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Sapphire Lagoon [サファイア・ラグーン1作目]  作者: 朧 月夜
【第七章】[信頼の瞳]
17/52

[信] -3-*

「アメル! アメル、どこー!?」

「おーいっ、アメルー! お姫さんがお目覚めだぞー」


 翌朝、日の出も過ぎ、清々しい朝の匂いが立ち込める中、響き渡ったのは例の如くルーラの僕を探す声と、船員達の冷やかしの笑いだった。


 黙って先に起きてしまったのを怒っているのだろうか? と言うより僕はほとんど眠れなかったのだが──眼下を見下ろせば、忙しなく辺りを見回すルーラの後ろ姿がコンテナの中にあった。


「おはよー、おはよう、ルーラ!」


 僕はありったけの声で彼女の背中に叫んだ。


「え? アメル?」


 ルーラは声のする方向へ振り向いたが、未だ僕を見つけられない。僕はもう一度、


「おーいっ、こっちだよー」


 と叫んだ拍子に、見上げたルーラの表情は、遠くからでも判るほど驚きに満ち溢れていた。


「アメルっ!? だっ、大丈夫なの!? 何故そんな所に……」

「心配しないで! 今降りるよー」


 僕は夕べ修繕した帆布を取り付けに帆柱のてっぺんにいた。

 大きな船だけに相当高さもあるが、遥か先まで見通せて気持ちがいい。


挿絵(By みてみん)


 目の前には白い雲と、そして真っ青な空間が広がっていた。

 空の蒼と海の碧。

 水平線がはっきりしないほど、今日の景色はどちらも青々としている。


 僕にもっと力があったなら、ルーラを背負ってこの風景を見せてあげたいくらいだ。背中に受ける風も爽やかで、それを抱きかかえた帆布は満腹そうに膨らんで、船は海の上を滑るように進んでいった。


 帆柱に埋め込まれた鉄の梯子を軽快に降り始める。しかし僕は数段下ったところでふと足を止めた。


 ──風の流れが変わった……?


 そして進行方向から右十五度の方向に、不可思議な水の流れを見つけた。──渦……? 海流がぶつかっているのか?


 そのポイントはまだまだ遠く、この高さと双眼鏡のお陰で気付けたくらいだが、僕が気になったのは、風の向きが其処へ向けて微妙に傾いだことだ。


「船長! 船長!!」


 僕の叫びにただならぬ事態を感じ取ったのか、船室より駆け寄った船長の行動は素早かった。


「どうした! アメル!」

「右十三度の方向に渦潮を確認しました! まだ半海里ほど先ですが……風もそちらへ流れています! 至急左へ旋回してください!!」


 僕達のやり取りに船上の空気が一瞬張り詰めた。船長は操舵室に「取り舵いっぱい!」と指示を出し、他の船員も冷静に配置について、船は順調に渦の影響から遠ざかろうとしていた。


「こんな所で渦潮などお目に掛かったことなどないのだがな……アメル! もう大丈夫だろう、降りてきなさい!」


 でも僕は変な胸騒ぎがしていた。ほんの数回だがこの辺りを通ったことがある。船長が呟いた通り、こんな現象は見たことがないし噂にも聞いたことはない。そして先程までの穏やかな風が、強くなり出したことも気にかかっていた。


「甲板からでは渦の位置を把握出来ませんから! もうしばらく離れるまで此処にいます!」


 船長は良くしがみついているように、とだけ忠告してその場を去った。


 急に激しさを増した風に煽られるが、まだ大丈夫そうだ。しかし船と渦の距離は一向に広がらない──何故だ? 風も帆を叩いていないし、渦に引き寄せられる位置までは達していないというのに──


「アメルー! 風が強いから降りてきて!! 落ちたら死んじゃうわっ!」


 不安そうなルーラの呼びかけに軽く手を振って、再度渦潮の位置へ目を凝らした。


 ──いや、違う。


 余りの驚きに一瞬手が震えた。僕達は明らかに左方向に逃げている。それでも渦が依然として見えているのは──


「船長っ!! あの渦潮、こちらへ向……」

「アメル!!」


 ──向かっています!


 僕の台詞の続きが発せられないまま、ルーラの叫び声が聞こえた。


 いきなりの突風。船は右側面に大きく傾き、僕は──

 自分の両手の指先が見えた。何物をも()さないその向こうにしなる帆柱。背中に感じる凄まじい重力。僕は──


 こんな時、不思議と時は長く、また冷静に感じられるものだ。


 帆柱の傾く角度と、自分の落ちていく方向からして、僕は甲板に叩きつけられることは免れるだろう。いまだあの渦も遠い。これで死んだら、よっぽど運が悪かったのだと哂われて終わりだ。

 船は転覆しないだろうか? いや、あの程度なら持ちこたえる筈。ならばルーラは? 落下の圧力に耐えながら、視線を右下へと移す。遠く船首のコンテナに、僕のお姫様が映し出された。でも僕は王子様ではなかったね。結局家来の域から抜け出せなかった。


 そんなことを考えている自分がおかしくてたまらない。やがて視界は空一色となった。まもなく海面に叩きつけられるだろう。あの高さからこの体勢では海も甲板と変わらないか。醜い死体を晒さずに済むだけましだ。僕も父さんと海へ帰ろう──。


「だめぇぇぇぇぇっ!!」


 ──ルーラ?


