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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
四章 ドラゴンタクシー、海を渡る
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ダウンバーストフォレストの冒険 .6 **

 

 ――――遠くの方で、地面が揺れを伴って鈍く唸っている気がした。


 あまりにも空気が湿っていて、スッとした冷たさが肺に落ちてきて驚いた。同時にぴとんと水滴が落ちた音が静かに聞こえた。

 水場でも近くにあるのだろうか?


 ぼんやりとその目に映ってくるのは、一部分だけ網目のように、不規則に天井から光が落ちてくる地下空洞のようだった。

 いや、階下の森、か?



 状況を理解した途端、耳の奥で再生された大木の弾ける音が聞こえた気がした。違う、自分の身に起こった事が、フラッシュバックした。

 理解した途端、このまま寝ていたら死ぬんじゃないかって思えて怖かった。


「……あ?!」

「よかった。大丈夫?」


 カッと目を見開くと、ほっとした様子のリテッタが真っ先に目に留まる。近くに腰かけていた彼女も、怪我がないみたいで本当に良かった。


「二階層下よ。私達、また落とされちゃったの」

「二階層?!」


 慌てて身体を起こせば、髪や背中からざらっと腐葉土が落ちた。四肢の無事にホッとしつつも、また背中に入ってぺったりとした濡れ葉に気持ちは盛り下がる。


 気持ち悪くて背中をぱたぱたと叩くようにしながら、自分の居場所を探るべく、視線を彼女から左に流した。まばらに落ちる光の筋がきらきらと反射して、そこに水が溜まっているのだと教えてくれる。


 地底湖、だろうか? ……何にしても、水の中に落ちなくて良かった。

 辺りに耳を傾けたら、こうこうと空洞の中を風が微かに吹き抜けていくような音がよく聞こえた。


「下降流のせいで一段階落ちて、着地の際にもう一段落ちたのよ」

「なんだって……?!」


 教えてくれた姿に、思わず素っ頓狂な声を返していた。何、その絶望的な状況。俺らよく怪我ないな?!

 なんて思っていたら。


「あ、おにーさんも起きたんだねぇ」


 呑気な声につられて見れば、右手の目の前に横たわっていたものにぎょっとした。


「ぃ?!」


 真っ先に目に入ったのは、抱えるほどの太さを持った数珠のようなシルエットだった。それがずるりと動いた向こう側にて、その()()に座っているタワシ頭の呑気な姿を見た。



 そいつの尻に敷かれているのは、微かな光を受けて赤黒く照り返している大きな何かだった。

 アメリカザリガニみたいな赤黒いカラーリングの、甲殻類のような身体。くびれのない胴の体長は、俺の二倍はあるのではないだろうか。そして幅はおおよそ等身くらいか。驚くほど大きい。比較対象が乗っていても、その全貌がよく解らない。


 四対の歩脚はバラバラに動いて、少しずつその場で踏みかえている様は少々不気味だ。ちらりと見えた、大きく膨らんだ両の鋏は、俺なんてぺきっと潰せそうで怖い。その鋏は何故かきらきらと輝いて見えた。


 いや、白々しいか。恐らく俺が利用したのは、こいつで間違いないのだろう。

 その証拠に、数珠のようなシルエットの尾の先にある毒針部分は、銀の粉でもはたいたかのように、真っ白に染まっている。


 そこまで見て漸く、あの野郎がありえない大きさの(サソリ)の背に座って、足を組んでいるのだと知った。



「あの子が私達を受け止めてくれたんだよ。でも、重かったみたいで私達、さらに落ちたの」

「いや、そいつって……!」


 リテッタに説明してもらっても、戸惑わない訳がなかった。そんな俺を、あいつは笑う。


「ああ、怖がんなくて大丈夫だよぉ? これ、ボクのだから。可愛いでしょう?」

「え、かわ……?」


 正直、可愛いか? って、思いはしたが、当人がそう言うんだ。戸惑いながらも「そうだな」 って頷いたら、嬉しそうに笑っていた。

 リテッタはあれ見ても平気なのか? って思ってその表情を伺ったら、気持ち悪いとは思っていないみたいで安心する。



「その、そいつが助けてくれたのか?」

「うん、まあねえ。この子なら風圧堪えられるから。……本当はお兄さんが怖がってるみたいだったから、会わせない方がいいかなあって思っていたんだけどねえ。君たち無茶苦茶するんだもん、ついこの子に頼っちゃったぁ」


