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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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本当のファンタジーなら、最後まで幻想であってくれよ! .7

 

 奴隷商人で成り立っているようなこの街を、徒歩で歩き回るなんて初めての経験だ。


 俺が以前親父殿に連れられてきた時は、決して一人で歩くな・離れるなって事と、移動は必ずウチの馬車を使えとキツく言い聞かせられていたもんだ。最も、周りの様子が怖すぎて、始終親父殿の足にまとわり付いていたっけ。

 歩きづらそうにしていた覚えはあるけれども、それで邪険にされたことは、今思えばない。


 その時一番記憶にあるのは、媚びへつらうような他の奴隷商人達の顔くらいだろうか。親父殿がにこやかにオークションの会場入りしただけで、有名人さながら取り囲まれていたな。

 ただ、VIP扱いの個室に通された途端、親父殿の素が炸裂して滅茶苦茶怖かった。


 嗚呼(ああ)……懐かしき()()思い出だ。



 さておき。

 レトルバは向かうべき場所を知っているようで、ずんずんと街の中枢へと足を進める。その早いこと何のって。俺ら後続は全員半置いてきぼりだ。


 要塞のような印象が深い、黒い街。行く先々は緩やかに傾斜を増して、建物の高さもそれに比例するかのように空を覆う。

 不意に、前世で見たビル群に切り取られた空を思い出した。煤けた空がよく似ている。


 彼方此方にここに店舗を構える奴隷商が、真っ黒な要塞の壁にぽかりと口を開けて見えた。

 ショーウィンドウなんてないこの世界だ。軒先に吊るされた檻には、比較的小綺麗な奴隷が客引きをやらされている。

 哀れだ、とは思わない俺も、大概だと思う。結局俺も、他人になんて優しくできない存在なんだよなって、よくよく思い知る。



 ついこんな街をラズに見せたくなくて、その腕を引き寄せる。それまで明後日を向いていた視線が、不思議そうにこちらを見上げたのが解った。

 俺はただ、前に視線を据えたまま言ってやった。


「ラズ、レトルバの背中だけ見てろ」

「…………うん、解った」


 何を言おうとしたのか、解ったのかもしれない。視界の端が、頷いて前を向いたのが解った。それでいい。



 そうやって歩くこと数分。ちらちらと、子連れの俺らが周りの視線を集めている事は薄々気がついている。視線を集めているなんて自意識過剰かもしれねぇけど、これはほんとだ。


