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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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飛竜の渓のワイバン .4

 

 さあさ、お立ち会い! ここな霧の深き渓谷の底にて、遭難したから飯を食おう! ガタガタ騒ぐその前に、補給するべきモノっていうのがあるだろう?

 ラズ(やエンマ)には呆れ顔を向けられたけれども、俺としては賢い選択だと思うわけよ。



 エンマの背中にくくりつけている全財産の内、食材、道具の荷を解き、思い切って店を広げてみる。

 そうだな、普通に食べて五日は持つくらいの食材だ。乾物や塩漬けが多いけれども、幸いここは水が豊富。煮沸すれば何の問題なく飲めるし、調理にも湯水のように使える。


 最悪、その辺に生えてる植物の実や根の、食べられる部分でもテキトーにぶちこんで()()()()すれば、しばらくはひもじい思いをしないで済みそうだ。

 例え、エンマが本調子になってよく食べたとしても、な。


 野営。いいね、野営。サバイバルって感じがしてきた。

 よし、作るものが決まった。乾パン使ったグラタン風スープだ。今日はこれで決まり! ここで突然クッキング!


 先に時間のかかりそうな湯の用意でもすべきだろう。鍋を引っ張り出していたら、ラズには「本当に作るんだ……」 なんて、溜め息までつかれてしまった。

 流石に失礼じゃないか? なあ?


「ほら、ラズ? 手伝ってくれ」


 鍋を渡しながらそう促してやれば、渋々、引き受けてくれた。そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか。そんなに野営嫌か?

 え? こんな場所で飯食いたいって神経が解らない? 冒険者だったら「今日はここらでキャンプにしよう」 なんてシーン、よくあるじゃねぇか。

 なんだよ、俺が言い出すから違和感ものだって? ………なんか、悲しくなってきた。



 そんな事はさておき。

 鋼の精神で、スープに入れるジャガイモに似た根野菜を選び、綺麗に洗える環境だったから皮ごとそれを刻んでいく。

 火打石で火を起こそうとしたのだけれど、どうにも湿気が多すぎて火がつかない。がつっ、と、石を割る勢いで打ち付けているのだが、火花が出ない。

 ……まあ、そりゃそうだよな、なんて納得してしまった俺はバカではない。


 ラズが魔術でつけようかと申し出てくれたが、あいつの火力は色々おかしいから、慎んでお断りした。一時的でもいいから、どうにかこの湿気、どっか行ってくれないかな。それこそ風を……いやうん、下手したら野菜が飛んでく。

 ……ああ、ホント、マッチって偉大だよなあ。誰か作ってくれないか。あれってリンと……なんだっけ? 解らん。


 こうなったら最早、ヤケクソだった。

 火打石にあるまじき、ラッコが石を使って貝を割ろうとしているかのような、カッカッカッカという音だけが響く。

 え? 俺がダメならラズに代わればいいじゃないかって? ……ダメなんだよ。ラズがやると石が粉砕されるから。



「兄ちゃん、あと少し!」

「よっしゃあ!」


 なんて、アホな事に頭を悩ませ、四苦八苦しながらどうにか火打で火を起こそうと、躍起になった。そのせいで、霧の中からこちらに向かってくる人影に、気が付くことが出来なかった、とか。そんなまさか。



「結界に穴が開いたから何事かと思ったら……。お前たち、一体何をしているんだ?」

「あ」

「あ」


 これまた呆れ声に振り返れば、真っ白な霧の向こうから夜明けの空のような青紫が、すっと浮かび上がって現れた。丁度、小さな灯火をつけたところで楽しくなってきていた俺らは、そんな呆れ声にイタズラが見つかった子供よろしくびっくりした。

 つい、慌ててその現場を背中に隠そうとしてしまう。



 そこで漸く、その声の持ち主が誰なのか理解して、問われた言葉にええっと、なんてどもってしまった。

 え? 殴りかからないのかって? 無理だろ、この最悪のタイミングで、それやるの。


 例えば『てめえよくもまあヌケヌケとヒトの前にその面晒せたもんだな、ああ?!』 なーんて襟首掴みかかったとする。が、残念ながらこの青紫の方が、身長も顔面偏差値も高い。多分、殴る前に心が折れる。


 ……この場面で顔面偏差値関係ないだろって?

 うっさいな! これでも気にしてんの! どうせ平々凡々、月並みの顔立ちだよ!



 と、いうかさ、相手が相手だったら、こんな悠長なリアクションとっている内に攻撃されてもおかしくないよなあ、なんて。


「その、道に迷ったから、飯にしようかな、と」

「…………そんなことだろうとは思っていたが、まさかここまで酷いとはな」


 頭が痛い。そう言わんばかりにひたいを押さえる姿も、妙に様になっている。……何だろう。自分のとった行動が、途端に恥ずかしくなってきたのだが。


「えーと、ひょっとして、迎えに来てくれたのか?」

「結果的にはそうなる……が、魔術の気配を感じたから、様子を見に来ただけだ」


 なにそれ、あれじゃん。某有名魔法使いファンタジーに出てくる、迷子の魔法使いの為の夜行バス。


 え? 知らない?

