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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
四章 ドラゴンタクシー、海を渡る
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我らの愛しき姉御 .1

 

 快晴の空の下。澄んだ午前の空気が心地よい。


 眼下に広がるのは広大な大地を這いずる海蛇だ。なーんて、もちろん比喩。立体都市セントシェールのある湖から流れる大河である。

 いやホント。上空からでなければ対岸が見えないレベルの広さで、海だと言われても納得してしまうだろう。……実際、半分海みたいなものだとか、何とか。汽水域みたいだいし。


 このまま行けば思っていたよりも早くに大河を下れそうだ。懐に入れていた、毛皮で包まれた封筒と足元に置いている小包に目をくれ、運行状況にほっとする。



 『それで、ディオ。専門外になるのだろうが、一つ、街を出る時に頼まれてはくれないだろうか?』


 セントシェールを出発する前に、メイさんは言った。何でも、この大河を下った先にある街に住む弟さんに、これらの荷物を届けて欲しいのだと。


 メイさんは専門外と言ったが、それくらい大した事じゃなかった。治療してもらったお礼にもならないけれど、喜んで承った。お世話になったヒトのためのお使いなんて、むしろ役に立てることがあるんだって嬉しく思えたほどだ。


 ……ホントにお礼のつもりだったのだけど、それは私の義務であり謝礼を貰うものじゃないと、だから俺も安請け合いするな、と叱られた。

 そのせい? お蔭? も、あって、しっかりと謝礼を渡された。……解せぬ。


 まあ、それはいいさ。仕事として頼まれたからには、きちんと相応以上の働きをしようと思う。



 今朝方は全く無かった眠気も、ぽかぽか陽気につい、うとうとしてきてしまう。

 隣に子供体温がいるせいもある。そして、寄りかかるのに高さが丁度いい。


 故に。そうして暫くは完全にラズに寄りかかって、惰眠に身を任せていた事だと思う。不意に目蓋の向こうで太陽がちらついた気がして、俺の意識は浅瀬に帰ってきた。


「あ、兄ちゃん、起きた」

「ん……今なんか、空が陰った気がしたんだけど……」


 未だに重たい目蓋をこすり、欠伸を噛み殺しながら身体を伸ばした。凝り固まった背中に、伸ばした痛みが心地よい。


「それね、多分あれだと思うよ」

「え……あれ?」



 振り返り見上げれば、そこには手のひら大に見える鳥らしき姿が九匹ばかり、群れを成して飛んでいた。時折浮かんでいる綿雲よりも高く、そして悠々と空を行く様は見ていてすがすがしい。

 なんかいいな、ああいうの。いかにも自然界の光景に見える。


 ……そういえば、単騎とはいえエンマは傍目にどんな風に見えているのだろうか。常にその背中に乗っているせいか、傍目に見たことないなあ……なんて、つい想像してしまう。



 兎に角、呑気に考えていた時だった。

 遥か上空を飛んでいたそのシルエットが、まるでこちらを目指しているかのように大きくなっている気がした。

 ……いや、気のせいなんかではない。確実に大きく、そしてその頭は皆こちらを捉えているのが分かった。


「う、わ……」


 同時に気が付く。あれが、鳥なんかではないということに。


 大きくなるにつれて、その体躯の色がはっきりする。緑――――それは見慣れた色合いの深緑色である。

 飛竜(ワイバン)の群れだと、すっかりそれが解る距離になってから、驚いていた俺は遅い。俺らが狙われているのか、これから襲われるのか。どう対処するべきなのか今まで経験のなかった俺は、すっかり慌ててしまった。


「兄ちゃん、落ち着いてって」

「いや、でもあれって……」


 それだけではない。その先頭を行く三騎にはそれぞれヒトの姿があり、そして後続にはあり得ない量の荷物らしきものを搭載したワイバンが続いていたのだ。



 そこまで来てようやく、彼らがなんで降りて来たのかを理解した。

 そして間違い様はない。()()()のご登場に、表情がひきつる。……だって、どう考えても嫌な予感しかしない。


「うわ、最悪」


 どうかたまたま、地上に降りようとしている彼らの延長線上に、俺らがいるだけであってくれ。からまれるのは面倒だから!

