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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
四章 ドラゴンタクシー、海を渡る
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ダウンバーストフォレストの冒険 .3 **

 

 眼下に広がっていたのは、森に落っこちて見上げた時のような景色だった。


 は? 何言ってんのこいつって、自分でもそう思う。

 我が目を疑わずして、これはどういう状況なのだろう。自分のピンチにも関わらず妙に落ち着いて、その景色に見惚れてしまった。



 真っ先に目に留まったのは、どこまでも広がる空洞に、先程見た木よりもずっと幹の太い樹木の数々が、立ち並んでいる光景だった。

 俺の脇には地面を境目に広がる梢――――すなわち根っこがあって、まるで地面を境目に天地が逆転して枝を伸ばしているように見える。


 その根が絡みついているのかは解らないが、下から延びている、より太い木を支えにして上の森が成り立っているのは確かだろう。ヤドリギのように他の樹木の上に育ち、溜まった落ち葉の層が、先程俺が立っていた場所なのだと気がつかされる。



 俺らが必死こいて下っていた木から見て、ここは地下とも言えなくもないのに、不思議と暗さは感じない。お蔭で、得体の知れない場所に落ちる恐怖は感じないで済んだ。


 一帯全体がぼんやりと光って明るいせいだろう。驚くほど広大な森の地下に森があるなんて、太陽に代わる何かがあるのかもしれない。驚かずにはいられない。



 はるか下方ではあるが、『地面』が見えた。……あれもさっきの落ち葉の山のように、見せかけの地面だったらと思うと笑えない。

 何メートルくらいの高さだろうか。距離感が掴めない。


 とはいえこのまま落ちると、俺はその『なんちゃって地面』をまた突き破る事になりそうだ。この森の本当の地面は、一体あと何十メートル下にあるのか、考えたくない。


 必死に握った細い根っこは、俺の体重を支えきれずに弓なりに下がってきている。しかも、上から微かな振動が伝わってくると同時に落ち葉ががさりと振ってきた。


「ディオ、大丈夫?!」


 すぐ頭の上で、リテッタの声が響いた。見上げると、落ち葉の向こうに辛うじて彼女のシルエットが見えた。あまり身を乗り出せば彼女も危ないし、しなった枝に俺が落とされる。

 やだ。それ勘弁してほしい。


「あ、ああ! なんとか」


 布を巻いておいてよかった。お陰でいつもよりもキツいこの体制でも、摩擦が効いてくれているのが解る。


「ちょっと待ってなさいよ、荷物用のだけどロープあるから!」

「あ、ちょっ……そこ立たな……! リテッタ、そこ危ないから!」


 リテッタの声に見上げると、また枯れ葉からできた土がバラバラ落ちてきて、慌てて目を反らした。……こんなところで『目が~っ!』 なんて、やっている場合じゃないからな。


 リテッタが移動しているらしい天井から、かさかさと枯れ葉が落ちていて、どこに向かっているのかが解る。不覚にも面白く思えた。

 そこまでふざけたところで、俺の現実を思い出す。……実は結構切羽詰まっている自覚ある。現実逃避したのだって、仕方ない。この高さから落ちるのは流石にヤバい。



 ロープをくれたからって、どうにか出来る状況だろうかって苦笑してしまったのは最早仕方がなかった。それでも、俺の握力と肩の力が消滅するよりも先に、どうにかこの宙ぶらりんを打開したい。


 きっと、いつもの俺ならパニくってとっくに手を放していた。でも思っていたよりも身体が動いて、今は枝にしがみついてじっと待つ事が出来て不思議だ。

 なんだろう、こういう時だからこそ、しっかりしないとっていう精神だろうか。……ある意味、極限状態なのかもしれない。


「やるしかないよなあ、うん。ここで情けない姿晒していたら、ラズやエンマに怒られそうだし……」


 ふとそんな言い訳染みた言葉が口をついて苦笑する。

 昨日の今日でやる気になっている自分に笑えて来る。だけど、どうにかできるかもって前向きに思えるのも、悪くない。ロープを下されたら、必死になってみようと思う。



 彼女の助けの準備が出来るまで、出来るだけ大人しくしていようと思っていたのだが、俺の体重に根っこが耐えきれるのか少々怪しい。ぶちぶちと、やわい側根が切れている音が恐ろしく思えた。

