小人たちと妖花 .5 *
「それじゃあ、後はボクがちゃんと片づけておくからねえ」
『恩人様』は、軽い仕事をちょっとこなして来るくらいの意気込みで、セズクタクヘンリさんを振り返った。その姿に、数人の戦士を連れた族長であるセズクタクヘンリさんはぺこりと頭を下げている。
「……重ね重ね、お手を煩わせて申し訳ません恩人様。我々には周辺の虫の退治と復旧がありますので、これで失礼します」
「はいはーい。こっちこそ、迷惑なもの持ち込んでしまってごめんね」
そいつが申し訳なさそうに口にしたのは、多分お互いの為だろう。ボクももうここには近づかないようにするからって言わせてしまった事が、俺にしてみれば申し訳ない。
本当は、こいつは何も悪くないのに。ちょっとタイミングが悪くて、ラズの事でこじらせてしまっただけなのに。責任を肩代わりしてもらってしまったみたいで落ち着かない。
……いいや、ネガティブは止そう。せっかく取り繕ってくれた親切なのに、素直に受け取れないなんて可愛げない。
気を取り直して辺りをぐるりと伺った。漸く這い出た上階層は、余りにも明るかった。そのまぶしさに一瞬目が眩む。
突き抜けるような青空が見て取れ、驚かない訳がない。
ずっと俺らが居たのは昼間の森なんだって、本気で我が目を疑ってしまうほどだ。
そして抜けるような青空とは対照的に、辺りの有様は酷かった。森の外まで続く大穴が、どかーんと林冠に空いていたのだ。
いや、大穴なんてもんじゃ済まない。鬱蒼とした森が消え失せたと言っていいほどに、ここからずっと向こうにかけて、開けた土地に変わっていた。
辺りの大木は、根元の方まで縦に引き裂かれて木っ端と化していた。まるでその大きな立木に、雷でも受けたのだろうかと思ってしまう。広げていた筈の梢は、最早すっかりお留守だ。
どの大木も薙ぎ倒されていて、見る影もない。火の手が上がっていないだけマシと思うべきなのだろうか? 妙にしんとしている気がして落ち着かない気持ちになる。
「悪かったな。その、俺たちのせいでお前まで立ち退きになってしまってさ」
セズクタクヘンリさんと別れたそいつに声をかけたら、きょとんとされてしまった。すぐに、くすりと笑われる。
「んーん、気にしてないよ。それにボク自身、丁度いいやって思っちゃったしねえ」
「丁度いい?」
「そ。毎回『恩人様』なんて大袈裟に言われたら、そりゃねえ。ボクは正義の味方なんかじゃないから、そうやって言われるのはちょっぴり気まずかったんだよね」
「そう、か……」
だから丁度良かったんだよって言われると、それ以上何も言えなかった。
木っ端になった風倒木を踏みしめたら、沈み込む事なく立つことが出来た。あれほど不安定に思えた床が、倒木によってしっかりと支えられてるらしい。……確かにこの上ならば、新しい木が育ち、根をしっかり張るようになるまで天井の底を支えるに十分足りえるのだろう。
それにしてもよくもまぁ、目立ったケガもなく下を脱出出来たものだなと思わずにいられない。驚きしかないってもんだ。ホント、こればっかりは案内してくれたこいつに感謝しないとだな。
不意に上空から聞こえて来たのは、ばさりという大きな生き物の羽ばたく音だった。ハッとして見上げると、ずっと探していたエンマと後に続くプリファランの姿が森の切れ目から見て取れた。
「っ……エンマ!」
「良かった! 無事みたいね、プリファラン!」
降りてくるのが待ちきれないのか、リテッタは彼女の飛竜の元に向かって駆け寄った。その手が届くようになって、飛び付いている。
俺も再会が嬉しくって、降り立ってくるその姿に駆け寄ると、エンマも俺との再会を喜ぶようにゆったりと大きな尾を振っていた。
ああ! どれほどこの瞬間を望んでいた事か。
……と、思っていたら。
駆け寄る俺に真っ先に飛んできたのは、ゆるく飛んできたエンマのしっぽだった。それに弾かれて尻餅をついてしまい、思わずポカンとその表情を見上げていた。
痛くはなかった。痛くは。
でも、何故こうなったか、解らなくって一瞬戸惑う。
「え? エンマさん……?」
ずん、と、微かに地面を沈ませて、エンマ様はご着陸なられた。
こちらをかなり上から見下ろしたかと思うと低く唸られてから、漸くやらかした事に気が付いた。あっは~、なんて、しどろもどろに笑ってしまったのは仕方ない。
あっちの方でリテッタたちが笑ってるとか、気にしている場合でもない。
視線が泳ぐと、また唸られる。
言葉なんて解らなくとも、十分に理解できる。呼ぶのが遅い! って、それ一択。……すなわち、即座に謝るほかになかった。
「ごめん! エンマ、その……俺、テンパってて――――」
慌てて合掌して謝るも、反省していると思ってもらえなかったらしい。
「ちょ……お、わ! 痛っ!」
ぬっと首を伸ばしてきたからつい身を竦めていたら、案の定、首根っこ抑えられてポイっと投げ捨てられた。どうにか着地をしてみるも、足場が悪くて結局転んで手をついてしまう。
向こうでは、呑気が腹を抱えて大爆笑していて、俺は立つ瀬がない。ラズなんて素知らぬ顔だ。
「ご、ごめんっ! 悪かったってば、エンマ! 次同じことあったらもっと早くに呼ぶから、そのっ、勘弁してくれ――――ぃ?!」
慌てて振り返れば、俺のすぐそばで一際強く地を踏み込んで、底を抜いてきてくれた。当然、俺にはなすすべがなくて、一瞬の停止の後内臓だけがその場に留まろうとする感覚に、ひやりとさせられた。
大体、よく考えて欲しい。ここ、小人たちの村のある真上だから! 次落ちたら多分、戻って来られないよ!
