嫌な予感ほどよく当たる .3
ソアラさん達が希望したのは、エルド火山方面に向かった後に北西に抜けていった先にある大陸だった。
北西の大陸。
確か、多くの『国』がある大きな大陸だったか? こんな街しかない『島』なんかよりも、ずっとずっと広大な面積を誇っていたはずだ。
そこの内陸にある街や国ならば、島の港町ごときで出回っている話も知らないはずだと。知人のところで取り計らってもらうから、そこまでどうにかとお願いされた。
正直、希望的観測過ぎて本当に大丈夫なのか心配だが、そこにと頼まれた以上目指すしかないよなぁ……。
……エンマの背中で欠伸を噛み殺しながら、俺は時間が過ぎるのを待っていた。
辺りはすっかり薄暗い。周りの木々に遮られて見えづらいけど、そろそろ連山に月が差し掛かる頃だ。
眼下に広がっている景色からは、誰かが来ている様子はさっぱりだ。
時刻は深夜。夜間飛行も行けるとはいえ、やはり日中に昼寝をしておくべきだった。
最も、そんな暇は無かったけどさ。
……日中な。あの後滅茶苦茶大変だった。
なんで、過去形で話すかって、そりゃね。もうてんやわんやで物考える余裕もないくらいだったからだ。
ソアラさんからの依頼を受けて真っ先にエクラクティスに頼んだのは、エンマの潜伏場所についてだ。
まあ潜伏っつっても、居て不自然にならないところを教えてもらおうとした。それだけなのだが……。
エクラクティス自身は快く、というかむしろ、楽しそうにギルドの中を案内してくれた。丁度いい暇潰しだと宣ったのは、当人だ。
エクラクティスは俺とラズを引き連れて、ギルドの中を連れ回してくれた。もちろん見慣れない俺らの姿に、キラキラ冒険者達にはなんだか不思議なものを見るような目を向けられた。それも最初だけで、いつもの事だとエクラクティスの奇行にも寛大らしい。
……あれ? と。そこで一つ、可笑しくないか、と思首をかしげた。
確か深月君、一番初めに『厳ついおっさん共けしかけられた』って、言っていたような気がするんだけど。
厳つい……? ハンサムとかマッチョとかでなくて? うーん……解らん。
当人に確認したくても、何やら徒歩で遠征しているらしくて、こういう時に限っていないんだ。水臭いよな、言ってくれれば格安で乗せてやるのに。格安で。
慈善じゃない。もちろん今回のソアラさんからの依頼の回避――――げふんげふん。
いくつかの疑問や思惑に何度か首をひねっていたら、運の悪い事に、そのヒトと会ってしまった。
「貴方……! っ……ギルドマスター、そちらの子供は新人の冒険者ですか?」
そう。誰かって、先程入り口でお世話になったお姉様だ。今あからさまにわざと子供言ったよな?
俺一応、この世界の基準から見ても成人なんですけど。一応。じゃなかったら、酒飲めないよ? イクスカーロンはその辺りしっかりしていて、未成年にほいほい出してはくれない。
ただ、誉めよう。先程みたいに俺に因縁つける訳でもなく、さらりとごく自然にヒトのこと落として来たのだから。美人でも性格悪くてちょっとイラッとする。
舌戦ならば受けて立とう! そんな心づもりで前に出ていこうとしたら、逆方向にぐいと身体を引っ張られた。
「ぐぇッ……」
咄嗟の事に対処できるはずもなくて、潰れたカエルのような声が出た。一体誰が俺の襟首を抑えてくれやがった? なんて思って振り返ると、その腕の主はエクラクティスに他ならなくて驚かされる。
……えーと。何で俺の肩を抱いているのか、誰か教えてくれないか。
「この子が冒険者な訳ないでしょう?」
「うっ……!」
さらりとストレートに告げられた言葉に、俺は殴られたような衝撃を受けた。
……いや、間違っちゃないぜ? 間違ってないが……まるでその見込みはゼロパーセントって言われた気分だよ! 酷いよ!
ゼロはゼロでも『零』の方にしてくれよ、せめて!
