嫌な予感ほどよく当たる .2
一晩なんて時間は矢のように過ぎ、あっさりと夜も明けた。
最高の宿。最高の風呂。伊達に高い料金巻き上げてくれだけはある。
夜と朝についていた食事も、申し分なかった。……正直、《黄色の蝮》で出される食事の方が、個人的には味が好みだけどな。
そんな幸せな時間ってやつも、後に詰まった用事が用事なだけに、途中からどれも灰色に塗り込められた気分だった。胃のあたりが重くなって仕方がない。
子泣き爺にソアラさんの相乗コンボなんて、ホント憂鬱。山寄りの街を目の前にして、踏み入れられずに深く溜め息をついてしまっていた。これではいけないと、首を振ってエンマの手綱を握り直す。
「ディオ兄ちゃん、そんなに嫌なら行くのやめようよ……」
そんな俺を見かねたから、ラズはエンマの背中から声をかけてくれたのだろう。けど、その優しさが刺さってくるから不思議だ。荒んでんのかな、俺。
「大丈夫だよ、ラズ。行こうか」
我ながら、困った笑い方していると思う。だから次に来るであろう言葉を押さえ込むように、さっさと歩き出した。
目の前に立ち並ぶのは、俺らの街と大差ない風景だ。
道がある程度整備されているところを見ると、そこそこ大きな街だと言える。まあ、出入り口に誰も立っていないところを見ると、冒険者の街として間口を開いている、中継地点の街なのだろう。
建物の大きさは大体、三階建てがあるかないかってところか。ここからエクラクティスのギルドを探すのは骨が折れそうだ。
人通りも街の中心に向かうにつれて賑やかしい。
エンマを邪魔そうに見やがった奴は、一先ず呪われろ。ちゃんと手綱引いてるだろ! ……うん、ダメだな。こんな俺はよくない。一度気持ちを切り替えるべきだ。
さて。街を貫く大通りに沿って歩いていけば、明らかに冒険者と解る風貌のおっさん達が増えてくる。うん、まちがいなくこの先にあるのだろう。
何と言うか、ギルドマスターの影響ってあるのかね? レバンデュランのギルドには比較的いかつい筋肉達磨みたいな冒険者が多かった。
だけれども、ここはどうだろう。
……その、屈強さは控え目で、すらっとした美人が多い……気がする。女の人が多い。女性冒険者って、実は結構いたんだなぁ……なんて。
野郎の冒険者らしき姿を見かけても、やっぱりそこそこ顔が整っている。
はっきり言おう。肩身が狭い!
え、お姉さま方まさかエクラクティス目当てですか?! え?! ウソだよな?! あいつの本性、みんな知らないの? でもシャラさんの口振りから察するに、子泣き爺が使えないギルマスって公認なんだとばかり思ってたんだけど!
大混乱起こした俺は、その場の居づらさも手伝って、逃げるように道をひたすら進んだ。
も、やだやだやだ。初めての街でこんなにも街中散策したくないって思った日はない。あちこち何かきらきらしている気がして、眩しくて視界が滲む。泣いてない。
なんで深月君はこんな街を拠点にして、嫌にならない訳?!
やっとの思いでギルドの建物を見つけ出した。そこに、転がり込むようにして扉を開けた。
「エクラクティスいるか?!」
ただ、うん。俺はとても混乱していたんだ、という事にして欲しい。故に、受付嬢のヒトが何か言っているのも解らないくらいに硬直してしまった。
理由は単純だ。俺は最大の過ちを二つ犯してしまった。
一つ、仮にもギルドマスターを思いっきり呼び捨てにしてしまい、さらにはバカみたいにそれを大声で言ってしまったこと。
二つ。
「ディオ兄ちゃん手綱、手綱! エンマの手綱離してあげてっ」
自分でも言われてびっくり。エンマの手綱をこれでもかって握りしめたまま、建物に駆け込んでしまったのだ。お陰で、エンマは名一杯身体を反らして、建物に入る意思はないとアピールしている。
「あ……悪い」
慌ててその手を離せば、呆れたように手綱が回収されていく。
ただ、それだけでは終わらなかった。何よりも不味かったのが、一つ目だと知る。
「あのねえ、そこのぼうや?」
後ろからかかった声に俺は、びくりと身体が跳ねた。恐る恐る振り返ると、エンマの脇を抜けてきた、それはそれはキレイなお姉さまがいらっしゃいました。
声はとても艶っぽくて柔らかいのに、目が全く笑っとらんです。怖い。
「誰のお使いで来たのかは知らないけれど、駄目でしょう? ギルドマスターを呼び捨てにしちゃ」
「え? あっ……」
威圧されたのだと、遅れて知る。
ってか、あのちゃらんぽらん、何気にギルドマスターとして人気あるのね。じゃなかったら、俺がこんな目に会う筈ない。……不人気なのはジジイのところだけ、か?
