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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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《番外編》 宿屋の女将は見た! 常連娼婦少女と怪しい子連れ!

 

 私は立体都市(セントシェール)の片隅で宿屋を営む女将だ。

 宿には自慢の風呂があり、女の冒険者に人気なのよ。……男性客には、混浴にしてくれってしょっちゅう苦情がくるけど。まあ……、知らない。

 自分で言うのもあれだけど、いい宿屋だと思うの。


 私の趣味は、宿屋に来る客達の、ここにたどり着くまでのストーリーをあれこれ考えること。行き様を垣間見ようとする、とでも言えばいいかしらね。

 主人には野次馬根性と言われたが、そんな低俗なものじゃない。失礼にも程があるわ。


 私を知るヒトは言う。私の事を、過去を見透かす心眼のマダムと……! ふふん、私の心眼は伊達じゃないのよ?


 今日もまた、沢山の冒険者達が休みに来、そして旅に出る。だから私はカウンターからそれを見送るのだ。

 ……まあ、今もこの通り、日中はほとんど暇なのだけれど。



 カランと入り口のベルが鳴り、顔を上げればよく見かける姿があった。

 顔なじみである孤児の少女だ。恐らく()を捕まえられたのだろう。


 うちで働かないかと提案しても、頑なに首を縦に振ってくれない、「自分の事は自分でどうにかできるから」 という、しっかりものだ。

 でも私は本当は知っているのだ。彼女の『持ち主』が、とんでもないロクデナシで有ることを。そして巫女様に言ってどうにかなる相手だったらよかったものの、一市民である私にはどうしようもない相手なのだという事も。

 だからせめて、彼女の『仕事』が上手くいくように、私は彼女を最低限手伝って見守ると心に決めている。



 続いて入ってきたのは若い男だった。なよっちい優男だが、着ているものはそれなりに良いものに見える。きっと、商人なのではないか。恐らく、ではない。『きっと』だ。私の心眼がそのように告げてるのよ、間違いないわ。


 髪色や顔つきから察するに、大陸の中央より向こうから来たのか、海外の者ではないだろうか。遠路遙々、ご苦労な事ね。せいぜい彼女に金を落としてやってあげて欲しいわ。


 目が合えば、にこりと微笑を浮かべる。……なるほど、敵は手強そうね。



 そしてさらに続けて入ってきたのは、膨れっ面の子供……って、え?! ちょっと、この人何を考えているの?! まさか、彼女のお相手はこちら?

 そんな……つまり優男は付き人で、お客はいいところのお坊ちゃん? ……いいえ、落ち着くのよ私! 相手が誰であろうとも、私は宿屋を貫くのよ!


「あ、の……おかみさ――――」

「すみません」


 おずおずとこちらを伺う彼女の言葉を遮って、その男はカウンターにやって来た。彼女には悪いけど、『客』を優先せざるを得ない。


「なんだい」

「風呂場の利用と部屋を一つ、お願いできますか」

「あんた達二人かい?」


 わざとらしくぶっきらぼうに、そしてあからさまに嫌な顔をしてやりながら尋ねてやると、苦笑いが返ってくる。


「三人、お願いします」

「……はいよ」


 毒気を抜かれた、と言うべきだろうか。彼女が連れてくる客にしてはいささか上品すぎる。決まっていつも、()()()()目的で来ている客共は、一分一秒も惜しいと言わんばかりに部屋の鍵を寄越せと言うのだから。


「なら、風呂つきの部屋、三人で宿泊でいいかい?」

「え? こちらには大浴場があるって聞いていたんですけど……そちらは使えないのですか?」


 不思議そうに返された言葉には、呆れるしかなかった。誤解されるのはいつもの事ながら、どれだけ頭の中身はお花畑なのだろう?


「使えるけど、……混浴ではないよ」

「え? はい。そうですよね」


 やはり、不思議そうにされるばかりで要領を得られない。……もしかして、ほんとうにただの宿屋の客? だとしたら、彼女も含める意味が解らない。


「ああ! ……なるほど。俺は汗を流せればそれでいいんですよ、女将さん。散々()かぶってべたべたなんですよ」


 何かを理解したようなのは優男の方で。くすくすと笑われて、私の方がまるで勘違いしているみたいじゃないか。何だか、悔しい。


「……お湯に浸かるよりも先に、それらは流しておくれよ」

「はは、解ってますよ」



 かくして、その客達は風呂場へと向かう。


 料金は先払い。風呂場の利用分と、宿泊の基本料金に少し色をつけて請求させてもらった。

 もちろん後で彼女に渡すつもりだ。少しでも彼女の助けになればいい。


 そう思っていたら、さらに多くのお金を置いていかれた。多い旨を伝えて突き返そうとすれば、ならばあとで彼女に渡してほしいと言われる。……まあ、羽振りがいいのは良いことよね。



 だから、気持ちよく見送ることにした。このヒトならば多分、彼女を酷い目には合わせないだろう。

 風呂場へと向かおうとして、あっと足を止めたその姿に何かと思った訳で。


「そうそ、部屋はシングルベットの部屋で大丈夫ですから」

「あ、ああ……」


 何かと期待したのだけれど、やっぱり目的はそれなのね。彼女がいいならいいけど。がっくりと、なんだか疲れてしまった。



 * * *



 さてさて。

 先程のお客達はそれぞれが風呂場に消えたのだけれども、五分と経たずに彼女の方は出てきた。

 初め彼女は自分が子供であることを盾に、その客達と共に同じ浴場に入ろうとしていた。でもその優男は、頑として首を縦に振らなかった。


 故に彼女は彼らよりも先に出ていなければならない。そんな使命感から急いだのだろう。髪の毛からしたたる水もそのままに、先の男達が出てくるのを扉の前でじっと待っている。

