(3)
「行ってみよう」
「え?」
言うや否や、恭介はまたさっさと歩きだしてしまう。一人置き去りにされる恐怖と、そこにあるかもしれない未曾有の恐怖に二人ではち会うのとどちらか選べと言われたら、彼についていく他ない。
すでにがらりと戸を開き、家屋の中に入り階段を登っていく恭介の後を慌てて追いかける。
「……何よもう」
何に対してかは分からないが、自分がここにいる事を確かめるように私は声を出す。そうしなければ、家屋の中に立ちこめる邪気のようなものに打ち負けそうになる。小走りで恭介のもとに追いつく。灯りがない中、恭介と同じようにスマホのライトで中を照らす。頼りない光源を足元に向けながら、ギチギシリと軋む階段を昇っていく。
階段を昇りきった先は左右に廊下が続いていた。誰かがいたと思われる部屋は左側だ。
恭介は迷う事無く左へ進む。この男に恐怖心というものはないのだろうか。不覚にもそこに頼りがいを感じながらその背に続く。
ギシギシリ。ギシギシリ。軋む音がいやに耳に響く。こんな恐怖を抱えながら、更に恐ろしいものがいるかもしれない場所に踏み込もとうとしている。気のせいか。進むごとに空気が重くなっているように感じる。
“……ナ……”
「え?」
――何、今の?
「恭介」
「あ?」
「何か聞こえた?」
「は? いや、別に」
「……そう」
「何。そんな安い演出で俺ビビらねえぞ」
「そんなんじゃない!」
“……ナジ……”
「嘘……嘘……」
先程よりもはっきりと聞こえた。声だ。人の声だ。
「恭介、駄目! 帰ろ! ここほんとに駄目だよ! なんかいるよ!」
恭介の腕を掴み駄々っ子のように振る。二十歳をとうに過ぎた人間がするにはあまりに幼稚な動作に思えたが、そんな事など構っていられない
「お前いい加減にしろよ」
恭介が冷めた視線で私を見る。人間の感情としてひどく間違っている。私がこんなにも怯えているのに、何故この男は一つも理解しない。しようとしない。寄り添わない。
「いい加減にするのはあんたの方だよ! 声がするのさっきから! 私霊感なんてないけど、はっきり聞こえたの!」
「じゃあなんで俺には聞こえねえんだよ」
「知らないわよ! とにかく出ようって!」
「お前、ほんと五月蠅い。だったら証明してやるよ。この扉を開ければそれが分かるだろ」
私達の前には一枚の扉。その先に答えがある。でも私には分かる。
居る。絶対に。そして、開けてはいけないと。
だが、私の願いはまるで通じず恭介はドアノブに手を伸ばす。ぐっとノブを握る。
その時、
「あれ?」
恭介がここに来て初めて困惑の色の声をあげた。
「何。何よ?」
問いかけても恭介は答えない。恭介の手を見る。彼の右手が、ノブと共に回る。
だが、そこで何か歪なものを感じた。
何だ、この違和感は。
「は? はあ?」
恭介の声に更に困惑が増す。そしてそこには恐怖が混じっている事が分かる。
そして次の恭介の声で、私が感じた違和感と彼の感じた困惑の意味を知る。
「……向こうから、回されてる……」