくるだろう。
有名になることが目的なのでそこは別に問題ない。あとは、そうだな……ひとまず冒険者達と交流でもしておくか。
外にいる魔物も残り少なくなっていたので、敵は神族に任せ俺は冒険者を始めや兵士や騎士に対し怪我の治療を始める。治癒系魔法も習得済みなので、これをきっかけに顔を覚えて噂を広めてもらうことにしよう。
やっかみの一つでもありそうだなと考えていたのだが、俺が魔王をこの手で倒したということもあり、なおかつ勇者の息子であることが良かったのか、基本的にはフレンドリーに接してくれた。
色々と見回り一通り治療も終わった時、メリスが木陰で座り込んでいるのを発見。俺はなんとなくそちらへ向かうことに。
「……大丈夫か?」
問い掛けにビクリと肩を震わせるメリス。反応からして、なんだか警戒しているようにも見えるけど……。
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」
「……ううん、こちらこそごめんなさい」
謝るメリス。それと同時に俺は損傷した衣服に目をやり、
「怪我は?」
「自分で治療したから」
「そうか……話には聞いてるよ。メリス=ラフィエルさん」
「メリスでいいよ。フィスさん」
「ならこちらも同じでいいさ」
横に座る。首を向けていないけどチラチラとこちらを見る気配がある。
「……あなたは、父親の後を継ぐようなつもりなの?」
ふいに問い掛け。俺は少し考え、
「いや、そこまでは別に考えていないよ。単に人の役に立てれば、と思っているだけ」
「そう……」
彼女としてはどう応対するか戸惑っている感じか。そして人間として活動はしているが、前世の俺に仕えていたことを忘れて生きているわけではないな。しかし彼女の強さやその目的は一体……?
疑問に感じていると、俺に近づいてくる人影が――アレシアだ。
「ああ、えっと――」
立ち上がり礼を示そうとした時、彼女はそれを手で制した。
「改まらなくていい。まずは自己紹介からか。私の名はアレシア=ウォーナク。神族の騎士だ」
そして彼女は手を出し握手を求めた。
「勇者エルト=レフジェルのご子息……まさかこのような形で会うことになるとは」
「どうも……えっと、何かやることはありますか?」
「戦場の後処理などについては国の人間に任せればいい。それよりも騎士達からお呼びがかかっているぞ」
「俺に、ですか?」
「魔王を倒したんだ。王としても労う意味があるのだろう」
それもそうか……と、ここでアレシアは苦笑した。
「ちなみにだが、私やメリスさんも呼ばれているぞ」
「私も?」
「獅子奮迅の活躍……魔王に犠牲も少なく勝てたのは私達のおかげだと」
魔王との戦いはともかくとして、兵に犠牲がほとんどなかったのは間違いなく二人の功績だからな。これも当然だろう。
「そういうわけでフィス殿、メリスさん、王都までご同行願いたい」
俺達は同時に頷き――戦場を後にすることとなった。