 ……まあ、無駄な願いであることは、十二分に知っているんだけどな。



 そのワイバンの編隊を率いているのは、ふたりのおっちゃんとひとりの兄さんだった。


 山のようなヒューマンの大男に、同じくなかなか逞しい体つきのずんぐりむっくりなドワーフのおっちゃん。なんというか、そのでっ腹はビールっ腹なんじゃないだろうか。そして……最後のひとりはうさ耳獣人の、ムキムキなお兄さんだった。


 …………なんだろう、獣人のヒトに会ってこんなにもガッカリしたのは初めてだ。

 引き締まった身体のうさ耳兄さんとか、一体誰得なのだろうか。少なくとも俺は得しない。

 浅く日焼けた風に見える、褐色の毛並を持つイケメンなのがちょっと悔しい。


 ああ、本当に絡まれたらひとたまりもないから、何事もなく行って欲しい。

 でも俺の願いなんて虚しさしかないんだなと、すぐに思い知る。



「おうおうなんだ! はぐれ竜かと思いきや違ったのか!」

「ほらな~ダント! わしの言った通りじゃねーか~!」

「無駄無駄、どうせ聞きっこないって解ってた事じゃないか。むしろ、はぐれ竜じゃなくてよかったくらいだ」


 こちらが何も言えずにいれば、お構いなしに第一声。置いてきぼりも良い所、そちらで豪快に笑われて騒がれた。並走するように飛竜を並べられて、正直落ち着かない。

 それに呼応したかのように、彼らのワイバン達が嬉しそうに咆哮。ぶおおおお、なんて、初めて聞く声色だった。



 これだけ他の飛竜がいても物怖じせずに、むしろ総シカトの域でエンマは飛ぶ。さらに言えば、なんだよこいつら邪魔臭いって、言わんばかりだ。

 現に、エンマに興味津々に後ろから寄って来た一匹を、さも当然のように尾を軽く振って叩いていたからヒヤヒヤする。いつエンマが相手をはたき落そうとするか、解ったものじゃない。


 どうでもいい些細なことで難癖つけられるのか解らないから、煽るようなことはやめて欲しい。下手に相手の飛竜を傷つけて、肩肘ぶつかってきておきながらこちらにいちゃもんつけてくる不良よろしく、賠償求められたらどうするんだよ、マジで。


「だから待てってダント、ほら。あちらさん困っているから」

「ん? おう、わりぃわりぃ!!」


 ウサギのお兄さんに言われて漸く、山男のおっさんはずいとこちらに身を乗り出した。


「にーさんら、俺はワイバンの輸送を請け負って取り仕切っているダントっつー者だ。見たところ、別の大陸から来たんだろう?」

「あ、はい。まあ……」


 違う、違うぞおっさん。頼むからウサギのお兄さんが言いたいことは、俺らを放っておいたことではないんだから。

 仕方なしに曖昧に頷いたら、やっぱりお兄さんが呆れた様子でいさめてくれた。


「ダント、彼が驚いている。ちょっと静かにしてやったらどうだ?」

「ああ?! んだよ、うっせーなあエッカ。固いこと言うなって。景気はどうかって、ほんのちょっと情報交換したいだけじゃないか! なあ、ジーズー?」


 ウサギのお兄さんがたしなめてくれたからって、意味がない事だって事は薄々解ってきいた。現にガハガハと笑っている山男のおっさんには、彼の言葉は大して意味がなかったのだから。

 ドワーフのちっこいおっさんの方なんて、腹を抱えたまま笑い転げたまま帰ってこない。俺にどうしろっていうんだよ。一体どこの愉快なトリオなんだか。

 そしてそのやかましさには耳に触るものがある。声、でかすぎて頭が痛い。



 そのまま放っておいてくれればいいものを、山男のおっさんはまた面倒なところに気が付いてくれやがった。


「そういやお前さん、荷物はどうした? まさか、何も乗せないで帰郷でもしようってのか?」

「だっはは! おいおいダント! そりゃ坊主たちにあんまりだぞ! 手ぶらで帰っちまう事くらいあるだろうよ!」

「え、いや……俺らは…………」


 人を運んでいるんです、ってストレートに言いかけて、危ういところで飲み込んだ。よくよく考えてみればこの説明、ただの人さらいにしか聞こえない。

 今さらだけど。

 俺が始めたこの仕事の説明が、こちらではなかなかめんどくさい。特に、荷物を輸送している本職さんの目から見れば何事か! ってレベルで正気を疑われるんだ。



 本来のワイバンの運送っていうのはさ。一度に運ぶ量が量なので、たくさんの人からの輸送依頼を一度に請け負える。

 故にワイバンの空輸は、ワイバンさえ手に入れてしまえば比較的儲かる仕事だ。それをせずして、ちまちまと人を運ぶなんて! って、本職のみなさんから見れば思ってしまう事なのだろう。


 ……これは、俺が飛竜の手綱の捌き方を教えてもらったおっちゃんに言われたことだ。多分、この人たちとて、そのリアクションは変わらないことだろう。それはもう、対応するのもめんどくさい。いやだ。


「ディオ兄ちゃん……」


 ぐい、と、俺の袖口を引いたラズの表情はどこか困った様子で、どうしたのだろうと思っていれば、エンマが大変ご機嫌斜めであることに気が付いた。

 ぐるる、なんて、低く警告するように唸っているだけではない。さっきから、幾度となく接触してきていて、その度にエンマが尻尾で叩いていた影が、またえらく図々しくもエンマにすり寄ってきている所だった。

 ちょ、ほんとなんか、いつもはきりっと見えるはずの飛竜の表情がだらしなく見えるのは気のせいだろうか?!


