小人たちと妖花 .4 *
「ねえ」
誰もが沈黙してしまう中、ラズはまた静かに尋ねる。
「何してるのって聞いてるんだけど? 雑草」
「びゃっ……!」
茶色く毛むくじゃらの何かが、ツィーゲルさんの足元でその身体を強張らせた。
多分、あれがアルルーンそのものなんじゃないだろうか。だんだんとはっきりしてきた頭でまじまじと見たところ、アルルーンの本体は鼻のないモグラっぽい。
正直言って、うーん……。
あの毛むくじゃらから、不老不死の妙薬だとか媚薬が作られるってところは想像しにくい。そこから薬を作ろうと想像したら、あの毛むくじゃらの物体を輪切りにして、サラシに詰めて絞る光景しか思いつかなかった。
出てくる汁の色はもちろん、緑で頼む。赤だったらちょっと怖い。
「っ……どなたかは存じませんが、アルルーンに手出しはさせませんよ! そうしようものなら、私が相手になりましょう!」
ツィーゲルさんも緊張した様子でアルルーンの前に立ちはだかり、一応ラズを牽制している。うん、一応。
多分ラズ的にはツィーゲルさんが立ちはだかっていてもいなくても、ぶちのめす相手は変わらないだろう。
でも彼は必死だ。さっきまでの穏やかさや、俺の無様に微笑ましくしていた表情とは打って変わって、例え自分の身を呈してでも後ろを守って見せるという気迫が見て取れる。
うん。さて、俺も現実逃避もここまでとしておこうか。
いつまでも馬鹿みたいに寝ていたら、本当にラズが暴れ出す気がしてならない。
身体を起こそうとして地に手を着くが、上手く腕に力が入らなかった。多分、まだあの叫び声の余韻が残っているのだろう。
「……と、ラズ、ラズ。そっちよりもさ。悪いんだけど、ちょっと手を貸してくれないか?」
「ええ? 兄ちゃん……」
ラズの心境を語ってやるなら『今が一番シリアスなところだよ』 ってか? 困ったように眉尻と肩を落として俺を見る義弟に、ついさっきまであった殺伐とした気配はない。
よしよし、俺ってばいい働きするよな、たまには! な? ここ、褒めるとこ!
「迎えに来てくれたんだろう? いやあ、助かった。ありがとうな、ラズ」
仕方なさそうに差し出された手に掴まって身体を起こしながら、もう一方でその頭をぐりぐりと撫でてやった。褒められた事は嬉しいけれども、このタイミングじゃなくてもいいんじゃないかって、解りやすく顔に書いてある。
「…………だって、兄ちゃん。呼んだでしょう?」
不貞腐れて頬を膨らませながらも、やっぱり褒められたのは嬉しかったらしい。照れ隠しでそっぽを向いた我が義弟が可愛いって思ったとか、俺もそろそろバカなんじゃないだろうか。
…………ああ、バカなのは元々でした。
知ってた。
それはさておき、もう一つ面白い事に、俺らの様子にツィーゲルさんはぽかんと口を開けていた。驚き通り越して間抜け面だ。整った顔も台無しである。
うんうん、嬉しくなるくらいにいい反応だ。
多分、自分の守護しているものの危機への緊張感が、俺のせいで一気に吹き飛んだんだろう。それくらいのシリアスブレイクした自覚ある。でもさ、ほら。結果オーライ、だろ?
