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[5] (※)

「そろそろかな……?」

「え?」


 予定通りの出航を果たし、アメル以外の船員達を乗せたジョルジョの船は、順調に西を目指して進んでいた。


 以前ラグーンへ旅した時のように、船首に近い甲板に置かれたコンテナの中で、揺らぐ水面に上半身を出したルーラは、隣に立つ父親の遠い眼差しを仰ぎ見る。


「ルーラを以前乗せた時も、この辺りで渦潮が起こったんだ。あの時はアメルが帆柱から落下するし、船は渦に引き込まれるし……まったく驚くことばかりだったね」


 懐かしそうに微笑むジョルジョは、ルーラの少し緊張した顔を見下ろし、コンテナの端に腰をかけた。


「さて、今回はどんな『お迎え』になるだろう。確か前回は船よりも高く水柱が吹き上がったが」

「いつも違うの?」


 好奇心の色を見せ始めた大きな瞳を瞬かせ、ルーラは父親に問うた。『それ』が来たら、ラグーンに向かえることになる。鱗も尾びれも捨て、人間の身体が手に入る──。


 しばらくして右舷前方に小さな雨雲が幾つも集まり、激しくにわか雨を降らせ始めた。それが前兆だと気付いたジョルジョは、おもむろにルーラを抱き上げ、船員達と共に移動し、彼女を船縁(ふなべり)に座らせた。


「父様……」

「私達は此処で待っているから。行っておいで、ルーラ。アーラ様に宜しくな」


 そうして娘を抱き締め、額に口づけて、少しだけ泣きそうな表情の後に温かな笑顔を見せた。


「ありがとう、父様、みんな」


 同じ表情をしたルーラも父親の頬に口づけ、既に雨を降らし終えて散り散りに逃げていく雲と、その下の海面を振り返った。やがて太陽が強い陽差しを注ぎ、沢山の虹が現れ、その内の一つがルーラの許に辿り着いた。


「行ってまいります。父様、みんな!」


 虹に導かれるように、ルーラはとびきりの笑顔と共に背面から海へ飛び込んだ。


「ネプチューンの御加護を……」


 二年前と同様に祈りを捧げ、海に吸い込まれる娘の晴れ姿を目に焼きつける。ついに人魚の姿最後となったルーラの尾びれを見守りながら、ジョルジョは胸にこみ上げる熱い想いの中にテラの面影を見た気がした。


 ──良い娘に育ったよ、テラ。


 虹はまもなく淡く消え去ったが、ジョルジョの心にはいつまでも、鮮やかに遥かに架けられていた──。




挿絵(By みてみん)







   【SIDE * ルーラ】



 それから四ヶ月と七日後──。


「良く来たね、アメル、ルイーザ……随分元気そうじゃないか」


 秋の始まりは水分を含んだ涼しい風が、素肌に心地良くて好きと思った。そんな爽やかな空気と一緒に、『我が家』に二人が現れたのは、まだ午後も早い時刻のこと。


 エントランスの陰から微かに声だけは聞こえたけれど、姿を覗く余裕はなくて、リビングに導かれた背中だけをチラリと目に入れ大きく息をつく。

 小さな温かな手が、あたしを促すように繋いだ手を引いてみせた。見下ろして同時に頷き、リビングの向こう側へと静かに回り道をした。


 テーアおば様はあたし達の佇む先のキッチンで、優雅に紅茶を淹れている。ふくよかな香りが漂い、高鳴る胸が少しだけ和らいだ気がした。やがて鈴なりの葡萄を抱えて、ご自慢の紅茶を供したおば様は、入れ替わるように呼ばれた彼女の娘ラウラの向こうから、父様そっくりのウィンクを投げてくれた。


「初めまして、ラウラ。僕、アメルです。どうぞ宜しく」


 子供と話す彼の口調なんて初めて聞いたけれど、いつも以上に優しい声で心から安堵した。それからすぐラウラが戻って、あたしの許に満面の笑みを見せる。


「どうだった? ラウラ?」


 真正面にしゃがみ込んで、ドキドキする鼓動を抑えながら、あどけない従妹(いとこ)の瞳を覗き込んだ。


「ルーラおねえちゃまの言うとおりだったわ」

「そ? ってことは、ラウラにも合格ってことね?」

「うん!」


 気持ちいいほどの即答に、つい鏡で写したような笑顔を向けていた。 


 それから音を立てないようにゆっくりと立ち上がって、父様の言葉に耳を澄ました。アメルはどんな反応を示すのかしら。これでイエスと言われてしまえば、もうおしまいだ。あたしの出る幕はない。 

 

 同じく聞き耳を立てるように硬直したおば様とラウラの瞳は、見えなくてもリビングの三人に向けられていたけれど、あたしは胸元のルラの石を両手で包み込んで、思わず目を伏せてしまう。


 お願い、ノーだと言って……!


 瞼を閉じれば、あの出逢いから旅の往復、そして別れた後の二年半が昨日のことのように思い出された。色々なことがあって、色々な気持ちが表れて、傷ついたこともあったけれど、結果は嬉しいことばかりだった。だから……今、こんな呆れたお芝居も、みんなの笑顔で終わってほしい。


「おねえちゃま、もうヴェール被った方がいいわ」

「え……?」


 ハッと開いた瞳に、両手でヴェールを掲げたラウラが映り込んだ。言われるままに膝を落として、鼻先までそれを掛けてもらう。


「ラウラ?」

「あたしを信じて、おねえちゃま」


 大人しいラウラがこれだけ話すのは珍しい。それだけ確信があるのだと気付いて、その可愛い身体を抱き締めた。


 彼女が思う通りならば、あたしはどんな風に彼の前に現れよう? どんな表情をして、どんな言葉を掛けたらいい? アメルのお母様は、あたしを受け入れてくれるだろうか?


 ラウラがスッと後ろへ離れようとするのを感じて、再び瞼を開いた。彼女は一度にっこりと微笑み、リビングへ通じる扉に駆け寄った──その時。


「ラウラ! ……ラウラ、もういいよ。連れておいで」


 少しだけ隙間の作られた扉の向こうから、はっきりと父様の呼び声が聞こえた──答えは『ノー』だ……アメルはあたしを忘れていなかった!


「あ……」


 「でしょ?」と目配せした小さな従妹が、力一杯扉に手を掛けたので、慌ててその背に続く。


 真っ直ぐ背筋を伸ばして、口角に力を入れて。

 やっぱり笑顔で会いたいと思った。笑顔でいさえすれば、幸せはあちらからやって来るのだから。


 ──始まるのね。あなたとの未来が。




 そして……扉は開かれた──




   【本編一作目 終章二話に続く】




 最後までお目通しを本当に有難うございました!


 文末にございますように、本編一作目『Sapphire Lagoon』の終章二話目に続きますので、本編をご存知の方も、ご存知でなくいらして「何が『ノー』だったの?」と首を傾げてしまった方も、是非このままそちらへ飛んでみてください☆ なかなか面白いのではないかと思います*




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