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Sapphire Lagoon [サファイア・ラグーン1作目]  作者: 朧 月夜
【第十一章】[心奥の灯]
32/52

[想] -5-

「……」


 感じる、幾つもの視線。


「……? え……わわっ!」

「しーっ!!」


 真上から覗き込む沢山の影が、僕の叫びを(いさ)めるように一斉に口を尖らせ、人差し指を口元へ寄せた。


「すみません……僕、寝過ごしちゃいましたか!?」


 ルーラはいつも通りこれくらいの騒ぎでは目を覚まさなかったので、静かに身体を退()かしてコンテナの外へ出る。


「悪かったなぁ、起こしちまって。未だ夜明け前だよ。俺達こんな板っぺらで寝ちまったから目が覚めちまって……見たら、お二人さんが仲良く寄り添ってるからさぁ、つい見とれちまっただけだよ」


 ひそひそと声を殺して説明した船員は、それでも僕の背中を叩く力は加減せず、僕は思わず咳き込んでしまった。


 ──良かった……仕事初日から寝坊した訳ではなかったんだ。


「おっとぉ、悪い悪い。なぁ見てみろよ。お姫さんのあどけない寝顔……まるで子供みたいだ」


 僕という枕がなくなった所為か、ルーラは横向きに丸くなってすやすやと寝息を立てている。


 枕──いや、母親代わりか。


 僕は心の中で苦笑したが、船員達はそう取ってはくれなかったようだ。


「アメル……お前、お姫さんには話したのか?」

「え……何を、ですか?」


 ──この船で働けることになったこと……この人はもう知っているのだろうか?


 船員達の眼つきが変わった。何だろう……このいやらしい視線は。


「好きだってことだよ! 明日には結界へ戻っちまうんだぞ! ほれっ」


 取り囲むように立ち塞ぐ男達の、背後の一人が僕の後頭部を小突く。


「えぇっ……? あの、いや……」


 僕は頭に手をやって振り向いたが、一周何処を見回しても、ニヤニヤした嗤いが僕を見つめているばかりだった。


「こんな一緒に眠ってて、今更好きじゃないなんてことねぇだろ? なぁ!」


 以前グィードと名乗った三十歳ほどの船員が隣の男に同意を求める。


「いえ、えっと、これには訳が……」


 僕はしどろもどろに弁解の言葉を探したが、その表情は熟れたトマトよりも紅く高揚していたに違いない。


 ──好きに決まっている。でもそれを言ってしまったら……


 ルーラが苦しむだけだ。


「あのっ、えぇと……あーっ! 朝食!! そろそろ作らないと! さ、ささっ厨房! 行きましょう、厨房!!」


 僕は慌ててグィードの背中を押し、他の皆も仕方なさそうにぞろぞろと後に続いた。

 振り向いた其処には、ぽつんと残されたコンテナ。


 ──せめてもう少し、ゆっくりとおやすみ、ルーラ。


 好きだなんて、絶対言えない。言ってはいけない。それでもあと一晩最後の夜を、君と手を繋いで一緒に笑って過ごせたら、僕はきっと君を一生愛していける。──ジョルジョのように、ジョルジョがテラを愛し続けたように──。


「何だ……未だこんなに暗いのに、朝から大騒ぎだな。何かあったのか?」

「せっ、船長!」


 ぶつぶつと不満を洩らす船員達をキッチンへ導いていく途中、眠そうに出てきた船長とかち合って、全員が一斉に驚きの声を上げ、その動揺に更に船長が(おのの)いた。


「いや、あの……その……」


 船員達は先刻の僕のようにバツが悪そうな態度だ。まさか言える筈もない。彼の娘に告白させようとせっついていたなどと。


「アメル、自分から話したのか?」


 少しずつ頭の冴えてきた船長は、自分なりにこの状況の整理を試みて、僕の雇用に辿り着いた。戸惑う船員達を尻目に、僕は一足お先に心の平安を得る。


「いえ、僕は何も……」

「そうか。朝食の時にでもと思ったが、とりあえず此処にいるメンバーには発表しよう。今日からアメル……アメリゴ=フェリーニ君は、この船の一員だ。一日も早く立派な船乗りになれるよう鍛えてやってくれ! 以上!!」


 船長の大声に、其処にいる船員全員が沸き立った。溢れ出す歓声、そして昨日に続いての胴上げ。船底から驚いて飛び出してきた残りの船員やカルロも輪に加わり、逆さまになったまま見下ろした視界に、不思議そうに見つめるルーラを見つけた。


「アメル……?」

「ルーラ!!」


 僕を頭上に掲げた集団はそのまま前進を始め、やがてコンテナの真上に辿り着いた。もしや……?


「きゃっ!!」


 予想通り僕の身体は一瞬宙に浮き、そして重力のままに落下して、激しい水しぶきとルーラの叫び声が上がった。


「だっ、大丈夫? アメル!」


 全身びしょ濡れになりながら表情は笑顔なのだから、ルーラにとっては益々不可解だ。けれど背後に立っているカルロの、「彼は私達の仲間になったのですよ、ルーラ様」という説明に振り向き、僕を振り返ったルーラに宿された笑顔は、まるで自分のことのように喜びを表したこの上ないものだった。


「やった! やったわ、アメル!!」


 彼女の両腕が僕の首に絡みつく。僕は「ありがとう」と言い、彼女をそのまま抱き上げて、幸せに細めた瞳を見合わせた。


「おーいっ! 何か……何かが船と併走してるぞ!!」


 そんな驚きの呼び声が今までの空気を一気に張り詰めさせたのは、ようやく朝陽が顔を覗かせようとしている頃であった。


 ルーラを抱えたまま右舷へ走る。前方から差し込む陽の光に照らされて、その物体が波立たせる水面はキラキラと輝いていた。


「プシ……ケ……?」


 まるでイルカの如く上下に浮き沈みを繰り返す黒いボディは確かにシャチだ。

 けれどそれを結界の中にいる筈のプシケだと確認出来た理由は──。


(ねえ)……様……?」


 遠くても判別はついた。長くたなびく美しい髪。


 朝焼けがあたかも金髪に見せるが、その冷たい眼差しは、間違いなくカミルだった──。




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