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(4)

 ムコウカラ。マワサレテル。

 ドアノブが。それはもう答えだ。

 

 向こうに何かがいる。


 ぎいぃいいいいいとドアが音を立てながら、開く。私達のいる廊下と、ドアの先の部屋との二つの空間の境目がじわりと繋がっていく。ドアに隙間が出来る。しかしその先も同じく暗闇で何も見えない。だからと言ってスマホの灯りをかざす勇気もない。それで何かが見えでもしたら……。


「……止まった……」


 彼の声と共に、ドアの動きが止まった。5cmほどの隙間。僅かな隙間だが、それが恭介の力ではない別の力で開けられたものである事を考えれば、それは瞬時に絶大な恐怖へと切り替わる。

 私も恭介もその場で立ち尽くした。


「ねえ、帰ろ。ね?」

「……」


 恭介は答えない。悩んでいるのか? 何を悩む必要がある。さっさと立ち去るべきだ。そう思っていたのに、あろう事か恭介は一歩を踏み出したのだ。

 終わりにしよう。ここから出たら、この男は終わりだ。私は固く決心した。


「お?」


 そんな決心を固めた事など露も知らない彼が、途端素っ頓狂な声をあげた。彼の視線は下に向いている。自分の足元。恭介がスマホで足元を照らした。

 ほんのりとした光が闇を少しだけ弱める。照らされた部分が、明確に視認出来るようになる。そして、視界が瞬時に捉えた情報を分析する。


 顔。


 髪。


 首。


 血。

 

 女。


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 私と恭介がそれを認識したのはほぼ同時だった。だが先に動いたのは恭介だった。彼は私を突き飛ばし、勢いよく駆け出し階段を下りて行った。


「いや、いやああああああ! きゃあああああああああ!!」


 声に鳴らない悲鳴。今にも力が抜けて倒れそうなぐらつく足を必死に踏ん張り、私もその場から駆け出した。


“……モ……オ…ナ、ジ……”

 

 また声が聞こえた。

 それに、何だ。何だ今の。

 女の首だった。ドアの隙間の一番下にごろりと転がるように女の首があった。ぬらりと血のような赤黒い何かでべとついた髪が顔に張り付き、その髪の間から見えた血走った眼球がはっきりと私の方を捉えていた。


 急いで家を飛び出す。恭介は悲鳴をあげながら、すでにかなり前の方を走っている。言葉が出ない。とにかく必死で走る事で精一杯だった。

 呼吸の仕方が分からなくなり、不規則に酸素が入り、その空気をうまく吐き出せない。足もうまく動いていない。自分は今走れているのか。とういより、今自分はどこを走っているんだ。頭もうまく働かない。ただただ遠ざかっていく恭介の後を必死に追いかける。


「うわあああああああ、ああああああああああああ!!」


 前の方でつんざくような悲鳴が聞こえた。私はざざっとその場で慌てて足を止める。

 悲鳴は恭介のものだった。という事は、前も駄目なのか。このまま進んでも助からないのか。かと言って後ろに戻るなんて無理だ。

 少しの逡巡の末、私は再び前に走り出した。暗い砂利道の先にへたりこんでいる恭介の姿が見えた。彼のもとに屈み、彼の背中に手をあてる。


「は、は、は、あ、はあ、ひ、あ」


 恭介は何を見たのか。呼吸とも言葉とも呼べない、切れ切れの言葉が彼の口から断続的に漏れている。


「立って! 逃げよう! 早く!」


 彼を何とか立たせ、私達は車を置いた先に歩を進める。恭介の足取りがおぼつかなく、思うように前に進めない。この間にも後ろからあの女が迫って来ていたら。そう思うと気が気じゃない。

 だがやがて、遠くの方に恭介の車が見えてきた。

 早く早く!

 恭介は運転出来そうもない。運転は苦手だがそうも言ってられない。助かりたい一心で足を進めた。 

 もう少し、もう少し。


 ――ん?


 しかし、進むにつれ景色に違和感がまざる。

 車の横で、何かが動いている。それは黒い影のようで、靄がかりも成人ほどの背丈があるものという所まで確認できた。


 ――何、何? そんな……。


 一瞬で絶望的な気持ちに沈んでいく。車にまで、もう魔の手が伸びているというのか。

 どうする。どうする。

 そう思っていると、影がこちらを見た気がした。そしてその影はざっざっとこちらの方に動いてきた。


 まずい。恭介を置いて逃げるべきか。でも体力も気力も既に失せていた。

 終わった。

 どうなるか分からないが、ここで終わりなんだ。そう思った。だが、影がやがて認識できる距離にまで来た時、その思いは覆った。


「お前ら、ここで何してる」


 影は、私達にそう言った。


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