 また気を使われていたのか、なんて思い知る。鬱陶しい虫退治に利用したって言ったら、どんな顔されるのだろう。


「襲って、来ないのな」


 恐る恐る尋ねれば、さもおかしいと言わんばかりに吹き出された。


「あっはは! うん、許してないからねぇ。ボク、これでも虫とは仲良しなんだよ? 嫌われもしてるけどねえ? でもこの子は特に飼い慣らしているから、呼べば来るし、言う事もちゃんと聞いてくれるよぉ?」

「呼べば――――――――」


 瞬間。


「アァ?!!」

「うん?」

「え、何?!」


 俺はあることに気がついて、頭を抱えた。気がついてしまった。……っていうか、気がつくの遅い!


「呼べばよかったんじゃねえか!」

「あ……」


 隣までもが『忘れていた』って顔をする。


 ああ、そりゃもう!

 自分の間抜け加減に心底あきれ果ててしまう程。そこらに頭ぶつけて一回どうにかなった方がいいんじゃないかって思った程。


 なんでもっと早くに気が付かなかったんだこの大馬鹿野郎! って、叫びたくなったくらいだ。


 例えるならば、そう!

 長編アニメになると的確な未来の道具を出さずに、あえて大冒険してしまう某真っ青な未来の猫型ロボットのような気分!

 『ああ~どうしてボクはそれに気が付かなかったんだ、ああー情けない。』――――って、正にそんな気分だ。



「んん? どうしたの?」


 目の前で突然頭を抱えた俺を、心底不思議そうに見ていたそいつはひとまず置いておき、俺は深く溜め息をこぼした。


 ほんと、バカだよなぁ。呆れるよなぁ。

 これでふたりに見放されても、何も文句言えないよなぁ……なんて。


 自分の頭の悪さに心底嫌気を感じながら、俺は鋭く指笛を吹き鳴らした。

 出来るだけ空高く、遠くまで聞こえるように。遠くのエンマに届くように。

 息が切れるほど、力いっぱい吹き鳴らした。余韻が空洞に響く。


 ……あとは、エンマがこれに気が付いてくれることを祈るだけだ。



「ああ。お兄さんの連れ、それで来てくれそうなんだねぇ」

「あ……ああ、多分。後はここに気が付いてくれるかどうか……」


 途端、目の前の呑気の表情が曇った。


「ううーん、ちょっと難しいかもしれないなあ……」

「やっぱ、こんな地下じゃ届かないか?」

「うん。森の外からかなり離れているからねえ。特にこの辺は石化が始まっているくらい古い森だから、洞窟みたいに音を跳ね返しちゃうんだよね」

「……そうか」


 と、いう事は、最低でもどうにかして、一つ上の層に行かない事には始まらないという事だろうか。


 どうにか登れるところはないだろうかと思って見回してみたが、表面が磨き上げられているのかと錯覚してしまう程、つるりとした柱しか見受けられない。微かな期待を込めてリテッタを伺ってみたけれども、流石に足掛かりのない場所を登るのは無理だってお手上げされてしまった。


 っていうか、ここは本当にさっきと同じ森なのか?


