(5)
「そこ座れ。すぐに終わらす」
私と恭介はどことも分からない寺の中の座敷に座らされていた。
目の前には仏像が仏壇の中に祭られており、その前には何本もの蝋燭が灯されている。
「まったく。どいつもこいつも……」
ぶつぶつ言いながらも丸坊主の男は何かの準備をしていた。
あの後、この近くの寺の住職だと名乗る、上下黒いジャージ姿、丸坊主の男に連れられ、この寺に連れてこられた。
道中、男は私達に向かって初対面の人間に向かって信じられないほどの罵詈雑言とも呼べる荒らしい言葉を並べ立てた。
愚か者。馬鹿者。クズ。恥を知れ。無駄で下等な命。このような類の言葉をぶつぶつと投げかけ続けてきた。
恐怖が抜けきっていない状況で、最初男の数々の言葉は意味不明ではあったが、心がしっかりしていくにつれ、やがて怒りの感情が湧いてきた。
「そこまで言う事ないんじゃないですか?」
そう言うと、男は冷たい視線で言い放った。
「ここで何があったか知ってる癖に、その命を踏みにじるような輩に紡げる言葉などあるのか?」
私は何も言えなかった。
酷い言葉を含みながらも住職が説明してくれたものは、恭介から聞いたものとさして変わりはなかった。
話通り、ここでやはり少女が無残にも殺された事。そして、いつしかここが心霊スポットとして話題になり、遊びでこの地を訪れる者が後を絶たず、私達と同じような体験をして逃げ込んで来たり、こうやって自分で確認しに来るのだと言う。
「女を見ただろ? 相当怒ってる。当たり前だよな。ちょっとでも考えれば分かる事なのに、脳味噌は何処に行った?」
彼の言う事に間違いはない。だが、自分だってそんな事は分かっている。
「私だって、罰当たりな事ぐらいは分かってます。でも、彼が――」
「だったら止めろ。止めるどころか、お前はこいつと一緒に来てるじゃないか。野次馬根性で付いて来たんだろ? 本当はお前だって興味があったんだろ? 面白半分で。あの子に同じように説明できるか? 彼がどうしてもと言うから仕方なく付いて来た、と。悪いとは思ってるって」
「それは……」
「悪いと思うなら初めからするな、クズ共が」
ぐうの音の出ない苛烈な正論を聞き、今こうして住職に言われた通り彼の除霊を待っているのだ。
「あぐらかけ。そんで、目つぶって俺がいいと言うまでじっとしてろ」
男に乱暴にそう言われ、私は目を閉じた。
やがて男は念仏を唱え始めた。速く淀みなく、聞き慣れない言葉の羅列が機関銃のように凄まじい勢いで連なっていく。
どれぐらい続いただろうか。
延々とも思えるほどに続く念仏がふいにぴたりと止まった。
「目開けろ」
言われた通り目を開く。中腰になった住職が私達の事をじっと見ている。
「お、終わったん、ですか?」
恭介が震える声で尋ねた。住職の表情は凍っているかのように微動だにもしない。
「やる事はやった。これで終りだ。帰っていい」
その瞬間、恭介と私は思わずため息を漏らした。ようやく安心が訪れた。
「あ、ありがとうございました」
私は住職に向かって礼を言った。住職は何も言わず、私達に背を向けた。
「帰ろう」
恭介が私の肩に手を置いた。その手を私は勢いよく振り払った。
「とりあえずあんたとは終わりだから」
恭介の表情を見る事なく、私は歩き出した。
終わった。一瞬の事だが、一生忘れない恐怖だった。
けど、気になる事は残っている。
あの女の言葉。
最初途切れた言葉だったが、最後に一度だけ、繋って聞こえたのだ。
“ア ナ タ タ チ モ オ ナ ジ”
あれはどういう意味だ?
そしてもう一つ。
去り際、住職が独り言のように何かを呟いたのだ。
「いつになったら、終わるのかねえ」
そんな風に聞こえた。
ともかく、帰ろう。
ひどく、疲れた。