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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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《閑話》 飼育当番じゃありませんから ―頭の上は、くっくあどぅーどぅるどぅ!―

 

 その酒場は、大通りから一本入った場所にある。

 人目を避けて、喧騒を避けて。冒険者達が祝い酒を酌み交わす、賑やかな酒場とは打って変わって、ムーディーな雰囲気漂うそこに、人の姿はない。



「で、お前はまた何をバカみたいに頭に乗っけてるんだ?」

「うっさいな。押し付けられた玉子が孵ったんだよ!」


 カウンターで一人。

 このバーのマスター、イクスカーロンに奇異な目を向けられながら、ポホル酒の水割りをあおった。同時に、頭の上でバランスを崩した()()()が『くけぇ?!』 なんて、奇声を発している。


 ………………もう、お解りだろうか?

 解るよな?! 寧ろ解って?!



 あの玉子、生まれやがったんだよ!

 ニワトリ! もう、(まご)う事なきニワトリ!

 生き物は生まれないって、言ったのに! 言ったクセに!


 え? 玉子から生まれるのはヒヨコだろ? って?

 だから、過程をすっ飛ばしてニワトリなんだよ!


 え? 想像できていた?

 …………なるほど、俺なんかよりもよっぽど『世の中』を解っているらしいな。

 このパターン解りやすい? うん、流石だ。俺は()殿()を表彰しよう。



 それはさておき、ちょっとあの後の話を聞いてほしい。


 あの後俺らは、途中入場もせずにオークションが終わるまで、レトルバのキャラバンで深月君達が出てくるのをぼんやりとして待っていた。


 散々、こういうことはもう勘弁してくれと、愚痴りに愚痴ったのは言うまでもない。まあ、レトルバはそれどころじゃなくて、俺の小言なんて聞いちゃいなかったが。

 どこからどう見てもいい年したおっさんが、布にくるんだものを大事そうに眺めて抱えている始末。傍目から見て、なかなか気持ち悪かった。勿論当人にも教えてやったが、当然の如く黙殺された。

 そんなに大事にして何に使うんだって冷やかしたら、高く買ってくれるところに横流しだって得意気に言われただけだった。結局は金だ、とさ。やれやれ。



 俺のものもやろうかって言ったのに、何故かきっぱりと断られた。曰く、俺に渡されたものは売られたものと違って、渡された奴にしか使えないから、とさ。謎だ。


 そもそも、その玉子の使い方もよく解らなかった。

 だから放り投げては受け止める事を繰り返していたから、俺は気が付かなかった。放り投げる度に、こつこつと、内側から殻を叩く音が大きくなっていた事に。



 何度目かの打ち上げ玉子は、それはもう見事にぱっかーん、って、夜空に花でも咲くように、空中分解した。殻が。

 生まれた感動とか、そういう感情もなく。俺はきょっとーん、なんですけど。


 落ちてきた白っぽい姿を慌ててつかめば、立派な鶏冠(とさか)を持ったニワトリ様と目が合った。


 同時に生まれたばかりのそいつは、産声のごとく(とき)をつくった。もう、成獣した雄鶏張りの声量は、この閉鎖空間では喧しいことこの上なかった。

 つい、きゅっとその首を絞めかかった俺は悪くない。


 その声にはレトルバも驚いて、椅子から転げ落ちていた。それでも自分の玉子を落とさなかったのは流石というか?

 なんだなんだって、初めてこちらに意識を向けた。その時の表情と言ったら! そこにも驚きに目を見開く姿があった。


「こいつ、何だと思う?」

「…………バジリスク?」

「んなアホな」

「だよなー」


 冗談で言ってみたものの、あり得る訳がない可能性にからからと力なく笑った。第一、蛇要素が皆無だもの。


「……あいつ、これから命は生まれないって、言っていたよな?」


 間抜けにも、確認せずにはいられなかった。それにはレトルバも、神妙に頷いてくれる。


「そうだな」

「がっつり心音あるんだけど」

「ははは、そんなまさか」

「体温も、これでもかってくらいあるんだけど」


 ニワトリって、ぬっくいのな。羽毛の間に指を潜り込ませてみると、熱いくらいの熱に触れる。手、冷たくってごめんなー、なんて。

 首を竦ませて、きょとっきょとっと身体を振る姿に、ニワトリ以外になんと捉えればいいものか。でも、片手サイズ。手のりニワトリ。

 需要なくね? 精々目覚ましだよ、目覚まし。

 これで玉子生んだら本当にバジリスク生まれそうだ。なーんて。



 現実逃避はそこらでさておき。


 手のりニワトリの存在は、オークションから帰ってきた深月君やイーサに大いに騒がせることとなる。深月君は「ファンタジーぱねぇ!」 なんて騒いでいたし、イーサは「一口ローストチキンだにゃ~」 だなんてほざいていた。誰が食わせるかよ。