「ぅ……ん……?」
どうやら俺らの騒ぐ声につられてくれたらしい。リテッタも気が付いたようで、ホッとした。血の気の引いた様子は、気が付いたとはいえあまり具合はよさそうにない。
やれやれ、全く。お互い酷い目にあったもんだ。
蛇に睨まれたカエル状態のアルルーンを庇うツィーゲルさんには悪いけど、今はそちらにまで気を回せてやれそうにない。こんな目に合わされたんじゃ、ラズのせいで向こうが泣きを見たとしても、謝る気になれないんだもの。
「リテッタ、大丈夫か?」
「ん……あたし、どうしてたの……?」
身体を起こそうとするリテッタに、ラズがそうしてくれたように背中に手を回して支えてやったら、危なっかしいながらも起き上がれた。ついでに「気絶してた、かな?」 と、あった事を教えてやったら、目を見開いていた。
「ぁっ、そうだ! さっき……!」
きょろきょろと見回して、見つけた姿に息を飲む。アクロバットは怖くなくても、流石の彼女も一方的に受けた、凶悪な叫び声は怖かったみたいだ。
……ラズのお蔭で、すっかり立場が変わってしまっているんだけどな。まあ、いいや。
にこっと笑いかけた俺は、端から見たらものすごく胡散臭く見えたかもしれない。
「驚かせてしまったみたいですみません、ツィーゲルさん」
「あ、はあ」
「ちょっと過激な歓迎に、俺の弟が勘違いしてしまったみたいでして」
謝罪の言葉こそ口にすれ、こんなにも白々しく聞こえたのは初めてだ。案に何処かの癇癪持ちのせいでこうなったんだぞって言ってやったら、流石のツィーゲルさんも眉尻を落として苦笑していた。
多少なりとも非があると解ってくれていたみたいで、俺の溜飲も一気に下がる。
うん、話の仕方を変えよう。ツィーゲルさんはそんなに悪くない。
「ええと、順番が変わってしまったのですが――――」
ツィーゲルさんには申し訳なかったって思えたから、気を取り直してラズを紹介しようとした。だって、いつまでも気まずいのは嫌だからな。
――――そう思った、その時だった。
「動くな他所者ども!」
野太い声は凄みを利かせて、武器を携えたレプラホーンとフェアリーたちに、俺らは取り囲まれてしまっていた。
「うん??」
ええと、どういう事だろう?
確かに俺らはよそ者に違いない。そして、この村のヒトたちにはさっさと去ってほしいと思われながらも、通る許可を得ていた筈だった。
でも、うん。
現実を直視しよう。
そして思い出そう。彼らはこの地の中心であるものを守っている番人だ。そして今、守られているはずのものは、ツィーゲルさんの後ろで震えている。
……ま、そういう事だよな! はは! 知ってた!
けどなあ、正直文句の一つは言いたいぞ? 蝶よ花よってもてはやして甘やかすから、あの幼児、手あたり次第の駄々っ子になったんじゃねえの? って。
まあ、言うだけ無駄だろうなあ。諸行無常なり。
俺らに向けられた武器に対して、真っ先に反応しようとしたラズを抱き込み、引き留めた。これで一先ず、火種は取り押さえる。
俺の行動を咎めるように「なんでっ」 てこっちを見上げてきたラズに、ちょっと落ち着けとたしなめた。
「お前たち、やはり狙いはアルルーンだったんだな?」
俺らを取り囲む輪から一歩出て、険しい表情でこちらを睨んでいるのは、恐らくセズクタクヘンリさんなのだろう。顔で区別がつかないのが申し訳ないけれど、声は確かに彼のものだ。
「待ってください、族長!」
「ツィーゲル、貴様は黙っていろ」
森の向こう――――というか、上層からは今もなお、何かと戦っているような怒声が響いている多分、俺らのせいで人手を割かせてしまっているのだろう。これは申し訳なくなってくる。
……武器を向けられてかなり切羽詰まっている筈だと言うのに、こんな事考えている自分が信じられない。
ラズが隣にいる事への安心からなのか、むしろ慢心なのか。どちらにしても、あまりいい心持ちではない。
さて、どうしたものかなあって悩んでいたら、堪らずリテッタが異を唱えた。
「待って、あたしたちは別に貴方たちの守っているものを害しに来た訳じゃないわ!」
「言い訳無用! アルルーンが怯えているのが何よりもその証拠だ」
切り捨てるような言葉は、聞く耳を持ってくれる気はなさそうだ。忌々しいものでも見るような眼を、こちらに向ける。
「それにそこの白髪、上層階で竜と共に森も虫も見境なしに壊していた。これにはなんと言い訳する?」
