小人たちと妖花 .3 *
急かされながら森の中を行くと明るかった天井が、段々と生い茂る林冠に隠されて行っている事に気が付いた。
獣道は木の根によって波打っていて歩きにくい。不安定な場所に成れているリテッタでさえも歩きにくそうにしていた。
俺? 先へ先へと急ごうとすればするほど何度も何度も躓いて、少し前を行く白いタワシの背中に毎度ぶつかっている。
森の中に作られた道のお蔭で足元が不安定な中、競歩みたいな速度のタワシを追いかけるだけで精一杯だって言って、俺がどれだけ手こずっていたのか解ってもらえるだろうか? 生憎ツィーゲルさんは飛んで移動だから、完全に俺が足を引っ張ってしまっている。
うん、まあ、うん。いいんだ。俺の事なんて忘れてくれ。
辺りの木に絡まる蔓のようなものが、ただでさえ少ない明かりを少しでも多く得ようとして葉を広げている。それがより一層暗さを感じさせた。
いつもはきっと静まり返っているのだろうけど、あわただしくレプラホーンやフェアリーの往来があるせいで賑やかしい。
……もちろん、俺らの事を避けるようにしながらも、構っていられないっという雰囲気を醸し出して往来している。声なんて、とてもじゃないがかけられない。
「この先にはね、上に向かう為に我々が造った階段があるのです」
俺らを先導するツィーゲルさんは、端的ながらも教えてくれた。
「でもその手前にね、我々が守り続けている妖花があるのです」
「さっき言っていたアルルーンね?」
リテッタの問いに首肯する。
「ええ。アルルーンはこの森にとって脅威であり宝。何度風に大樹を折られても、上層の虫に食い荒らされても、その内に蓄えた力を以て森をよみがえらせてくれるのですよ」
「へえ……。でも、それだけなら脅威って言わないような気がするけど、『機嫌を伺わないと通れない』って事と何か関係あるのかしら」
「大いにありますよ。アルルーンは普段は大人しいのですがね? 自身の苗床に養分を蓄えるために、栄養のある手ごろな生き物を襲う事があるのですよ」
「へ? 花が襲う……?!」
素っ頓狂な声を上げた彼女に、ツィーゲルさんは苦笑した。
「ええ、襲いますよ。甘い香りで虫や大きな生き物を呼び集め、そして強烈な叫び声で混乱を招き、時には命を奪います」
「花がそんなこと……」
「まあ、植物を言っても動物的な部分がありますからね。元来、気性は荒いと思いますよ」
「植物に気性があるなんて……信じられないわ」
「あはは、傍から聞いたらそんなもんでしょう。でもはるか昔には、個人を気に入ったアルルーンが、その者から魔力を奪って子供産んだ、なんて話もあるみたいですからね。植物だって恋はしてしまうのでしょう」
「えっ?!」
「ふふ! もちろん、お伽噺ですよ」
ころころと笑うツィーゲルさんにリテッタは納得していない様子だが、俺はそこまで聞いて『あれ?』 ってついつい首を傾げた。
叫んで、ヒトから何かしら搾取する植物って、聞いた事ある気がしてならない。むしろ、この先に待っているものが解ってしまったかもしれない。
「なあ、そ……ぅわっ!」
確認せずには居られないのだけど、「それってもしかして」 って口を開こうとした途端に、俺はまた躓いた。もはや誰に心配される事なく前にすっ飛んでいく。どんっとお馴染みの背中にぶつかり、前方が少しだけ驚いたように肩を竦めている。
だがそれも一瞬の事。
すぐに何事もなかったかのように、タワシ頭の『恩人様』は歩いていってしまう。……悲しい。
気にしてくれないのは、リテッタ達だって同じだ。
「襲ってくるのって、それが森を守る為の対価……なのかしら」
難しい表情で思案しながら訪ねる。
「そうかもしれません。我々はそんなアルルーンの主株を守る為に、常日頃から不要な小さなつぼみを取り除き、森から葉を集め堆肥とし、主株が代替わりしようとする時にだけは、その若芽が放つ強い香りに引き寄せられた虫に食い散らかされてしまわないように務めているのです」
「そこまでしないといけないなんて大変じゃない」
難しい顔をするリテッタの横で、『花の小人かあ』 なんて呑気なことを考えていたらまた躓いた。
俺のお花畑な思考回路を知らないツィーゲルさんは、そうでもないですよ、と笑った。
「ほら、先程のお茶に入っていた花の蜜、あるでしょう? あれはアルルーンから摘み、分けてもらった花で作ったものです。あれを毎日のように頂いている我々は、お蔭でアルルーンから襲われず、また虫の脅威も普段であれば少ないのです。そういう恵みを分けてもくれる存在なのですよ」
「ふうん……? ま、貴方たちが見てくれる世話のお礼があのお茶だって言うなら、確かにすごく素敵な贈り物ね。あれはとってもおいしかったもの」
恐縮ですと笑ったツィーゲルさんは、久しぶりに俺を振り返った。
「それにしても大丈夫ですか? もうすぐ着きますからね」
「あ、はあ。頑張ります」
これだけははっきりとさせておこう。別に拗ねている訳ではない。
ちょっと転び過ぎたからって、それがなんだって話しなだけだ。
ヒトは短時間に頻繁に転んでいる姿を見ると、次もまた転ぶんだろうなって思ってしまって心配しなくなるだけなんだ。うん。
さて、そんなどうでもいいことはさておき。
どうでもいいんだ、こんなこと。大事なことだ。何度だって言うよ。
俺のドジなんてどうでも、いい! だぁ!
