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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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嫌な予感ほどよく当たる .5

 

 運航は極めて順調。その一時の平穏さすら、不気味に感じてしまった自分が不思議だ。

 そもそも空路を脅かす存在なんて、天候や空を飛べる野生の動物(モンスター)くらいだ。それのなのに、一体俺は何が起こることを期待しているんだろうな?


 ……運航は極めて順調、か。まずいな。脳内リプレイ、ロリコン大佐が笑っているよ。お引き取り下さい。見ろ、景色がゴミのようだ!

 …………なんてアホな事はどうでもよくて、だ。



 一応追っ手とやらの存在を気にして、エルド火山が近づいてきた頃に、島の西側に移って休憩をとった。場所的には、グロウのダンジョンよりももっと北に進んだ辺りか。

 幸い、森に隠れてオベリスクは見えなかった。いや見えたからって、何かがある訳じゃないけれどもさ? なんか、近く来たら様子見くらいした方がいいのかな、って、思ったわけよ。ちらっと。



 休憩を取ろうとした時点で、夜もいよいよ更けてきていた。気合を入れるためにも、この休憩は必須だった。

 特にこれから海に出る。エンマには悪いけれど、多分休める所なんてない筈だ。地図上でも丁度休めそうな小島が見つけられなかったから、大陸に着くまでノンストップになるだろう。だから休息を目的とした休憩というよりも、エネルギーの補給として食事を取る事にした。


 食事の支度をしている間も、ソアラさんが目を覚ます様子はなかった。祈祷とは、それほど疲れるものなのだろう。

 ミラさんやパズクさんたちはどこか思いつめたような様子で野菜をひたすら刻んでいた。大真面目なのだけれども、一心不乱に野菜を切る様子は、少しだけ間抜けに見えてしまう。


 ……うん、あれだな。なんかこの様子、お方様の一大事で遠征場所から、とにかく故郷に戻ろうとしている武士の気分に似ている。

 いや、武士だってこんなヘタレと一緒にして欲しくないだろうけどさ。雰囲気は、あくまで雰囲気は似ていると思う。何処か重苦しい空気があったから。



 そうそ、ソアラさんだけど。サンドイッチに添える野菜スープが出来た頃になって、やっと目が覚めた。火を囲って座り込み、スープの具材が煮えるのを待っていた俺らは、すっ飛んできたソアラさんに大層驚かされた。


「ソ――――」

「巻き込んでしまい、申し訳ありません!」


 具合を聞こうと思ったら、開口一番にそう言われてしまう。


 出鼻を挫かれて、助けを求めるようにミラさんを見れば申し訳なさそうな顔をされるし、パズクさんに至ってはしれっとしたまま、火加減を見ている。


「えーと……すみません、どういう事ですか?」


 モブ的立ち位置にいる俺が聞くのもアレかと思っていたのだけれども、頭を下げ続けるソアラさんに対して、他にかける言葉が思い付かなかった。


「聞いて頂けますか? むしろ、話させて下さい!」


 どもりもせず、むしろぐいぐいと迫り来るソアラさんは、初めて会った時とはまるで別人のようだ。

 後退りしようにも、座った状態で大して逃げれる訳がない。彼女の肩を押し返しながら精一杯仰け反った後に、俺は頷くしかなかった。


 背筋が、背筋が……! ぷるぷると、自身の限界に挑みながら、早くそこを退いてくれと目で訴える。

 まあ、残念ながら興奮状態のソアラさんに気がついて貰える筈がなくて、飛び付かれて止めが刺された。


「ありがとうございます、ディオさん!」

「ぅっ……!」


 すなわち、どさっと背中から倒れることとなった。

 ぐっと抱きこまれた頬に、ソアラさんのふかふかな体毛が触れる。うわー、もふもふ。ふかふか。なで回したい。



 ……って! ラッキースケベじゃねぇし!

 それって女のヒトの着替えとか、風になびいた拍子のパンチラとか見たときに使う言葉であって、決して動物と戯れている時に使う言葉ではな、い――――。


 いや、違う! ソアラさん女性で! 俺のやってることってただの変た―――いやいや、俺は至ってノーマルな訳で、可愛い動物は可愛がりたい…………って、だから違う!! 落ち着け、俺!


 ギブアップするから! 誰か白いタオルを投げ込んで!

 パズクさんの視線がすっげー絶対零度なんすけど! 誰かこのヒトどかして、俺が殺される!


