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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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《番外編》 陰日向 *

補足的、加筆エピソード

 

「リベラ。よくよく考えておくといい」


 簡素な小屋の主に向けて、その男は言い放って背を向けた。扉の無目に頭をぶつけてしまわないように、身体をかがめた拍子に束ねた長髪が揺れる。

 頭頂で一つに結ばれた群青の長髪は、腰まで届くほどに長い。その下のマントには、銀の八亡星の上に蕀を巻いた剣のエンブレムが見え隠れしている。


「そうは言ってもね、にーさん」


 淡々と言うことだけ言って立ち去ろうとする背中に、小屋の主は解りやすく溜め息をこぼした。部屋の端にひっそりとおいてある足の高いテーブルに腰かけて、面倒くさそうに腕を組む。


「貴方ほどでないにしても、私とて随分とこうして長く生きている身だよ? 改めて言われなくとも、願い出の意味は解る。けれど私が他の者の魔力の多いところに留まれないって、にーさんも十分に知っているだろう?」

「……お前がただでさえ魔力を持て余しているのは解っている。だからこそ、抑えきれない魔力を垂れ流し、売りさばくような真似をしているんだろう? でも父上の元で暮らせば、少しは……」


 あの能面が、少しでも眉根を寄せていたら面白いのに。そんなことを思いながら、小屋の主は思わず吹き出していた。


「ふっ、はは! それはまた無謀な話だ。あのヒトの傍にいると、桁違いの魔力の濃度にそれこそ気が狂いそうになるよ」

「………だろうな。まあ、今のは父上のただの我儘だ。だが、皆がお前の席を空けたまま待っている事だけは、解ってくれるな?」


 丸め込むような言葉に、調子が良いとそっぽを向いて肩を竦めた。


「でもそれは(つぐ)にーさんにも言える事なのでは? あのヒトの方こそ城に寄り付かないだろう?」

「勿論……あいつはあいつで、父君を避けないとやってられないのだろう。まあ、お前ならそう言うと思っていた。どいつもこいつも、仕方ない奴らばかりだ」


 説得を諦めた様子の男に、魔女と呼ばれる渓守りはにっこりと笑みを深めた。

 どうせならば、自分の事は棚に上げてもらって、他に気持ちを移してしまおう。そんな企みを腹に隠して「そうそ、ジストールにーさん」 と、出ていこうとした背中をわざとらしく呼んだ。


「この前弟に会ったよ」

「どの、だ?」


 少なからず興味を持って貰えたらしい。振り返って足を止めた姿に、小屋の主は手ごたえを感じた。

 内心でほくそ笑みながら大した話じゃない風を装って、そっけなく答えた。


「第四の、さ」

「四……という事は、竜の長のところのか?」

「そう。でも、あれはしばらく放っておいた方がいい。今ある居場所を取り上げでもしたら、きっと手に負えないから」


 興味を持たせるだけ持たせておいて、遠巻きに存在を確認すればいい。その程度のつもりで渓守りは口にしたつもりだった。

 だが目の前の男が黙ってしまったので、あれと思わずにはいられなくて目を向けた。珍しくも、いつもはほとんど表情の変わらない表情が、難しそうに眉をひそめていた。見たかった姿だとはいえ、我が目を疑ってしまう。


 そんなリベラの反応を気にした様子もなく、扉の前の男はぽそりと尋ねた。


「…………第四のは、所帯でも持っていたのか?」

「んん? まあ、そうだな。似たようなもの、とでも言っておこうかな」


 まさかそんな事を聞き返されるとは思っていなくて、半ば勢いで頷いてしまう。彼が言われた言葉を理解したのは、「……そうか」 と相手が頷いた後だった。


「また来る」

「ああ、お好きにどうぞ」


 訂正も面倒であるし、まあいいだろう。

 半ば投げやりに頷いてやると、久方ぶりに顔を見た異母兄弟はあっさりと去った。軋んだ扉が、小さく閉じた事を知らせてくれる。


「……結局何しに来たのかねぇ?」


 自らの顎に手を添えて小首を傾げてみたものの、家に帰ってこいという事しか言われた覚えがない。長居していた割には大した用ではなかったなと結論付けていたら、再びギッと軋む音が来訪を知らせた。


「なんだにーさん、忘れ物か……あ?」


 よもやそんな事はある訳ないと笑って扉を伺ったら、予測していた長身はそこになかった。扉の外を振り返る女性のヒューマンの姿に、また珍しい客が来たものだと思わずにはいられない。