 腐葉土になりかけの葉が襟から背中に入ってきて、その湿ったひんやり感に危うくびっくりして手を放すところだった。


 時折ぶちっと大きな音がしたかと思うとガクンと身体が揺れるから、その度に肝が冷える。


「ディオ、準備できた! ロープ下すよ!」

「ああ! 頼む!」


 ロープと一緒に降ってくるであろう泥土に身構える。それと同時に押し出すようにして腐葉土が落ちて来た。それに混ざって、ずるり、ずるりと押し出すように降ろされた、ロープの先端がこつりと頭に当たった。


「リテッタ、掴むぞ!」

「ええ!」


 いきなり掴んだら、向こうだって驚いて引きずり込んでしまうかもしれない。それは怖くて声を張り上げていた。


 柔い根を必死に掴んでいた腕を離す事すら怖かったけれども、彼女を信じてロープを掴んだ。俺が掴んでいた根っこが、丁度限界を迎えたようで、ぼきりと手の中で折れてぞっとした。



 瞬間、重みを受けたロープががくんと伸びて、手を離しそうになる。空気を飲み込んだ喉がひゅっと鳴り、頭上からは息を詰めた音と枯れ葉を踏みしめる音がやけに耳についた。


 彼女が立っていると思われる、四、五メートル離れたところではがさがさと枯れ葉が散る。多分、どこか近くの木にロープを通して、体重で支えてくれているんだと思う。


 踏ん張る事は出来ないから……根っこでも支えにしているのかもしれない。なんにしても、あまり長い時間はかけられそうにない。急いだほうがいいだろう。



 ――――そう、思って腕に力を籠めようとした、その時だった。



「ちょっとー? そこの君さ、そんなところで遊んでたら危ないよ?」

「ぅえ?!」


 呑気とも言える声が遥か下方からかかって、俺は心底驚かされた。


「どうしたの? 大丈夫?!」

「ああ、平気……それよりヒトがいる!」

「え?」


 上からは心底つらそうな声が、自分だって精一杯の中状況を聞いてくれるが、危うく掴んでいた手を放しそうになった。下の奴を涙目に睨み付ける。

 向こうはこちらを意に介した様子もなく、やはりのんびりと見上げている。



 声色からして恐らく若い男。引きずるほど長いマフラーか何かを巻いているせいで、その表情はほとんど伺えない。だが、面白がっているのは確かだろう。

 比較対象が現れた事でおおよその高さを知る。その高低差、十メートルは軽いだろう。


 俺の様子になんとも不思議そうにことりと首を傾げているのが見えて、イラッとしたのは仕方がない。


「もしかしてー、手を貸した方がいい?」

「……貸してくれるとありがたいけど、あんたそこから何が出来るのさ」

「あっはは! 気を悪くした? ごめーん」



 どうやら俺の不満が()()()()()()らしいそいつは、くつくつと笑って目元まで拭った。ひどい。

 そして思い出したように「そうそ」 なんて、近くの木を指示される。


「いい加減そこから離れた方がいいよー? 君、食べられちゃうよ?」

「は?」


 唐突にそんなこと言われて、戸惑わない筈がない。

 指し示されたそこは、俺が目指していた場所でもある、枝を伸ばし根と絡む幹だ。そしてその上には、先程は気がつかなかった姿を見た。



 気味が悪いほどぬらぬらと照り返している、ぼてっとした胴長の()()が蠢いていたのだ。その太さは、俺の両腕一杯でも抱えきれないくらいに見える。


 黒みがかった赤いそれが何の生き物なのか――――いやそれどころか、頭があるのかすらも解らない。

 目の前のぬめりを伴った胴らしきものが、不意にびくっと収縮した。正直気持ち悪い。


 ずるっずるっ……びくっと、断続的に起こるそれを見て、漸くそいつが匍匐前進しているのだと気がついた。……いや、こいつ全長何メートルよ。