 仕方がないわよね。それが彼女の仕事だもの。



 ――――十五分後――――


 びしょ濡れ状態のあの子を見ていられなくて、手招いてタオルで拭いてやっていたら、風呂場の入り口からふらりと人影が出てきた。

 青みがかった白い髪はさらさらで、火照った顔はやはり不服そうにむくれている。現に、彼女を見つけた時に睨み付けてまでいる。


 彼女が私の元から、急いで彼の元へ行こうとすれば、「こっちに来ないでくれる?」 とまで唸る様に言われる始末。

 はっはーん、私には解ってしまった。

 この子、きっと『初めて』なのね。それで付き人サンに頼んでみたものの、憂鬱になって不機嫌になっている、と。なるほどね~。ふんふん、可愛いじゃないの。


 背伸びをしたいお年頃ってやつなのかしら? だからって、そんなに膨れなくてもいいのにね? 折角の可愛い顔がもったいないわ。



 なんだか暖かく見守ってあげなきゃ、なんてほっこりした気持ちになりながら、私は櫛を取り出した。だったらせめて、彼女達の役に立とうと、もう一度彼女にこちらへ来るよう呼んだ。

 あの首謀者の優男が、いつでも出てきてもいいように飾り立ててあげなくちゃ。



 ――――更に十五分後――――


 あら? 随分と長風呂されてるみたいだけど、そんなにうちのお風呂気に入ったのかしら。……まさか、倒れたりしてないわよね?


 気になって側に行ってみれば、向こうの方で物音はする。ああ、よかった。

 彼女のお相手が、こっち来ないでよと言わんばかりに嫌な顔しているから、ひとまずカウンターに戻っておこう。


 もう、出てくる頃よね?

 彼女の準備は出来ているわ。我ながら完璧! 出来映えを自慢したいくらい!



 ――――更に十五分後――――



 って……遅すぎ! これほんと、まさかお風呂場で死んでいたりしないわよね?!


 急に不安になった私は、カウンターから飛び出した。

 多分、不安から鬼の形相だったのだろう。連れの彼がぎょっとして私を止めようとするが、それよりも先に私は浴室へと飛び込んだ。


「失礼するわよ! お客さん、倒れてないかしら!」


 宣言して扉を開けば、脱衣場にいたのは上半身裸の客。

 私の声に驚いたのか、それとも登場に驚いたのか、上の肌着を着ようとしたところで固まっていた。ぽかんとして、こちらを見ている様子からは、取り合えず何事も起きていないのだと知る。


「えっと……あ、はい。心配かけてしまったみたいで、その、すみません」


 困ったようにはにかむ姿。やらかした! と、頭を抱えるよりも先に、私の目には有るものが目に留まってしまった。


 その人の、左腕から肩までにかけて彫られている魔術式。古代魔術を使う者に、必ずと言っていいほど彫られているその印。

 瞬間、私は理解してしまった。この優男は、商人は商人でも、奴隷商人なのだ、と。


「…………お客さん」


 一瞬にして、目の前が暗くなると言うのはこう言うことなのだろう。彼女を守ってあげなければ。そうでなければ彼女が売られてしまう。


 そんな結論にたどり着くまでに、時間なんてかからなかった。

 だから、着替えを再開している彼を、睨み付ける。


「貴方、あの子をどうするつもりだったのかしら? 連れ去って売るつもりだとは言わせないわよ? そういうことならば、私は貴方たちをお泊めすることは出来ないわ。お引き取り願えるかしら」

「え?」


 詰め寄る勢いで捲し立ててやれば、やはりきょとんとすっとぼけられる。そちらがそのつもりならば、何処までも受けて立とう。そう息巻いて詰め寄ろうとしたら、そいつは堪えきれなかったように笑うのだった。


「…………ああ! はい、解りました。お風呂、ありがとうございました」


 なんで、こんなにあっさりと身を引かれるのだろうか。訝しんでいる間に、その人はさっさと着替えてしまい、荷物をすっかりまとめてしまう。



「ああ、そうだ。お部屋、彼女は泊めて頂けるんですよね?」


 私の間をすり抜けて脱衣場を後にしようとした姿は、ふと足を止めると至って真剣に尋ねてきた。その気迫に押されて頷くと、良かった、なんて破顔される。


「お世話になりました。ラズ、お待たせ。行こうか」

「兄ちゃん遅いよ…………」

「ごめんって。ほら、女将さんに挨拶」

「…………お邪魔しました」


 うちを出た彼らの後を追おうとする彼女の腕を慌てて掴んだ時になって、ようやく自分のやらかした事を理解した。

 もしかして本当に、お風呂に入りたかっただけの、客? そんなこと、あり得るの?


「あの、おかみさん……」


 私が混乱して頭を悩ませていたら、伺うようにこちらを見上げる彼女がいた。

 言わんとしたことは解る。


「ああ、すまないねレピュス。……一つ、頼まれてくれないかしら。さっきのお客さんたちに、多い分のお金、返してあげてくれないかな」

「……っ、うん。ありがと、おかみさん」


 ぱっと、その表情を輝かせる彼女にとって、一体どうしてやるのが良いことなのか、今日も解らない。

 けれど今は、彼女の思うように行動させてあげるのが一番良いことなのだろう。それだけは、私にだって解る。



 カランと入り口のベルが鳴り、一時の平穏がまた戻ってくる。

 つい、ほっと安堵の息をこぼしてしまった。


 厨房の奥に引っ込んでいた主人には、何を騒いでいたんだ、なんて言われてしまう始末。反論できないところが、少し悔しかったのは、内緒だ。


 今日は心眼の調子が良くないみたいだもの。謹んで、宿屋の看板を務めさせていただくとしようかしらね。

 

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