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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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飛竜の渓のワイバン .3

 

 さあ、選択肢だ。


 その一、同業者を装ってフレンドリーに出ていく。んで、穏便にコケスケ奪還。

 その二、特攻かけて相手を襲撃。ついでにコケスケを奪って兎に角走り去る。

 その三、奴等の後をつけて隙を伺い、コケスケ奪還。

 その四、相手が去るのをひたすら待って、とりあえず湖畔に沿って歩く。コケスケ八号の出現を待つ。


 さあ、どれを選ぶ? 俺! どうする、俺!

 ライフカぁ――――……うん、止そう。続かないし。古いし。



 と、言うか、自分で選択肢挙げといて何だけど、もう選ぶまでもなく決まってるだろ。その四決定、迷うわけない。

 俺ってば事なかれ主義だから? それに、八号出てくる可能性高いしさ。


 よっしゃ、そうと決まればここで息を潜めちゃって、事の展開見守るだけだ! そう思って振り返ると。


「兄ちゃん……」


 そう思うのは、俺だけなのだと思い知る。


「兄ちゃんなんで? なんで、わざわざ隠れる必要があるの?」


 そこにあったのは、今にも泣き出しそうなラズの顔で。ラズの方こそなんで、そんな顔をしているのかが解らなくって、俺はたじろいだ。


「なんでって……そりゃ―――」

「エンマを背負った僕が危ないからって言うなら! 僕が先に行って、そのヒトたちを(くび)ってくるよ! 僕ならへーきだもん!」

「え?」


 ……えっとー?


 おい、ラズ。お前一体、どこでそんな言葉を覚えてきたのさ。ってか、なんで今日に限ってそんな好戦的なんだ?


 でもエンマを放り出して詰め寄ってきた姿に、そんな事を言う訳にもいかず。言葉を探して、視線を反らしそうになる。

 反射のように、そうしてしまいそうになるのをぐっと堪えて、真っ直ぐにその表情を見続けた。


 多分だけど。反らしたら、ラズが泣く。


「どうしてこの前から僕を頼ってくれないの?! 僕じゃ頼りないから? だから兄ちゃん、両方なんて守れないって思ってるんでしょ? 僕、出来るよ?」


 もっと僕を頼ってよ、と。俺が過保護にし過ぎたから、そういう事なのだろう。いや、違うな。事あるごとにラズよりも周りに構っていたから、ここにきて不満も一押しだったのだろう

 ……まさか、こんな風に言われる日が来るとは。うーん、参ったな。むしろ、頼りないのは俺の方なんだけど。



 別に、過保護にしているつもりはなかった。


 いや、嘘だな。一人の兄として――――兄と()ろうとした。だから、建前でも見栄張ってでもそれらしく……そう、いかにもそれっぽい()()をしていたんだ。

 年の離れた弟(ラズ)に、『すごい』って言われたかったから。


 そんな風に考える『兄』なんて、いる筈がない? そうかもな。でも俺は俺で、大事にしたかったんだ。……(ひとえ)に、前世でそうしてやれなかったから。



 ………………なーんて、俺の建前なんかどうでもよくって。


 いつものように膝をついて目線を合わせてやれば、我慢していたらしい涙を溢していた。そんなに頼りにされなかった事が悔しいのか。そんな事を、改めて思い知らされる。


「ラズ。泣くなって」

「泣いてないもん」


 頬に手を添え、親指でその涙を拭ってやれば、強がり言って腕にしがみついてきた。

 それで気が済むなら、いくらでも腕でも胸でも貸してやるさ。安いもんだ。


 …………だって、ぶっちゃけさ。ラズに好き勝手されると、死人が出るだけじゃ済まない訳で。だからこそ、頼りきれなかっていうのもある。下手したら俺、止められないしさ。

 そんな爆弾に、どうして頼りきるって事が出来るだろうか? 余計な火の粉を集めるようなマネ、俺がさせるとでも?!

 させねーよ!

 当然だろ?! 決まってるだろ?!



 だから!


「悪かったよ、お前の気持ちを考えないでさ」


 俺はいくらでも嘘つけるんだよ。

 あと今更だけども、ラズがぶん投げたエンマは大丈夫なのだろうか? 酷くねぇか? 流石に。


 ……とと、よそ見している場合じゃない。


「でも俺はさ、お前に、その手を痛めつけさせるような事はさせたくないんだ。ラズが大切だから。それは解ってくれないか? 勿論、いざっていう時、ラズの事は一番頼りにしているよ。自慢の弟だからな」


 よくもまあ、すらすらと。考えてることとは全く別の口からデマカセ言えるよなあ。

 いや、殺しをさせたくないってのは本心だけど。我ながら感心してしまう。


「…………それ、ほんと?」

「ほんと。めっちゃ頼りにしてる」


 きっぱりとそう言ってやれば、めちゃくちゃ嬉しそうに笑っていた。ははは、手のかかる奴だなあ~、なんて。


 ああもう! 茶番だろ、茶番! 解ってんだよ。

 いい加減、子供扱いも変えていかないとな。今度本気で、竜人であるおやっさんの所に相談しに行ってみるか。元服したはずの竜の子供が、自立してくれませんって。

 ……俺が怒られそうだな。うん。



 それにしても、これだけ騒いでも先方が現れないんだ。もう完全に、先に行かれたと見ていいだろう。

 ついでに言えば、コケスケ八号も現れない。うそーん。マジか。殺生な。


 ひょっとしてあれか? 死なないと次が出てこない、みたいな?