「あの、ソアラさん。話は聞くので、その……退いてください」

「あ、す、すみません! 私ったらつい、熱くなってしまって……」


 うん、このヒトが直情型なのは知っていたけれどね? ここまで来るともう、色々諦めるしかないよなあ、なんて。



 改めて座り直し、暖まった野菜と干し肉のスープとサンドイッチが配られた。それらを俺らは口にしながら、ソアラさんの話に耳を傾ける。


「私たちの事を追うのは、その、地方に暮らす方々だけではないのです」


 そう、端的に切り出された言葉。まあ、そうなんだろうなとは思っていたよ。

 だから驚くまでもなく、先を促した。


「その方は――――いえ、その方々は、私の為に手を貸したいと申し出てくれた方々でした」

「手を? ソアラさんの活動に対して?」

「はい。その……私の巡礼がより、スムーズに行くように。そして、一つでも多くの街に、村に、祈りを捧げられるようにお手伝いさせて欲しい、と。その代わりに少し、その方々の活動に協力して欲しい、そのような申し出でした」


 焚き火の明かりに照らされるのは、神妙な顔つき。いつものソアラさんから考えると喜ばしい事だと思うのだが、どうやら今回は違うらしい。


「その事で何か、問題でもあったんですか?」

「あ、いえ……。提案そのものは、確かに嬉しかったんです。ですが、私は自分の力で巡礼を成し遂げてこそ意味がある。そう考えております」


 だから申し出て下さった方々には、丁寧にお断りを入れたのです。ソアラさんは続けた。


「それからですね、何かとその方々は私たちに接触されまして、その度に勧誘を受けていたのです。終いには周りまで巻き込んでくるものですので、少々困っていたのですが……それを、エクラクティスギルドマスターに相談しましたところ、調べて頂けるとの事でして……」

「調べ終わるまで、他の大陸に行っとけって事ですか?」

「まあ……、短絡的に言えばそうなります。丁度お会いしに行きたい方もいましたので、渡りに船の提案だったんです」


 なんだよ、あのちゃらんぽらん。剽軽者(ひょうきんもの)は世を忍ぶ仮の姿ってか? 意外とやることやってて抜け目ない。


 …………あ、違うな。多分、あいつの事だ。面白そうだったから動き、面白かったから草の根まで分けて情報拾って来そうだもんな。

 うん。あいつが動いた理由って、そんなもんだろう。



 まあ、兎に角。何となく状況は解った。正直詳しくは聞きたくない。これ以上聞くと、深く足を突っ込むことになるもんな。ここらで話は切り上げて、出発しておくのが無難だろう。


「そういえば、北西の大陸のどこに向かえばいいか、聞いていませんでしたね」

「あわわっ、すみません! えっと、立体都市セントシェールはご存知ですか?」

「セントシェール……? えーと、名前くらいは……」


 立体都市セントシェール。また凄いところが出てきたな。


 確か、広大な大陸の片隅にある、最大の湖に建てられた都市、だったはず。

 湖と言っても支流で海まで繋がっていて、水域に住む種族が水中に造った都市の、その()に建てられた都市だったはずだ。だから、水域と地上。二つの都市が立体的に存在しているから、立体都市って呼ばれているとか、なんとか。


 そしてセントシェールそのものが、教会だった、ような? ……ああ、だからか?


「そこに命と源流の巫女様がいらっしゃってですね、遊びに来るようかねがねから言われていたんです。ついでではないんですけど、丁度いいかな、って」

「なるほど」


 神妙に頷いてやると、ソアラさんはほっとしたようだった。


 と、いうか、巫女様って他にもいたんだな。……いや、そりゃ居るだろうとは思うけどさ。こんな人智を越えた力を持つヒトが隣の大陸にもいるんだなあ、なんて。

 他に一体何人いるやら? 世界って広いのな。



 そんなどうでもいいことに思い馳せていると、ぺこりとまた、ソアラさんに頭を下げられた。


「ディオさんにご迷惑かけて本当にごめんなさい。エクラクティスギルドマスターからの連絡が入り次第、私の手できちんと蹴りを付けます。なのでどうか、大陸までの運搬をよろしくお願いいたします」


