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Sapphire Lagoon [サファイア・ラグーン1作目]  作者: 朧 月夜
【第八章】[珊瑚の森]
20/52

[礁] -3-

 ──大ばば様、大ばば様……。


 ルーラの悲痛な声が聞こえる。


 ──お願い、教えて……大ばば様──。


 ルーラは泣いていた。珊瑚の森の外れで独り。


「ルーラ」


 ふんわりとローブをたなびかせ、彼女の元へと舞い降りたアーラ様。ルーラを包み込み、あの光の砂浜へと移動して、布の端で彼女の涙を拭った。


「アーラ様……?」

「我は此処でウイスタと再会した。とても温かな光の玉じゃったよ……そう、そのウィズの光にも似た魂じゃった」


 良く見ればまばゆい空間を幾つもの光の玉が舞っている。死後七日が過ぎ、天国を目指して集まってきた魂。


「あれは間違ったことをやらかしたのかもしれぬ。じゃが、それも皆のことを想えばの選択じゃった。結果こうしてそなたに重荷を課すことになったのを酷く悔やんでおったよ。そなたと……姉のカミルにな」

「姉様に……? アーラ様、教えてください! 姉様には、銀髪の人魚にはどんな任務があるのですか!?」


 ルーラの激昂した問いかけが辺りに響いた。その声に驚いた魂達が逃げ惑い、一つがアーラ様の肩にぶつかりぽとりと落ちた。アーラ様はそれをゆっくり拾い上げ、フッと息を吹きかけ、再び空中に浮き上がった魂はルーラを一回りして飛び去った。


「今の魂、そなたに落ち着きなされ、と言っておったぞ。さて……カミルに課された任務とは、ウイスタと我の母、カミルとそなたの母にも命ぜられたものじゃ……そして我にもな」

「アーラ様にも?」

「我もカミルと同じ銀髪の人魚から生まれし者。もはや白髪のばばじゃて分からぬじゃろが、我も銀色の髪を持っておった。海を自由に泳いでいた時代、いつの頃からか金と銀の髪の人魚は、その能力の高さ故に台頭していったのじゃよ。それは人魚界の安定と発展の為には必要なことじゃった」

「金と銀が……?」

「金髪は人魚と人間の間に生まれし者。人の血の何が作用するのか明らかでないが、修行では到ることの出来ぬ魔法の力と歌声を生まれつき携えておるのじゃ。そしてその『シレーネ』を生むことが出来るのは、唯一銀色の髪を持つ者──誰しもが人間と交わればシレーネを産めるという訳ではなかった。故に銀髪の人魚に課せられた使命とは、人間との間に子をなすということ。ウイスタも勝手な法令を作っておったじゃろ。シレーネの補佐となり結界の外を見張るなどと……あれは人間と接触の機会を持たせる為のハッタリじゃ」


 そこまでの話にルーラはハッと目を見開かせた。アーラ様は察したように、


「カミルは自分の過去の一端を捻じ曲げて記憶しているが為に、それを怖れているのじゃよ。カミルは……人間と交わったが故に、母親が短命だったと思い込んでおるのじゃ。その二つに何の因果も有りはしないのじゃがな……」


 九歳で母親を亡くしたカミル。他の人魚とは異なった方法で生まれてきたルーラ。幼き頃のその出来事が、事実を押し曲げてしまったとしても無理はない。


「姉様……姉様、姉様っ!」


 ルーラは頭を抱えて叫び、その場にうずくまった。


 勘違いとは云え、母親の死の原因をルーラの出生と結び付けてしまったカミル。七歳にして数ヶ月もの長い時を母親から引き離され、生まれてきた妹は自分達に似もしない金髪。そして病に倒れた母の死──カミルはルーラの生まれる以前から、他とは違う孤独を抱え込んで生きてきたのかもしれない。そしてウイスタの決断。シレーネの継承と共に自分にも命ぜられた役割。周りに振り回される自分の運命──。


