ドッペルゲンガー
彼は役者である。
名を鈴山喜三郎と言い、今売れ始めている舞台俳優だ。
贅沢をできる程では無いが、最近、鈴山は漸く自分の稼ぎで食っていけるようになっていた。彼は次の母の日に、初めてまともな物を買えそうだと喜んでいた。
順調に見えた鈴山だったが、自分がこれまで演じてきた劇の何れよりも信じられない出来事に遭遇することになる。
「よう、この世界の俺」
「な……‼」
鈴山の目の前に、自分そっくりの男が現れたのである。
「この四次元じゃあ、俺は役者みたいだな」
呆気に取られている鈴山を他所に、その男は感慨深げに言う。
「四次元?」
これがドッペルゲンガーというものなのかと恐れ慄いていた鈴山だが、男の口から出た奇妙な言葉に思わず反応した。
物思いに耽っているような姿を見せていた男は、ああそうだったと言い、鈴山に説明をした。
「俺は三次元から―――いや、お前から見た場合で言うところの二次元から来た斎藤紋一郎だ」
そう言って男はポケットから二つの切符の様な物を取り出した。
「こっちが四次元行きの切符で、こっちが二次元行きの切符だ。三次元ってのは、自分が生まれた世界の事で、四次元ってのは、三次元を創作物とする世界。そして、二次元ってのは、三次元にとっての創作の世界だ」
堂々と言い切る斎藤だが、
「…………はぁ」
聞き手である鈴山にはよく理解出来ないでいた。それもそうだろう。斎藤と名乗る男の言っている事は現実離れしている上に、抑斎藤が何を言っているのかすら解らなかった。
すると斎藤は、先ほど取り出した切符の様な紙切れと同じ二枚一組の物を取り出し、鈴山に手渡した。よく見ると、一枚には「2」、もう一枚には「4」と書かれてある。
「兎に角、使ってみな。二次元の切符で二次元に行ったら四次元の切符で、四次元の切符で四次元に行ったら二次元の切符で元の世界に帰ることができるからな。せっかくの機会だ。この経験がお前の仕事に役立つかもしれないぜ」
そう言われ、鈴山も少し乗り気になる。
「うーん、俄には信じられんが。ところで、仮にその何次元ってのに行くとして、どうすれば行けるんだ?」
それを聞いた斎藤はニヤリと笑い、
「簡単さ。こうすれば良いのさ」
そう言って、斎藤は素早く鈴山の手を掴み、そのまま鈴山自身の頭に押し当てた。
「な……‼」
次の瞬間、鈴山は意識を失ってしまった。