終
「いつになったら終わるのかねえ」
静かな寺の中で、俺は彼女に向けて呟く。
ずず、ずる、ズズズ。
歪な足音が聞こえる。彼女が来たようだ。
「終わりは、来るのかねえ」
視線の先に彼女がいた。
血だらけの顔面。ちぎれかかった腕と足首。何度見ても痛々しく、見る度に憎悪が走る。
「俺のまじないは、君をいつ救えるのかねえ」
この寺を引き継ぐ前からその事は知っていた。
ここで無残に殺されてしまった少女の事。悔やんでも悔やみきれない。何故そんな事が起こってしまうのか。
そして私はまもなくして彼女を己の眼で見る事となった。
激しい怒りと憎しみ。理不尽に潰された命は、破壊された肉体と共に召される事無く魂をその場に留めていた。
納得だった。それはそうだろうと思った。
彼女の成仏を願った。祈った。それが自分に出来る事だ。
だが、いくらやっても彼女は成仏出来なかった。
“アイツラモオナジ”
彼女は言葉少ないが、俺に自分の気持ちは言葉で伝えてくれた。
その言葉の意味を、俺はすぐに理解した。
彼女の命を穢し続ける人間が、この世には多く蔓延っているという事だ。
子供の遊びだと笑って許せるものもある。
だが、命の価値を知り、学び取ったはずの人間達が、彼女の身に起きた事を知りながらも彼女の死を愚弄しに来るのだ。それを野放しに許す事など出来るのか。
何がおもしろい。何の為にこんな事をする必要がある。
彼女の魂が穢れ、成仏に辿り着けない理由がそれだ。
生きていた彼女を無邪気に破壊した者。
“アイツラモオナジ”
死した彼女を見世物のように愚弄する者。
同じだ。むしろ彼女を殺すよりもそれは許しがたいものだ。
「分かった」
強い恨みと憎しみを抱えながら、その実、力は相手に恐怖を与える事しか出来ない程、彼女は弱い。彼女を馬鹿にする者達に触れる事も出来ず、何一つの仕返しも出来ない。
それが、どれだけ彼女にとって辛い事か。
ならば、捨てよう。
今まで俺が歩み、学んできた神道、仏道が通じぬのなら、そんなものはいらない。
彼女が求めるもの。彼女が救われる為の力を、俺は使おう。
規則や慣習など知った事か。彼女を救えぬのなら意味がない。
「俺がやろう」
君の想いを俺が形にしよう。
そして彼女を馬鹿にしてきた者達に、俺はまじないを唱え始めた。
呪いだ。
寺だからと言って除霊や浄霊を期待しているだろうが、そんなものを与えてやるわけがない。
『男女二名、飛び降り自殺』
新聞の隅に載っている小さな記事を見つける。
俺は彼女の方を見る。
「お?」
他の人間は彼女を見て恐れる。悲鳴をあげる。
愚かの極みだ。何も怖くなどない。彼女を恐怖の権化に変えてしまったのは、愚かなお前達自身ではないか。
「少しは、力になれてるかな」
彼女を初めて見た時、その形相は凄まじいものだった。
だが今彼女の口元は、ほのかに笑顔をつくろうとしている。
君がいる。
故に呪う。
いつか、君の魂が本当に救われる日まで。