小人たちと妖花 .1 *
こつこつと、やけに足音が響いて聞こえる。森の中だっていうのにも関わらず、俺らの足元から発される音は、どう考えても岩の上を歩いている時のものにしか思えなかった。
大蠍の上でのんびりとしているあいつ曰く、この階層まで下りてくると大木が化石化するから、岩山と変わらないんだそうだ。……あれじゃねえか、正に腐海の……げふんげふん。
一体どれほどの階層がこの下にまだ続いているのかは検討もつかないが、化石化した森は基本的に行き来が出来なくなるらしい。
先程うっすらと水が溜まっていた場所がいい例だけど、少しずつ、少しずつ、上からの重みに森が沈み、水がせりあがってくるんだとかなんとか。
ひょっとして、この大陸そのものが何十――――いや、何千と重なって化石化した森で出来ているんじゃないか? ……なーんてな。ありえねえ。
いくつもの石化した大木の柱の間を抜けていくと、だんだんと天井の高い洞窟でも歩いているような気がしてきた。
その遥か後方からは、かさかさとわずかに積もった落ち葉をかき分ける音(と、俺が個人的に思い込みたい。決して、足がたくさんある生き物がうろちょろしている音じゃない……と、思いたい。)が、一定の距離を保ったままついてきていた。
一体どこまで行くのだろう。後ろのあいつら、ちゃんと振り払えるのだろうか。
歩けば歩くほど増してくる不安に、自然と歩調も早まっていく。気が付けば、リテッタと共に大蠍のすぐ後ろから隣に移動していて、あいつはくすくす笑っていた。
「心配しなくても、もうすぐ着くよぉ。ほら、あそこ! 境界線が見えて来たよ」
「あ……」
指示された先で真っ先に目に留まったのは、不自然なくらい立てられた細い石柱群と、その石柱と石柱の足元を繋ぐように張り巡らされた糸のようなものだった。
糸の真ん中には重りのような、独楽のようなものが見受けられて、ようやくそれがトラップなのだと気が付いた。多分、糸に何かが触れると弦みたいにゆれて、独楽が音を鳴らすのだろう。
糸はきちんと計画性を持って張り巡らされているようで、一直線の道が出来てしまわないように柱と柱を繋いでいた。一直線に歩く事しか能のない奴を音で追い返し、中に住んでいる奴らはちゃんと出入りが出来る、という事だろう。
その向こう側は、驚いたことに壁だった。天然のものではない。誰かが丁寧に石化した木を伐り出して、レンガみたいに積み上げて作った壁なんだとはっきり解る。
その証拠に、一か所だけ門の形を取って口を開けている。
「ありがと~! ご飯にしてていいよ」
大蠍から飛び降りたそいつは、大蠍の頭をひと撫でして元来た方を指さした。
ああ、ごはんってそういう事ですよね。お腹いっぱい食べてください。……としか、言い様がない。
「それじゃあ行こう、通るからにはご挨拶しなくちゃ」
「ええ」
「ああ」
足元のトラップをまたぎ、あるいは間をすり抜けて、俺らはあっさりと門の前まで来てしまった。恐らく、本当に虫よけ目的に設置されているだけなのだろう。そうでなければ、罠としての警戒レベルがザル過ぎる。
小人の大きさに合わせて出入り口を狭く、低く作られた門をくぐると、視界が一気に明るくなった。同時にふわりと甘い香りに包まれた気がした。
幻視のせいで目が眩み、森の最奥だというのに昼間の空の下よりも明るく感じて驚かずにはいられない。
そして門の片脇に建てられた、俺らの身長よりも少し高いくらいの大きさの、円筒型の建物に気が付く。
「おーい、こんにちはー。お邪魔しまーす」
一直線にそちらに向かうそいつが間延びした声で呼びかけると、木製の扉がすぐに開けられた。中から、槍で武装したしわくちゃの顔――――レプラホーンがこちらを用心深く見返す。……小人って、そういう事か!
