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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
四章 ドラゴンタクシー、海を渡る
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風の花とフォルクローレ .4 **

 

 改めて通りに出ると、さわさわとまた風が()()()いた。やはりこの雨の音に似た鈴の音は、不思議と耳に馴染む気がする。昔聞いたレインスティックがこんな音だったような気がする。


 その風に乗って微かに聞こえて来たのはリュートの音だ。きっと誰かが広場で吟じているのだろう。

 目を閉じて耳を澄ますと、シャラシャラと金属製のベルや人々の手拍子、単音が奏でる音が聞こえてくる。


 音祭り。メロディーはおまけなのだ。



 街を飾っているのは、風車としか言い様のない『風の花』と、先ほど見せてもらったマイチールの鈴そのものだ。風が吹く度にからから回り、葡萄の房のようなシルエットがわさわさと揺られている。

 露店の声は賑やかしい。


 何だかんだ言ってこういう賑やかさは久しぶりではないだろうか。ゆっくりと街を見るというのも、ここ数日すっかりご無沙汰していた気がしてならない。

 閑静な街も悪くないが、俺にはやっぱりこれくらい賑やかさのある方が落ち着く。



「そこのお兄さん、弟君に一つどうだい? 花飴! うまいぞ~」

「祭りといえばコレ! マイチールの鈴を欠かせちゃいけないよ」

「花籠はいかが? 日暮れ時には必要だろう? ええ?! 花籠を知らない? お兄さん、それじゃあ女の子にモテないさ――――」



 ここぞとばかりに客引きをする露店に毎度気を取られれば、道すがらに『可愛い弟に』飴細工のような花飴を買わされてしまった。

 断り切れなかった俺も大概だが、飴そのものはラズがお気に召してくれたらしい。大層喜んで花びらをちぎって食べていたから、些細な出費くらいはよしとしておこう。


「ディオ兄ちゃん、早く行こっ」


 それ以外の荷物になりかねないものは、とにかく片っ端から断ったのは言うまでもない。

 花売りのおばさんに引き留められた時は少し揺らぎもしたが、機嫌をよくしたラズにぐいぐいと背中を押されて急かされる始末だった。



 時折浮かれた街の中で、不穏に思わずにいられないものを見かけてしまった。灰色の、インバネスをまとった姿だ。


 人混みの向こうにちらりとだけ見えた程度だから、確かな事は全く言えない。でももしかしたら、エニスさんの耳に入れておいてあげた方がいいのかもしれない。

 会うことがあればそうしようと思う。



 人の流れに何気なく沿って歩いていくと、気が付いたら街の外れでもある岸壁の上に来てしまっていた。先を見やればちらほらと旅装束の人も見られ、その向こうには街と同じ木造漆喰の、見上げる程一際大きな建物があった。


 見た目だけならば、何の建物なのかさっぱり解らない。

 三階建て以上はありそうなその建物を、何と思う訳でもなく見上げてしまった。街中の建物とは違い、古い雪国に見たような大きくて角度のついた屋根には、いくつもいくつも窓が空いていて、そこに何かが飾られているのは解った。


 ひょっとしてこの建物が、猫の獣人のおばちゃんが言っていた祭壇とやらなのか。

 だとしたら、流石にもうずいぶんと時間が経つけれども、もしかしたら二人に会えるかもしれない。あるいは旅の安全祈願が出来るというならば、行っておくべきだろう。



 開かれたままになっている大きな扉をくぐって建物に踏み入ると、ニス塗りの黒い柱と真っ白な漆喰に化粧された空間が広がっていた。外で見上げた高さの分だけ、空間が吹き抜けている。見上げるほどに呆れてしまう。


 急峻な切り妻の屋根にはいくつも雨樋があり、それらは全て開けられていた。お陰でさんさんと自然光が入ってきて、建物内はとても明るい。

 その開かれた雨樋には、オーナメントのようにたくさんの鈴や風の花が飾られていたのだとようやく解った。柔らかく抜けていく風に、カラカラと小さな音を立てて風の花がまわっている。