 その時ルーラの叫び声が再び聞こえた気がした。いや、聞こえたんだ。途端に見えなくなる視界。この全身を包み込む温かくまばゆい光は、ルラの石?


「……はっ……」


 僕は急に重力を感じなくなった。既に死んだのか? いや、光に浮かんだまま舳先へと導かれ、その光はルラの石へと繋がっている。


「アメルっ!」


 僕をコンテナの傍に優しく降ろして光は消えた。ルーラが水から跳ねるように飛び出して抱きつき、堰を切ったように泣きじゃくった。


「だからっ……早く降りてって言ったのに!!」

「ルーラ……」


 ──愛おしい人。


 僕の胸の中で、僕を心配してこんなに泣いて、既にシャツはびしょ濡れなのに、一番手の届かない君。


「ごめんよ……ルーラ。本当にありがとう……」


 そう言っても言い切れないほどの感謝だった。それでも驚き過ぎたのか、ルーラは泣き止まない。


「どういうことなんだ……? ルーラ、魔法を使ったのか?」


 バランスを立て直し、そこらじゅうでしがみついていた皆がわらわらと集まってきた。唖然とした船長の問いかけに泣きながらルーラは、


「分からない! でも死んじゃ嫌だと思って叫んだらこの石が……」


 涙声で何とか説明したが、再び収まりがつかないように泣き出してしまった。


「ルーラ、良くやったな」


 ジョルジョの大きな手が彼女の髪を撫でる。それを感じたのかしばらくして嗚咽は小さくなった。僕とジョルジョは安堵して顔を見合わせた。


「心配掛けてすみませんでした……あっ、いや、そうだった! あの渦潮、こっちへ近寄っているんです! 移動してるんですよっ!!」

「何だって!?」


 僕は渦に向けて背後を指差した。各々立ち上がり海原の先を見つめる。その横顔が次第に危殆(きたい)に瀕したものとへ変わりゆくのが、僕には見て取れた。


「アメル……あたしにも見せて」


 膝の上で落ち着きを取り戻したルーラに促されて彼女を抱き上げる。すると既に此処からでも目視出来るほど、渦の中心は近付いていた。


「もしかしたら……アメル、もっと近付いて!」


 その言葉に僕は右側面から船尾へと向かった。ルーラは緊張した面持ちで、首に掛けられた石を両手で握っている。だけど……それはウィズの石?


 船後方右隅に愕然とした表情で寄り集まる船員達を掻き分け、既にうねりの影響を与え始めた渦の中心を望む。

 船は後ろ向きに引きずられつつあった。隣に立ちすくんだ船員の肩が微かに震えているのを感じた。


「教えて、大ばば様……あれがサファイア・ラグーンなの?」


 ──え?


 皆の視線が一気にルーラへと集中する。


 ルーラはその両手で包み込んだウィズの石に問いかけていた。そして渦の方向へとそれを掲げる。やがて──


 今まで沈黙を保ってきたウィズの石が、内部のエネルギーを発散するかのように光を放出し、そして光は導いた──渦の中心を。


「大ばば様……」


 ルラの石が父親を導いたように、ウィズの石、いや大ばば様がラグーンへの道筋を示してくれていた。オレンジがかった蜂蜜のような温かい光。大ばば様のルーラへの愛情は、この石の中で生きているのだ。


「あれがラグーンへの入口」


 ルーラの呟きに僕の視線と合わせた彼女の微笑みは、しかし刹那に消えた。


「父様……」


 いつの間にか隣に寄り添っていた船長の表情を見上げる。

 ラグーンへの出発は、父親との別れを意味するのだ。


「目的地が見つかって良かったな、二人共。気にしなくていいんだよ……別れは辛いが、早く旅立てばまた早く再会出来る。結界へ戻る時、今やったようにルラの石へ祈りなさい。きっと光は私の元へと届くだろう。そうしたら私は何処にいても君を迎えに行くよ」


 予想に反してジョルジョの面持ちはとても穏やかなものだった。これがこの人の強さなんだろう。ルーラは嬉しさ半分・淋しさ半分といった様子で父親に抱きつき、ジョルジョは彼女を抱き締めて、額に優しくキスをした。


「父様、ありがとう。みんなも本当にありがとう!」


 船員は一人ずつ「お姫さん、気を付けてな!」「また会える日を待っていますよ」と励ましの声を掛けて別れの握手をし、それから順に僕の肩を叩いて「お姫さんを泣かせるんじゃないぞ」「帰ってきたら弟子にしてやるからな」などと、僕にも声を掛けてくれた。


「さぁっ、早く行かないと船ごとラグーン行きだ! アメル……娘を頼んだよ。私は君を信じているからね」


 僕はジョルジョのその言葉にハッとした。

 笑顔で僕にウィンクをし、ルーラを降ろして握手を求めてきた船長に応じて、口を引き締め頷く。

 彼のその言葉は昨夜とは違い、心の奥底からの物だった。僕のことを本当に信じてくれている、そんな一言だったのだ。


「行って参ります、父様」


 僕達は船尾に腰かけ今まで通りに手を繋いで、タイミングを合わせるようにお互いの顔を見合わせ、渦の流れに身を投じた。


「ネプチューンの御加護を……」


 ジョルジョの祈りの声が耳に届いた時、目の前に広がる水泡(みなわ)に包まれて、僕達はこの身を任せるしかなかった──。




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