(2)
そう思ったのだが、実際にその場に踏み入れて真っ先に訪れた感情は大きな後悔だった。
あの日初めて向こうの世界に触れた時の恐怖と同等の感覚が一気にではなく、じわりじわりと足元からのぼってきた。
暗いだけで、何故ここまで怖さを感じる。
いるからだ。何かがいる。良くない何かが。
「いいねー。少女の怨霊が渦巻いてる感じするじゃん」
こんな時でも暢気に構えている恭介が信じられず、殴り飛ばしたくなるような怒りすら覚えるが、その鈍さと図太い神経が羨ましくもある。
「行こうぜ」
恭介は一人で先に歩き始めてしまう。
「あ、いや。ちょっと待ってよ!」
私はほつれる足で恭介の後を追いかけた。
ここに来るまでに、恭介からこの場所にどういったいわくがあるのかを教えてもらった。
この先にある廃墟で、ずっと昔殺人事件があったそうだ。とある男が下校途中の女子中学生を攫い、人気のないこの奥にある廃墟で彼女を甚振り、殺した。
胸糞の悪い事件だ。少女の無念を想えば、悔やんでも悔やみきれない。同じ女として尚更その感情は強く自分の中に込み上げた。
犯人はその残忍さから死刑となった。だがここには彼女の怨念が残り、訪れた者に確実に不幸を与えると言われている。ある者は事故に、ある者は事件に。強烈な恨みは無差別に彼女に関わった瞬間に被害をこうむる。そう言う場所だそうだ。
もっともだ。彼女からすれば私達のような野次馬連中は怒りの対象そのものだろう。自分は悲惨な最期を遂げたというのに、へらへらと自分の事を興味本位で身に来る存在など害悪でしかない。
だがもう私達は来てしまった。噂が本当なら、私達の不幸は確定だ。
「あれじゃねえか」
さくさくと先を歩く恭介が歩を緩め、遠くに向かって指を差した。
その先に目を凝らすと、闇の中にひっそりと佇む建物が見えた。元は民宿か何かだろうか。一軒家のようにも見えたが、それにしては少し大きく広いように見える。こんな所に何故こんな建物があるのか。
「この中でやられちゃったわけか」
思わず恭介を睨んだ。この中で実際に女の子が殺されたというのに。
終わりにした方がいいだろうか。こんな不謹慎な発言をする男と自分はどうして付き合っているのだろうかと改めて不思議に思った。
「おい」
その時恭介が今までのおどけたものとは違う声音を発した。
「何よ」
「今、何か動いたぞ」
「どこよ」
「あこ、二階」
恭介が建物の上の方を指差した。ちょうどそこには窓があり、内側にはカーテンだろうか、何か布のようなものがぶら下がっているようだ。擦りガラス越しではあるが、その布はゆらゆらと揺れていた。