「――――ユナン、久しぶりですね」


 先程とは打って代わって、男の雰囲気も和らぐ。

 大層不思議そうに外に気を取られるその女性に声をかけてやれば、ハッとしたような表情がこちらを振り返った。栗毛色の柔らかそうな髪が、襟元でふわりと跳ねる。


「師匠、ご部沙汰しております。その……お客様とは珍しいですね」


 つい物珍しさに見入ってしまった事を恥じるように、微かに頬を赤めていた。そうしていると、まだ少女に見えなくもなかった。



「ええ、まあ。ですがユナン、知らないでいるという事は、時には自分の身を守る為に必要な行為ですよ」

「ふむふむ、つまりどこかの要人なのですね」


 茶目っ気たっぷりに笑った彼女の姿に呆れてしまう。だがふと、小屋の主は思い付きで唇を緩めた。


「要人どころか、彼は魔王の子供ですよ」

「あはは! またまた、脅かすのが上手なんですから。師匠には敵わないです」


 あっけらかんと笑われて、まあ信じないよなあとこっそり溜め息をこぼした。

 姿勢を改めて、渓守りは尋ねる。


「それで、ユナン。冒険者としての調子はどうですか?」

「ああ、すっかり忘れるところでした。これ、師匠へのお土産でグリフォンの毛です」

「おや」


 まさか弟子から、そんなものをもらえる日が来るとは夢にも思っていなかった。そういわんばかりに珍しく驚いた様子の男に、ユナンはくすりと笑みをこぼした。


「以前、高位の魔獣の素材が欲しいとおっしゃってましたよね? 先日捕獲部隊が編成されまして、少しだけ分けてもらったんです」

「それででしたか。なるほど。という事は、今日来たのはそれに関して何か新たに報告でもあるって事ですね?」


 頷いて先を促してやると、彼女は照れ隠しに頬をかく。


「流石、お見通しでしたか。実はまたランクを一つ上げられてしまいまして、自由に世界を見て回るにはいささか肩書が邪魔なのです。なので……」

「実力を隠匿したいならば変装でもしておきなさい。何でも私を頼るものじゃありませんよ」

「…………ですよねえ」


 言葉を預かって釘を刺してやると、目に見えて項垂れた。周りの目があるときは至って大人しい彼女も、師と二人の時はよく喋る。

 「そう言い聞かせたんですけど」 と、困り顔で苦く笑う様子に、やれやれと溜め息をこぼした。


「アルバは相変わらずのようですね」

「ええ、まあ。あの脳筋、まわりにちやほやされて鼻の下が伸びきってます。少しは痛い目みればいいのですが、私まで芋づる式に巻き込まれるのでどうにかならないかな、と」


 不貞腐れた様子に、さて、どうしたものかと首をかしげる。

 だが、彼女の中でこの話題についてはもう、過ぎた話らしい。


「まあ、思っただけなので聞き流してください。どうせ最上級の魔術をもって縛り上げてもケロッとしてるので、あの脳筋はどうにもなりませんし。ね、それよりも師匠! このような不便なところよりも、もう少し交通の便の良いところに身を移しませんか? この渓も嫌いではないのですが、毎度転移が使えなくて面倒かなあ……なんて、はは」


 話題の移り変わりに驚かされつつも、師匠の為ならば良い場所探しますよと申し出されて、思わずふっと笑ってしまった。

 立て続けに似たような事を言われては無理もない。ふ、ふ、ふと、堪えきれなくて笑う姿に驚かされたユナンは、不味いことを口にしてしまったかと思ったらしい。


「あのぅ……気に触られてしまったのなら申し訳ないですけど……私、何かおかしなこと言いました?」

「いや?」


 くつくつと、込み上げる笑いを腹の押し込めてみたが、それでも暫くは止められそうになかった。久方ぶりに弟子の顔を見たせいか、ふと昔のことも思い出す。


「そもそも、ユナン? 私はヒトとは相いれないんですよ。人里におりてしまうと、優秀な魔術使いを誰構わずたぶらかしてしまいますからねえ」

「はい」


 一瞬、彼女は目を見開いた。直後にそわそわと落ち着きなくあたりを見回し、見つけた(逃げ道)に飛びついた。


「あ、はい! その! ……ええと、余計なこと申しましてすみませんっ! また来ます! 失礼しますね!」

「ん? ええ」


 彼女の態度に釈然としない男は、首を傾げて見送った。

 だから男は知らない。笑い転げてしまうのを堪えようとした結果、彼の多くを知っているはずのユナンでさえも逃げ出したくなる程、いつもの数倍凶悪な笑みを浮かべていた事に。

 

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