 ……何というか、それは今更なんだけどな。

 だからつい、苦笑いしてしまったのは仕方がない。


「そう何度も改まって言われなくとも、きちんとソアラさん達をお届けしますよ。……その、俺が言えたクチではないのですが、頑張ってください」

「はいっ! ありがとうございます」


 ふと、思うのは。俺もこんな風に見えていたのだろうか、ということだ。


 いや、ソアラさんを悪く言うつもりは微塵もない。

 ただ俺の行動を振り返ってみた時に、気まずくなるとおどおどして、曖昧に笑って、雰囲気が怪しくなると頭を下げる。……そりゃ、傍目から見たら嫌になるかなあ、なんて。


 すっかり(ぬる)くなってしまったスープをすすり、腹を満たす。それにしても、ソアラさんの活動を応援したいって変わった奴もいるんだな。世の中って解らないもんだ。

 あ……別に、ソアラさんの活動そのものを、否定するつもりはないさ。だけどさ? 教会所属をぶっちぎってまで外に出ていってしまうお転婆に、よく、支援したいだなんて言えたものだなぁ……、なんて。



 ま、いいさ。さてさて! 改めて大陸に向けて出る俺たちは、火の始末共々すっかり片付けをして、またエンマの背中に乗り込んだ。目指すのは、海の向こうにある未知の大陸。

 初の海外だ。わくわくしない訳がない。


 飛び立って三十分とかからない内に、俺らが暮らす島の最北端である海岸線が見えてきた。潮の臭いと風が強くなってくる。

 ふと振り返れば、エルド火山が左手にそびえ、昼夜関係なしに紅くたぎるマグマを今も燃やしている。

 黒々とした石木林はシルエットすら曖昧で、右手にはどこまでも広大な大地が広がっているのが見えた。


 雲の少ない空では、目に納めきれないほどの星空が広がっていて、視界の端ではすっと尾を引く流れ星が見えた。お! なんて、少し心が弾むと同時に、道理で吐く息が白い筈だと納得する。肌寒いから、星もよく見える。



 『島』と呼ばれるこの地でも、これだけ広いと感じるんだ。『大陸』だなんて、一体どれだけのものが広がっているのか、想像もつかない。

 俺のなかにある世界地図が急速に広がっていくような気がして、高揚に胸がどきどきする。



 静まるエンマの背中にて、やっぱり起きているミラさんがくすりと笑った。

 声に吊られて振り返れば、その長い髪を潮風になびかせている月光の女神がいた。陰る顔立ちは何時もよりも神秘的で、自由に漂う髪を暴れないように押さえる姿に、不覚にも見惚れてしまう。


「楽しそうね」

「あはは、すみません。眠れませんか?」

「まあ……そうね。でも気にしないで。生き物の気配がするところで、深く寝入らないのはいつもの事だから」


 いつもの事……。なんだか申し訳なくなってくる。

 そう言えば、ソアラさん達を運ぶときって、いつも夜間だよな……なんて考えたら、ふと、気になってしまった。


「それってやっぱり、ミラさんが暗殺者だから、ですか?」

「うーん……きっとね。そういう貴方こそ大丈夫? 私たちに構わず寝てもいいのよ?」


 話を変えるように尋ねられて、つい、苦笑いしてしまった。いや、話題を変えられた事自体には何も思わないのだが、俺が寝ていいかどうかはかなり悩ましいところだ。


「いいえ、大丈夫ですよ。それに、エンマが頑張っているのに、俺だけ呑気に寝てられないですよ」


 でも、心配頂きありがとうございます。そう笑って言ってやれば、ならいいんだけど、なんて溜め息をつかれた。何故だ。


「貴方は放っておくと、すぐ無理しそうね」

「まさか。そんな、出来ないことを頑張ってやる根性なんて、持ち合わせていませんよ」

「どうかしら? この前みたいに無謀なこと、してないって言い切れる?」

「あ、はは……。その節はご迷惑おかけしました」


 これ以上、この話題を続けるのはこちらが不利にしかならないだろう。つい、曖昧に笑ってしまうと、困ったものでも見るような、呆れ顔をされてしまう。こんな時ばっかり、月が明るい事を恨んだものだ。


 つい、無意識に頬をかいて、不快に眉をひそめた。潮風にさらされたせいでベタつく指が触れたせいだ。

 気まずさ共々振り払うように、上着の端でなすってしまう。が、また顔をしかめた。

 ……しまった、上着も似たようなものだった。地味に不快。

 一張羅の上着なのに……洗えばどうにかなるかな? なると、いいけど。



 こりゃ、俺の髪もごわごわになってるんじゃないか? 別にサラサラヘアーを大切にしている訳じゃないが、ベタつく髪なんて清潔感皆無だろ? 接客業やってて汚いなんて、見た目だけで客が逃げちゃうよ! 新天地なのに!


 ああ……どうしたらミラさんみたいなサラサラが保たれるのか、ちょっと気になる。

 早く大陸についてくれないものだろうか。早急に風呂に入りたいよ。


 ……まだ全然、大陸の欠片も見えないけれどな。

 

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