そして相手もすぐに、俺らの顔を見てあっと驚いていた。いや、俺らに驚いたというよりも、先を行くあいつの姿に目を輝かせたという方が正しいか。
「恩人様ではありませんか! おい、恩人様がいらっしゃったぞ!」
「なんだと! 本当か! すぐ皆のものに知らせなければ!」
顔をのぞかせていたレプラホーンが中に呼びかけると、同じくしわくちゃの顔がふたり、三人と顔をのぞかせた。
「では連絡にはわたしが行って来よう」
最後に小屋から飛び出した、レプラホーンよりも二回りほど小さな姿にあっと驚かされた。
小さなヒト型が宙を舞い、虫の羽のようなものを背負う小人を見間違うはずがない。フェアリー、そう呼ばれる珍獣(※超失礼)が、颯爽と奥へ飛んで行った。
「あっは、みんな今日も大袈裟~」
ひらひらと手を振った姿を取り囲むように、しわくちゃの小人たちが歓喜の声を上げていた。
「大袈裟なんて滅相もない!」
「そうとも! 花守であるにも関わらず、虫に怯えていた我らにとって、貴方の働きは感謝してもしきれないものですぞ!」
興奮冷めやらぬ様子で口々に囃し立てる様は、町娘が勇者を囲むようにも聞こえた。まあ、実際はしわくちゃなじーさんが、へらへらと笑う姿を取り囲んでいるだけに過ぎないのだが、雰囲気はそう見えた。
なんだろう。華がない。さっきのフェアリーみたいなのがきゃあきゃあしている方がまだ絵的に良かったのにな……なんて。
「して、恩人様。そちらの方々は?」
不意にひとりのレプラホーンが切り出すと、途端にみんな口を閉ざしてこちらを注視した。誰もかれも、しわくちゃなせいか怒っているように見えてしまう。……まあ、よそ者に向ける視線にしては優しいくらいだろう。
「あ、うん。ここまで落っこちてきちゃった迷子の子達だよ。お友達と合流するために上に行きたいんだ。鎮守の森、通させてもらってもいいかなあ?」
「恩人様のお連れ様とはいえ、ヒューマンを村に入れて差し上げる事は出来ません」
言われて思わず、身体が強張った。『よそ者』に問題があるのではなく、『ヒューマン』であることが排他の対象になってしまうとは思っていなかったせいだ。
……いや、別段珍しい話ではないか。
ヒューマンの村だって、同じような事は散々しているはずだ。仕方がないと言えば仕方がない。
けど、そしたら俺らはどうしたらいいのだろう。困ってリテッタを伺ったら、向こうも同じ気持ちのようで、不安そうな顔をしていた。
そんな俺らの気持ちを汲んでくれたのだろうか。「だが」 と続けられた言葉に期待してしまう。
「通るだけならば構いませぬよ。ただ通るには何にしても……アルルーンの機嫌次第になりますが…………」
言いにくそうにされて、彼らも積極的に俺らを害したい訳じゃないのだろうと解った。多分、何か彼らの気持もちを逆撫でるようなことを、ヒューマンがした事あるのだろう。
俺らが口を挟むよりも先に、『恩人様』が間を取り成してくれた。
「うん、大丈夫。迷惑かけさせないようにするし、通れるときに通ってさっさと出てくよ」
「解りました。ではツィーゲルに話を通してやりましょう」
「うん、お願いねえ」
嬉しそうに笑ったそいつにだけお礼を言わせたくなくて、気が付いた時には俺も「ありがとうございます!」 なんて声を上げて腰を折っていた。しわくちゃの顔たちがぽかんとしていた様子には、少しだけ胸がすいた。
俺らを先導してくれるレプラホーンは、丁寧にもセズクタクヘンリと名乗った。
名前というか、門を守る肩書きらしいんだけど、あそこにいたレプラホーンが皆『セズクタクヘンリ』なのかというとそうでもないらしい。他のレプラホーンの名前を尋ねてみたら、『テズエリソール』やら『メズクロムリオ』やら、規則性がなかったから、曖昧に「なるほど」 って言うくらいしか出来なかった。
あんなにもヒューマンに対して良くない感情を持っている様子だったのに、名乗ってくれた事にはとても驚かされた。なんでも、俺の態度に少しだけ心を開いてくれたんだとかなんとか。
あれか? 種を憎んでも個は憎まず、的な奴だろうか。
解らないけど、少しうれしい。
辺りはまるで、クリーム色のペンキを塗りたくったかのように明るかった。しっかりと土が踏み均された小道は、先の洞窟のような空間とは歩き心地がまるで違う。ちゃんと土の道だ。
遠くには先ほどと同じような円錐の屋根がぽつぽつと見える。恐らくあちらが村なのだろう。この明るさと長閑な村の様子に、うっかりするとここが森の下層部だという事を忘れてしまいそうだ。