まあ、いいや。今はそれどころではない。
「あ~……その、ごめんなさい。俺はここに『エクラクティス』ってヒトに直接呼ばれて……」
一先ずここは、謝っておくのが吉。下手に出ればなめられかねないけれど、エクラクティスにさえ会えてしまえばこっちのものだなからな。
「あいつがギルマスって知らなかったんだ。それで、えーと、すみませんでした」
言い訳も何もかも思いつかなくなって、とりあえず謝っておいた。そうじゃないとシバかれるような気がしてならなかったからだ。
入り口で飛竜つれて立ち塞がっている俺らはかなり迷惑だよな。さっさとこの場を去るに限る……!
「それじゃあ俺はこれで失礼しますね」 なんて、軽い会釈を残してエンマを見上げた。当然、ラズに声をかける体を装って、だ。
「ちょっと話を通してもらってくるから、待っててくれるか?」
「兄ちゃん、僕も行くからちょっと待って!」
なんで装ったかって、お姉さまともうお話しする事なんてありませんよ? と、単にそれを表現してやりたかったから、だけ。確かに美人と世間話なんて光栄だけれども、絡まれるのは嫌だ。その理由がエクラクティス絡みなんて、尚更だ!
「解った解った。早くしなよ、只でさえ待たせているだろうからな」
まだ何か言いたそうな姿を視界の端に捉えながらも、俺の知ったことではない。『エクラクティスを待たせているから急いでいる』 と暗にそう言ってやれば、このヒトもむやみやたらに絡んで来なくなった。
有り難いことではあるのだけれど、どんだけあいつ、慕われてるんだ?
何かあった時の後が怖くなってくる。妙な言いがかりつけられて、体育館裏ならぬギルドの建物の裏に連れていかれなければいいけど。
エンマには悪いけれど、入り口前で待ってもらう事にした。既に大分注目を集めてしまっているんだ。今さらその視線にびくびくしてとんずらするよりは、神経図太く、大手を振っていた方がいいだろう。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
改めてギルドに足を踏み入れると、総合窓口のギルド受付嬢は嫌な顔をすることなくお出迎えしてくれた。
顔面偏差値? 勿論高いが、そんなのはお約束だろ? 改めて言う必要ない。強いて言うなら、シャラさんには劣るヒューマンの受付嬢だ。きちっとまとめあげた赤毛が美しい。
「すみません、俺はディオって言います。こちらのギルドマスターに頼まれた運送屋なのですが、取り次ぎお願い出来ますか?」
「はい、畏まりました。少々お待ちくださいませ」
キレイな一礼。そしてエクラクティスが居るのであろう奥へと消えていった。
その背中を目で追い、素敵笑顔の余韻に和みながら、俺は「よろしくお願いします」 なんて、丁寧さを上乗せしてやる。
俺の背中には、ちくちくとした視線を感じるが、そんな些細な事は無視だ。後々俺の客になるのかもしれないけれども、その時はその時。きちんと謝罪でもしよう。
俺の癖に偉そう? 知ってる。
でもさ、大体さ? エクラクティス当人が気にしても居ないことで、何でそこまで絡まれないといけないのか。誰か教えてくれないか。
「ディオさん、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
なんて、一人で何かに勝利したような気分になっていた俺は、もっと大切なことがすっぽりと抜け落ちていた。
案内されるままに階段を上がって、先を行く受付嬢さんが軽くノックする。
「マスター、ディオさんをお連れしたした」
「どうぞ入ってー」
うん、相変わらず気の抜けた風な声だ。
扉の前を譲られて、それでは私はこれで、と、彼女はまた一礼した。去っていくその背を今度は見送らずに、扉のノブを掴んでやる。
途端。
「失礼しま――――――痛っ!」
「やあディオ君、遅かったね!」
俺が押し開けるよりも先に、ぐいっとノブに引っ張られた。掴んだままだったせいで、なし崩し的に前へと投げ出された訳なのだが……。
このくそ野郎はくそ野郎で、いつもの抱きつき体勢だったらしい。俺はそのたくましい胸筋の壁に、顔面をぶつける羽目になるのだった。いってえ!!
