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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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《番外編》 きまぐれの風 *

 

 窓から吹き込むあたたかな風に誘われて、鼻歌を口ずさむ。木の椅子に体重を預けきってとんとんと身体を揺すると、ぎしっ、ぎしっと鼻歌にリズムを添えていた。


 階下からとめどなく聞こえてくるざわめきに、本日もギルドの活気を感じる。

 野太い冒険者の声に混ざって、まだ声変わりを迎えていないように思える高い子供の声を聞きつけたところで、その男は身を起こした。間もなく、部屋の扉が騒がしく開けられる。



「だーかーらー! 悪かったって言ってるじゃん! おっさん達が先に教えてくれなかったから、こうなったんだろ?!」



 扉を開けたのは、不貞腐れて後続の男に構いっぱなしの少年だった。

 ギルドに出入りする冒険者と比べて随分と幼く見える彼は、その外見と危なっかしい行動故に、よくベテランの冒険者たちにからかわれていた。だが、決してベテランの冒険者たちに邪険にされている訳ではない。彼らなりに、世間を知らない若い彼を(いさ)めていた為に、あえてギルドの主である男が手助けする事もなかった。



「教える、教えないの問題じゃねぇだろうが。ターゲットの足止めを頼まれていたのに、どうしてそんな事も出来ないいんだ?! 一から十まで説明しなくたって、やる事くらいはてめえの頭で考えれば解るだろ?!」


 少年に続いて入ってきたのは、少年から見ても、それどころか部屋の主から見ても背が高くて体格のいい大男だった。あまりにも厳ついその表情は、平常時でも怒っているのではないかと思われがちだ。

 土に汚れたようなごわごわとしたこげ茶の剛髪と、顔面の半分を覆う立派な髭のせいだろう。森に入れば熊に見間違われ、町に出れば幼い子供に泣かれてしまうのが常である。


 だが獰猛な見た目に反して、彼は面倒見が良かった。誰もが見上げる大きな身体にふさわしい、大きな心の持ち主と言えようか。事ある毎に、彼は特に少年へ目をかけていた。


 そして彼らの後から無言で部屋に入って来た、彼の従者であるレプラホーンの小さな姿を見咎めたものは誰も居なかった。


「知らねぇよ! 大体、様子を見ていたらどっちが迷惑かけられている方なのかって、想像つくじゃないか! なんで顔見知りを助けて怒られないといけないんだよ!」

「依頼主がどちらだったかを考えれば、カンタンに解ることだろうが、この脳足りん!」


 だが大男の親切心も、まだ幼さを残す少年に正しく伝わっている様子はない。


 あまりにも巨漢の姿が不憫に思えてしまったからだろうか。いつもながらの光景に呆れつつ、二人だけで騒いでいることが面白くないなと感じたギルドマスターは、くすくす笑いながら口を挟んだ。


