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Sapphire Lagoon [サファイア・ラグーン1作目]  作者: 朧 月夜
【第八章】[珊瑚の森]
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[礁] -4-

「おかえり、ルーラ」

「えっ、あっ、ご、ごめんなさい……てっきりアーラ様が用意してくれると言っていた部屋かと思って……」

「来ると思ってたよ。さっきアーラ様が来て、温かい飲み物を二つ置いていってくれたから」


 慌てて逃げるように背を向けたルーラに、僕は少し急いで説明をして、遠慮がちに振り向いたところで半ば強引にカップを渡した。

 今引き留めなかったら、このまま自分の部屋に引き籠りそうだと思ったからだ。と言っても、


「あの……アーラ様は?」

「少し疲れたから自分の部屋で休むと言っていたよ。もしルーラが戻ってきたら此処を貸してやってくれって……起きたらルーラの部屋を造るからって。あの……狭い部屋で申し訳ないのだけど良かったら使って。基本的に人間の世界と同じ環境なのだけど、一時的にこの部屋の外と同じ状況に変えてもらって、鱗は乾かないから……僕は散歩でもしてくるから気にしないで」


 ラグーンに到着してから、僕達の間にはすっかり分厚い壁が出来上がってしまったようだ。何よりルーラが僕の目を見ない。でも辛抱しなくてはいけない──せめて彼女の混乱が収まるまでは。


 僕は薄く笑んで、自分のカップと古ぼけた教科書を抱えて戸口へと向かった。けれど、


「いいの! あのっ……アメル、ごめんなさい。ここにいて……」

「え……?」


 その声に驚いて振り返る。すぐ後ろにはカップに顔をうずめそうなほど俯いて立ち尽くしたルーラがいた。


「ごめんなさい……アメル……あたし、色んなことが分からなくなって……ごめんなさい──」


 自分の荷を机に置き、彼女の肩を抱いて小さな寝台に促す。カップを頑なに握り締めた両手は、力を込め過ぎてカタカタと震えていた。僕は椅子を彼女の尾びれに寄せて、今にも割れそうなカップを置かせ、しゃがみ込んで代わりに両手で彼女のそれを包み込んだ。


「ごめん……ルーラ。この世界は人間だけのものではないのに……ごめんよ、ルーラ──」


 ルーラの握り拳が更に強ばった。泣くのを我慢しているみたいだ。


「あの砂浜でアーラ様と話したの……結界で起きていたこと……姉様のこと……どう説明したらいいのか──」

「ごめん……僕、此処で少し眠ってしまったのだけど、二人のその会話をアーラ様が夢に映し出したんだ。だから知ってる……ごめん……気分を害したなら謝るよ、ルーラ」


 さすがに黙っておける話ではなかったので打ち明けたが、再び心を閉ざしてしまうのではないかと一瞬ヒヤリとした。しかしルーラはそこに意は介さず、問題を共有していることに安堵したようだ。やがて身体から余計な力は抜け、見上げる僕の視線を受け止めた。


「アメル……姉様のこと、どう思う?」

「どう……って?」

「姉様は母様があたしを産んだ所為で病気になったと思ってる……あたしのこと、本当は憎んでいるんじゃないかって思うの……」

「それはないよ」

「……!」


 僕の返答を待つおどおどした瞳が、瞬く間にキョトンとして大きく見開かれた。それは無い──それだけは言える。


「ど……して?……」

「僕には兄弟もいないし、ルーラの姉さんとは少ししか会っていないけれど……でもあれだけで十分分かったよ。ルーラがどれほど姉さんに愛されているのか。それとも前に酷いこと言われたり、されたことがあるの?」


 ルーラは過去に遡るように天井を見つめて記憶を廻らせたが、すぐに「ううん」とかぶりを振ってみせた。


「小言は沢山言われたけど……意地悪なんてされたことないわ」


 そんな台詞に二人軽く笑ってみせる。どうやらいつものルーラに戻ってきたようだ。


「例え母さんのことをルーラに結び付けてしまったとしても、ルーラのことをそんな風に思ったりしないよ……だってルーラは母さんが君の姉さんに捧げた最後の贈り物だもの。知らない世界へ飛び出して、それこそ命がけで生み出した宝物なんだ。だから姉さんもきっと命がけで君を守るよ……きっと」


 ──そして、僕も。


 心の中で再度誓う。けれど口には出せなかった。


 ルーラの姉さんは彼女に対して恨みは抱いていない。その対象は僕達人間だからだ。

 此処を出て再び結界へ戻る時、そしてその後の人魚の未来に、その憎しみはどんな障害をもたらすのだろう。


「アメル……ありがとう」


 僕の不安をよそにルーラは元気を取り戻し、少し眠そうな顔になった。


「いや、僕は何も……それより少し休むといいよ。これ、僕の子供の頃のベッドだけど、良かったら使って」

「子供の……?」


 僕は照れたように笑って、アーラ様の粋な計らいを説明した。


「わぁ……変わった造りだと思ったけれど、これが人間の住む所なのね! これ、海草のベッドよりふかふかで気持ちいいわ。あたしの尾びれもはみ出ちゃうけど……」


 薄いブランケットを両腕に抱き締めて横になったルーラは、宙に浮いた尾びれをひらひらさせ笑った。

 好奇心の輝きが蘇った瞳は、ルーラとの出逢いをとても昔のように感じさせた。


「あたしが寝ちゃったら離してくれていいの。アメル、少しこうしていてくれる?」

「大丈夫だよ、ルーラ」


 ブランケットに顔をうずめた彼女は、既に眠りに落ちそうなまどろんだ表情で左手を差し出し、またいつものように僕の右手がそれを受け止めた。


 けれど僕は彼女が目を覚ますまで、白く温かなその手をほどくことはなかった──。




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