「うん? どうしたエドラ」


 おっさんも、そんな自分の飛竜の様子に何か思うところがあったらしい。しばらく俺らと、自分の飛竜とを見比べて「おお!」 なんて手を打ち合わせる。



「よく見りゃお前のワイバンべっぴんだな」

「はい?」


 いや、唐突にこのおっさん何言ってるの。エンマがとびっきりの飛竜だって気が付くの、遅くないか?

 いやいや、ていうか、おっさんの竜近いから! え、何考えているの、こいつ!


 そんな俺の嫌な予感になぞるように、山男のおっさんはにっと豪快に笑うのだった。


「なあ、俺の竜のところにおまえのワイバン、嫁に寄越さないか?!」

「はあ?!」


 あまりにも唐突過ぎる提案に、つい食って掛かったのは仕方がなかった。っていうか、おっさん! エンマがめちゃくちゃ嫌がってるの気が付けよ! あほだろ!!

 話に全くついていけていない。


 俺が言葉を失っていたら、まるで何かを察してやったぜと言わんばかりにまた、笑う。


「ああ、商売面が心配だって言うならよ? 代わりになる飛竜を手配してやるからさ! 俺のこいつにおまえさんの飛竜をくれないか!」


 違う。察して欲しい所違う。

 おまけに言い方がいちいち癪に触ってくれる。


 だからつい、売り言葉に買い言葉で返してしまったのだろう。


「ざっけんな! 誰がおっさんなんかの変態竜のところにやるかっつーの!」

「おいおい、飛竜の恋路を飼い主が邪魔するなんて無粋じゃねえか」

「無粋はどっちだよおっさん! あんた自分の竜がくれっていったらなんでも与えるのかよ!」

「んな訳ねーさ? でもよ、好いた惚れたは勝手だろ?」

「勝手はあんたの発言だろうが!」

「だっはは! ならばどうだ? 一つ、当人らに決めさせてやるにも機会を設けてやらねえかよ? なあ、それくらいは融通効かせてやれんだろ?」

「はっ! 望むところだね。あんたの竜にうちの姉御はもったいなさすぎるって、思い知らせてやるよ」

「……あ、兄ちゃんそれ…………」


 宣言してしまってからハッとした。山男にはしてやったりと言わんばかりににやっと笑われる。ラズにはひょいと肩を竦められてそれから仕方がなさそうに笑われた。


「……どうしようかジーズー? ダントがまた勝手始めたけど」

「ああ? ほっとけほっとけ。どうせわしらの意見なんぞ聞きやしないからな」


 外野にはそんなことまで言われてしまう始末。

 おーいー?! ちょっと? 聞こえているのだが後ろのおふたりさん?


 やっちまったー! なんて頭を抱えたくなった俺とはどっこい。


「大丈夫だよ、兄ちゃん」

「ラズ……」

「あんなのに、エンマが負けるわけないもん。それに、僕もついてるんだもん、安心して! ね?」


 にっこりと屈託なく笑う様子は、子供が勝負ごとに『僕できるよ!』って時の、ほほえましさすら感じる笑顔。だというのに、どうしてこんなに薄ら寒く感じるのか。

 それを感じるのは俺だけのようで。


「よおしちびっこ! よく言った! 二言はねえな?!」

「あったりまえだよ!! 受けて立ってあげるよ!」

「よっしゃあ、決まりだ!」


 だっはっは! なんて、山男のおっさんは豪快に笑い、ラズはにこーっと、心底満面の笑み。その様子を見ていたら、威勢よく笑うこのこのおっちゃんの飛竜が泣きを見る未来が決定したような、そんな気がしてならなかった。

 まあ、そのことには何にも、かわいそうなんて思わないんだけどな。


 エンマの為にも総力を挙げて叩きのめす、それだけ。

 ……っていうか、エンマたちに決めさせるって、何する気なんだよ。俺らにだって配達、あるんだけど……。はあ。


 まあ、うっかりしていた自業自得かね。やれやれ。

 

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