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Sapphire Lagoon [サファイア・ラグーン1作目]  作者: 朧 月夜
【第十一章】[心奥の灯]
29/52

[想] -2-

 それからの僕達は何事もなかったかのように沢山お喋りをし、笑い、時々無人島へ昇って地上の世界を垣間見ては旅を続けた。


 上陸出来た島ではルーラを砂浜へ残して、海岸沿いの繁みを少々探検してみたりもした。時には季節外れの木苺を見つけることもあり、両手一杯に収穫された完熟した実は、彼女のお気に入りとなった。


 宵闇の迫る時刻には、出来るだけ浅瀬で波の影響のない岩影や窪みを見つけ、繋いだ手と手が離れぬようルーラのリボンの裾でくるんで結び、身を寄せ合って休んだ。

 ラグーン内の僕の部屋で眠るまでは、手以外触れることなく朝を迎えるのが常であったが、帰路初日の夜からルーラの枕は「僕の胸」となった。正直初めてそれに気付いた朝は、ルーラの顔を直視出来ないほどドギマギしたが、四日目の朝には既にまるで日常の如く生活の一部になっていることが嬉しくもあり、また怖くもあった。


 そう──既に三日が経過したのだ。そろそろ迎えの船と遭遇出来る筈だ。そうなれば今日までのようにはいられない。自分が海の仕事に就けなければ、永遠に会うことすら叶わない。


「感じる……父様の船、近付いてるわ」


 そう言って僕の方を振り向いたルーラは、不思議と辛そうな表情をした。

 父親に再会出来ることは何よりの喜びだろうに──結界へ戻ること、それとも僕との別れを悲しんでくれているの?


 しばらくして前方の海面に小さく波しぶきを確認し、それは徐々に大きくなって僕達の上で止まった。波が収まった後にはうっすらと船底の長細いフォルムが浮かび上がった。


「あの……アメル」


 ルーラはすぐには海上を目指さなかった。まるで誰もいない内に話さなければ、といった様相を見せる。それでもどう話したら良いのか分からないみたいに、僕を見上げるその視線は空を泳いでいた。

 けれど既に“お迎え”は来てしまった。飛び去ったあの光の玉が船から舞い降りてきて、彼女を急かすように僕達の周りを回り始めたのだ。


「ごめんなさい……何でもないの。行きましょ」


 ルーラは薄く笑んで、促すように繋いだ左手を上へと持ち上げた。その時の僕はどんな表情をしていたのだろう。残念そうな顔をしたのだろうか。それともホッとしていた? ルーラも僕の鏡にはならなかった。彼女の表情は僕に気付けるほどの何物をも映し出してはいなかった。


 海上に顔を出した目の前には、既に引き上げるためのロープが垂らされていた。更に上を見上げれば、甲板から半身を乗り出した懐かしい面々が、興奮気味に手を振っているのが見て取れた。


「みんな、いる!」


 歓喜の声を上げたルーラは僕にロープを掴むように勧めて、足先が海面から離れるのを見届けてから、魔法の力で自身を浮かび上がらせた。けれど僕の先は越さずに平行して上へ進み、同時に到着した船上は一層大騒ぎとなった。


「ルーラ!!」


 もちろんジョルジョの喜びたるや想像をも遥かに超えるほどで、きつく抱き締められたルーラは、船員の制止がなければあわや窒息死というところだった。

 僕は差し出されたカルロの手を握り締めたが、その細腕からは予想のつかない勢いで引き上げられ、まずはとばかりに髪を掻き乱され肩を組まれ、果ては胴上げまでされて船員達の手荒い洗礼を受けた。


 あの時のメンバー全員が揃っていた。もしや航海の途中なのだろうか?