くっそ! だから何で俺の方が負けるかな!!
っていうか、いい加減にしてくれくそったれ! 鼻歪んだらどうしてくれるんだよ!
「あ、ごめんごめん。大丈夫? ディオ君。そんな所にいるとは思ってなかったよ」
「………………お前さ、本当に欠片でも悪いなって思うならさ、飛び付くの、止めてくれないか」
「あははは。いやだなぁ、こんなの挨拶だろう?」
頭上から降ってきたこの声に、俺は俯いたまま顔面は無事かそっと手をやった。ズキズキする。凄く痛い。鼻血が出てないだけマシと思うしかない。
やはりここの街の常識は、俺の知る常識の外にあるようだ。ここは海外。だとしても、タックルをハグと言うには無理があるけどな。
ぽんぽんと、宥めるように降ってきた手が鬱陶しい。
まあ、大海原のように広い俺の寛大な心を持って、こいつを許そうじゃないか。今度教会にでも行って、神職者を目指そうかな。丁度お誂え向きなコネもこの場にいる訳だし。
……なんて。
「あ、あのディオさん。本日はご足労頂き、その、すみません。ありがとうございます……」
俺がクソどうでもいいこと考えているところに、ケット・シーのソアラさんはおずおずとやってきた。相変わらずその姿は飼い猫にしか見えない。
伺うような上目遣いはわざとだろうか? つい、猫っ可愛がりしたくなる。もふもふ触りたくなる。
って、相手は『淑女』だぞ。アホか。
ぱっとその向こうに目を向ければ、ソファにてお茶を楽しむミラさんに「お久しぶり」 なんて笑顔を向けられ、そのソファの片脇に立つパズクさんに会釈された。
なんでこのヒトお客様の筈なのに立たされてんの、なんて突っ込みは余計だろうな。多分。
「いいえ……こちらこそ、ソアラさん達にお会いできて嬉しいですから。あの後、お変わりありませんか?」
邪念を振り払いつつ、営業モードに切り換える。
エクラクティスに悪態をついていたのに、きちんと笑えている自分が少し嬉しい。やっと最近、『商売人』らしくなれてきたんじゃないかって思うんだ。
なんか近くで「ディオ君、僕との対応違いすぎない?」 なんて空耳が聞こえたような、気のせいのような。
「は、はい! 私の方はお陰様で…………。その、ディオさんの方が、あの後大事なかったですか? ろくにお礼も言えないままだったので、気になってて」
あ……、あ~まあ、確かにそうだよなあ。
あのぶん投げられた後。全身打ち付けて潰れたカエルに早変わりしたのは話したと思う。
身動き取れなくなった俺の代わりに、ラズとエンマはシャラさんを拐うようにして帰ってきた。当然、ソアラさんと俺は話していないし、正直打撲と鼻血が酷くてそれどころではなかったっけ。
「あはは、その節は何も言わずにすみません。ちょっと身体打ち付けて身動きとれなくはなりましたけど、後はそんな――――」
「あっ、いえ、その……」
だからそれを思い出して、つい、苦笑いして頬をかいたら、あわあわと手を振られてしまった。
「勿論お怪我も心配でしたけれど、それよりも、誰かにつけられた、なんて事はありませんでしたか? 女装していたから多分、そちらは大丈夫だと思うのですけれど…………その、万が一って事もありますから……」
「え?!」
驚きすぎてつい、その表情をまじまじと伺ってしまった。
あれってそういう意味もあったの?! はじめて知ったんですけど!
ずっと、ただの嫌がらせ――――じゃなくて、ソアラさんの男嫌いの為だとばかり思っていたよ!