「我の話した全てをウイスタもまた、カミルに伝えたそうじゃ。そなたの姉は気丈だが、心の奥底で酷く傷ついておる。もちろん母親の死の原因は、そなたの出生とは無関係であることは話したそうじゃが、胸の内は相当混乱していたに違いない。何処まで理解したことか……」


 そう言ったアーラ様も深く溜息をつき、金色の砂の上に腰かけた。


「アーラ様……母様は何故あたしを産んだのですか? 大ばば様の命令ですか? 十六年も前にこうなることを分かっていたのなら……何故誰も何も言ってくれなかったの!?」


 泣きじゃくりながら、ルーラはその怒りを砂にぶつけた。

 アーラ様は困ったような顔をして、


「結界へ移住する際、ウイスタは皆の記憶を改造してしまった。まるでずっと結界の中で生きてきたかのように……じゃが、そなたの母テラは見てしまったのじゃよ、ある人魚が子を産んだ時の様子を──」


 そこまで話して、そっと伏せた瞼が小刻みに震えて見えた。──泣いているのか?


「……赤子は我等よりずっと魚に近い形態をしておった。じゃが完全に魚である訳ではない。ウイスタは魔法でその赤子を魚に変え、結界の外へ逃がした。母親であるその人魚の記憶も変えて……ウイスタは迷っておった。年が経る度にそのようなことが増えていく。とは言え今更外界へ戻ることなど簡単に出来ることではなかった。そんな矢先じゃったのじゃよ、テラがウイスタの秘め事を垣間見、その苦悩に気付き、自分がシレーネを産もうと提案してきたのは……」

「母様が……」

「ウイスタは更に悩んだ。自分の決断の為、残った銀髪の人魚はテラとその娘カミルのみ。自分達の運命を彼女一人に背負わせてしまうのは心苦しかった。しかしテラの決意は固かった。テラはウイスタに、自身が既に産んだ一人と、更に人との間にシレーネを産み、この二人の娘に人魚の行く末を賭けてほしいとウイスタを説得した。そうして生まれ出でたのがそなたなのじゃよ」


 ルーラの頬を一筋の涙が伝った。


 ウイスタ、テラ、カミル──どうして皆が皆、全てを独りで背負わなければ、背負い込もうとするのだろうか? そしてアーラ様でさえも。


「我はウイスタの決断の騒動の最中、神の力を借り、このラグーンを移動させ此処の主となった。故に我が独自にも人との間にも子を作らなかったことがウイスタにもテラにも……そしてそなた達未来を繋ぐ者にも重い足枷を嵌めてしまった。罪深きは我かもしれぬな……半分が人故に、そして女性であるが故に、人魚は人間と接点を持たねばいつか滅びる。そう説いてきたのはこの我であるというのに──」


 そこまで話してアーラ様は、息を詰まらせるように嗚咽のような音を洩らした。しかしそれはルーラが気付くか気付かないほどの刹那のこと、アーラ様は先程までの口調に戻り、


「テラの提案には条件が有った。ルーラがシレーネを継ぐ十六歳になるまで、この宿命一切をカミルとそなたに語らぬこと。それまでは伸び伸びと育ってほしかったのじゃろう……親心じゃ、それをウイスタも承知した。二人の想いを理解しておくれ」


 そう言って立ち上がった。


「……」


 ルーラは押し黙ったまま、砂にまみれた拳を見つめるように俯いていた。


「ルーラ、落ち着いたらあの広場に戻ってきなさい。アメルには既に部屋を用意した。そなたにも与えよう。但し、このラグーンに滞在出来るのは今日を含めて七日間じゃ。此処は死んだ者の為の地。それ以上いると我のようになるぞ……生きながら死に、死して尚生きる、現世にも死後の世界にも行けぬ生きた(しかばね)にな」


 その言葉にハッと顔を上げたルーラの目の前には、哀しそうな表情でニヤリと嗤ったアーラ様の姿が一瞬焼きつき、そして消えていた──。




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