 外の往来の様子から、疎らにしかヒトが居ないだろうと当たりをつけていた。けれども思っていたよりも並べられた長椅子に頭数が並んでいて、驚かされたのは言うまでもない。


 圧倒されてつい、うわ……と感嘆してしまった。



「構内はお静かにお願いします」

「あ、すみません」


 ついそれが出てしまったようで、入り口の近くに立っていた真っ黒なローブのヒトに注意されてしまった。そうだよな、観光地とは違うんだ、仕方ない。



 そこにあるのは、シンッとした空間だ。木造だからか、音が響かない。足音は、板張りの床を微かに踏みしめて、床が軋む音くらいだ。

 扉から入ってくる、遠くのにぎやかさが異次元のように聞こえてくる。その中を、俺らは粛々と踏み入っていった。


 祈祷を終えたヒトと数人ばかりすれ違っていたら、人気の切れた壁際に漸くそのヒトを見つけられた。

 兜こそは外しているが、置物のように直立不動のその様子は、どこかに飾られていても不思議ではない。



 声をかける訳にもいかなくてそちらに向かえば、先にエニスさんの方が気がついてくれた。ちらりと一瞥した先には、祭壇の前で(こうべ)を垂れているアルマさんの姿があって、ずっとここにいたのかと、驚かないわけがなかった。


 エニスさんには指さしで外へと促され、颯爽と建物を横切る姿を慌てて追った。



「荷物は宿屋のおばさんが預かってくれました」


 屋外に出て開口一番。振り返った鎧をまとった碧眼の美女(ビーナス)の髪がふわりと舞って、一瞬シャンプーのCMを彷彿とさせた。

 ()()()()が微笑む。


「ありがとうございます、ディオ殿。わざわざこちらまでご足労頂いてすみません」

「あ、いや……たまたまです」


 日差しに透かされた金糸がまた神々しい。…………って、バカじゃないだろうか。


 ――――うん、用件を済ませよう。



「エニスさん、一応伝えておこうかと思いまして」

「はい、何でしょう」

「さっきの今であり得るのか解らないですが、街中で灰色の男を見かけました。余計なお世話かもしれないですが、一応……」


 語尾を濁せば、エニスさんの表情までも曇らせてしまう。


「そうですか。ご報告ありがとうございます。やはり、追ってきているんですね」

「……聞いてもいいですか?」


 だからだろうか。気がつけばつい、訪ねていた。小首を傾げている表情は、とても不思議そうだ。


「はい、どうぞ」

「エニスさん――――いや、アルマさんが追われているのって、詩吟の旅だけが理由ですか?」


 途端、くすりと笑われたのは言うまでもない。


「ああ……ディオ殿は顔に似合わず、疑問をそのまま投げかけてくるのですね」

「え、あ?!」


 驚いた、なんてものじゃない。改めて自分がかなり踏みいった質問をしたことに気がつかされて、たじろいだ。ヒトによっては嫌な気持ちになりかねないよな、なんて。


「す、すみません!」

「いえ、いいんです。責めたつもりはありません。その方が私も、すがすがしく答えられますから」


 だから慌てて俺は頭を下げれば、遠くを見ていた彼女はふっと笑みをこぼしてくれた。笑ってくれたことは確かに有り難いけれども、同時に自分がどこまでも情けない。



「私は護衛を言いつけられているだけに過ぎないので何ともいえませんが、そうではないかと。地方に伝わる古き歌には、他方によっては不都合もある事と思います」

「あ、……そうですね」


 なるほどって、言える訳がない。

 きっとアルマさんは、各地に息づく物語をたくさんのヒトに伝えたいだけだろうに。ただその為に各地を回っているだけなのに、ある方面から見た時だけで『不都合』とされてしまうなんて、なんとも気の毒な話ではないだろうか。