 小さな魔法を使うだけで、何処でも来てくれるっていう、あの(いささ)か不気味なバスだよ。そもそも子豚役の役者の名前がハリーだなんて、紛らわしいにも程があるよな。あれ、初めて知ったときには笑ったもんだ。


 え? 何の話かさっぱり? …………なるほど、これがジェネレーションギャップ。

 流行ったのになぁ~。



 じゃ、無くて。

 なんだ、向こうから来てくれるならもっと早く試してみれば良かった。無駄に不思議の国に招かれた女の子よろしく、コケスケ追っかけちゃったじゃないか。


「あれ、結界? 本当にお前が、この(たに)の『守人』なのか?」


 つい、遅れてやってきた疑問を口にしてみれば、その小綺麗な顔をしかめられた。意味もなくグサッと来たのは、気のせいではない。


「貴様は『本当に』あの時、何も聞いていなかったのだな?」


 あの時? って、イクスカーロンのところでの事か?

 えっとー、そうだな。これであいつの証言は正しかったのだと証明された訳だ。俺は民主主義に(なら)うとしよう。うん。


「まあいい。それよりも、そこのワイバンだな」


 俺が、日本人の必殺『曖昧に笑う』を炸裂させていたら、完全に無視されてエンマの方へきびきびと歩み寄る。……まあ、いいけどな。俺について突っ込まれるよりかは、スルーの方が有り難い。


 ただ、何をするつもりなのかが不安に思えて、その前に立ち塞がる。


「邪魔だ。下がっているがいい」

「エンマは俺らの家族だ。危害を加えるつもりなら、通す訳には――――」

「危害、ね」


 くっ、と、喉の奥で笑うと、俺の肩を押しやった。


「そう言うならば、放置する事の方が余程危害を与えていることになると、お前は思わないか? ここの濃霧は私が張った結界の一部でしかない。平衡感覚を狂わせ、目に見えるもの、感じるものを惑わせる。私よりも魔術に長けていれば解除も可能だろうが、そこの竜でも無理だろう?」


 それとも、そのままの方がいいのか? 一息の内にそう問われて、ちらり、ラズを見やれば首を振られた。……だよな。出来るものならとっくにそうしている、か。

 俺は身を引くしか出来なかった。それがまた、悔しい。


「頼む。エンマを、助けてやって」


 今一つ、素直になれない自分を殴りたい。それでも、ぺこりと頭を下げられたのは、元日本人としての性か。まあ、俺の頭一つ下げるだけでどうにかなる事ならば、こんなにも安く済むものはない。

 そう、思ったのだけど。


「頭を下げるな。自分の価値も解らずに安売りする奴を、私は助けたいとは思わないな」


 ぴたりと足を止め、頭の上から降ってきたのは、何とも偉そうな言葉だった。まさかそんな事を言われると思わなくって、驚きを隠せないままに顔を上げてしまえば、身の縮むようなヒヤリとした視線に射ぬかれた。


「な、に……?」

「聞こえなかったのか? 何処までその頭は空っぽだと言うのだ? 貴様が吐くべき言葉は、そんなものではない筈だろう?」


 挑発するような言葉に、理解が全く追い付こうとしなかった。

 え? なんで俺、そんな事を言われているのか。全く持って理解できないんだけど。


 呆然として、その表情を見返すことしかできない。


「ちょっと、兄ちゃんをバカにするのは僕が許さないよ」


 動いたのは他でもない、ラズ。まさに掴みかかかろうとするその姿を、反射条件で慌てて押し止めてしまう。前へ前へ、突進でもしてしまいそうな勢いに、俺の方が気遅れしてしまう。


 そんな俺らの様子に、また、青紫は鼻で笑う。


「私がしている訳ではないだろう? そいつが勝手に(へりくだ)っているだけだ」

「それがバカにしているって言ってるんだ!」

「本来言うべき事も言わずに、ただ己の安いプライド程度を、まるで血の涙を惜しんで捨てるフリだなんて大層だとは思わないか? まあ、さぞかし大きな力に屈伏したと、(はな)から演じて平伏する事程楽なこともあるまい? なあ、違うか?」

「違う! 兄ちゃんはそんなことしてない!」

「私が聞いているのは、そこの痴呆だ。なぜ、現状を考えようともせずに、楽な方へと逃げているのだ、と」


 …………なるほど。こいつの言いたいことは何となく解った。元凶はやっぱ、こいつなんだって言いたいのだろう。


 そいつに目をくれ、ラズに目を落とす。ラズみたいに、相手を睨み付けるだけの勢いが、俺にもあれば良かったのになあ、なんてふと感じた。そんな自分につい、苦笑してしまう。


 だからラズの腕を強く引き、俺の後ろに留めると前に踏み出す。


「兄ちゃん……?」


 不安そうにこちらを見上げるその姿を安心させるためにも、俺はにっこりと笑い返してやった。大丈夫、お前が気にすることじゃないさ。



 でもさ? 全く、こういうのは俺のガラじゃない。断じて違う。


 けれどもさ? 引いてはいけない時があるって言うので有れば、確かにそれはそうなんだよな?



 ()()()


「……ったく、ヒトが大人しく黙っていれば、言いたいことを言いたい放題ズケズケと。てめえ、()()()()を苦しめといて、よくもまあそんな偉そうなこと言えたよなあ!?」


 誘われるままに。

 俺はそいつに、全力で殴りかかった。

 

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