 そうそ、その深月君だけど。

 驚いたことに、なんと、奴隷をお買い上げしやがっていた。()()()()()。あんなに止めておけって、言ったのに。


 少し後ろからついてきていた姿に、俺は大変驚かされる事になる。

 出涸らしみたいなしわくちゃの、仏頂面と目があった。ぶすったれてはいるけれど、レプラホーンなんてみんなそんな顔をしているんだ。多分、怒っている訳ではないのだろう。


「ふっ……俺としたことが、かわいこちゃん捕まえる筈だったのにな……」


 当人はカッコつけて黄昏ていたけれども、何となく、俺は何があったのか察した。

 深月君……君ってやつは、某ハズレなしのくじ引きの如きイベントに参加したんだな? きっと一等ならば、いくら出しても出しきれない高額な、そして絶世の美女奴隷だったのだろう。


「おい、イーサ」

「誤解にゃ。にゃーはちゃんと止めたにゃ、説明したにゃ。でも聞かにゃかったのは他でもないミヅキにゃ」


 クレームを申し立てようとすれば、焦ったような弁解が飛ぶ。まあ、大体そこまでの予想はついていたけどな?

 後はもう、責めようが苦情言おうが、自分は悪くないの一点張り。深月君に至っては「次こそは!」 なんて、出さなくていいやる気を見せていたっけ。




 さて、話が大分反れた。この手のりニワトリの事だったな。


「なあ、イクスカーロン。エニスクローに現れる、玉子売りの魔女って知っているか?」


 そんなことを聞いてやれば、あっさりと首肯が返ってくる。え?! これってそんなに有名な話なのか?


「ああ、願いが叶う玉子ってやつを、売っている奴だな。高額なそれと引き換えに、願いを叶える助力をしてくれるんだとか、なんとかさ。それがどうした?」

「……会ったんだよ。そんで、こいつを押し付けていった、と」

「へえ、良かったじゃねぇか」


 全く、こっちの苦労も知らずにヌケヌケと。よくもまあ他人事が言えるよなあ、ったく!


「良くねぇよ! こいつの煩さと言ったら、頭の上で鳴かれるんだぜ? 試してみればいいだろ」

「いいや、遠慮しておくよ。お前がもらったその幸運(・・)、必ず何かに繋がっているだろうからな」

「嫌味か。このやろ。いいことねぇ~? 既に災難なんだ、んなもんあっか――――――ひっく」


 あ、れ? なんでこんなに目が回るんだ?


 なんでこんなに、上手く思考が回らないんだ?

 まるで、酒を一滴も飲まずにいたあの夜みたいだ。……まさか、酔った?


 なんて、一人で焦っていたら。



「災難とはまた酷い。お前の為に、わざわざ中身を入れ換えてやったと言うのにな?」


 不意に、頭の上の方からそんな言葉が落ちてきて。今も頭に乗っていた手のりニワトリが、ひょいと持ち上げられたのが解った。

 イクスカーロンがイタズラしても可愛くねぇよ! なんて、思いながら隣を見れば、夜明けの空のような青紫に目が止まった。


「う、わっ!」

「驚いたな……いらっしゃい」


 俺がバランスを崩して椅子ごと倒れそうになっていると、ふわりと落下がそこで止まる。つまり、まるでビデオの制止でも見ているかのように、物体の動く時だけが止まったかのようだった。

 そしてゆっくりと元のように体制を整えられて、椅子が安定する。傍目から見たらきっと、逆再生にも見えたと思う。


 イクスカーロンはイクスカーロンで、ベルの音もなく入店したこいつに驚きはしても、焦ることも何もない。一体いつ、店内に入ったのか。

 はっ?! ……これが大人の余裕かよ! く、悔しくなんて、ないんだからな!


 いやいや、そんなことよりも!

 文句の一つや二つ言ってやろうと思ったら、淡々と話すそいつに先を越される。


「そうあるように望んだのは貴様だと言うのに、お気に召さなかったようだな」

「当たり前だろ! 大体、手のりサイズのニワトリなんて、なんの旨味が――――」

「これはただの目印。お前自身で、もっと解りやすい幸運を探すといい」

「は?」


 そもそも幸運って、探せるのかよ。

 幸せの青い鳥? 実は隣のお家にいます?


 ……なんて突っ込みしてみたものの、まるで俺の内心を見透かしたかのように、イタズラっぽくにやりと笑われる。


 何をする気だ? なんて疑問に思っていたら、さ。

 手のりニワトリをその手で隠して、揉み潰すように消して見せた。そして、音もなくその存在は呆気なく消える。


「あ…………」

「さて、そのそぞろな頭では何を話しても理解出来ないのだろうな?」


 いい夢を見るがいい。



 そう言われたのは覚えている。


 けれどもそれ以上、目を開けていられなくて。

 俺の意識は、緩やかな微睡みの淵へと落ちていった。



 …………目が覚めたら朝。寝惚けたラズに腹パンくらって起き上がれば、昨日のあれは夢か? なんて疑問に首を傾げた。


 でも。

 手のりニワトリは消えていて、代わりに酷い二日酔いに、頭痛がした。思わず頭を手で押さえれば、あの、花の香がふわりと香った。


 …………えーと。


 結局あれ、何だったんだ? 俺、飲みすぎた?


 ……うん。イクスカーロンに、聞いてみるか。

 不本意だけど、頭の心配をされそうだ。

 

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