 首筋がぞわぞわする。見られている。しかも、辺りの人通りは少ないにも関わらず、その感覚がするのだ。

 物陰から、あるいは遠巻きから、俺らの『価値』を計り、リスクに合う()()かどうか見定めている。そんな感じ。


 正直俺は、気が気じゃない。豆腐メンタルを金(やすり)でごりごり()り潰されている気分だ。周りを警戒しながら歩いたせいで、疲労感が半端ない。



 でも、俺よりも先に音を上げたのは、他でもないあの奴隷落ちした女だった。


「あの……いつまで私は付いていけば良いのでしょうか?」


 一応、言葉は選んだらしいが、残念ながら誉められたものじゃない事には違いない。びくびくとその身を震わせているけれど、レトルバは気にした様子もなく先を行く。


 止せば良いのに。

 ヘドロのような何とも言えない感情が、胃の上あたりにべったりと張り付いてきた気がする。解っていても、見ているだけの俺も大概だけど。


「……っ。あ、の!」


 気が付かれなかっただけだろうと、そう結論付けたのか。その背に駆け寄る姿は、意を決したように声を上げた。同時に、ぴたりとレトルバは足を止めた。

 彼女がほっとしたのが解る。


 対比して、俺はラズの耳を塞いでいた。次に彼女が何を言われるのか、解ったから。だから驚いてこちらを見上げた表情に、そのままでいろと唇の動きで伝える。



「なあ? 最後にもっかい、俺と賭けをしようか」

「……え?」


 唐突に切り出された言葉に、驚いたのは女だけだった。

 やっぱりそうかよ、と、俺は空を仰いだ。先程まではうっすらと灰色の雲がかかっていた空も、今では暗雲立ち込めていて今にも天気が崩れそうだ。


 ああ、すぐにでも雨が降りだしてもおかしくない。どうせなら、エンマに雨避け被せてやってくればよかったなあ、なんて現実逃避まで始めてしまう始末。


「あんたがこの街の関所に無事にたどり着けるか、そうでないか。たどり着ければあんたの勝ち。関所の人間には話通してあるから、着きさえすればここから出られる」



 嘘、だ。

 全くそんな事をしていないくせに、とんでもないこと吹き込んでいる。


 俺の苦々しい表情に気がついたのはレトルバだけ。意地悪く、にやりと唇の端を歪ませた。

 ……ああホント、悪趣味な奴だ。知ってて何も言わない俺は、もっと最低だけれども。



「まーでも? 最悪出られなくっても大丈夫だろ。あんた女だし。()()()()()? 媚び売るの」


 く、く、く、と。喉で笑う姿は悪人さながらで、笑われたそいつが顔を真っ赤にして怒りに震えているのが解る。


「……いいわよ、その賭け。勝つに決まっているじゃない!」


 そうやって煽られて、ずるずる深みに引きずり込まれたのか。あーあーやっちゃったよ、なんて思っていたら。


「うわっ」


 身を翻した女に、俺らは思いっきり突き飛ばされた。

 酷い。転びそうになってもラズを離さなかった俺、偉いと思うんだ。


 走り去る姿を呆然と見送る。

 思い出したようにレトルバを伺えば、既に興味は失せているらしい。俺に気がつくと、ひょいと肩を竦めていた。


「行こうか」


 ただ、それだけ。こいつにしては珍しく、賭けの結末はどうでも良いものらしい。


 俺の胸に巣食う、もやもやとしたこの感情は結局、レトルバを諌めることも同意することも出来ず、自分の曖昧さにまた、気持ちが沈んでいく気がした。




 とぼとぼと黒い街を歩く。正にそんな感じだ。

 前方を行くレトルバがいなければ、きっと当てもなく歩いていたことだろうし、隣を歩くラズがいなければ、きっととっくに座り込んでいた。


 何がこんなにショックだったのだろうか? 自分でも、よく解らない。



 それは、レトルバも感じたのだろう。はーっと、深く溜め息をついたかと思うと、がしがしと頭をかきむしっている。


「ディオ、お前が気にしてどうするんだよ」

「そうなんだよなあー?」


 努めて明るく返して首を傾げれば、怪訝なものを見るような目を向けられた。


「言っとくが、俺は悪いことをしたって、思っていないからな?」


 確かめるように言われてつい、苦笑いを返してしまう。


 そうなんだよなぁ。こういう奴なんだよ。

 そして俺が落ち込む理由もないんだよ。全く、自分のことながら理解不能だ。



「ま、ヒトの食いぶち(かす)め取ろうだなんてしなければ、俺も、もう少しフェアな賭けをしてやったけどな?」


 ぽつりとこぼした言葉が意外すぎて、つい、まじまじとその表情を覗き込んでしまう。


「イーサが賭けの対象になるのは、お前でも我慢ならなかった、ってことか?」

「甘ちゃんめ。そういうことにしておいてやるよ」



 鼻で笑われはしたけれども、お陰で少し、気持ちが楽になった気がした。

 ああ、我ながらなんて単純なんだろうか。


 きっと、傍目から見れば俺らがやっていることの方が非道だろうに。こいつらが賭けに負ければ、数少ない知り合いが囲われて、酷い目にあったのかもしれないって思った途端、急に気持ちが軽くなった。


 最低だよな、俺。あの人が奴隷落ちになって良かったって、要は安心しているんだから。


「ディオ」

「あ?」

「心配してくれて、ありがとうな」

「…………おう」


 まさか、こいつの口から礼を言われる日が来るとは思っていなくて、柄にもなく、照れくさかった。




 * * *




 さて。

 この時期に現れる魔女に会って玉子を手に入れる、筈だったのだが。俺は何故か、今、要塞の地下水道脇を歩いています。

 ――――実況中継、黒い街の地下より。



 ざーざーと流れる水の音は絶え間なく。この地下水道辿っていけば、街の外に出られるんじゃねぇの? ってくらいの疑問すら感じる。


 え? 今のちょっとした時間に、何が起こったんだって?

