小人たちと妖花 .2 *
通された部屋は、至ってシンプルな造りだった。
部屋の真ん中には木製の円卓が据え置かれ、それに合わせたかわいらしい椅子が四つ並んでいた。テーブルの向こうにキッチンと、扉が一つ見受けられた。多分、この家を上から見たとしたら、某ネズミみたいな形をしているのではないだろうか。
少し不思議に思ったのが、それらの家具が、フェアリーやレプラホーンの体格と比べて気持ち大きかった事だ。俺らが座る分にはむしろ有り難いけれども、何だか違和感がある。
「どうぞ、お好きに座ってくださいね。すぐにお茶でも入れますから」
「ありがとうございます」
「お構いなく~」
慣れた様子で隣のキッチンに向かった背中を目線で追いかける。一度気になってしまうと、そういえば天井も閉塞感がない程度に高い気がする。
フェアリーがそもそもこんな森の奥底に住んでいたって事が意外だ。もっとこう、お花畑で戯れているイメージがあったから、こんな風に石の家に住んでいるって思ってもみなかった。
物珍しさにきょろきょろとしていたら、ふわりと甘い香りが漂ってきた。時期を迎えた、それこそ花畑にでもいるような甘い花の香りだ。
「花の蜜はお好きですか? お口に合えばいいですが……」
「あっ、手伝います!」
ラズよりも小さくて小柄に見える美丈夫が、俺らの為に重たそうにしながらカップを運んでくれている姿に、流石に座ってはいられなかった。リテッタも何も言わずにツィーゲルさんに変わっていて、彼自身は苦笑をこぼしていた。なんだか申し訳ない。
「ありがとうございます。お手を煩わせてしまって申し訳ない」
テーブルにきれいに並べられたカップは、鮮やかなくらいの赤色が湯気を立てていた。香りはローズヒップのハーブティーに似ている。香りそのものにも酸味と甘みが感じられてとてもおいしそうだ。
「この辺りに咲くニードレックの花のお茶です。蜜を多く含んでいるものなので、恐らくヒューマンの方々にもおいしく飲んで頂けると思います」
「わあい! ふたりともよかったねえ! ツィーゲルのお茶はおいしいんだよ」
嬉しそうに笑ったのは、始終のんびりと言葉通りにくつろいでいた呑気な奴だ。ツィーゲルさんもはにかみながらいやいやと否定していたが、手放しで褒められてまんざらではなさそうだ。
「いただきます」 と、リテッタと声をそろえて一口頂くと、想像していたよりもずっと柔らかい甘みと花の香りが鼻に抜けていくようで驚いた。
「……わっ、なにこれ! おいしい」
思わず、と言った具合にリテッタが声を上げた。ずっと張り詰めていた緊張が、初めて和らいだ気がする。
「喜んでいただけて何よりですよ。それにしても災難でしたね。こんなところにまで落ちてきて、さぞ怖かったでしょう?」
「ええ、まあ。それでも彼にも助けて頂きましたし、この村の皆さんが快く上の階に通してくれたお蔭で助かります」
カップを置きながらお礼を口にしたら、またもや「いやいや」 と謙遜されてしまう。随分と慎ましやかなヒトなんだなあって思ってしまう。お構いなくとか言っておきながら、遠慮なくお茶を飲む『恩人様』とは大違いだ。
ふと、村に入った時の事を思い出して、俺はツィーゲルさんに尋ねていた。
「でも皆さんヒューマンと何かあったみたいですけど、貴方にも迷惑をかけてしまうんじゃないでしょうか」
「ああ、気にしなくて大丈夫ですよ。皆あなた方が悪い訳じゃないって解ってますから。ただ、たまたまよくない記憶を思い出してしまうので、自然と遠巻きにしてしまうんです」
一際高かった椅子に座った事によって同じ目線に座るツィーゲルさんは、遠くに視線を向けながら過去の出来事に眉を落としていた。よくない記憶には違いない。でも、そんな顔をされてしまっては聞かずにはいられなかった。
「ええと、何があったか伺ってもいいですか?」
「構いませんよ。隠すような話でもないですし、貴方方も気になっているでしょうしね」
中身はつらい話になるだろうに、ツィーゲルさんは快く引き受けてくれた。
お茶をすする呑気は、止める事も口を挟む気もないらしい。ツィーゲルさんから視線を投げられて、好きにしなよと肩を竦めただけだった。
「恩人様が我々の村を救って下さった時の話なのですがね」
「はい」
前置きされた言葉に、茶を飲む姿は興味なさそうに身体ごとそっぽを向いた。意外な事に、流石の呑気も自分の関わった話を聞くのは照れ臭いらしい。何でもないフリをして足をばたつかせていたが、俺はそいつに構わず先を促した。