こほん。失礼、取り乱した。
前方がにわかに開けたかと思うと、またクリーム色の天井を拝むことができた。その向こう側に、空を削るようにして造られた階段が見受けられる。
……違うな、言い方が悪い。
小人の村を覆うようにある壁や天井を削って、上階へと抜けられるようにしてあるのだと解った。
背景の色のせいで見にくいが、天井に向かって緩やかな傾斜が見受けられる。ここから見ると、空中に階段も何もないのに、レプラホーンやフェアリーたちが空に登っているみたいだ。……あ、フェアリーに階段は必要ないけどな。
「皆さん、一度止まってください」
森の向こう側にばかり気を取られていた俺らに、ツィーゲルさんは呼び掛けて先を示した。
「あちらに見えるのがアルルーン、我らが守っている妖花です。今は眠っていますので、安全の為にもどうかお静かにお願いします」
指し示されて、天井から視線を落とす。今の状況、添乗員の後をついて観光案内されているみたいだなって思ったのはここだけの話だ。右手をご覧ください、なーんてな。
ツィーゲルさんが示した先で真っ先に目に留まったのは、大きなつぼみを付けた濃紫色の花だ。
驚いた事に、花弁の長さはかなりある。多分、俺の身長といい勝負なんじゃないか、っていえば、その大きさも伝わるだろう。
花びらをひねるようにしてしっかりと閉じているその花からは、咲いたときにどんな花になるのか正直伺えない。でも、今閉じている様子はアサガオに似ていると思う。
俺が想像していた『アルルーン』ならば、てっきりニンジンみたいに生えているんだと思っていた。だって、泣き叫ぶ植物って言ったらあれだろ。マンドラゴラ。もしくはアルラウネ。
だからこそ叫び声を聞いたらヤバいんだろうなって思っていた。
でも、目の前に現れた植物は、どう見たってツル性だ。ぽこぽこと、ところどころツルの根元から『それ』の頭らしきものが見えるから、どっちかっていうとサツマイモみたいに見える。
葉の色は表と裏で色の濃さがはっきりと違う。表面はてかてかしていて、触るとちょっと固そうな葉っぱなんだろうなって想像がつく。ばさっと広げた葉は手のひらよりも大きくて、おにぎりでも包めるんじゃないだろうか。
その見た目は……あれだ、押し寿司。あれって柿の葉っぱで包むんだったっけ? 旨いよな、押し寿司。寿司自体、転生してから食べてないけど。むしろ、生の魚なんて食べた覚えない。
え? どうでもいいよって? むしろ酸っぱいから苦手?