「ならば――――」
「この子は僕の愛人だよ? 可愛いでしょ?」
「なっ……!」「そんな!」
驚いたのは、お姉様だけじゃなかった。何故か、周りからも悲鳴が上がった。
俺自身は驚きすぎて声を失っていた。
ついまじまじとその表情を見上げて、思わず呆れて天を仰いだ。そこにあったのは、言うまでもない。俺らの反応を丸ごと楽しんでいるような表情だ。『…………あ、こいつ確信犯だわ。質悪い』 って理解するのに時間なんていらない。
俺が白い目を向けているのにも気がつかず、憤慨したのは他でもない美人お姉様の方だった。俺に負けたことが余程悔しかったらしい。
「そう、ならば! マスターの愛人に相応しいかどうか、私が確かめてあげるわ!」
……驚いたことに、こんなところで宣戦布告をされてしまった。
その時に、むしろボクが下僕になりたいとか、兄ちゃんがこいつのものの筈がないでしょ、とか、近くにいたさわやか系イケメンのお兄さんやら我が義弟やら、あちらこちらから変なざわめきが聞こえてきたのは気のせいだ。どう聞いても気のせいだ。
大事な事だから、二回言った。
その直後に何が起こったか? ……思い出しただけでもぞっとする。
鬼ごっこ、って言えばかわいらしいけど、捕まれば『血祭り』は、果たして鬼ごっこと言えるのだろうか?
あれか? リアル鬼ごっ…………やめよう。ホラーになってしまう。
しかもさ。挙げ句の果てには、守られるだけではエクラクティスの愛人は勤まらない! とまで言われる始末。俺が全力で逃げ出したのは、言うまでもない。
あれ、おかしいな? 追われる立場にあったのは確か、ソアラさん達だったと思うんだけど?
『なあ、エクラクティス! お前のところの冒険者はどうなってる訳?!』 って問い詰めたけれども、事の原因は笑うだけだった。みんながそんなに歓迎してくれるなんて嬉しいなあ、なんて、的外れもいいところの爆弾発言を投下してくれやがったのだ。
最早不満も何もかもぶつけている場合でなくて――――と、いうかそんな暇もなく、エンマに飛び乗ったのは鮮明に覚えている。そっからもう、即座に飛んでもらおうと思ったのだが、ここからが大問題だった。
まず、飛び立とうとしたエンマに縄がかけられて、何コレ?! なんて驚いていたら、嫉妬に駆られたお姉様プラス、何故かイケメン風な……おじ様? 何処にいたのかは解らない。
ボディービルのようなこんがりと日焼けした逆三角形マッスルな……えーと、まあいいや。兎に角ムキムキなマッチョメン(意味不明)が六、七人ばかり、縄を引いてエンマの離陸を妨げていた。
その時なんか叫んだような気がするけど、正直覚えていない。『いや、これマズいって!』 みたいなことを、焦って口走ったような気がする。
あの時の俺は多分、火事場の馬鹿力でも出ていたんだろうな。
気が付いたら調理に使うノコギリ刃の断ち包丁で、必死に縄を切りにかかっていた。エンマにはどうにか上昇してもらおうとしていた。
その時は『大丈夫、いくら力強い冒険者とはいえ、ほんまもんの竜の力には敵わないから』 って、そう思っての指示していた。
けど。
まあ……まずは、縄ごと彼らを持ち上げながら、エンマは飛び立つ事が出来た。そりゃーもう、辺りに強風ばらまきながら飛び立ったさ。ちょっと、屋根の高さまで登ってもらって、ロープに捕まったまま揺られているヒト達に、諦めて貰おうと思ったわけよ。
飛び上がってしまえばみんな、その高さに驚いて手を離してくれる。そう思った馬鹿は俺だ。
でもな? よく、思い出してほしい。
俺、中途半端ながらもロープ、切ってたんだわ。切断出来なかったのは、どうせ俺が非力だからだよ!
んでな? ムッキムキなおっさん達の重量が、想像以上だったんだわ。
結果? ……聞きたいか? いらねぇよな?
言うけど。
要は中途半端に切れたロープは重みがかかるほどに綻んで、やがて、それほどの時間も経たずにぶっちん、千切れた。それだけ。
とはいえ、さすがの俺も真っ青だったと思う。やっちまった! ヤベえ! なんて、どうしたらいいのかも解らずに硬直してしまっていた。
お姉様もボディービル達も成す術無く落下していくわけなのだけど…………。
そこはほら、ファンタジー。風魔術やら何やら得意としている魔術に卓越していた傍観者だった方々が、そんな彼女達を助けてくれた。
それはよかった。流石に言いがかりつけられたとはいえ、そんな事で相手を怪我させただなんて寝覚めが悪いからな。
…………でも、ほっとしていられたのも束の間、だ。
当然ながら、何でこんなことになったのかを事を知らない者達は、お姉様方に尋ねる訳で。愛人がお姉様との間で三角関係に嫉妬して、飛竜で飛んで逃げようとしたから咄嗟に縄かけたらこうなった、と。
事の顛末としては間違ってないと言えばそうだけれど!? そもそも根本的な部分が違うから! 違うからー!
……って、思っていても、俺の弁解を聞いてくれる奴なんて居なかった。
あっという間にそれは周囲に伝わってしまい、そして、俺が男だからっていうのもあって、そのお姉様に嫉妬してしまうのも無理はないよなー、なんてとんでもない話になっていった。
ち が う か ら!