「これは……その……」
責められるような言葉に、リテッタも視線が泳ぐ。
壊していた理由……俺らを探すのに森か虫が邪魔だったから、だろうな。でもそんな事ストレートに言ったところで、納得してくれなさそうに思えた。
例えば俺らが恩人様をたぶらかして内側に潜り込み、ラズ達が外で暴れて村の気を引く。その隙に俺らがアルルーンを奪うなり殺すなり……あ、理由を『アルルーン奪取』に据え置くと、思いのほか綺麗に筋立ってしまったぞ。これはよくない。
俺も言い訳に口を出したいところだけど、揃いも揃って何か言えば余計に言い逃れの様に見えてしまいそうで、下手に口を挟めそうになかった。必死に考えているリテッタの横顔に、心の中でエールを送る。
「この子が暴れてしまったのは、その……」
口籠っていたリテッタも、ついに覚悟を決めたらしい。キッと挑むようにセズクタクヘンリさんを見据えた。
「お兄さんとはぐれて、寂しがったせいよ! ほら、貴方たちのところのアルルーンだってぐずる事くらいあるでしょう?!」
「ええ……?」
思わず俺も眉を潜めた。
高らかに宣言した途端、誰もが沈黙してしまったのは言うまでもない。
まさかここでブラコンだからって言われるとは思ってもみなかった。何言っているんだこいつって、俺らを取り囲むレプラホーンやエルフたちの顔にもばっちり書いてある。場が硬直するって、こういう事を言うんだろう。
「何を馬鹿な事言いだすかと思いきや、貴様らの愚行と我らが守護するアルルーンを同列に揶揄するとは、覚悟は出来ているんだろうな? 小娘」
「っ……!」
悪手だったと、言うまでもないだろう。セズクタクヘンリさんが、周りの皆の心を代弁してくれているようなものだ。困った。
強行突破は可能だろうが、間違いなく怪我人が出るだろう。
もう、フォローの入れ様がない。そう思っていた、その時だった。
「えっとお……割り込んでもいい?」
いつの間にか蚊帳の外に追いやられていた姿が、場の雰囲気を一気に緩ませるように、手を上げて声をかけて来た。
「あのね、彼らを通してあげてってお願いしたのはボクでしょう? ほんとはもっとちゃんと、彼らの現状を君たちに伝えた上で通すか通さないかを判断してもらわなくちゃいけなかったのに、ボクのお願い一つで通してもらってしまって、本当に申し訳なく思っているんだ」
「恩人様……」
そいつの言葉に、少なからず周りは動揺したようだった。自分たちを助けてくれた存在が、今回のような騒ぎの元凶を招き入れてしまった事を信じたくないのかもしれない。
でもここには、通す事を決断した族長のセズクタクヘンリさんまでいる。彼が渋い顔で黙っていることが、何よりも呑気の言葉を肯定しているようなものだった。
「階下に落ちてしまったこの子たちを探している子が上にいるから、って言わなかったボクのせいでもあると思うんだ」
特にその子、といって指さしたのはラズだった。
「上から落ちて来た時にね、すごく心配していたの。ホントはすぐにでもこっちに来たかったと思うんだけど、上に引き留めさせたのはボク。だからね、離れている時間がとっても寂しくて心配していたと思うんだ」
酷い我慢をさせちゃってごめんねって謝るそいつに、ラズは眉を寄せてそっぽを向いた。
それが周りからみてどう思ったかは解らないけど、呆れてしまう。この呑気は咄嗟によく、そのとんでもないシナリオここまでそれらしく話せるなあ、なんて。
しわくちゃの顔は、一体何を思っているのだろう。何を考えているのか解らない表情で口を閉ざし、周りは族長の判断を待っているかのようだ。
「解りました」
漸く口を開いたその声は、真剣に何か考え、そして断腸の思いで発言しているように聞こえた。
「いいでしょう。貴方の言葉に免じて、彼らは罰することなく速やかに村を出て行ってもらう事で手を打ちます。ただ、同時に貴方を、今後この村にお通し出来ない非礼を詫びさせていただきたい」
ざわめきが、一瞬起こる。自分たちの恩人を締め出すような事をしなくちゃいけないのかと、周りも大層驚いているようだった。だが、同時にそうしなければ示しがつかないのだと理解する。
言い渡されたそいつも、解っていた事なのだろう。
「ううん、構わないよお。こっちこそごめんね?」
眉を落としてへらりと笑っていた表情は、何を考えているのか解らなかった。