ちらほらと遠目に人影が見られるのは、恐らく『恩人』の噂を聞きつけたのだろう。それでも近づく事を躊躇わせてしまっているだなんて、なんだか申し訳なくなってくるな。
俺らはそんな村を右手に見つつ、小道を辿って鬱蒼とした森へと足を踏み入れた。
先程の柱みたいに巨大で洞窟を作っていた森とまるで様子が違う。少し見上げれば梢の向こうが見えてクリーム色の天井が見え隠れするような、規模の小さな森だった。
彼らの言葉で始まりの森と呼ばれているそうで、一応神聖な場所だそうだ。レプラホーンとフェアリーが代々村ぐるみで守っている森の中心地があるのだとか。
「守っているものって、もしかして先程言っていた花、ですか?」
簡単な紹介をしてくれながら先導するセズクタクヘンリさんは、仏頂面のまま答えてくれた。
「ああ。この巨大な森のほんの一角に、ひっそりと生えている花に過ぎないがな。アルルーンはこの地の生き物たちが落とす養分を蓄え、各地に張った根を通して均等にしてくれる大切な花だ」
「なるほど。そんな大切な花だからこそ、虫に狙われてしまうのを防いでいるんですね」
「ふん」
あまりにもぶっきらぼうに答えられたから、何か粗相があったのではないかとついついどぎまぎしてしまった。
うん、仕方ない。これで通常運行、嫌悪感も不機嫌さも持っている訳ではないらしい。
「普段は狙われる事はもちろんない。そんなに頻度が高いならば、我らレプラホーンは屈強な戦士になっていた事だろうな。……生憎、数百年に一度の期間で花を咲かせる花でね。その時ばかりは花を咲かせたアルルーンの香りに虫が寄ってきてしまうが、それくらいどうってことないとも。通常であれば、な」
「じゃあ……」
「……それはもう、代替わりの時期でもないにも関わらず沢山の花が狂ったように咲いてくれたお蔭で、我らは大きな打撃を受けたよ」
「この辺の森がぜーんぶボロボロだったもんねぇ」
「恩人様方にはあの時、本当に助けられました。そうでなければアルルーンを守る事も、我々の村もどうなっていた事やら」
セズクタクヘンリさんは当時を思い出したのか、渋い顔で低く告げる。
当人は過ぎたことだから気にしないでぇ、なんて笑っているけど、あいつが『恩人様』なんて呼ばれるくらいだ。それほど通常の事態ではなかったって事なのだろう。
あれ? そう言えばさっき、通行はアルルーンの機嫌次第って言っていたような気がするけど……もしかして俺が想像しているような花と違うのだろうか。大人しく野に咲いているというよりも、モンスター系の食虫植物なのだろうか。
だが、尋ねるよりも先に、前方に村と同じ造りの家が見えた事でその会話は終わった。
森の中にあるその小さな小屋は、まるで赤ずきんの童話に出てくる、おばあさんの小屋のイメージそのままだ。
「ツィーゲル、居るか! ツィーゲル」
少々乱雑ながらもセズクタクヘンリさんが扉を叩くと、ほどなくして「はいはい」 と若い男の声が返って来た。木製の扉が開けられる。
中から出て来たのは、フェアリーの男性だった。
「おや、珍しい。お客様ですね?」
うしろで緩く一つにまとめたラベンダー色の長い髪と、吸い込まれるような翠の瞳にどうしても目が行く。多分、声を先に聞いていなければ、確実に女性と勘違いしたことだろう。それくらい美人だった。
驚いていても、落ち着きのある声は耳に心地よい。
「ああ。恩人様方が上層に行きたいらしい。様子を見てくるから、それまで引き受けてくれ」
「ええ、ええ。解りました。ただ今日のアルルーンは、見に行くまでもなくあまり機嫌がよくないみたいですからね。それまでおもてなしさせていただきますね」
にこりと浮かべた人当たりのよい笑みは、俺らを遠巻きに見ていた村のひと達とは様子が違って見えてしまう。多分、心から歓迎してくれているのだろう。
確かにそもそも、ここの村の人たちにあまり良い様に思われていなくて遠巻きにされていても、それほど居心地が悪いとはそれほど思わなかった。でも、こうして歓迎してくれるヒトがいてしまうと、やはりあからさまではないとはいえ、俺らは歓迎されていないんだなあって思い知る。
「さ、さ。どうぞ。狭い家ですが遠慮なくくつろいでください」
「ありがとうねえ~」
「セズクタクヘンリさん、ここまでありがとうございました。お邪魔いたします」
「お邪魔します」
「いいや」
首を振った姿は、最後まで仏頂面ではあったけれども、俺らのお礼に微かに笑い返してくれた気がした。