冗談でもやめてくれ!
だが最早、収拾なんてつく筈がなく、人垣の外れで大爆笑していたエクラクティスを何度呪詛ってやろうかと思ったことか。……出来ないけど。
で、どうしたかって? …………なんかもう、色々諦めの境地に入ってな。疲れたんだよ。
何も言わずに、俺はエンマに旅立ってもらう事にした。
ヒトの噂も七十五日。もう、暫くはこの街に現れまい。
「兄ちゃん……」
俺は黄昏ながら、出来るだけ何も視界に入れないように御者台の影にうずくまった。ラズに宥められても、これ以上へこむ心もない。
すり減りすぎて、心が平らになった気がする。何も感じない。
冗談にしても質が悪すぎだろ……。あり得ないくらい大勢に誤解されて、暫く立ちなおれそうにない。
そんな訳で、多分山寄りの街を出たのだと思うのだけど、ざわめきがまた妙に耳に届いた。やはりエクラクティスにとっては俺の方を選ぶのか、と。
……あーうん、そーだね。逢瀬でもなんでもないから。滅びろ。
「はあ~笑った笑った。なかなか面白かったよ」
そして何故か背後に聞こえる呑気な声。聞き間違う筈のない、事の元凶。
……そういやこいつ、自力で飛べるって言ってたっけ。あの時ほど誰かに『失墜しろ』 って願ったことはなかった。
くそっ! もうほっといてくれよ! 人の事を社会抹殺してそんなに楽しいかね!
「…………てめぇ、覚えとけよ」
唸るように、低く言ってやれば、やはりからからと笑われるだけだった。
「いやだなあ、ディオ君。そんなに恨みがましそうな顔しなくても、心配はいらないよ?」
「そりゃ、お前にしてみればな! なんで俺がこんな目に!」
「大丈夫、大丈夫。後でちゃんと片づけておくから。それにね、みんなの目をギルドから反らしてもらうために必要だったからさ、少しだけ我慢してくれると嬉しいかなあ、なんて」
「は?」
いやこいつ、何を言っているの? 訳が解らなくて、いぶかしんで振り返ってしまった。そしたら、困ったように笑うそいつがいて、なんで俺がそんな顔をされないといけないのか、理由を求めたい。
「いやね? やっぱりヒトを隠すならヒトの中。宵闇に紛れて動くよりも、余程見つかりにくいんだよね?」
「は?」
「つまりね、一先ずギルドから彼女達に出てもらう為に、手っ取り早く監視の目を反らさせてもらった、って話かな? ま、そもそも見てるヒトなんているのか知らないけど~」
「はあ?!」
早速の種明かしに、俺がそんな言葉で納得出来る筈もない。そんな理由の為だけに、俺は不名誉な噂をぶっかけられたっていうのか?
ソアラさん達が、無事に出られるように。それだけ?!
「それでね? ここから少し山側に行ったところに、丘って言えばいいのかな。ここら一帯を眺められるのに、緑が多くて隠れられる都合のいい場所があるんだ。そこに先、行っててくれるかな?」
ただ今度は俺らに注目が集まってしまっているから、街から少し離れたそこに待機していて欲しいと、地図を渡されながら言われてしまった。この場所で月が山岳から見えるようになるまでには合流するね、なんてへらっと添えられて。
それならそうと、そういうことは全部先に言ってくれよ! なんて。どっと、疲れが出て今に至る。
なんだかな、全部謀られた気がしてならない。
ああ、そうそ。
俺の噂は後で揉み潰しておいてあげるから。なんて、信憑性も誠意のかけらも感じられない、あのへらりとした笑顔で告げてエクラクティスは去っていった。そして今に至るのだ。
あいつ、今度絶対辛酸なめさせてやる。絶対だ。
さておき。
「ふあ……あぁ、…………眠いな」
ああ、ついに欠伸が出てしまった。あと五分もこうして待っていたら俺、本気で寝そうなんだけど。
「ディオ兄ちゃん、少し寝てていいよ。僕が起きとくからさ」
「いいよ。だって、あと少しだろ? 大丈夫」
「全然大丈夫になんて見えないよ……もう!」
なんてラズには強がったものの、本気で瞼が重い気がする。うつらうつら船を漕いでは、その眠気を振り払おうと首を振る。
それを、どれくらい繰り返した事だろうか。
「兄ちゃん、起きて。あれ、何だろう」
「ぅあ? あ……わりぃ、寝てたのか、俺」
不意にラズに身体を揺すられて、俺はぼんやりとする視界をどうにかしゃんとさせようと目をこすった。しょぼつく視界は変わらなかったが、どうにか示された方へ視界を向けた。
何が揺らめいているのだろう?