「さすがのこの子も、垂直歩行は出来ないからねえ。すぐに上に連れていってあげられなくてごめんね」


 申し訳なさそうにされて、かえって気まずい。妙案だと思って強行したのが恥ずかしくなってきた。



 そして、改めて現実に気が付く。


「あれ、でもそしたら俺たち、どうやって森を出たらいいんだ……?」


 口にしたら、リテッタが聞きたくないと言わんばかりに眉をひそめた。多分、ずっと考えないようにしていたのだろう。


「それが解れば、こんなに困ってないわよ……」


 はあっと思い溜め息が零れる。せっかくあいつがとっておきの『お友達』を使ってまで助けてくれたっていうのに、出口がないとはなんだか泣きたい。

 これってもしや、遭難パターン? 最短の出口が遠退いた上に地下に入ってしまったって事は、脱出不可能って事なんじゃないか?


 せめて何か打開策はないだろうか。すがるような思いでそいつに目を向けたら、「どうかした?」 と首を傾げただけだった。


「おにーさんも目が覚めたみたいだし、とりあえず場所、変えよっか。集まって来ちゃったし」

「集まって、きた……?」

「うん。ここお水があるからねえ。中でも他の肉を食べる虫の幼虫がいっぱい住んでるんだあ」


 ほら、と周りを指し示される。そいつの指に従って目線を向けていくと、大蠍の手(尻尾? 爪?)の届かない場所に、かさかさと動く姿たちが見受けられた。音に、まさか黒光りするG様なんじゃ? って身体が強張る。


 いや、絶対嫌だよ。だって今動いていた姿、かなりおっきいぞ?! 腕で輪っか作った時くらいはあったぞ?! そんなやつらに襲われるとか、恐怖しかないぞ?!


「他の肉って、そんな虫……」


 肉食の虫って何か居たかなって、頭の中をぐるりと探るように眉をひそめる。


 水辺で肉食ってあれかな、ヤゴとかかな?

 森の中でトンボは居なかったから違うかもしれないが、G様よりかは生理的に受け付けない……事もないかもしれない。いやそもそも、かじられるのは全面的に嫌だよ。


「今はボクもこの子もいるから皆近づけないけど~、君たちだけだとむしゃむしゃ食べられちゃうね! ……あ、それちょっといいかも」

「おい、いや、良くないからな?!」


 俺のささやかな抵抗とも言うべき逃避でも見透かしたと言うのだろうか。うふふと楽しそうに笑うこいつが心底怖い! 藪蛇になる前にさっさと場所を変えた方がよさそうだ。


「それで、ええと。どこに行くんだ? 抜け道でもあるのか?」


 やけくそ気味に促すと、不思議そうに首を傾げられる。


「ここに抜け道なんて無いよ?」

「は?!」

「でも、もう少し向こうに行った先に村ならあるよ」

「は?! 村?!」


 ちょっと、ちょっと待ってほしい。抜け道はないって、ならどうやって森の外を目指せばいいのか解らない。っていうか、こんな森に村ってますます解らない。

 はっ! さてはあれか?! 虫による虫の為の集まりを村って言っている、とかか?! あり得る。なにそれ、怖い。


 混乱に驚愕している俺らを他所に、そいつは不思議そうにするばかりだった。


「んん~? そんなに驚く事かなあ? 小人(リリパット)の村、聞いたことない?」

「リリパ…………え、小人?!」


 そいつの言葉に、俺は思わずリテッタを見ていた。別に彼女が悪い訳じゃないのに、思わずしてその行動は彼女を責める形になってしまっていた。


「いや、そんな顔されたって……あたしだって知らなかったのよ!」


 不貞腐れてそっぽを向く姿をついついじっと見つめてしまう。ちょっと可愛いって思ったとか、いやいや、今はそんな場合ではない。


「うん、小人~。大丈夫、心配しなくてもみんな、君たちを取って食べられたりしないよお」


 心配はそこじゃねえけどな。むしろ森の虫たちの方が散々俺らに文字通り食って掛かって来たから、今更小人も同じ気質だって言われた方が驚かない。



 それにしても、小人の村か……。こんなところにあるなんて知らなかった。


 不安がないと言えばやっぱりウソにしかならないが、俺もリテッタも、大人しく大蠍の案内について行くしかなかった。

 ……だって、ヤゴになんて食われたくないし。うん。

 

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