 俺が呑気に観察を行えていたのも、ここまでだった。太い幹からずるりと落ちるように、のっぺらぼうがこちらに身を乗り出してきて首をもたげた。


 きっとこれが巨大な蛇だったら、ここまで気持ち悪く思わなかったと思う。精々逃げられない事を悟り、食われる恐怖に震えた事だ。

 でも、こいつは違う。


「う、わっ……!」

「あんまり喋らない方がいいよ? 君の居場所は()()で探しているもんだしぃ。そこから離れる事をお勧めするよー」

「え、ちょっと……?」


 目のない頭らしきところは何かを探しているかのように、辺りの空気を嗅いでいる。

 あ、この動作知ってる。フ○フル……げふん、何でもない。画面の向こうで一狩り行きたい……現実逃避さ。



 そんな事より、ヌルついているその頭? らしき所にすっと切れ目が入ったかと思うと、どろりとした泡立つ粘液をこぼしていた。糸を引いて、ぼたぼたとそれをこぼしながらも、確実にこちらに寄ってきている姿に身の毛がよだつ。


 上からは、何が起こっているのか何度も聞こうとしてくれるけれども、正直説明なんてしていられなかった。


「う、わ……?!」


 どうしてもそれから逃げたくて身をよじってみるが……無駄な気がしてきた。

 開かれた内側に、沢山の小さな歯を見せつけられて、補食物を求めているのだと容易に知る。



 そこで漸くこいつが何か、理解した。あり得ない大きさの蛭だ、と。

 いやいやいや、正直血を吸うどころの大きさじゃない。こんなのに食いつかれたら、間違いなく骨ごと絞り上げられる!


「あ~……ははっ! 動けていたら助けてなんて言わないかー。ごめんごめん!」

「ちょっ……! 頼むから助け――――っ!」


 呑気な声は相変わらず、下に居ながら高みの見物決めてくれるそいつに対して、つい必死に頼んでいた。まあ、間抜けであることは認めよう。


「まあでも、丁度よかったね?」


 先程までののんびりとした様子から打って変わって、遠目ながらもにやりと嗤ったのがよく解った。

 だが、俺にはそれを咎める余裕なんてなかった。


 ――――なぜなら。


「うっわあ!」


 跳ねるように長い胴をくねらせて、そいつは大きく口を空いた。跳ねた勢いに粘液が散り、視覚的に驚いた俺は、肩と握力の限界を迎えてロープを握っていた手を離してしまった。


「しまっ――――!」

「ディオ?!」


 驚愕に目を見開いたせいだろうか。

 落ちた反動で散った腐葉土が降ってくる様や、まき散らされた粘液の飛沫、あるいは、こちらに胴の半分以上を乗り出してきた迫り来る巨大な蛭や、落っこちた穴の向こうから慌ててこちらにやって来たリテッタのシルエットなどなど。全てがはっきりと見えた気がした。


 ――――同時に、こちらを見上げていた相手が動く。


 何をしてくれたのかは解らない。ギィィイイイイっ! と虫が翅を擦りあわせて鳴らすような音が空洞に響いてきた。


 直後、不自然に動きを止めたのは、目の前まで迫っていた蛭だ。その長い尾と自身の持つ吸盤で身体を支えていただろうに、苦しげに身をくねらせたかと思うと、宙にその身を踊らせた。


「…………ぃえ゛」


 刹那。

 びちっと、そいつの尾っぽがこちらに飛んできた。


 胴体は抱えるほどの太さを持つそいつにしては細い尾っぽが、俺に巻き付いてきて血の気が引いた。


「ちょぉおおおおおお!!」


 …………すなわち、そいつの落下に巻き込まれるように、俺は大蛭と一緒に落ちていくのだった。



 巻きつかれて抵抗なんて出来るはずもなかった。水気が多くてぺったり――――というか、しっとりとした手触りのせいか、吸い付くような肌触りのこいつの尾っぽが、離してくれそうにない。リテッタが呼ぶ聞こえた。