 だとしたら最悪だ。俺にこの濃霧を真っ直ぐ無事に、出る術はない。


 それと。


「そうだエンマ、大丈夫か?」


 思い出したようにそれを訪ねれば、「あ! ごめん、××××××!」 なんて、隣も今更思い出したようだった。

 幸い(?)な事に、いつもならば不機嫌の一つや二つ返ってきそうなところ、弱っているのも相まって微かに唸られただけだ。本当にスマン……。



 さて。()しくも玉子泥棒達を、やり過ごす結果になった訳だが、宛もなく歩くのは如何なものだろうか?

 霧に霞む視界の中で、手探り状態でふらふらと歩く。それってつまり、何時かは湖畔にどぼんしてもおかしくないよなぁ、なんて。案内もなしに歩くのは危険としか言いようがない。

 登山でガスったら、動くのは危険って当たり前と言えばたしかそ、う…………。


 あ、れ?! これってさ、遭難になるのか?! 遭難。難に遭う事。



 …………………………ウソだ。嘘だと誰か言ってくれ。

 でも、進路不明。方角不明。現在地不明。時刻不明。先案内消失。人影危険。動くなキケン。

 うーわ、マジかよ! カッコ悪すぎて笑えやしねぇ!


 案内いるからいーや。悪趣味な招きを止めさせるためにも、突撃だー!

 と・か! 数十分前の能天気な俺を殴りたい!! クソが! 一番日和ってるのは、誰でもない俺自身!!



 え、ちょっ……!

 マジであのドロボーさん達追っかけないとじゃねぇか! あのヒト達なら必ず出口知ってる訳だし! 霧の中の移動も何のその、だろ?


 い、や! いやいや待てよ! まだ手はある!



「ラズ!」

「え? どうしたの兄ちゃん?」


 そう、今そこ我が義弟を頼るその時! お前にかける以外に、この状況を打破できる存在はいない!


()()。この霧をどうにか、追い払えないか? お前しか今、頼れる奴いないんだ」



 その双肩に手を乗せて語りかけてやると、きょとんとした表情がこちらを見上げ返していた。まあ、さっきの今で無理もないよな。我ながらなんて都合のいい言葉を吐いているのだろう。

 でも本当に今は、他に頼れる術がない。


 『晴れない霧はない』 だなんてセリフを昔、どっかで聞いたような気がするのだけど。水しぶき由来の霧って、果たして晴れる事あるのだろうか? それこそ、雪解け水が枯渇してから数百年、なんて先の話じゃないか?

 じっとなんて、待っていられやしないさ。



「うん、解った。やってみるね!」


 ぱっと、輝いた表情がめちゃくちゃ眩しい。浄化される! この邪気と保身にまみれた煩悩が、浄化されるよ!

 ごめん、ラズ。俺が悪かった。悪かったから、そんなに嬉しそうに魔術式立ち上げるのやめてくれないかな。明日からまともな大人になるから。明日から。


 うん。明日から。

 …………………………。


 え? 視線? 泳いでないぜ?

 嫌だなあ、ははは。何言ってんだよ。人聞きが悪いじゃないか。



 そんな事よりも、ラズの魔術だ。まともに見るのって、そういえば初めてな気がする。この前なんて、凍傷していた訳だし。


 今まで大して気にしたこと無かったけれど――――いや、そもそも縁がなかったけど、その展開の早さは目を見張るものがあった。

 多分、使い慣れていない魔術式を一から立ち上げているのだろう。ほのかに視界が霧でぼやけている中に、浮かび上がる光の文字。それらはくるくると周り、周囲へとバラバラに広がっていく。それだけ見るとまるで、ホタルでも飛んでいるかのように幻想的だ。


 それらはあっという間に弾けて消えて、一つ一つが小さなつむじ風を呼んでいた。やがて、ごう、と吹いたのは一陣の風。上昇気流に、濃淡入り交じる白が押しやられているのが目に見えて解った。つい、ただ呆然とそれを目で追ってしまう。