「その……説明をきちんとせず、すみませんでした。よくよく考えてみれば、シャラさんには全てお話したのですが、ディオさんにはしていなかったと、後から気がつきまして……」
誰かに、本当に気がつかれていたりしませんか? なんて、心配そうに聞かれて、「ああ、ええっと……」 なんてつい、視線を反らしてしまった。
心当たりが無いわけではない。
「あったんですか?! どなただったか、解りますか?!」
言葉にしていないと言うのに、あっさりと察してしまったらしい。ぐいぐい来るソアラさんに押されてしまって、しどろもどろに答えてしまう。
「いやさ、あの変な野郎が街帰った後に現れたかなー、なんて」
「……まさか、セレネ?」
即座にその名を挙げてくれたのは、他でもないミラさんだ。
そういやあいつ、そんな名前だったっけ。頷けば、今度はミラさんがすっ飛んできた。
「本当に大丈夫だった? 変なことされてないかしら」
ぺたぺたと頭とか腕とか触られて、一瞬思考回路が停止した。直後に、一瞬で顔に熱が集まったのが解って、慌ててうつむきその手を掴む。
「あの、ミラさん。特別何かあった訳じゃないから……その、勘弁して下さい」
動揺を隠しきれずに、それだけやっとの思いで絞り出す。
「ディオ君、顔真っ赤だよ?」
「うっさい!」
案の定、面白がっているとしか聞き様のないからかいの言葉。エクラクティスに、俺は噛みついた。
どうせ俺、そういう心配のされ方した経験ねぇよ! 今までの人生であるとしたら、多分、店に居たときによく面倒を見た奴隷たちくらいにしか覚えないよ!
そこ! 『ぷっ……可哀想。乙』 じゃねえ!
こういう時、どんなリアクション取るのが正解なのか、誰か教えてくれ。
第一これ、あからさまに子供にする心配だよな?
……なんつーか俺、そんなに一人の『男』に見えない? 泣けてくるのだが。
「ああ、ごめんなさい。大事ないならいいの。それに……あいつなら多分、滅多な理由さえなければ関わってこないもの」
「滅多なこと?」
席に通されながらつい首を傾げると、珍しく毅然とした態度が崩れて苦々しいものに変わった。
もしかして、言っていいものか躊躇うような内容なのか?
俺らが座ったところで、ミラさんは頷いた。
「ええ。……あいつ、王都の王室が抱えている暗殺者だから。貴方が『国』や『街』に影響与える立場の者でなければ、合間見える事はないと思うわ」
「ええ?!」
……あいつ、あんななのに実は凄かったのか。ヒトは見かけによらな――――あ、似たようなのがここにも居たな。
ギルマスに見えなくて、実際周りに無能のレッテル張られているギルマスが。
っていうかなんでミラさん、そんな極秘事項らしき情報知ってるんだよ。俺はその方が怖いんですけど。
それって秘密を知ったからには生かしておけない、云々な展開にならないよな? ならないよな?
……ならないって、信じてる。うん。
さて。いつまでもこんな世間話している場合でもないだろう。
「それでソアラさん。本日の用件をお聞きしてもいいでしょうか?」
「あっ、は、はい! あのですね、実は、頼まれて欲しいことがありまして……」
うん? なんだろう。デジャヴなこの感じは。やっぱり面倒事かあ、なんて。
いやいや、まだそうと決まった訳じゃないよな! 決め付け良くない! だから笑え、俺!
「何でしょう?」
「あ、あのですね、隣の大陸までの密航をお願いしたいのです」
「はあ?! 密航?!」
返ってきた言葉が斜め上を行き過ぎていて、つい、声を荒げてしまった。
え、なんでそうなった? それを言うなら普通に大陸間移動だろ?!
さらっととんでもないことを口にしたソアラさんは、俺のリアクションに狼狽えてしまう。
「ええと、実はですね。話せば長くなるのですが……」
「簡潔にお願いします」
「ははい! その、私が教会から乖離して巡礼を行っていたのは、もうご存知だと思います」
「あー、まあ……そうですね」
直接聞いた訳じゃないとはいえ、もう彼女の中では知れているという認識なのだろう。曖昧に濁すことでもないかと諦めて、頷く。
「あの後、順調過ぎるくらいに巡礼は行えたんです。ですが……同時に、有らぬ噂が立ってしまいまして」
「有らぬ噂?」
「はい。……その、私が出来る祝福というのは、光と豊穣――――つまり、大地の恵みに大きく関わるんです。そして、私が踏破した跡地には緑が萌える、そう喜ばれていたのです」
「そうですね」
「その私が…………外の大陸に行って、果たして祝福が続くのだろうか? 私が大陸から離れた途端、祝福という加護が切れてしまうのではないか。そんな不安に駆られてしまった方々に、私の出港を差し止められてしまったんです」
「ええ~……」
うーわ。またなんつー言いがかりされてるの、このヒト。
「それは、事実ではないんですよね?」
「それは勿論です! 私が行っているのは、少しばかり植物や地力の助力をしているに過ぎず、常に大地に私が影響を与えている訳ではありませんから」
きっぱりと言い切るソアラさんの表情からは、誤解されたことを悲しんでいるというよりも、やっぱり怒っているような気がする。
自分は、少しでも沢山のヒトを助けたいだけなのに。多分、そう言うことなのだろう。
「差し止められているって、船なり何なり、交通手段を出してもらえない、ということですか?」
「はい。特に、外海に出る手段は根こそぎ手が回り結託されてしまいまして……」
つくづく面倒事を抱え込むヒトだなぁ。
仕方がないと言えばそうだけど。
これで俺の方がやっかみ買うのは、凄く嫌だなぁ……。
でもそれを言ったら、まーた女装させられるのかね? うーわ、もっとやだ。
「ディオさん、お願いします! 私には、貴方を頼る他にないのです!」
がっと、俺の手を掴むソアラさん。
あれ? このヒトいつの間に、俺に触れるくらいに慣れたんだ? ……いや、それだけ必死すぎるのかね。自分の苦手よりも、彼女の志のほうが勝ると、そう言うことか?