「当時、アルルーンが急に花をつけたのです。それと同時に虫の大群が襲ってきて、村は大混乱に陥いりました」
「急に? という事は、珍しい事なんですね?」
「ええ。そもそもアルルーンは数百年に一度花を咲かせて代替わりする花。その時は確か、百年の半分も時は経っていなかったと記憶してます。とにもかくにも、咲いてしまい、虫たちを呼び寄せてしまった以上仕方がありません。私たちは先に女子供を逃がして、残った男手でどうにかしようと試みたのです」
「はい」
レプラホーンの女や子供って? って、ついつい思ったのはナイショだ。話の腰を折ってしまわないように、頷いて続きを待った。
「村の中での戦いはいいです。常日頃から虫に対する備えはあります。でも、戦う術を全く持たない者たちだけで上層の森に逃げ出すのは危険です。森の外に、戦うための備えはありませんから。なのでそこで、我らフェアリーとレプラホーンの戦士の中から数人ばかりの護衛を付けて送り出しました」
遠くを見たツィーゲルさんも、その戦いに混ざっていたのだろう。
「村の中では死に物狂いで戦いましたよ。その時はいつもの数倍、虫たちは凶暴でした。恩人様方が手を貸してくださらなければ、間違いなく被害はもっと大きかったでしょう」
懐かしみながら言葉を紡いでいた彼に、拗ねたような声が遮った。
「ボクが来たっていうよりも、誰かさんの娘が手を貸せって煩かったんだよう」
「それでも、我々が助かったのは貴方が動いてくれたからですよ」
「んー……そういう事にしといたげるよ~……」
じとりとツィーゲルさんを見ていたそいつは、かゆそうに表情をゆがめていた。それ以上はやめて欲しそうな姿に愉快そうにころころと笑う。
ツィーゲルさんは気を改めるように、カップを口に運んでから口を開いた。
「それでヒューマンの方との間にあった事は後から聞いた話になってしまうのですが、その先の森で、脱出した者たちはヒューマンの団体と遭遇してしまったらしいのです」
「……もしかして、奴隷商人でしたか?」
「いいえ、冒険者だと聞いています。ですが、息をひそめるように各地に点在している我ら小人たちが、彼らにとっては珍しかったのでしょう。護衛につけた者と女子供が何人か、その冒険者に捕まってしまったのです」
「っ、冒険者が、そんな酷い事を……?!」
リテッタにとっては、信じられないことだったようだが、俺に言わせればよくある話だ。
良くも悪くも、冒険者は生きるために必死だ。お金に成り得そうな事なら進んでやる奴の方が多いし、マナーなんて言葉を持っている奴なんて、それこそ冒険者としてそこそこ安定した生活が出来ている場合に限った話だろう。
誰だって、生活に余裕があるかないかによって、見知らぬもの、珍しいものに対する反応は変わってくるってもんだ。
「ええ、お嬢さん。森の外は我々にとっては厳しい世界です。それまで当たり前に暮らしていたところから一歩出ただけで、それまでの当たり前の生活は崩れ去ります」
「そんな……」
「我々の外に対する認識が甘かった。それが最大の過ちでした。閉塞した空間で生きて来た我々には、そこまで考えが至らなかったので仕方ありません。それはもちろん受け入れております。ただ、どれほど受け入れていると申しましても、仲間を失ったことに変わりはありません。そのため、今度こそは同じ過ちをしてしまわないようにと、少しばかり気が立っているのです」
ツィーゲルさんたちの対応は正しい。本来俺らなんて、村に入れるべきではないくらいだ。
それでも申し訳なさそうにされて、ホント、優しいヒトなんだなあって思い知る。
「ごめんなさいね。あなた方は悪くないのに、嫌な思いをさせてしまって」
「いいえ」
だから謝罪はお門違いだと思っていたら、俺が否定するよりも先にリテッタが強く首を振った。
「貴方たちだって悪くないはずよ。謝らないで」
「そうですよ。教えてくれてありがとうございます。そして、こちらこそ申し訳ありません」
俺もそれに続いて頭を下げたら、「ああほら」 と、困ったようにツィーゲルさんは笑っていた。
「やっぱりあなた方はいいヒト、ですね。族長がここにお通しした方々だ、何の心配もしていませんでしたよ」
にっこりと笑った姿に、えっ?! と声を上げてしまったのは仕方ない。
まさかと思うけど、セズクタクヘンリさんが族長?! 族長自ら門番って、何やってるの?!