「ズッキー、まーたゼフェルトと喧嘩してるの? 君たちってばホント、仲良しなんだから」

「違う!」「ふざけんなクソマスター」


 同時に返って来た返答に、十分仲良しじゃないと苦笑する。


「それで? 一体何の話をしているんだい?」

「「こいつが!」」

「ぷっ! あははははは!」


 今度こそ重なった声に、腹を抱えずには居られなかった。噴き出して笑い転げる姿に、言い合いしていた元凶たちもバツが悪くて苦い表情を浮かべる。

 いつまでも笑っている場合じゃないと判断して、早速部屋の主は先へ進めた。


「やあ、ごめんごめん。それで、どちらから聞こうか」

「お先にどーぞ、おっさん」

「そりゃどーも、クソガキ」


 ふたりに促された大男は、いらだった気持ちを落ち着けようと深呼吸を一つしてから、改まって口を開いた。


「先日、北の港町でとある人物たちを足止めして欲しい、という依頼を受けた。何でも、恩人を探してぜひとも謝恩に報いたいと、町のもの皆のたっての願いだった」

「うん、それで?」

「俺は依頼にあった人物たちに接触して、理由を話した上で少し街に足を止めてもらおうって試みた。だが、彼女たちは話を聞くなり逃げ出したんだ。それで――――」

「そりゃ逃げるに決まってんだろ! あのヒト達はいわれのない事で町の奴らに掴まりそうになったせいで!」

「黙って自分の話せる番を待てないのか、小僧」

「うっさいな! 顔見知りが困ってたんだ、助けるのは当然だろ!」

「だから、そこが大間違いだと!」



 ひとりの話もままならない内に、再び始まってしまった口論を聞き流して、なるほどと頷いた。


「うん、解った。何やらあまり状況がよくないみたいだね。……風に少し、話を聞いてみるとするかな?」


 彼らに話を聞くよりもそうした方が速そうだ、と。目の前で言い合い始めてしまった姿たちをなだめる事を諦めた男は、窓辺に身を寄せ、視界と近くの雑音を意識から消した。

 途端、周りの騒ぎが彼にだけ聞こえなくなる。


「……港町を教えて?」


 耳を澄まして、風に遠くの景色を尋ねた。

 その問いかけに答えるように、部屋の中に吹き込んだ風が、男の赤い髪をふわふわと舞い上げる。やがて、にっこりと口元を緩めた。



 * * *



 部屋の主は知らない。彼が席を立ったと同時に、口喧嘩をしていた姿達が静まり返った事を。


「……なあ、あれ何しているんだ?」

「ああ、お前見るの初めてか?」


 何となく騒いではいけないような気がして、少年が尋ねれば、隣はしたり顔で頷いた。


「ああやって、遠くの地の音を聞いているって話だ」

「ふうん? 遠くの音……? よく解んないけど、遠くの音なんて聞いて何に使うんだ?」

「バカ。少しは考えろ。情報は武器だって、何度も言っているだろうが」

「そうだけどさ? ……こう、納得がいかねえっていうか……情報は足で集めるものだって、おっさんが言ったんだぜ?」

「ま、な。でも、必ずしもそうじゃない」


 少年が首を傾げた姿に、大男はにやりと笑う。


「マスターくらいになれば、足で集める必要はねえって事さ。あの姿に、風と話しているんだって夢見る奴もいるくらいだからな」

「まあ……確かにそう見えるけど……やってることを考えるとバケモノじみてるよなぁ」

「その通りだろ。ギルドマスターは規格外だって、よく見ておけ。お前が目指しているのはそういう世界だってな」

「……そうしておくよ」


 不意に彼らが話している横で、ギルドマスターの男は窓辺に足をかけると、あっさり宙に身を投げ出した。


「ええ?! ちょ、おっさん! 何して――――――あれ?!」


 驚いた少年が窓に駆け寄って下を伺うが、見えるところに、先の姿はなくなっていた。

 少年だけが慌てて、彼の背中から呆れた様子の溜め息が零れた。


「え、あいつ、どこ行ったんだ?」

「さあな。噂好きのあのヒトの事だからな、恐らく真偽でも確かめに行ったんだろ。……遊びに」

「はあ?! 遊びに?!」


 だが、最後の言葉がトドメとなって、少年は項垂れた。


「結局、報告も為損なったんだけど」

「ま、どうしようもねぇだろ? じたばたしたって仕方ないんだ。大人しく待っている方が賢明だ、ってな」

「……まあ」



 * * *



「はい、ただいまっと」


 誰に向かって言った訳でもない声に、ソファに沈み込むように座っていた者も、その隣で静かにナイフの手入れをしていた者も顔を上げた。


「おかえ―――――え?」

「あ」


 おかえりなさいと、彼らのギルドマスターを迎え入れようとして、その手に繋がれた姿達に言葉を失ってしまう。大男は、驚いてまばたきした。



 そこには、ギルドマスター以外に三人の姿があった。


 ひとりはクー・シー。

 ギルドマスターにその肩を支えられながら部屋に降り立った様子から、彼が何らかの怪我を負っているのだと気が付くのは容易かった。ソファにはしたなく身体を預け切っていた少年が、慌ててその場所を開けて、足を引きずるクー・シーに肩を貸そうと飛んで来た。