藪の向こうに見えた、ちらちらと揺れる光はまるで、松明でも燃やしている灯りに見える。
「寝てたなんていいよ、どうでも! あれ、沢山のヒトだよ。僕たちを捜してるんじゃないかな」
「え?」
どういうことだ? なんで、そんな事になってるんだ?
事態が解らなくて、パノラマを見回してみる。
ゆらゆらと揺れている光は、一つや二つではない。数えるだけでも十以上見つけられた。それが方々に散って、眼下の平野やこの辺りにいくつもある丘の中をさ迷っていた。
「どういうことだよ……」
状況が解らなくて、つい、そんな言葉がこぼれてしまう。
あれは、先の騒ぎの元凶扱いになっている俺を捜しているものなのか、あるいはソアラさん達を捜しているというものなのか。
まあどちらにしても、言えることはただ一つ。招かざる客であるだろう、ということか。
逃げようにも約束の時間が近い以上、あの光に混ざってソアラさん達が近くにいるかもしれなくて動けない。それに、動くことでかえって合流場所を知らせてしまう事になるのかもしれない。
どうしよう。こういうときの危機回避の方法が、全くもって出てこない。
いや、待て。今のおかしい。
「ラズ、俺らを捜しているって、なんで解るんだ?」
「……解るよ。だって、さっきの女のヒトもいるもん」
「え、ピンポイントでそのヒトだって、解るんだ?」
「解るよ! あんだけ兄ちゃんに噛みついてきたんだ。あんな危ない人、解らない筈がないでしょ?」
「…………さよけ」
何、その謎センサー。
いや、そんな事はよくてだな。エクラクティスが愛人だって宣言したこと、そんなに怒ってるのか?
何だか目眩を感じて、呆れて空を仰いだ。誤解もここまで来ると、訂正する気も失せてくるのだが。
めんどくせぇ。心底めんどくせぇ。
どうしたものか、なんて、肩にずっしりと重みを感じたような気がしていたら、ふと、その視界が狭まったような感覚があった。視界が狭まった、というよりは、視界を占める夜空の面積が減った、ような?
「え?」
いや、違う。周りの木々が、植物が、風もないのにざわめいたかと思うと、いっせいに目に見えて伸長成長し始めていた。
え、え? なにこれ? どうなってるんだ?
「兄ちゃん、あれ!」
ただ、この現象が起こっているのは俺らの周りだけではなかったようだ。
ラズに促されて遠くに目を向ければ、辺り一帯、松明の光が散らばる丘や平野中でも、植物たちの成長が一斉に起こっていたのが一瞬だけ見えた。
そう、一瞬だけ。
気がついた時にはもう、俺らのいるエンマが隠れられる分だけのゆとりを持った『森』になっていた。瞬く間に天井にぽっかりと穴が空いているだけになって、今ので一気に眠気が吹き飛んだ。
ポップアップした、森。とでも言えばいいのだろうか?
絵本じゃないんだから。どんな仕組みだ。
ぱちくりと、また、我が目を疑ってまばたきしてしまう。
俺らはまた静寂に包まれた。
閉塞された直後は幻視のように目が眩んだが、ずっと暗闇に居たお陰で、俺にもある程度周りが見える。その事に、少なからずほっとした。
遠くの方で動揺した叫び声が聞こえた気がする。うん、気持ちは解るよ。
「何だ、これ?」
「解んない。でも、魔術が使われたのとは違うみたい……」
魔術じゃない? そんなことあり得るのか?
まあでも、そのところでラズを疑うつもりは微塵もない。
「……そうか。なら、人為的ではないのかな」
不安そうに辺りを見回す背中を宥めるように叩いてやりながら、同じく周りに目を向けた。
鬱蒼とした森にしか見えない。いきなり森に囲われるなんて、普通ならあり得ない現象だろう。
まあ、流石に森の中までは見えないけれどさ。
ぽっかりと口を開けた樹冠から、月明かりがわずかに差し込み明るい。明るい夜だな、なんて改めて実感する。同時に自分の身に起こったことが信じられなくて、ひやりとした汗が背中を伝った。
森の中に立った時のような、何処と無く湿った土の香りがする。それを含む風が柔らかく渦巻いていて、さわさわと、梢を揺らした。
風の音だと解っていても、びくりと、無意識に感じた緊張に身体が強張ってしまって思わず苦笑いした。
直後、がさがさと再度聞こえた草の音に、今度こそ飛び上がるかと思った。
ドキドキしながら今度は何だよって耳を澄ませたら、こちらに向かって草を踏み分ける、さくさくという音がはっきりと聞こえてしまった。
今度こそ本当に、緊張に息が詰まった。