 余計なことを聞いてしまった。

 俺が気にしたところで何にもならないことは解っているのに、謝って許しを請おうとしている自分が許しがたい。くだらない見栄っ張りだろうか。……そうかもしれない。


 でも、だ。

 今更聞いたものを取り消す事は出来ないから、どうにか前向きに捉えらえられるよう努力するしかないんじゃないだろうか。ならば――――。



 もしかして、俺のくだらない内心を悟ったのだろうか。


「ディオ殿」


 俺の表情を覗き込むようにして、こちらを伺い手を目の前で振ってくれている姿に途端に申訳なくなってきた。


「はい」

「ご心配頂きありがとうございます。大丈夫です、私がしっかりと、アルマ様をお守りいたしますので」

「はい。その……」


 口籠るのは謝辞の為か、言い訳の為か。

 はっきりできない自分が凄く嫌になる。気にしなくて大丈夫ですからねって、笑ってくれるエニスさんの笑顔がまぶしすぎて、返す言葉が出なかった。

 ……これはよくない。


「あの、エニスさ――――」


 俺が一人で勝手に気まずく思っていたら、不意にどこからともなく歌声が聞こえてきた。透き通るような、柔らかな風にメロディーがついたような、そんな声。

 どこから聞こえるのだと辺りを伺うと、建物の向こうを見て目を細めているエニスさんの姿があって、納得した。


 何を(うた)っているのかは聞き取れない。少しだけ独特な響きをもったそれは、どこかの民族のものだろうか。

 不思議と聞き覚えのあるその歌は、懐かしさと共に、見覚えもない黄昏時の麦畑を彷彿とさせる。



「始まったみたいですね」

「え?」

「来てみれば解りますよ」


 言われるままに、声に誘われるままに。再び祭壇であるその建物に、俺らは歌に吊られた人々に混じって足を踏み入れた。

 響いてくるのは、何処かの民謡のような響き。


 その、刹那。

 ごうっと唸りを伴って外から建物内へと風が強く吹き抜けた。建物に飾られていた鈴が、一斉に鳴っていた。



 ――――彼女は歌う。

 懐かしく思うその歌を。そう思う理由はさっぱり解らない。だって、初めて聞いた曲なのだから。


 大自然の中に置いて行かれたような、寂しさと安堵感。締め付けるような心の苦しさは、幼い頃に自然の中で迷子になって、必至に()()を探していた時に似ている。

 不意にこぼれそうになった涙に、自分が一番驚いた。


 誰に向かって歌っているのだろう。懇願するような、祈るような力強い響きは、感性の疎い俺でも肌が粟立った。


 そして感じたのは、故郷(前世)への想い。当に忘れたその場所を、叫びだしたい程恋しくさせる。



「兄ちゃん」



 不意に腕を強く引かれて、飛び上がるレベルでハッとした。

 伺えば、怪訝な顔がそこにはあった。


「……あ。どうした、ラズ?」

「僕あれ、嫌い。つまんなーい」


 まさかそんなこと言われるとは思っていなくて、つい、首を傾げてしまう。


「え? そう? いい歌だと思うけど」


 ちらり彼女に目を向ければ、鬼気迫るような表情に釘付けられる。多分、それが気に入らなかったのだろう。


「っ痛……!」


 脇腹に飛んできたパンチに悶絶しそうになって、不服そうだったラズがいよいよ頬を膨らませていた。


「僕その辺で遊んでくるから、兄ちゃんここで聞いてていいよ」

「……ええ?」


 子供かよ! ……って、思った俺は悪くない。

 ……やれやれ。どうやら我が弟は反抗期に入ったらしい。いや、ただの天の邪鬼か? 何でもいいけれど、これ以上鬱憤晴らしに俺が使われてももう嫌だ。仕方ない。……うん、仕方ない。


「解った。あんま遠くに行くなよ?」

「うん」


 ぱっと顔を輝かせたところをみると、随分退屈させてしまっていたらしい。まあでも、自分からどこかに遊びに行こうって思えるくらいになったならば、きっといい兆しなんじゃないだろうか。

 嬉しそうな背中を見送って、俺はまた静かにしろと怒られた。……何もそこまで注意してこなくてもいいのになあ、なんて。

 

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