 ひとりはヒューマン。

 栗色の長い髪を一つにまとめ上げた横顔は、緊張感からか強張っていた。きりりと吊り上がった視線は鋭く、それだけ彼女が何かを警戒しているのだと知る。

 その手には剥き身の剣がしっかりと握られていて、血濡れたそれは今しがたまで彼女が誰かと戦っていた事を物語っていた。彼女の頬を、汗が伝う。


 そして最後のひとりは、ギルドマスターの腕に抱えられていた。服を着た毛玉に見間違ってしまう、ケット・シーだ。

 小さな姿はまるで死んでいるかのように身動きすらない。抱えていた姿を開いていたソファに下ろして初めて、弱々しい声が聞こえて来た。


「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません……」

「いいや? 君たちが気にすることないよ?」



 飄々と言ってのけた姿はからからと笑う。その表情に安心したのか、ケット・シーは深く息を吸って、緊張をほぐすように身体を膨らませた。焦りと疲労から気持ちを取り戻すように、二度、三度と繰り返す。

 その横で、剣を納めたヒューマンは、クー・シーの横に膝をついて痛めた足に手を添えた。淡い光がクー・シーの足を包み込んだ。


「バズク様、他に大事ありますか」

「いいや。ありがとう、ミラ」


 治療のための回復を促す魔術さえも使う猶予がなかったのだろう。たったそれだけの手当で済む時間ですら、彼らにはなかったのだと見て取れる。

 困ったのはギルドマスターを待っていただけの少年だ。一足先に席を外そうとした巨漢の腕を振り切って、もの言いたげにじっと伺う。


 彼に察しろと言うのは難しそうだ。言うまでもなくそう判断したのだろう。


「あ、そうそう。丁度良かった。ズッキー、一つ頼まれてくれない?」

「…………なんだよ。またよく解らない依頼やらせようってか?」


 ギルドマスターは、至って普段の調子で彼に目を向けた。

 あからさまに怪訝な表情を浮かべた姿に、思わず吹き出す。


「ええー? よく解らないなんて酷いなぁ。今回はお使い。ちょっと山を越えて西まで行って欲しいんだ」

「西?」

「そ。ゼフェルト、一緒に行ってあげてよ」

「げっ」


 よもや自分まで巻き込まれると思っていなかった巨漢は、苦々しく表情をゆがめた後にがっくりとうなだれた。諦めた、と言ってもいい。


「またこいつのお守りかよ……一体どこまで?」

「王都。彼女たちは特に、大切な存在だからね。所在は伝えてあげないとかなって。手紙書くから、必ず届けて欲しいんだよね」


 それでおおよそを察した大男は、しぶしぶながら頷いた。

 だが、察しの悪い少年は違う。不思議そうに首を傾げただけだった。


「……そんなの、魔道具で伝令すればいいんじゃないのか?」

「バッカだなあズッキー。それじゃあ遠征の練習にならないだろう? それに、王都で評判のクッキーを買ってきて欲しいからね。魔道具じゃ食べられないじゃない」


 笑顔で返された言葉に、白い眼を向ける。


「…………お前それ、絶対クッキーが主な目的だろ」

「あっはは! さあて、僕は手紙を書いて来るから、ゼフェルト。ズッキーに長距離の移動ってものを教えてやって?」

「チッ……面倒くさいが仕方ねえ。行くぞ、小僧!」

「痛っ、いだだだだだ! もげる! 首がもげるからやめろって、おっさん! 頭掴むな! ちゃんと自分で歩くからっ!」


 今度こそ有無を言わさずに席を立とうとして、少年は引きずらた。あとで顔出してねえと、その背中に部屋の主が投げかけた言葉は、彼らにきちんと聞こえていたかどうか怪しい。



