嫌な予感ほどよく当たる .1
(旧題:理由)
ワイバンの玉子や積み上げたおっさんたちは青髪にすっかり任せてしまい、俺らは早速エルド火山近郊の町に飛んで行った。大きな町を上空から探して、同じく上空から温泉宿に目星をつける。そこから宿泊までこぎつけるまでに時間なんてかからなかった。
久方ぶりの温泉というのは、至福通り越して極楽だった。天昇するかと思った。マジで。
これが純和風ならさらに文句はなかったが、生憎、ヒノキ風呂なんてものはない。どちらかと言えば、ローマの風呂に近いと思う。周囲にぐるりと石壁が巡らされている、温水プールって言えば伝わるだろうか?
平たい顔は俺くらいかもしれないが、な! 広い湯船には様々な人種がいて、見ているだけでも楽しかった。
温水プールみたいでも、温泉であることに変わりなかった。ラズはさっぱりダメだったけれども、この充満している硫黄の臭いでさえも、俺の気持ちを向上させてくれる媚薬のようだった。
一瞬、本気で浴衣らしきものつくってみようかなー、なんて思ったくらいだった。流石に浴衣の型紙知らないけど。でも作りたかった。
――――だった。た。つまり、過去形。
「なんでお前ここにいるんだ?」
ラズはとっくに逆上せたせいで、ここにはいない。多分、部屋で休んでいるはずだ。お陰で一人でのびのびと温泉に浸かりまくるだけ浸かりまくって、ほかほかに茹で上がって上機嫌だった。
だった。またまた過去形。
だから俺は、不機嫌にそう告げた。先程までのルンルン気分もどこ吹く風だ。
「やあディオ君、久しぶり~!」
エントランスとも言える待合所にあった姿は、いつぞやの子泣き爺こと某街のギルドマスターやっているらしいエクラクティス。どっかりとクッションが柔らかいソファに沈むように座り込んで、こっちこっちと手招きしやがる。
面倒事が嬉しそうに諸手を上げて寄って来た。ってか手招きしてるよ。……なんて、げんなりしてしまう。
っつか、どっから俺らの居場所を嗅ぎ付けたんだよ。
聞きたいことは色々有りすぎる。けど、一先ず遠距離で話すことほど迷惑行為はないのでそちらに足を向けた。
予防線として、待合室にいくつもあるテーブルを、二つほど挟んで足を止めたのは言うまでもない。
……だって、湯上がりのところに飛び付かれたくないし。冒険者は見た目が小綺麗でも基本汚い。風呂にあまり入らないから。入れないから。
あと、ここで尻餅つかされたくない。せっかくの風呂上がりに、いろんな奴が土足で出入りしている所に押しつけられるって、どんな罰ゲームだよ。
だから。
「…………何の用だよ」
自分でもびっくりするくらいにうんざりしている声が出た。こいつとの接触なんて、深月君の研修以来だというのに、よっぽど俺の中では悪印象だったらしいな。
…………うん、こいつの元で未だに冒険者やってる深月君が凄いよ。尊敬する。
「いや~、そんな言われをしてしまうと、なかなかに傷つくなあ」
「ウソつけ」
むしろ、ネズミが懸命に威嚇しているのを、面白そうに嬲るネコの気分だろ。片目をつむって疑う視線を向けてやれば、嫌だなぁなんて、からからと笑うばかりだ。
「今日はさ、レバンデュランのところで仕事出来ない君に、いい話を持ってきたんだ」
うん。なんか、前にも同じような誘い文句を受けたような気がするのだが。
俺の内心なんて知ったことないと言わんばかりに、子泣き爺はずいと身を乗り出してくる。
「提案なんだけどね? 君の次の拠点にさ、うちに来たらどうかな?」
「は?」
言われた言葉が予想外過ぎて、俺はぽかんとしてしまった。多分、ものすっごく間抜け面晒していたのだろう。くすくす笑われて、漸く言葉の意味を咀嚼しはじめる。
「……まさかと思うけど、仕事の斡旋に来たのか?」
「うん」
「あんたが? わざわざ?」
「そうだよー、君の輸送は使えるからねー」
すごく、嘘臭い。
「…………本音は?」
「そりゃ、暇だったからに決まっているだろう? それに、君が来れば面白いものが見られるし?」
うーわ。なんだそりゃ。そういうのは思っていても黙っていて欲しい。
いや、聞いたのは俺だけどさ、言い方ってものがあるだろう。
そして忘れていた。こいつは空気なんて読まないんだった。聞かれたから、そのまま答えた。そんな感じ。
ってか、ギルマスに暇とかあるんだ。驚きだわ。ああ、オーバーキルのギルマスになんて使い道ないって事か。なるほどな。
脱力してしまうって、こう言うことかね。正直、めんどくさい予感しかないが、食いぶち稼ぐにはそれが一番手っ取り早い。実際、ここの宿代が結構バカにならないんだよなぁ、なんて。
………………うん、仕方がない。ほんっとーに、やむを得ない!
世話になるしかない、か。背に腹は代えられない。人間、諦めって、大事だよな。
「……解った。お世話になります」
第一、仮にもギルドに商人登録しているようなもんなんだ。正当な断る理由がなかったわ。
頭? 下げるわけがないだろ。こいつに下げる頭なんてないって事もあるけれど、ぺこぺこするとまた青紫に睨まれそうだからな。
「で、行くのはいいけど、明日からでもいいか?」
宿代はもう『宿泊』で払っているからな。キャンセル効かないし。温泉利用のみよりも圧倒的に高い金払ってるんだ。今から向かう、なんて選択肢は有る筈がない。
「ああ、僕は構わないよ。彼女達に取り合えず、君が来てくれるって事くらいは伝えといてあげるからね。心置き無く泊まってきなよ」
「え? 彼女、達……?」
え? どういうこと?
なんでそんな、俺が今すぐ行かないことで少々弊害はあるけれど、自分の知ったことではない、みたいな言い方されているんだ?
「そ。西の王都の冒険者だよ。君と面識あるみたいだったけど、心当たりないかな?」
「うわ」
王都の冒険者っつったら、一組しか知らないぞ。思わず出てしまった言葉は不可抗力だ。
「……で? その冒険者が、何の用だって?」
「頼みがあるんだって。良かったね、早速のご指名だよ?」
エクラクティスはのほほんと言うが、面倒事が二乗どころか五乗くらいされた気がする。なんでこんな、只でさえ厄介な奴が厄介事運んでくるんだよ。
類友? 類友なのか?
何と言うか、溜め息しか出てこない。
また面倒事頼まれるのか……。嫌だなぁ………………。
ソアラさん達には悪いけれど、俺の中ではワーストランキング入っちゃうレベルの嫌な記憶だよ。
だってさ? 女装させられるわ、変な野郎には絡まれるわ、ラズとエンマにはキレられるわ、ぶん投げられるわ、挙げ句の果てには野郎に男ってバレるわ。……俺の人生終わってもおかしくないことが怒涛のように起こったんだ。いい記憶になる筈がない。
……むしろ、野郎に女装がバレて、よく俺、社会的抹殺されなかったよなぁ、なんて。
はあ………………ホント、溜め息しか出ないよ。
「じゃ、明日。僕のギルドで待ってるからね」
そして、自力で来い、と。いいけどな。行ってやろうじゃん。
「ああ、解った。仕方がないから行ってやるよ」
「あはは、なにそれ。面白いね」
くっそ、俺は何も面白くないけどな!