まあ、でも、これで門番なのに名前が違う理由がなんとなく解った。多分、あとの二人も何かしら別の役職と兼任でもしているのだろう。深く突っ込んでも仕方がない。
気を改めて、もう一つ気になっていた事を投げかけてみた。
「そう言えば、ツィーゲルさんはどうして村の外れに? お一人だけで森の花の見張り、ですか?」
「ああ。それは単純な話です、私が村から追い出されているからですよ」
ただ返って来た言葉が斜め上の理由だった。
あっけらかんと笑う姿に、思わず言葉を失ってしまった。何余計な事質問しているんだって、リテッタには睨まれた。一気に肩身が狭い。
「え? あ、その……」
「あ、すみませんね。そんな余計な事を言ってしまった、みたいな顔をしないでくださいな。それにほら、村から追い出されているって言っても村の皆さん普通に接してくれますし、外れにもこうして家を建ててくださって、住まわせてもらえているんです。不満なんてないのですよ」
すっかり委縮してしまった俺に、ツィーゲルさんは穏やかに告げてくれた。気を使わせてしまって申し訳ないと同時に恥ずかしい。「ええと、それなら」 なんて、無理矢理何か言おうとすればするほど、うまく言葉が出て来なくってますます焦った。
多分、そんな俺が可笑しかったのだろう。ツィーゲルさんは悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべた。
「実はぼくね、昔から村の外にふらふら遊びに行く癖がありまして、前々から族長達にお叱りは受けていたんです」
唐突に告げられた言葉がよくわからない。あっけにとられて「村の外?」 と首を傾げていたら、また首肯が返って来た。
「ええ。強いて言うなら、森の外、ですかね? じっとしているよりも、まだ見ぬ素敵な女性と出会い、戯れる事が昔から好きでして。よく村や森を抜けだして交流を図っていたのです」
「軟派ね」
「ものは言い様ですよ、お嬢さん」
呆れて椅子の背に身体を預けるように座りなおしたリテッタにウインクを返すこのヒトは、なかなかの強者な気がしてならない。
「それである日ね、種族外の者と子を成してしまいまして、ついには大目玉を喰らいまして」
「は?」「え?!」
え? 子持ち?!
種族のせい?! とてもじゃないが、子供がいる風には見えねえよ?!
だが驚いた俺らに構わず、ツィーゲルさんはにこにこしながら続ける。
「ええ、それはもう! とてもとても可愛い方でして。でも彼女は自分の家がある墓地のそばから離れるつもりはないと、私の娘と引きこもってしまったんです。娘にも十分な素質があるからって……自分の持つものすべてを注ぎ込んで立派な死霊使いにして見せるって聞いて貰えなかったんです。そこに加えて私は村に帰らないといけないしで、結局離れ離れにならざるを得なかったんですよね」
あ、この話のネタ振るとまずい奴だったんだなって、気が付くのは遅かった。『恩人様』なんて、とっくのとうに椅子の上で船を漕いで居眠りしている。
ツィーゲルさんが溜め息をこぼしたのも一瞬の事。すぐに恍惚とした様子で続ける。
「一緒に居たくても居られない私のために、娘がね、昔はよく遊びに来てくれていたんです。一応、フェアリーの血は引いているからって、長達も彼女が出入りすることは認めてくれていて。……そう言えば最近は、パパよりも大切な人が出来たからって来てくれないのは寂しいですけど、それでも、彼女が好きな人の元で自由に生きているならば、それでいいかなって思ったのです」
話は止まりそうになかった。これ、一番振っちゃいけない話だったんだなって気が付いた時にはもう遅い。
あ、そうだ。娘の精密画見ます? なんて、うきうきしながらツィーゲルさんが席を立った時、にわかに屋外で焦ったようなヒトの声と沢山の足音が往来した。
何だろうって、思わず扉の方を伺っていたら、慌てた足音の一つがこちらにやってきて、強く扉を叩く。
「ツィーゲル! 悪いがすぐに武装してきてくれッ」
扉の向こうでも、焦った様子なのがよく解る。精密画を取りに行こうとしていた所からパタパタと扉に駆けて行ったツィーゲルさんは、開けると同時に見知らぬフェアリーが飛び込んで来た。
「何があったんですか?」
ぜいぜいと肩で息をする姿に、ツィーゲルさんは訪ねる。その襟首に掴みかかる勢いで、そのヒトは顔をがばりと上げた。
「竜だ!」
「はい?」
「上層階で竜が暴れているらしくて、そのせいで虫たちも興奮しきっている! 村でももう、戦いの準備を始めている。このままじゃ上にある村の入り口も危ないし、何より上から来られてはアルルーンが……!」
「っ……! 解りました! 私もすぐに向かいましょう!」
頼んだぞ! って言いながら、また次の場所へ伝達に向かったフェアリーは嵐のように去っていく。すぐに行かねばとならないのと、俺らの面倒を見るのと両立するにはどうしようかと腕を組んでいた。
そんな彼らを他所に、俺とリテッタはいやーな予感に見合わせていた。
いや、うん。現実逃避は止めよう。多分、というか、十中八九俺らのせいだろう。
「あの、ツィーゲルさん。俺らも――――」
俺らもそこに連れて行ってほしい。そうお願いしようとした時、そいつは唐突に立ち上がった。ガタンっと椅子が音を立てる。
「……消えた」
ぽつり、呟いたそいつは、珍しく真剣な様子で扉に向かって踵を返す。その呟きに、ツィーゲルさんも何かを察したらしい。ハッとした様子で俺らを振り返った。
「危険は伴いますが、この機を逃すのはいかがなものか……。いえ、構いません! お二人とも、すぐに行きますよ!」
「うん? あ……」
「え、ええ」
「静かな時とはいえ、アルルーンは気まぐれです。上階はまた別の危険が伴いますが、私がきちんとお二人をお送りします。私の傍を離れないようにしてくださいね!」
最早話している場合ではないらしい。きびきびとしだしたツィーゲルさんの様子に、緊張せざるを得なかった。