「ちょ、待――――!」
危うくまた落下――――というところで、首根っこを捕まえて安定した地面の上に落してくれた。冷汗がどっと噴き出すのと同時に、ひとまず許してもらえた事にホッと安堵の吐息がこぼれた。
一応、踏み抜くつもりではなかったようで、地面が何事もなかった。俺の慌てた時間、返して。恥ずかしい。
「あっはは! おにーさん達も仲良しさんだねえ」
俺の様子に心底楽しそうに笑ってこちらに来た呑気には、どうやらそのように見えたらしい。見ての通り、おかげさまで、なんて不貞腐れて返したらまた噴き出された。
皆に対して、エンマが俺の保護者よろしく頭を低くしているのも、なんだか気に食わない。……そんなに俺は問題児かよ。
喜んでいいのか、それとも不貞腐れればいいのか。複雑な心境に閉口しながら、こちらを見下ろすエンマにそっと目をくれた。人様に迷惑かけるのはやめろって言わんばかりに見返されて、俺の立つ瀬がない。
俺ってば、いつからこんなに『立場』ってものが低くなっていたんだろうなあ? って打ちひしがれていた時だった。
「あー! 居た! ちょっと、そこの大馬鹿!」
突然上げられた大声に、驚かない訳がなかった。だって、ひょっこりと顔をのぞかせたのは、褐色肌と黒髪を持つ少年だったのだから。
え、あれが散々言っていた『犬』なのか? どこからどう見ても『ヒト』なのだが。
「ほんっとにもう、世話ばっかりかけるんだからぁ!」
仕方がないなあって、そいつの方に向かっていくから、てっきり何だかんだ言って迎え行くものなのだと思っていた。だが直後。
「なにっ、して、いたの! このっ、バカ犬っ!」
そいつは笑いながら強く地を蹴ったかと思うと、あっという間にその距離を詰めていた。……呑気だと思っていたら、驚くほど速い。
何をするつもりだとハラハラしていたら、そいつの接近と同時に逃げ出そうとしていたバカ犬呼ばわりの彼を、思いっきりぶっ飛ぶ程に蹴り飛ばしていた。
うわー……。いくら「どうでもいい」 って言っても、それは酷くないか?
肩を怒らせて仁王立つ呑気の姿の向こう側で、『犬』と呼ばれている少年はうつ伏せて動かない。……ちょっと、あれ、死んでたりしないよな?
はらはらと見守る俺らを他所に、褐色肌の少年は勢いよく身体を起こして立ち上がった。かと思うと、頭から藪の中に転がり込んで姿を隠し、藪の向こうで全力疾走して遠ざかっていく姿が微かに見て取れた。
「あっ! また逃げる!」
いや、うん。ものすっごく予想外みたいに言っているけど、そりゃあ逃げられるわ。
「ごめんねえ、お兄さんたち。ボクちょっとあいつ追っかけないとだから、ここらで失礼するね?」
俺らがドン引きしていても、こいつにとっては大した事ではないようだ。
「あ、ああ……。むしろ俺らの方こそ何から何まですまない。ありがとうな!」
「ありがとう、貴方のお蔭で本当に助かったわ」
お礼を言うと、そいつは嬉しそうに笑っていた。俺らに対しては何も思うところがないみたいなのは幸い……かな?
あまりこいつに協力してやれなかったけれども、気にすることないと言わんばかりで有り難い。散々だったが、気持ちよく出発することが出来そうだ。
エンマに手を借りながら、その背中によじ登った。今度こそは、こうなった原因の突風を食らわないようにしないとなあ、なんて苦笑してしまう。
「あ、そうだ。ね、ね。お兄さんたち。お名前聞いてもいい?」
「ん? ああ……」
立ち去る姿を見送ろうと思っていたら、呑気は思い出したように振り返って訪ねて来た。
俺も特に気にしていなかったから、そういえばそうだったな、なんて今更ながら思う。
「俺はディオ。こっちは弟のラズに、エンマだ。世話になったよ」
「リテッタと相棒のプリファランよ」
「気にしなくていいよ。ボクはオズマ。ついでにさっきのバカ犬はセインっていうんだけど、どうでもいいよね。ちょっとの時間だったけど、一緒に散歩出来て楽しかったよ。みんな気を付けて森出てねえ」
「……あ、ああ」
駄犬って、そこまで主張してやらなくてもいいんじゃないかなって、思うんだけどな。
つい苦笑していると、それじゃあ、気を付けてねえ、と手を振られて今度こそエンマたちには飛び立ってもらった。
この森に来ることがない限り、きっともう会うこともないだろうが、機会があればまた会ってもいいかもしれないと思う自分がいる。すがすがしさが心地よい。
でも。
見送られながら、ふと、思う。
何かが引っ掛かったのだが、その正体が解らないままに、俺は首を傾げたのだった。