「うわああああ……!」


 ぐんぐんと近づいてくる地面に、恐怖に駆られて目を反らす事が出来ずにいた。事をやらかしてくれたそいつの脇に、大蛭は落ちた。

 やはりというか、階下層が存在しているらしい。地を突き破った蛭に俺もろとも攫われていく。



 ――――と、思った瞬間の事だ。

 こちらにスタートダッシュきめて一歩を踏み込んだそいつは、いつの間にその右手に得物を握っていたのだろう? 逆手に掴んだ短刀を、勢いよく横一線に振っていた。


 ブツッと音を立てて断たれたのは、蛭の胴体半ばほど。同時にその腕の遠心力を利用した左の回し蹴りが、続いて落下していた俺を捉えた。蛭の肉壁越しにだが脇腹にクリティカルヒットしたのが解り、弾き飛ばされる。


「ぃ……っう……!」


 どうっと鈍い音がする。成す統べなく足蹴にされて、お陰で階下への落下は免れたものの、蹴られた勢いに転がされて、つい悶絶したのは仕方あるまい。

 酷い。受け身を取ることも出来ず、ごろごろ転がって死体になる。頬かどっかは擦りむいた。痛い。



「はい、降りれてよかったねぇ」


 のほんと(のたま)い、蛭が開けた大穴を飛び越えてくるそいつは、未だに俺に絡まっていた尾っぽの切れ端を掴んで引っ張ると、溜め息をこぼしていた。


「ちょおっとー、大袈裟だよぉ? これの肉壁あったから怪我してないはずだしぃ、そもそもボクの蹴りでそんなに痛がるヒト、初めてなんだけどー?」

「う、え?」


 呆れたように言われてからハッとする。そう言えば、蹴られて驚きはしたものの、腹の痛みはなかった。さっき痛いと感じたのも、擦りむいた頬くらいだ。

 あ、れ?


 そいつが引っ張ってくれたお陰で、拘束するように張り付いていた尾が外れる。

 起こした身体のあちらこちらを確かめて、擦りむいた頬以外は至って健常であると知る。


「ね、別に痛くないでしょ」

「うわっ!」


 その手に掴んでいたものをずいと見せつけられて、クッションをやたら主張された。でも、斬ったばかりのそれはまだ反射でビクッと動いて気持ち悪い。

 そいつが掴んでいる方からは、うっすらと緑に色付く半透明の液体が滲み落ちている。


 お陰で後ろに飛び退いた。……そしたらどうだろう。またまたズボッと足が埋まって、尻餅をつく。

 今度こそ身動き取れずに固まった。

 ああ、もう! 嫌だここ! いちいちハマって鬱陶しい!


「あぁりゃあ~、大丈夫?」


 どんくさいなぁ、なんてぼやかれながら、差し出されたのは蛭の尾っぽの先端。未だにピクピク動いているそれ差し出してくるって、どんな嫌がらせなのだろうか。



 心底微妙な表情をしていたと思う。半眼で見上げれば、面白そうにくっくと喉を鳴らして笑われた。凄く不本意。

 そこで漸く、俺を()()()くれた奴を胡乱に思いながらも、まじまじと見上げた。


 遠目にも見えた麻か何かの長いマフラーを、これでもかと三重程度に巻いているのは、一体どこの文化なのだろうか。白髪に見える短髪は、針のように剛毛だ。……多分、たわしに勝てるんじゃないだろうか。


 俺よりも年上に見えなくもないが、緑のような青のような、不思議な色の大きな目と、いたずら小僧のような笑みが印象年齢を下げている。


 やたらごわごわとした土気色の薄汚れたマントに身を包んでいる所を見ると、大きな街の浮浪児に見えなくもない。……まあ、ここは大きな街どころか森だけど。



 それはいいとして、だ。ふと、自分がまだお礼を言っていなかった事に気が付いて、つい視線をそらした。


「……その、助けてくれてありがとう。お蔭で、助かった」


 素直に心から言えなかった事が悔しい。故に、最後だけちらりとそちらを伺えば、ぶふっ! と吹き出されていた。


「律儀だねえ、君。あからさまにからかっているのに、お礼言われたのは初めてだよ?」

「って、やっぱりわざとかよ!」


 くすくすと笑われて何だかホントに悔しい。悔しかったから、勢いに任せて差し出されていた蛭の尾をむんずと掴んで立ち上がった。


 掴んだそれはぶにっとしていて、ひんやり冷たい。水枕みたいだな、なんて、少しだけクセになってきたその手触りに気を取られた。同時にその先にあった、俺の反応を明らかに楽しんでいる表情に気が付いてバツが悪い。