 なんと言うか、さ。その様子って、掃除機みたいだなぁ。……なんて、幻想のかけらもないぶち壊しな事思った俺が、残念でならない。

 うん、これで一先ず遭難しないで済むって思ったら気が抜けたみたいだ。掃除機妄想くらい許してくれ。安心したせいか、どうでもいい無駄口をつい叩きたくなってしまう。



 ぽっかりと見えた青空に、まだ昼間だったんだ。なんて、胸を撫で下ろす。この調子なら、案外あっさり帰れそうだな。


「凄いな! ラズ!」


 功労者はちゃんと、誉めてやらなきゃ。そう、楽天的に思った時だった。


「あれ?」


 ラズの頓狂な声につられてそちらを見ると、まだ展開していた筈の魔術式が、次から次えと霧散してかき消えていっていた。正しく発動した結果、弾けて消えるのではなく、まるで溶けて煙のように滲み消えてしまっている。本来出る筈の、魔術の残渣ですらも、煙のように消えてしまった。


「なん、で……? なんで!」


 それは、ラズ自身が一番驚いているらしく。もう一度同じ魔術式を展開してみても、やはり結果は同じだった。


「このっ……!」


 なんて、また展開した魔術式は、それまでの淡い光とは異なって、あからさまに攻撃色を増してるのが解った。


「ちょっ……ラズ! ストップ、ストップ!!」


 慌ててホールドしにかかれば、俺に驚いたせいでぶつりとそれが途絶える。うん、この渓谷が吹っ飛ばされるところだった。危ない。


 後にはラズのものでない魔力の気配に満ちて、あっさりとまた降りてきた霧に包まれてしまう。



「そんなぁ……」


 なんて聞こえた声が、あんまりにも落ち込んでいて。あ、これはマズイと、思ってしまう。

 気にするな、とは、安易に言えない――――と、言うか、言ってはいけない気がした。



 俺が二の足踏んでいる時に、動いたのはなんと、エンマ。身体を動かすだけでもしんどそうだというのに、まるで寄り添うように、這いずりながらも俺らの側へと行ってくれたのだった。


 ……うん、そうだよなあ。


「ラズ、ありがとうな。一瞬とはいえ空が見えたせいかさ、凄く安心したよ」


 ぽんぽんと、なだめるように抱えたままの背中を叩いてやれば、ぶすったれた顔がこちらを恨めしそうに見てくる。「全部払えなかったら意味ないもん……」 だなんて、拗ねて懐にしがみついてくる姿につい、苦笑してしまった。


 駄目か、やっぱり。



 悪あがきはこのくらいにして、少し冷静に考えてみるべきだろう。急がば回れ、だ。

 始めっからそうしろって? うっさいな、今漸くそこまで思考が至ったんだよ。俺だってパニックの一つや二つくらいするさ。


 幸い、水はそこらにあるから困らないし、エンマの背中には俺の全財産に仕事道具一式が揃っている。つまり、二、三日以上ここにいても死ぬことはない。

 ……ああ、エンマの体調不良を除いて、だ。このままここにいるのは可哀想だ。少しずつでも、ここから離れるべきだろう。



 ラズの魔術がかき消えた理由についてだけど……。予測の域を出ないが、この霧と、青紫のものと思われるこの場に酷く淀んでいる魔力のせいじゃないだろうか。

 それが土地に癒着しているせいで(ラズ)の魔術を受け付けないのかは解らないが、ラズの魔術やエンマに悪影響を出しているのは確かだ。あの野郎、会ったら絶対にぶん殴る。


 コケスケが向かっていたのは、この湖畔に沿っての道のりだろう。――――が、問題はその先だ。

 幾重にも分岐しているであろうこの渓谷の中で、一体どうやってあの青紫に会えばいいというのだろうか。

 くそっ、コケスケだけが手懸かりだとか。あの野郎、どんな理由でも会ったら必ずぶん殴ってやる。



 先程の玉子泥棒の声の持ち主達はもう、この深い霧を抜けてワイバンの巣でも探し回っているのだろうか?

 ……こちらに戻ってくるってことが無いことを、祈るしかないな。こちらの戦力は――――あれ、気がつけば本当にほぼゼロじゃね? エンマダウンで、ラズ撃沈。

 あー……、詰んだな。



 いやいやいや。今はその事は後回しだ。そんな事よりもだ。

 不意に地の底から響いてくる地響きのような音が、この空間に響くのだった。


「兄ちゃん…………」


 落ち込んでいた腕の中の、その表情が上がったことは喜ばしい。だけれども。あからさまに、残念なものを見るような目で見られている気がする。うん、気のせいだって俺、思っているからさ!


「ははは。一先ず、有り合わせのものでご飯にしようぜ? 腹が減っては戦は出来ぬ。もう少し物陰に陣取って休憩してから、これからの対策を取ろう?」


 言うまでもなく、地響きの音源は俺の腹。

 いやいや、だってさ? 流石に減るものは減るんだよ。何もしなくてもお腹と背中がくっつくぞ、ってやつだよ。

 ……今の子供の中に、『かあちゃん』だなんて呼んでるやつ、居ないだろうけど。ってか、聞いたことない。


 うん、まあいいよな。炊き出し!

 今は兎に角、腹を膨らませてしまいたいんだ! ……なんてな。

 

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