…………それが旨いのに。ちぇっ。悪かったな。
「思っていたよりも立派に育っているみたいだねえ」
アルルーンを見て第一声、『恩人様』は感動も何もない様子だった。それに構わず、ツィーゲルさんは嬉しそうに頷く。
「ええ、恩人様と皆様のお蔭です。枯れかかっていたアルルーンを接ぎ木し、襲い来る虫たちを退けてくれたあなた方に――――」
「あーうん。お礼ならあんたの娘に言ってってば? ボクたちは頼まれただけに過ぎないんだから」
呆れたように、あるいは面倒くさそうに。隙を与えれば熱く語ろうとするツィーゲルさんから逃げ出して、手近なアルルーンの蔓に手を差し伸べたそいつは首を傾げた。
「あれ? でもちょっぴり魔力の流れが速いかな?」
「ええ、恐らく蓄えた栄養分と魔力で急速に補修しようとしているせいでしょう。アルルーンが静かになったのもその為かと」
「あーなるほどねえ」
無感動に頷く様子からは、本当にどうでも良さそうだ。そこで漸くツィーゲルさんも懲りたのだろう。
「急ぎましょう。こんな時こそアルルーンに目を覚まされたら堪りませんから」
苦笑しながらこちらですよと案内を始めてくれたので、俺らは大人しくそれに着いていこうとした。
その、瞬間だった。
ざわり、辺りの木々がざわめいた。「いけない! みなさん走って!」 っていう、ツィーゲルさんが声を同時の事。指示された方に向かって、咄嗟にかけようとした俺らは――――いや、俺は、途端に何かに足を取られてすっ転んだ。
駆けた勢いのまま転んだせいで目の前に地面が迫ってきて、顔面から突っ込もうとしているのがはっきりと理解できた。だからこそ、怖くてぎゅっと目を瞑っていた。
「ぅえあ? うわあぁあ!!」
閉じた視界の中、左足が強く引っ張られる。俺の足を引っかけていた何かは、あろうことか容赦なく足を引っ張り続けて目を瞑っていても足から宙吊りにされたのが解った。
ぐんと揺さぶられて、頭に一気に血が登る。無理やり引っ張られたせいで、かくっと股関節が嫌な音を立ててくれた。流石に片足一本で体重と重力は受け止めきれやしない。おまけに左足に巻き付いているらしい太い何かが、足だけをぴたっと圧迫してきて気持ち悪い。
あれだよあれ、血圧測る前にガンガン膨らんで圧迫してくるあの感じ。きっと血圧測定器に足突っ込んでみたらこんな感じじゃないだろうか。……やったことないけどな。
恐る恐る目を開けて足の方に目を向けたら、案の定そこらに見受けられていた蔓が絡まってくれている。
「嘘っ、ディオ?! きゃあ!」
「リテッタ!」
俺の醜態にリテッタが信じられないと言わんばかりの声を上げる。いや、俺だって何が起きたか信じたくねえよ?!
おまけに何が悪いかって、慌てて戻ってきてくれようとしたリテッタまでもが両腕を取られて、もろとも宙吊りにされてしまった。
「なによ、これ?!」
「お二人とも、大丈夫ですか! 耳を、兎に角耳をふさいでください!」
慌てているのは、俺らだけではない。誰よりもツィーゲルさんが必死の形相だった。言われた意味が咄嗟の事で判断付かずに戸惑っていたら、風もないのに一斉に辺りの木々が――――いや、辺りの蔦の葉がざわめきだした。
『おいしそう』
葉のこすれる音なのに、そう聞こえたような気がした。
『おなかすいた』
『いいにおい』 『ごはん!』
『なおす!』 『たべる』
『おなか、すいた』
『たべたい……』 『たべる?』 『たべる』
葉と葉が会話している、とでも言えばいいのだろうか。俺らを取り囲んでいるかのように、あちらこちらから絶えず腹が減ったと主張する声がする。
『これ、たべる!』
「なりません!」
葉たちが出したとんでもない結論を遮るように、ツィーゲルさんは声を荒げた。一直線に俺らが宙ぶらりんにされているところとは別のところを目指す。
「アルルーン、彼らは貴女の食事ではありません。後で別のものを持ってきますから、すぐさま離しなさい」
『や』
『ごはん』
『やーあ!』
小さな子供に言い聞かせるかのようにツルの根元に語り掛けると、一帯からわさわさと返答が返ってくる。ぐずるような返答に表情を険しくさせながら、もう一度「離しなさい」 と厳しい声でツィーゲルさんは言った。
途端の事だった。
その根元の土から何か茶色い物体が飛び出したかと思ったら、幼い声が盛大に泣き叫んだ。
