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Sapphire Lagoon [サファイア・ラグーン1作目]  作者: 朧 月夜
【第十二章】[紅蓮の牙]
33/52

[仇] -1-1-

姉様(ねえさま)!!」


 先程の自分も受けた熱い抱擁をカミルもまた受け取り、甲板の上は一層華やいだ装いに思われた。が、遠巻きに沈黙する船員達の様子は、ルーラを初めて目にした時とは明らかに別の反応を示していた。


 ──口を閉ざしてしまうほどの美。


 ルーラの明るく可愛らしい美しさとは違って、カミルには息を呑むような陰のある気品があった。

 一人を除いて全員が彼女の美しさに魅せられ、言葉を掛けられるほどの勇気など、まるで何処かに置いてきてしまったかのようだ。


 そして残りの一人──船長。


 彼は「テラ……」と呟いたきり押し黙ってしまっていた。瓜二つなのかもしれない──けれど彼女が彼を愛したテラでないことは、船長自身もすぐに気付かされずにはおられなかった。そう……あの感情を持たない視線故に。


「でも……どうして、姉様?」


 銀色の髪に顔をうずめたままのルーラが問う。


「あなたのこと……心配になり出したらいても立ってもいられなくなって出てきてしまったの……大丈夫。結界の中のことはマルタにお願いしてきたわ」


 カミルは抱きついたルーラをしばらくは放さずに、再会の余韻に浸っていた。


 ──本当にそうなのだろうか?


 あれだけ人間を嫌っているカミルが──地中海の西端に存在するサファイア・ラグーンまでの往復、長旅になるのは明らかなのだ──掟を破ってまで妹を探しに外界へ出てくるなど、到底考えられる話ではない。


 ──テラの残した石……ルーラが父親と出逢って、カミルの持つその石も呼応したのかもしれない。


 僕は再びあの瞳を見てしまった以上、疑いを取り消すことは出来なかった。自然と彼女と船長の間合いに割り込む。何しろジョルジョにはカミルの心情を説明していないのだ。何が起きるのか何を起こすのか見定めなければならない。


 けれど妹を自由にして顔を上げたカミルの氷の視線は、ほんの少しだが柔らかみを帯びて、意外なことに僕を捉えていた。


「結界まではまだあと少し距離がありますが……礼を言わねばなりませんね。シレーネ様を此処まで無事送り届けてくださったこと感謝致します。約束通り貴方の大切な品をお返し致しますわ」


 相変わらず抑揚のない口調だったが、気持ちに嘘は感じられなかった。ウエストにぶら下げた小さなポーチから、見覚えのあるペンダントを取り出し僕の方へ差し出す。彼女は器用に鱗で包まれた下半身に反動を付け前進を始めたので、立ち尽くすジョルジョを背にして、僕もカミルの元へ近付いていった。彼女の後ろには嬉しそうに、その光景を見守るルーラの姿がちらついた。


「ご心配を……おかけしました」


 懐かしい金属の感触を掌で受け取って、図らずも僕自身心からの物とは思えぬ言葉を発していた。それを知ってか知らずか、気まずそうに見上げた僕の前には、その心を読ませようとは決してしないカミルの人工的な微笑が立ちはだかっていた。


「姉様……あのねっ」


 背後からの妹の声に勢い良く振り向く姉。その時彼女の背中で何かがキラリと光った感じがした。踊る長い髪。それに隠されてしまったのか、改めて目を凝らした時には、もはや確認する(すべ)はなかった。


「あの……アーラばば様から姉様は全部知ってるって聞いたの。大ばば様が全て話したって……それで、あの……あのねっ」


 突然の再会に、ルーラは何を何処から話せば良いのか整理出来ずにいるようだった。


「慌てなくていいのよ、ルーラ……分かっているわ。あなた『父様(とうさま)』を私に紹介したいのでしょ?」


 その声に僕の全身は硬直した。


 背を向けていても分かる、冷たい少し緊張した声。彼女は妹からゆっくりジョルジョへ視線を移した。そうして再び現れた彼女の口元は、何かを覚悟したようにキリリと引き締まっていた。


 ──ルーラ?


 僕はカミルの向こう側から感じる視線に気付いた。


 カミルとジョルジョを交互に見つめる心配そうな表情が、時々こちらに向けられていた。まるで助けを求めるかのように──助け?


 そんなルーラを阻むかの如く、横顔を見せるカミルの後ろ髪が舞い上がった。背中のリボンの結び目にしなやかな右手が近付く。先程の光が再び垣間見えた。それはやがて彼女の両手に握られて、ジョルジョを標的に鋭く突き進んでいた。


「やめてぇぇぇぇぇぇっ!!」


 両目を両手で覆って倒れ込んだルーラの叫び声が、一瞬空気を切り裂いたかのようだった。


 ──ナイフ。


 彼女はジョルジョを殺そうとしたのだ。

 僕は寸でのところでカミルの手首を押さえ、その行為をとどめていた。


「くっ……」


 両腕を封じ込められたカミルの口惜しそうな眼つきが僕を睨みつける。


「ねっ……姉様っ!!」


 ルーラはほとんど腰を抜かした状態で、半泣きしながらもがき寄った。微動だにしないカミルの尾びれに必死にしがみついていた。


 頑なに結ばれた細く長い指をほどいて、僕はカミルからナイフを取り上げ、すぐ後ろで同じく動こうとしないジョルジョの顔を見上げる。


 ──船長?


 その雰囲気は「驚きで言葉も出ない」という様子ではなかった。優しさを湛えてカミルを見下ろす瞳。分かっていたのか? 彼女が自分を憎んでいることを。


「いいんだ……アメル、ルーラ。彼女を自由にしてやったらいい」

「……父様……?」


 その温かみのある声にルーラも僕も、彼の背後で固まった船員達も唖然としたが、独りカミルだけがその隙を狙っていたように、僕の手元からナイフを取り戻し、再び殺意の姿勢を見せつけていた。


「姉様!!」

「止めないで、ルーラ! 例えこの人間があなたと血が繋がっていたとしても、母様(かあさま)を殺したのはこの人間なのよ!」

「違う……違うわっ姉様! 母様は病気だったのよ……大ばば様だってそう話したでしょ? 父様の所為じゃないのよ!!」


 依然ナイフの先はジョルジョという的を獲たまま、自分を放そうとしない妹にカミルは苛立っていた。ルーラと大ばば様の説得も効かないカミルの思い込み──それは一体……?


「お願いよ……放してちょうだい、ルーラ。あなたは小さかったから分からなかったでしょうけれど、母様の衰弱していく姿は今でも私の目に焼きついているの……母様の病気はウイスタ様の魔法でさえも治せなかった……あんなに明るくて優しくて……私達に愛情を注いでくれた母様……死んでしまったのは、この人間が呪いをかけたからなのよ!!」

「のろ……い?……」


 ──呪い。


 ルーラは力が抜けたように姉を見上げて愕然とした。魔法の存在する世界なのだ。呪いがあってもおかしくはない。けれど愛した相手を呪うだなんて──。




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