「あ、は……ええと…………」
いかんいかん、危うくソアラさんの勢いに飲まれるところだった。協力するのは吝かではないけれども、今度はそうはいかないさ。
「ソアラさん達を島の外に運ぶこと事態は、何の問題もありませんよ」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
ぱっと輝いたその表情を曇らせるようなことを言うのは、本当に気が重い。だけれども、こればっかりは言わないわけにいかなくて、ただですね、と切り出した。
「どうしても、不安があります」
「不安……そうですよね、場合によってはディオさん達のお仕事に差し支えてしまいますよね……。エクラクティスさんに匿って貰わなければ、今の私達ではそこらの街をうろつくことさえままなりませんから」
えっと……それ、指名手配犯より酷くないか?
なんてこと、言えるはずがない。
「なあエクラクティス、ソアラさん達がここにいることって、どれくらい周りに知られてるんだ?」
だからつい、座りもせずに脇にいた姿を見上げれば、きょとんとした表情が返ってきた。
「周りに? さあねぇ? 僕は特別、何かを彼女達にした訳じゃないからねぇ。ちょっと小耳に挟んだ冒険者が困ってるらしいからって、ここに招いただけに過ぎないよ」
うん、安定して適当だわ。
多分謙遜なんかじゃなくて、本当に何もした覚えがないんじゃないかと。
意識しないで困ってるやつに手を差しのべられるって言えば聞こえはいい。けど、何の考えなしに厄災拾っているって言えば、途端にろくでなしに聞こえるから不思議だ。
「何もしてないなんて、とんでもないです! 同業者である冒険者の方々にまで追われる始末だったところ、助けて頂いたこのご恩、大したことない訳がありません」
「あはは! ソアラ君は大袈裟すぎるよ?」
へらっと笑っているけれども、それって結構『大したこと』だよな? なんでこいつホント、無能なんて言われてる訳? 意味が解んないよ。
ま、いいや。
「ヒトに知れていないならいいんだ。それなら闇に紛れるなりカモフラージュするなりして、連れ出せばいい話だよな」
一人、方法を思案して呟けば、そうだねぇ、なんて気の抜けた同意が返ってくる。……もう少し緊張感持てればこいつ、無能だなんて言われる事なくなるんじゃないか? 知ったことじゃないが。
「けどソアラさん? ソアラさん達がその新天地に行ったところで、同じような事ってあると思います。同じ事が繰り返されたとしても、ソアラさんは巡礼を続けようって思うんですか?」
「…………ディオさんの仰りたい事は解ります。でも、それ以外に、私を突き動かす衝動も目的も、ありはしないのですよ」
何となく、これだけは聞いておかなければならない。そんな想いから尋ねれば、強い意思に満ちた視線が真っ直ぐに俺を捉えていた。
なんか、眩しいな。
つい呆然と見返したあと、不意に可笑しさが込み上げてきた。俺が心配したところで、このヒトは自分の信じた道を行くんだろうな、なんて。
何というか、心が苦い。一つの目標に努力し続けられる姿が眩しくて、痛い。でも俺は、それに気がつかないフリをした。
「変な質問してすみませんでした。お話、承りました」
「ディオさん……! ありがとうございます!」
さて、彼女の為にも真面目に計画を練らないとな。
いや、違うな。
俺らに火の粉がかからないように、それが正しいところさ。残念ながら、ね。