 うん、俺も聞きたい。



 さっきまで、確かにシリアスな展開だったと思う。


 今にも雨が振りだしそうなくらいに、暗雲立ち込める空の下。例え周りに悪だ外道だと言われようが、昔馴染みの無事がうれしいんだ。

 なーんてB級ドラマにも劣る茶番であったとしても。何となく、それっぽい空気ではあった。


 のに!

 そこからさ、「じゃ、ここが入り口だから」 っつって、ぽいっと投げ入れられたのは、階下に続く閉鎖されている筈の階段だった。現代で言えばマンホールの代わりに、地下に降りれる場所がそこだ。

 危うく、舞台俳優もびっくりの階段落ちを披露するところだった。


「おい、レトルバ! 急に何て事するんだよ!」


 なーんて文句を言えば、悪い悪いだなんて、全く思ってない風にからからと笑われた。

 ふざけんなよな、ったく! 散々心配かけた癖に、仇で返しやがったんだぜ?!


 しばらく当然のように、階段でふざけるのは危ないから止めろ、だなんて。小学生ですら注意されない事をくどくどと言う羽目になった。そして、今に至る。



「本当に、こんなところに玉子売りの魔女がいるのか?」


 何回目かの確認。いい加減うんざりしたらしいレトルバは、「そうだって言ってんだろ?」 なんて適当に答えてくれる始末。


「でも、なんで魔女の玉子なんて買いに行こうって思ったんだ?」

「ああ。あくまで噂に過ぎねぇんだけど、イーサが……」

「イーサが、何?」


 珍しく言い淀む。

 先を促してやれば、渋々――――いやほんっとに、なんでわざわざ言ってやらねぇといけねぇんだよめんどくせぇ、なんて言わんばかりに渋っ々、こちらに一瞥くれて答えてくれた。


「……イーサは、その魔女の手によって生まれたんじゃないかって思ってな。……確かめたいことがあるんだ」

「ふうん?」


 レトルバにしては、珍しく神妙。

 あれ、玉子云々よりも、そっちなのか。まあ、いいんだけど。交渉役に変わりはないのだろう。



 道なりに沿って俺らも左折。

 途端、視界の先に夜空のような色の天幕で仕切られた場所が目についた。いや、明らかに不自然過ぎるというか、間違えようもなく、あそこが目的地なのだろう。


 レトルバを筆頭に、その怪しい天幕へと歩みを進む。

 天幕の中で香でも焚いているのだろうか? 仄かにどこかで嗅いだことのある、花のような香りが次第に強くなった。

 同時に、魔術が使われたときのような残渣(ざんさ)にぶるりと身震いしてしまう。


 少し前を行く姿が、天幕を前にしてぐっと息を詰めたのが解る。

 俺らがそうして二の足を踏んでいたら、まるで来訪を知っていたかのように間もなく招かれてしまった。


「お入り」


 低く、しゃがれかかった声が端的にそう告げた。

 その声からは、性別は伺えなかった。でも魔女って言うくらいだ、そういうことなのだろう。


 躊躇ってしまう俺らを招き入れるように、するすると音もなく天幕が開かれた。

 開かれた先にあった部屋は、内面をぐるりと天幕で囲われていて。柱もないのにどうやってこの形状を保っているのか、大変不思議である。

 藍色を基調としたその天幕には、金や銀の刺繍糸を用いて夜空を演出している。間接照明に照らされた夜空は、夜明け前の東の空みたいだと、何故かそう感じた。



 俺とレトルバ、そしてラズ。三人共々驚いていたら、レースのカーテンの向こうに、人影を見つける。

 ……逆光のせいでシルエットくらいしか解らないが、多分、先程の声の主なのだろう。あんなに離れていたというのに、まるで布一枚すら隔てていないように聞こえたのが、不思議でならない。



 あと、全然関係ない余談だが、端的に告げられた言葉につい、どぎまぎしてしまったのは仕方がないと思う。

 そういう感じの(しゃが)れ声だったんだ。リアル『○と○尋の神隠し』の魔女かと思った。



 それはさておき。


「見聞料をテーブルに出しな。あんたたちが欲しいのは、玉子でいいかい? 一つにつき、十万だ。ひとりに一つ。あんたたちは三個が上限だ」


 すっと、カーテンの隙間から差し出されたのは、ラグビーボール張りの大きさの玉子、らしきもの。いや、でかいって。ガチョウの玉子かよって、突っ込んだ俺、悪くない。


 あと、高っ! なんて、思っても口にはしなかった。一個あたりだなんて、なんちゅう高級食材だよ! って、突っ込みくらいはいいよな?

