《番外編》 抱腹絶倒 *
追加エピソード
――――欲しいものは全部、この手で掴んできた。
奴隷の子供たちの声が耳障りに響く。一時の休息時間にはしゃいでいるのだろう。窓の外を見てみれば、案の定中庭を駆け回る姿たちかあった。
『ほうら、またオレの勝ち!』
ふと甦った聞き覚えのある声。遠い昔の景色を思い出してしまう。
握った手のひらに隠した小さな飴玉を懸けて、街の外れから飛び出し、一番近くの丘まで走る。そうしていたのは俺と、それから顔も覚えていない同じ年頃の遊び仲間たち。
得意気に振り返った俺の顔は、汗だくになって必死に呼吸をする彼らの目にはさぞかし鬱陶しく思えたことだろう。そうして悔しそうに睨まれると、俺は堪らなく楽しくなる。
「じゃあ、これは約束通りオレのものね?」
ぱくり、蜜と果物を煮詰めて作られた飴玉を三つ頬張る。幼い俺がみんなと暮らす、街の外れにある地区では珍しいとも言える代物だ。大人たちはいつも憂鬱そうな顔をしているが、俺の知ったことではなかった。
そもそも人数に対して報酬は少ない。だからこその競走。
勝ち得た戦利品を俺が頬張っても、不満の声は上がらなかった。
「あーあー! 悔しいなぁ! 今日も勝てなかった!」
「お前速すぎだよ!」
「ふふん、当たり前。オレは欲しいものは何としても貰う主義だよ。かけっこくらい出来なくちゃ」
暖かい日差しに暖められた草原に、いつも張り合ってきた二人が大の字に寝転がる。悔しいと言葉にしていても、何故か彼らはいつも楽しそうだった。
ずっと遅れてやってくる遊び仲間は、話す余裕すらもなく恨めしげに俺を見てくるだけだというのに。
…………でも、きっと皆が楽しかったのはその日までだ。
「……なあ、街の様子、おかしくないか?」
不安そうな声は、一体誰のものだっただろう。
草原から見た街からは、誰かの叫び声が響き、どこからともなく煙の臭いが漂っていたっけ。
「大変だ! 街が燃えてるよ!!」
「街じゃない! ボク達の住んでる地区が、だよ!」
戻ろうとしたオレらに、どこから来たのか覆面の姿がわらわらと迫り来る。逃げる場所なんてない。
恐慌、なんて言葉はあのことを指すのだろう。沢山いた遊び仲間は一斉に方々に逃げ出したというのに、取り囲むように接近していた覆面達にあえなく捕まっていった。
そこで漸く、覆面が何者なのか理解した。オレらの街を襲っているんだ、と。覆面達に捕らえられた遊び仲間が、遅れてやって来た箱馬車に次々と入れられていく。
「おい、カミュ! 逃げよう!」
顔も覚えていない彼が言った。でも、その時の俺は一点に釘付けだった。
次から次へと、見たことない魔術を使って遊び仲間達を静かにさせて、箱馬車に入るよう促していく、その姿に――――。
不意にはしゃぐ声が止む。はしゃぐ声たちを宥めて、早々に仕事に戻るよう追いたてる情けない声に、俺はいつの間にか閉じていた目を開いた。
この情けない声。少しでも時間を過ぎたら、奴隷たちの『やること』が増えるからと喚起をしているのだろう。
ああ。ほんと、ディオ。
君のそういうところが腹立つよ。お節介。
「あれあれ? ほんと、ディオって持ってるもの少ないよねぇ」
逃げられた姿を思い出して、苛立ちを誤魔化すように言ってみる。するとかえってもやもやが増した気がした。
……多分、ルディスはこのもやもやの正体を知っている。呆れ顔に、俺は答えを聞きたくなくて笑っておいた。