「いや……実は私も皆もルーラの知らせがいつ来るかと気が気でなくて、それぞれ一度は自宅へ帰ったんだが、数日後には全員港へ戻ってきてしまってね……かと言ってどうしたものかと考えあぐねていたところに、この光の玉が物凄いスピードで現れたって訳だ。港中大騒ぎになったが、私達が船に乗り込むとこの光も治まってね……あとは食糧を詰め込んで、光の進む方向へ船を走らせてきただけだよ」


 船長は何とか興奮を鎮めて僕の質問に答え、自分とルーラを中心に依然回り続ける光の玉を指差した。やがて以前と同じように役目を果たしたと悟った光は、ルラの石に吸い込まれるように消えた。


「テラ……」


 僕にやっと聞き取れるほどの小さな声で、船長は消えゆく光に向かって呟いた。愛する人との涙石。愛しそうに父親を見上げるルーラの瞳がこちらを向いた時、その愛情溢れる表情に胸が高鳴らない訳がなかった。


 それからの僕達はカルロ自慢のランチを平らげ、サファイア・ラグーンでのいきさつを説明したが、予想通り皆の表情は暗く俯き無言になっていった。


「辛いな……」


 誰とも分からない呟きに沢山の溜息が零れる。ルーラも申し訳なさそうな表情をしたが、けれど少しニュアンスが違うようにも感じ取れた。


「いや……俺達が落ち込んでてどうする!? お姫さんを助けられるのは俺達だけなんだ。なぁ、お姫さん。結界とやらから出てきたら何でも協力する! 遠慮なんてなしだぜ!!」


 少々やさぐれた感のある若い船員が、突如立ち上がって皆に喝を入れた。今まで口ごもって考えていた面々も、尻を蹴り上げられたように総立ちし賛同する。それはあたかも特に策のない今という時を、忘れようと努めているだけにも思えた。


「そうだ、そうだっ! お姫さんを守るぞ!!」


 ──トクン。


 ──守る……か……


 自分の信念として掲げてきた言葉。それを他人の口から聞かされたことによって、僕の中に何か違う流れが起きた気がした。そう……


 ──ルーラは、ルーラ自身は、どうありたいと願っているのだろうか? と。


「ありがとう、みんな」


 まるで決起集会で盛り上がる民衆と化した船員達を、一瞬にして鎮まらせたのはルーラの落ち着いた一言だった。


「ありがとう……でも、大丈夫な気がしているの。もちろんみんなの助けは必要だけど、何だか出来るような気がするのよ。みんなは最低限手伝ってくれればいい……だっていつまでも頼っている訳にはいかないもの。自分のことは自分で出来なくちゃ。そうならなきゃいけないし、そうなりたいの。あ、だからと言って遠慮してるんじゃないのよ。きっと色んなことお願いする! だからその時は宜しくね、みんな!」


 そして久しく見せなかったとびきりの笑顔を皆に向けた。


「お姫さん……」


 僕もジョルジョも船員達と同じ表情をして、彼女を見つめていたに違いない。


 ──大人になったね、ルーラ。


 その細い背中にはシレーネの品格が窺えた。海神ネプチューンに庇護されてきた半人半鳥時代、結界という隔離された世界に閉じ籠った現代。そこから飛び出す未来は人間に準ずるのではなく、人間と共存出来る世界を求める──ルーラはそう主張したのだ。


 僕の目の前にいるのは、目を背けたくなるような過去に取り乱して泣いていた弱い人魚ではなかった。弱い──そうか……僕はルーラの弱さばかりを見て、守るという結論に到っていたのかもしれない。

 『守る』ということの本当の意義を、取り違えていたのかもしれない。

 これからは考えを改めなくちゃいけない。


 ルーラと対等であるべき場所を目指して、僕も一歩ずつ強くなる。


 ──そして、ルーラ。僕は真の意味で、君を守る力になりたい。


 船員達に微笑みかける彼女の横顔を見上げた。

 すっとした鼻筋と引き締まった口元に感じられる自信は、僕にも力を与えていた。勇気のみなぎる気分が全身を温かく包み込み、明日への不安は既に取り払われていた──。




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