 でも、レトルバは黙って見聞料の金貨をテーブルに放り投げて置いていた。あ、うん、そういうものなのな。


 けれど一体どうして、その玉子がそれほどの値段がするのか解らない。特別製?

 なんでもいいけど、長いことここにいていい気がしない。


 俺は動くに動けなくって、ちらり、レトルバの表情を盗み見た。本当に珍しい。まさかのレトルバが、緊張している。



「なんだい、違うのかい?」


 訝しむ声に、また玉子は向こうへと消える。

 いや、拍子抜けって、こういうことか? こんなにもあっさりと、有料にしても、玉子を譲ってくれるなんて。



「いいや、玉子は、確かに譲り受けたい。だが、あなたに聞きたいことがある」

「答える、答えないは選ばせてもらう。情報料を出しな」


 お、おう。すーげぇ守銭奴。

 でも、レトルバは大人しくまた、金貨をテーブルに置いていた。それを確認してから、カーテンの向こうの人物は先を促す。


「あなたは、死んだものから使い魔を作ることは可能なのだろうか」


 そんな問いをぶつけた途端、向こう側の気温が下がったような錯覚した。


「愚問。興醒めだ。懐の有り金置いて帰りな」

「話はまだだ。狐のファミリアに、心当たりはないか」


 そこまで畳み掛けて、初めての沈黙。なるほど、と。重々しく反ってきた言葉の先を、固唾を飲んで俺らは待つ。

 直後の事だった。


「なるほど、貴様がそれの、今の飼い主か」


 嗄れ声ではなく、若い男の凜とした声がそう告げた。

 途端。ぶわっと、まるで内側から突風でも吹いたかのような気がして、つい視界をかばう。


 それもまた一瞬の事で、次に目を開いた時には見知らぬ男が優雅にテーブルに腰かけていた。青紫の豊かな髪は、夜明けの空の色と似ている。

 鋭いまでの琥珀の目に射抜かれて、俺は思わずたじろいだ。ぎゅうと、手を強く握ってくれるラズが、情けないことにも頼もしい。



「心当たりはある。随分と昔に拾った狐の魂を玉子に閉じ込め、それをヒトの手に預けた。それが孵っただけのこと」


 それがどうしたと。そう言わんばかりの態度に戦々恐々だ。

 先程までの、ゆったりとした話し方ではなく、朗々と話す。


「イーサに使い魔としての主はいない。その状態で――――」

「その存在が失せてしまうのではないか、と? 馬鹿な。有るわけがないだろう? アンデッドが主を持たないからと消滅するか? 答えは否。そんなにも心配ならば、首輪をかければいいだろう? そうすれば、正式にお前のものになる」