「やぁだああああぁー!! アルがとったのぉおおお!!」
「ぅあっ」
「っ……!」
その声は、赤子が母親を求めるよりも激しいものではないと言うのに、頭蓋骨の内側から金づちで殴られたかのように酷い頭痛を催した。
とてもじゃないが、聞いていられない。咄嗟に耳を塞いでみるも、耳の中に残った余韻が耳鳴りとなって気持ち悪い。
俺なんてまだマシだって、一瞬気が付いてやれなかった。
「ぁ……、リテッタ?!」
すぐ隣に吊られていたリテッタはというと、両手の自由を奪われて身動きを取る事が叶わずに、一瞬で意識を失っていたらしかった。このままは、マズい気がする。
「おいリテッタ! しっかりしろ!」
どうにか彼女を助けようと身体を揺すって、せめて彼女を捕まえるツルを切ってやろうと思ってナイフを取り出した。
でも、それがかえってよくなかったのだろう。多分、ヒステリー起こしたアルルーンにしてみれば、おもちゃが勝手に逃げようとしていると思ったんだと思う。
「いっ?!」
突然ぐんっと引っ張られたかと思うと、めちゃくちゃに振り回された。思わずナイフを取り落とす。
さらにはみしっと、足の肉が変形して、風船みたいに割れるんじゃないかって思えてしまうくらいに、圧迫が強くなる。
頭に血が登ってぼうってしてくるし、頭痛いし、足が鬱血しそうでそろそろマズい。
ツィーゲルさんが必死に何か言っているのも聞こえなくなって、何だか視界も狭くなってきたようだった。やばい、これ。マジで容赦ない。
頭がガンガンして、全身どこもかしこも痛いせいで、もう何が痛くて酷い気分だと思っていたのか解らなくなってくる。
いっそ吐き気が心地よくなってきた気がするから、流石に自分でも頭がおかしいって気が付く。気が付く、というよりも、頭の中にもう一人、隅に追いやられつつある冷静な自分が『しっかりしろ』って小さな叫び声をあげてる、とでも言えばいいだろうか?
でもそれだけでは、どうにも出来そうにない。与えられる苦痛にラリってる自分が可笑しくて、頭は比較的覚めているのに、たまらなくなってきた。
気が付くと、くすくすと笑いがこぼれてしまう。変人だわな。
俺が大人しくなったところで、揺さぶる事だけはやめてくれた。だが、エサを取り上げられないようにって必死のアルルーンは泣き止みそうにない。
ああ、どんどんと締め付けが増しているから、このまま俺の足は取れてしまうだろうなって、妙に冷静になっている自分がいた。
遠くの方から、レプラホーンやフェアリーたちの鬨の声が聞こえてくる。どんっと何かが張れるしたような音と、しきりに声を上げて指示しているような声から、きっとむこうでは虫との戦いが始まっているんだろうなって事が解った。
意識がどんどん遠退いて行く。
「この……差し迫った時にわがまま言うのは……アルルーン! いい加減にしなさい!」
だが、霞がかった状態で、気絶することは許されなかった。
いらいらした様子でツィーゲルさんが声を上げた、その刹那。
ぞくっとするほど、空気の温度が下がった。泣きわめいていた声が、喉の奥をひきつらせて空気を飲み込んだ時みたいな声を上げて途絶える。
戦士たちの焦った声がこちらに注意を呼びかけているみたいだが、よく解らない。上からの侵入がどうとか、虫よりもやっかいだとか、そんな必死の声が遠い出来事に聞こえてしまう。
「ねえ」
だから、不意の事に感じてしまった。
毎日聞いているはずの馴染みの声が――――今は居ない筈の義弟の声が、どこからともなく聞こえた気がした。
俺もいよいよ気が狂って来たか。ホントに狂ってたら、なんでこんなに都合よく元気に妄想しているのかね。
……いや、おかしい。
むしろ、登っていた血がだんだんと落ち着いて来た気がする。身体も危篤寸前を脱したような開放感がある。
漸く、ツルの拘束がなくなっていた事に気が付いた。
むしろいつの間にか、俺もリテッタも地に横たわっている。視線を巡らせると、ちりちりと煙を上げるツルが、フライパンの上で焼かれたミミズみたいに小さくのたうち回っていた。幸い、火の手が出るほどではない。
そして、あっと思わない訳がなかった。
「雑草ごときが、僕の兄ちゃんに何してるわけ」
どこから呼んでもやってくるア○パ○マ○の背中が、そこにはあった。
しん、と、辺りは静まり返る。
思ったことはただ一つ。
…………ヤバくねーか? この状況。
それだけだ。