 投げ捨てるように、手を離す。


「これ、気に入ったぁ?」

「……まさか」


 わざとらしくぷらぷらと振りながらそんな事をしつこく聞いて来るから、乗せられるままに不貞腐れていた。期待通りと言わんばかりにまた喉の奥で笑われて、苦く思ったのは仕方がない。

 ホントこいつ、やりにくい。


「じゃ、これはもういいよねぇ」


 いらないならいっか、なんて言われても、逆に無理にでも渡されたところで千切れた蛭の尾なんてどう扱えばいいのか困る。

 だと言うのに、そいつが先程出来たばかりの穴に向かって放り投げている様子を、未練がましくじっと眺めている俺がいる。

 うん、自分がすごく嫌だ。



 ……なんて思って目を反らそうとした時だった。蛭が落ちていった穴から甲殻類が持っている爪のような巨大なハサミが、地を突き破らんばかりに勢いよく生えてきた。


「ぃ?!」


 ジャキン! と。重々しく閉じられたそこに、先の尾っぽが(はさ)まれて、ずりずりと地面の中へと引きずりこまれていく。

 驚いてそちらに身を乗り出して見ようとしたら、やんわりと肩を押されて差し止められた。


「危ないから、見下ろさない方がいいと思うよぉ?」

「ゃ……でもさっきの奴……」


 つい譫言(うわごと)のように言えば、ひょいと肩を竦めて脇に退いてくれた。


 穴から見えたのはここと同じような空洞のようだ。驚くほど太い樹の幹が、すぐそこに見えた。

 見えたのはそれだけではない。俺の胴の倍の太さはあるように見受けられた数珠状の何かと大鋏が、かさかさと奥へと消えていく。幹に僅かに残されていたのは、その鋏に潰されたらしい散った残骸だけだ。


「うわ……」


 何だか切なくなったのは気のせいではない。生き物の自然な摂理で、しかも虫相手とはいえ、気の毒に思えたのは仕方がないだろう。


「そんなに気に入ってたのなら、なんだか悪い事しちゃったねぇ」


 隣が何か盛大に勘違いを呟いて頬をかいているが、それは違う。でも突っ込む気力もなく、ただ呆然と階下の様子に気を取られてしまう。



 どうやらこの森の構造は、予想通りのようだ。

 俺が落ちてきた天井のように、いくつもいくつも()()重なっているらしい。のぞき込んだ先にも似たような景色が広がっていた。


 違いがあるとしたらその明るさだ。ここは不自由しない程度に林内全体がぼんやりと明るいのに対して、下は夜目が効いてやっと見える程度だ。それも恐らく、ここからの光源が無ければ見ることは叶わなかったと思う。