 つらつらと並べ立てられて、レトルバは黙った。じっと、相手を見返す様子からは、何を考えているのか伺えない。

 やがて、静かに頭を振る。


「俺は別に、使い魔が欲しいわけではない。対等に付き合えるやつが勝手に消えることは無いのか、それさえ解れば、その事実だけでいい」

「ふうん?」


 ああ、なるほど。なんて、不覚にも納得した。


 命が軽くて己の力が物を言う世界だ。対等な仲間を作ることだって、容易ではない。

 他人同士が少なからず徒党を組めば、そこには大なり小なり序列は存在してしまう。冒険者であっても、商売人であっても。そこは等しく、上下関係が生まれてしまうものだ。


「それで? 聞きたいことってのは、それだけで終わりでいいのかい?」

「ああ。…………感謝する」


 そんな中で、レトルバにとってはイーサだけが対等だったと。

 だからこそ、掛け替えのない存在。だからこそ、珍しくも執着を示したのかもしれない。


 少し、羨ましい。目に見えてほっとしたらしいその姿に、つい、良かったな、なんて生暖かい目を向けてしまう。



「それで? そちらのヒューマンと竜の用件は? 無いのであれば玉子買い取ったらお引き取り願おうか。長居しすぎると、ろくでもないやつらが群がってくるからね」


 一息に言われた事に、驚かずにはいられない。

 え、やっぱりそんなに解りやすいものなのか? ラズの正体って。

 …………いやうん、俺が鈍すぎるだけか、うん。


 まるで、俺の表情が可笑しいと言わんばかりにくっと喉を鳴らして笑われた。解せぬ。


「玉子は買うのかい、買わないのかい?」

「え、あ……買……、わ、ないです……。生き物、生まれても困るし……」

「ふ、ふ。まさか。命のあるものが生まれた試しなんぞ、一度とてない。そこから生まれるのは、内に込めた呪力が持ち主の望むように形を取っただけに過ぎないのだから」

「へ?」


 まるで今にも腹を抱えて笑い出しそうな姿に、俺は追い討ちをかけるように間抜け面を晒していた事だろう。


「ふ、ふ、ふ。面白いな、お前」


 表情は確かに面白いものを見たと言わんばかりなのだけれど、口先だけで笑うそれは、いったいどこまでが本心なのか。綺麗な顔だけに、まるで生き人形がそのまま腹話術されているみたいだと、そんなことを思ってしまう。


「丁度ここに、もう少しで孵る玉子がある。鶏でも生まれようものなら引き取ってやるさ」

「いや、いらな――――うわっ」


 いらないって、はっきり言っているにも関わらず、見せてくれた鶏卵ほどの小さなそれを投げて寄越した。慌ててそれを受け止めてしまったのは言うまでもない。反射って、怖い。


「お前は、いるのだろう?」


 文句を言おうにも、既に相手は店仕舞いしたくて仕方がないようで。てきぱきと事を進める様子に、初めの神秘的な様子も老婆の面影も何もない。

 あれ、マジでなんだったの?


「ああ、代金はこれでいいか」


 レトルバもそれは右に同じのようで、ざらりと大金貨をまたテーブルに落としていた。それに一瞥をくれた玉子売りは、にやりと笑って腕を振る。

 それは、まるで手品のようで。差し出したそこには、先程のラグビーボールな玉子があった。あの中に、膨大な呪力が込められている、と、いうことか? 原理が解らない。


「使い方は知っているな?」


 あくまで知っている体で聞いている。そんな感じだ。何をそんなに急いでいるんだか、違和感を思う。


「ああ、問題ない」

「ならば、私はこれで失礼しよう」


 優雅に立ち上がったかと思うと、綺麗に一礼。その様子は、何処と無く高貴な身分にあるものの礼に見えた気がして、驚かずにはいられない。


 その次の時には。


 夢か、幻か。まるで初めからそこには何もなかったかのように、その店の主人の姿も、天幕も、テーブルも、何もかも、忽然と姿を消していた。


「……へ?」


 二度、三度と瞬きし、自分の目を疑った。

 天幕の中にいたときは、全く聞こえなかった水流の音がざーざーと響いている。


 今のは全て幻か? なんて疑問に思えども。

 俺とレトルバの手には、存在感放つそれ(・・)が握られていて。微かに鼻の奥に、花の香りも残っている。


「さてと……戻るか、ディオ」

「ん? あ、おう」


 疑問のあまりに、エクスクラメーションマーク飛ばしまくってるのは俺だけらしい。レトルバは大切そうに布に包むと、背負っていた。


「で、結局これって何の玉子なんだ?」

「さあな。ただ、手に入れたものに奇跡を呼ぶって言われている代物さ」

「へー……?」


 縁起物、みたいなものか?

 それともイースターエッグ? あ、駄目だ。これだと何か復活するって事になるよな。生き物は、ダメ。うちじゃ飼えないから。



 押し付けられたけど、これ、どーすりゃいいのよ?

 戸惑いなんて隠す必要もなくて、レトルバにはその内解るさなんて笑われる始末だった。


 ……いや、解ってからじゃ遅い気がするんだけど。まあ、いっか。生き物は生まれないって言っていたし、しーらないっと。

 

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