 例え聞こえていなくても、すぐには困ったことにはならないか、と思いつつ、ギルドマスターは自ら攫ってきた姿達に目を向けた。

 サイドボードに並べていた水差しとグラスを、彼らの前に並べた。



「さ、てと。これで話の邪魔者はいないし、話しやすいかな?」

「はい。お気遣いいただきありがとうございます。そして、助けて頂き感謝いたします」


 真っ先に頭を垂れたのは、ケット・シーだ。未だ、どこから話すべきか迷っている様子に、男は笑う。


「んんー? 気にしなくていいよ。どうせ暇していたところだし、何やら面白い事になっているみたいだね?」

「ええと、まあ、面白くはないですが……」


 彼女の中で戸惑いは大きくなったようだった。さすがの男も、面白がっているだけの笑い方から、安心させるように笑みを深める。


「大丈夫。全部風に聞いたから、特別事情なんて説明してくれなくていいよ。でも、ラハトの耳には君たちの所在と、今後の身の場所は知らせさせてもらうよ?」

「城主をご存じだったのですね」

「まあねー。古い付き合いだよー」

「でしたら、はい。それはむしろ、こちらからもよろしくお願いいたします。行き先は、その……すぐにでも外海の大陸を目指します。長居してしまっては、他の場所のギルドマスターである貴方にご迷惑かけてしまいますから……」

「んん? 迷惑?」


 そんなこと言われるとは意外だと、首を傾げていたら言い難そうにしながらケット・シーは扉に視線をくれた。


「全部お知りになっているのでしたら、私たちが追われているのもご存じでしょう? 先程の方に……」

「ああ、うん。ギルドに君たちを引き留めて欲しいって依頼が入っていたみたいだね。でも依頼を受けたのはゼフェルト達であって僕じゃないし、もう依頼は失効しているから大丈夫。彼らも下手なことはしないさ」

「不躾ながら、信用しても大丈夫なのでしょうか?」

「さあ? それは君次第かな。君だって冒険者なのだから、依頼の取り扱い方はよく知っているだろう?」

「あ…………はい。そうですね。ごめんなさい」


 指摘されてから、ケット・シーも漸く納得できたのだろう。恥ずかしそうに俯いたのち、恐る恐るギルドマスターを伺った。窓の外に視線をくれる飄々とした姿に、委縮している場合ではないと思いなおして姿勢を正した。



「あ、の! 折り入ってご相談があるのです!」

「うん」


 精一杯の申し出をした巫女に対して、先を待っていた方は軽い。


「何だろう?」

「はい、あの。外海に出るにあたり、連絡を取りたい方がいるのです」

「それってもしかして」

「はい。恐らくご想像の通り、ワイバンでヒトの運送を請け負ってくれるディオさん達です。場合によっては……迷惑かけてしまうかもしれないのですが、私たちが島外に出られる手段を持ち合わせている以上、頼らないという選択が思いつかないのです」

「うん、解った。まあ、彼なら断らないだろうね。あとで直接、お願いしに行ってみるよ」

「ありがとうございます……!」

「その為にもまず、ズッキーたちに持たせる手紙を用意しないとね」

「は、はい! その……よろしくお願いいたします!」


 話が決まれば、あとは動くだけだ。そう言わんばかりに早速デスクに向かったギルドマスターに、ケット・シーを初め、他ふたりも頭を下げた。

 ギルドの正式な手紙である事を示す用紙には、透かし彫りで盾の上に十字に交えた杖と剣が描かれている。かりかりと紙とペンがこすれる音だけが、やけに大きく聞こえてしまう。


 ケット・シーがじっとその姿を伺っていたのも束の間、「あの」 と恐る恐る問いかけた。


「エクラクティスギルドマスターには、私たちの周りに出没して街の皆さんを誘惑して回っている者に、心当たりはあるのでしょうか」

「ふーむ?」


 ぴたりとペンの音は止まった。「そうだねえ」 とひとりごちた姿に皆が思わず視線を集めた。


「奇跡みたいな祈りに、ヒトの心を揺さぶる魅力を見出した理想主義者、かな?」

「……なるほど。そうかもしれません」


 ギルドマスターの本気とも煙に撒いたとも取れなくない言葉に、彼女自身が納得したのかは解らない。だが、少なからず考え込んで口を閉ざした姿に、ギルドマスターは肩を竦めた。


「ま、出来る協力はしてあげるから、好きに頑張ってね」

「はい。心得ております。ギルドマスターである貴方にお世話になりっぱなしでは、冒険者の名折れですから」

「あっはは、頼もしいね」


 彼女たちがどうするのか、それは彼女が決める事だとよく理解している彼は、ただ手紙に向き直った。

 行動する当人の自由意志に任せているせいで、どれだけ周りから無責任だと言われようとも、それは彼の知ったことではない。

 

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