 外から見たときはやけに大きな森だと感心したものだが、まさかこんな階層構造になっているとは驚きだ。


 薄暗闇の中で、何か足の速いものがわさわさと動いているのが見えてぞわりとした。そっと隣を伺うと、言わんこっちゃないと肩を竦められてしまう。



 危うく俺もあの中に落とされるところだったのかと思うと、途端ぶわっと鳥肌が立った。ちょっと……いや、かなり生理的に受け付けない。


「ないないないない……ありえねえ……」

「そう?」


 無意識に呟けば、隣は不思議そうにするだけだった。……感覚の違いなのだろうか。こんなのがうようよいるこの森を歩いて行けるのか、途端に不安になってくる。

 レトさんが口酸っぱく言っていたのはこういう事かって、今になって思い知る。



「ディオー! 大丈夫?!」


 頭上からかかった声に見上げると、丁度リテッタがロープに身体を預けながら半身をのぞかせていた。多分、あそこまでならまだ上に戻れるのだろう。


「ああ、なんとかお蔭で生きてるよ!」


 とはいえ、どうしたものだろう。ここで別れてラズ達を探すのはあまり合理的ではない。

 だからと言って彼女に降りて来てもらうなんて危険を冒させたくない。

 …………だからと言って、おれもここを登れるとは思えないけどな。



 ふっと沸いて来た不安に頭を悩ませていれば、気楽そうな声が隣で柏手を打った。


「さてっとぉー、楽しそうに眺めているところ悪いんだけどぉ、ボク、探し物あるからこれで失礼するね?」

「え、あ……」


 唐突に切り出された言葉に驚いてその表情を振り返ると、何を驚いているのと言わんばかりにきょとんとされた。

 ……そういえばなんでこいつ、都合よくこんなところにいたのだろう。今更ながら疑問に思う。


「探し物?」

「うん、そ。ホントは昆虫採取ついでにイヌの散歩に来ていたんだけどぉ、肝心のイヌとはぐれちゃったんだよねえ」


 つい疑問が口を突けば、誤魔化そうとする様子も微塵もなく、へらりと笑った。


 いや、突っ込んでもいいのか? 近所の裏山じゃあるまいし、こんなところに昆虫採取に犬の散歩って、明らかにおかしいだろ。

 ……なんだか藪蛇になりそうで、それ以上聞くのが怖い。


「で、おっきい音がしたからてっきりイヌが遊び呆けているのかと思って来てみたら、君がいたんだぁ」


 困ったなあ……なんてぼやいているが、その笑顔からは困っている様子は正直全く見られない。お蔭で俺は助かったけれども、どうやってラズ達と合流するか、かなり死活問題である。



 一つ思い浮かんだ妙案。だけれどもそれにはこいつに頼むしかなくて、すごく納得し難い。

 でも、うん。他に良案が出なかった。故に。


「なあ、その……俺たちさ、どうしても森から出たいんだ。悪いんだけど、一番近い森の端っこって、どっちの方角か教えてくれないか?」

「え?」


 思いきって訊ねれば、初めてその表情が驚いた。こいつ何言っているの、なんて言わんばかりのそんな表情。変な事言っただろうかと不安になるからやめて欲しい。


「……君ねぇ、森を出たいなら地面とか端っこ探すよりも上に向かわないとだよ?」

「う……だよなあ……」


 項垂れたのは不本意だった。

 え、ちょっと、冗談は勘弁してほしい。上に向かうだなんて、俺らが真っ先に断念した選択肢なのだが。


 俺の固まった表情から、そいつも何かしら察したようだった。ふむと腕を組むと、顎に手を添え小首を傾げる。


「今更かもしれないけど~、風の臭いは常に気を付けた方がいいよぉ」

「………………あー」

「あっは! 心当たりあった? 特に海から来る風は危険だからねぇ。何せ、二階層下のここだって時々、森を薙ぎ倒して来るくらいだもの。当たったら一溜まりもないよねぇ?」

「だよなあ……」


 だよな、としか言えなかった。リテッタでさえも、気まずいのか黙ってしまっている。

 つい間抜け面晒せば、溜め息をつかれてしまった。


「空気の匂いがそれまでと変わったら、近くの風のないところに逃げた方がいいよぉ? 君たちよく怪我しなかったねぇ?」

「……その、忠告感謝する」


 うん、今確実に気を使われた。生暖かい眼差しを向けられた気しかしない。気まずくって視線を反らしてしまったのは不可抗力だった。


「ううんと、じゃあ、昆虫採取協力してくれたら、君たちの手助けしてあげてもいいよぉ。君、丁度良さそうだしねぇ」


 これ以上この話を掘り下げるのは不毛だと、言外に言われたような気がした。

 いや、聡い相手だと助かる。ただでさええぐれたメンタル、優しさでさえしょっぱく感じてしまうけれども、そろいもそろって辛酸に震えるよりかはマシってもんだ。


 簡単な取引でしょう、なんて。小首を傾げて笑う様は、正直何を考えているのか解らない。でも、それで手助けしてくれるならば願ったり叶ったりだ。


「解った。特別何かが出来る訳じゃないけど、出来そうな事ならば手伝うよ」

「わあ! ありがとうー!」


 正直、こいつが悪いやつでないようで助かった。そうでなければ出会い頭に虫の餌にされていたか、身ぐるみ剥がされて餌にされていたかのどちらかだったろうから。


「リテッタ、降りられそうか?」

「ええ、あの木を伝えば行けそう。ちょっと待ってなさい! すぐ降りるから」


 今は兎に角森から出られるように動いて、ラズ達と合流する。それだけだ。

 

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