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[2]

「すみません、遅くなって……丘の頂上で眠ってしまって」

「え? あぁ、そんな遠くから悪かったね。まったく……まだまだ子供だな」


 戻った戸口から出てきたジョルジョは、娘の寝顔を覗き込んで小さな声で笑った。


「悪いがルーラの部屋まで……あ、いや、私が運ぼう。君も疲れただろう。少し客室で休んだら、リビングに出てきてくれるかい?」


 そうしてアメルの返事を待つ前に、ルーラに手を伸ばした。彼女の部屋には既にドレスが飾られている。式を目前に見られてしまうのは、きっとルーラも悲しむだろうと思えばこその配慮だった。


「あ、いえ……ではリビングでお待ちします」


 ルーラを父親に預けたアメルは、そう言って奥へ向かった。ジョルジョは一つ安堵の息を吐き、娘の幸せそうな寝顔を見つめて、彼女の部屋を目指した。


 ──さすがに疲れたんだな……。


 自分のベッドに寝かされ直しても尚目覚めないルーラに、ジョルジョは愛情のある苦笑を洩らした。おそらく昨晩は気が気でなく眠れなかったに違いない。今朝はリビングの清掃に菓子作りと、あたふたと動き回っていたし、二人の訪れる時間が近付くほどに、ルーラの緊張の度合いは、誰が見ても分かる様子になっていった。


 ──良かったね、ルーラ。幸せになるんだよ。


 静かな寝息を立てる娘の手の甲に口づけて、ジョルジョは部屋を後にした。カーテンの閉じられたしっとりとした空間は、やがて彼女の眠りを深く濃く導いていった。




「あの……船長……ここまでしてもらっては……」


 ジョルジョが戻る頃には、既にアメルは着せ替え人形と化していた。テーアとラウラ、ルイーザは、真剣な表情で衣裳屋の選ぶタキシードを吟味し、何やら注文をつけている。その張り詰めた雰囲気に、ジョルジョは少々アメルへ同情の目をやりながら、ソファの片隅に出来るだけ小さく身を屈め腰をかけた。


「いや、君のためももちろんだが、ほとんどはルーラを想ってのことだ。どうか付き合ってやってくれ。本当は仕立ててやりたいところなんだが、時間もないのでね、既製品で申し訳ないね」

「旦那様、こちらのご新郎は少々身の丈はございますが、肩幅などは平均値です。お陰で多数から選べますよ」


 にこやかな笑みを(たた)えた衣裳屋は、あれやこれやと荷物から色とりどりの上着を取り出し、女性陣に披露していた。


「ルイーザさん、こちらなんてどうかしら? あーでも彼の髪色にはもっと濃い色の方がいいかしらね」


 テーアは自分の式を思い出したのか、一番の張り切りようで淡いグレーのそれを手に取ったが、


「息子のためにお手数を掛けてしまって……」

「いえいえ! 兄が出来なかった分、姪の式は華やかにしてあげたいじゃないですか。あ、こちらの紺色も素敵ですね」


 次に目に留まった深い青の上着をルイーザに差し出してみせた。


 ──これは、しばらく掛かりそうだな……。


 女性達の真中に立たされた困惑気味のアメルをぼんやりと眺めながら、ジョルジョは自分でなくて良かったと、しみじみと深い息を吐く。途中から本気になり出したルイーザも、テーアのペースに乗せられて、息子に上着を当ててみては鏡を覗き込み始めた。ラウラはその周りをちょこちょこと動き回り、アメルの顔と衣裳を交互に見上げている。


「あ……これ……」


 それから四、五十分経った頃だろうか、ついに衣裳屋が持ち込んだ内の最後の一着を身に着けた時、女性三人は言葉を失いアメルを凝視したが、


「……メル……アメルっ!」


 遠くから彼を呼ぶ声が聞こえ、それは徐々に近付いていた。


 ──ルーラ?


 彼女が初めて現れたあの扉の向こうから、パタパタと駆け寄る足音は大きくなり、慌てた顔のルーラが現れ、そして──


「アメルっっ!!」


 その大声にウトウトと船を漕いでいたジョルジョは、何事かと驚いて辺りを見回した。


「どうしたの? ルーラ?」


 同じくキョロキョロと落ち着かないルーラに、歩み寄ったアメルが彼女の視界に入った途端、震える指先が彼の胸にしがみついていた。


「アメル……いた……」

「え?」


 彼を掴まえた掌が背中に回り、ギュッとその温もりを確かめる。


「全部……夢だったのかと、思ったの……。良かった……夢じゃなかった……──」


 そこまで何とか言葉を繋いだが、そのまま泣き出してしまう。


 ──何て……この女性(ひと)は、こんなに可愛いんだろう……──。


 アメルは改めてそう思い、心の奥底からの想いを込めて強く抱き締めた。今一度誓う。ルーラを幸せにするのだと。


「あの()、分かってるわねぇ。一番似合うタキシードを着たアメルに抱きつくなんて」


 少し離れて二人を見守るテーアは、そう笑って兄にウィンクをした。


 漆黒の生地を縁取るように明るい白のラインが入った、トラッドながら斬新なタキシードのアメルは、いつになく紳士な青年に映って見えた。


 ──見せつけてくれるのは構わないがね。明日の式に使えなくなるほど泣かれては困るのだが……。


 心配しながらも、ジョルジョはより一層幸せな面持ちで二人を見つめる。


 やがて彼がタキシードを(まと)っていることに気付いたルーラは、ようやくアメルの懐から顔を覗かせて、涙に濡れたままの絶品の笑顔を彼に向け、叫んだ。


「あっ……あの、アメル、凄く似合ってる!」

「え……? あ、あり……がと……」


 はにかみながらもアメルは、彼女と同じ笑顔で応えた。

 きっとこうして明日も、楽しく笑ったり泣いたりするに違いない。




 ──ルーラのドレスはどんなだろう?


 あの初めて再会したシレーネ就任式の煌びやかな衣装より、確実に素晴らしい筈だとアメルは思った。


 何故って──この目の前に立つ麗しい彼女は、あの時にも増して美しく(あで)やかで、どんなドレスでも華やかに見せてしまうに、決まっているのだから──!




   【α に続く】




 ちなみに初夜の明けた朝、アメルは再びルーラにくすぐられます(爆)。




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