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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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本当の奴隷商人なら、品質管理に手は抜かねぇよ .4

人によっては不快に思われるかもしれません

ご容赦ください

 

 うーわ。

 動き出した箱馬車の中で、俺はつい目元を押さえた。


「それじゃあディオにミヅキ、ここを自由に使うといいにゃ! 可愛いげのないチビ助には飼葉(かいば)くれてやるから、そこで惨めに座っているといいにゃ」

「べーっだ! 誰がおまえの言うことなんて聞くもんか! ばーかばーか」


 きゃんきゃんと、俺の周りで騒ぎ立てる()()。マジで煩いんですけど。

 そして通された部屋の悪趣味さに頭が痛い。


 視界に真っ先に写るのは、毛の長い黒色の絨毯に深紅を基調としたダマスク模様の壁紙だ。馬車の内装にも関わらず、一瞬そうである事を忘れてしまう迫力だった。

 きっと本来ばらばらに使われていれば、それぞれとても高級感があって引き立っていただろうに。見事に喧嘩して目がチカチカする。

 ほら、赤い部屋って、あるだろ? あれに近い見た目だ。


「うぉおおお! 天蓋ベット! すげえ!」


 申し分程度にローテーブルとソファーが置かれ、それらの色も高級そうな黒の革張り。天蓋つきのベットには、黒いレースがかけられている。


 …………通す客、間違えてないか?


 パッと見八畳ほどの広さに、その原色二つが押し込められているんだぜ? 発狂する奴、いても可笑しくないと思うんだ。

 それともなんだ? こいつら俺らを発狂させたいの?


 まあ、いいけど。どうでも。



 依頼商談を纏められた俺らは早速、イーサ達に連れられて街外れに待たせているキャラバンへと連れ込まれた。この移動式キャラバンがまた偉いでかいことなんのって。


 例えるならば、コンパートメントが並ぶ列車だ。それの、箱馬車バージョンと言ったところか。

 馬車自体はマーセっていう牛と馬の合の子みたいな奴らに引かせている。だからか、馬車にも劣る移動速度だ。おっそいけれど、一日中歩かせ続けても疲れ知らずがこいつらの特徴だ。大量の荷物を長距離運ぶのに重宝されている。



 他の部屋には食堂や奴隷達のいる檻等、区分けされている。……それにしても、ほんと、客間があんなだなんて、どちらの趣味センスなんだ?

 いや……、知りたくないからあんまり考えないようにしよう。


 マーセの足で陸路を辿ると四、五日と言った所。正直、エンマなら半日でつく。遅いのなんの。



 あれ? と。ここで疑問に思う奴がいると思うから言っておこう。

 俺らは確かに、『運送の依頼』を受けた筈なんだ。だというのに、なんでキャラバンに乗せられているのか?


 これにはまた巧妙な罠があったと言うか? すっごい屁理屈捏ねられたと言うか?


 自分等がお願いしたのはエニスクローからレテの間。そこまでの移動をこちら(レトルバ達)が請け負うのは、当然と言える措置である! ――――という。それが、このめんどくさいコンビの言い分だった。

 交通費払うから現地集合。……ではなく、おう、そこまで乗せてってやんよ、って奴。押し付け。

 正直現地集合にしてくれた方が、陸路より圧倒的に早いのにな。



 ああ、エンマは因みに、貨物ブースを陣取って、青空の下羽を休めている。手を出してくる阿呆がいたら、全員ぶちのめしていいって許可は当然のように出してある。手を出してくる奴に手加減なんて全く必要ないって言ってあるから、問題ないだろう。


 それはあのウザコンビの目の前ではっきりと言ってあるから、あいつらすらも滅多な事はしないはずだ。

 あいつら油断も隙もないからな。エンマは親父殿も認める優秀で高価なワイバンだ。そんなお宝、横取りしない方がおかしい。



 ああ残念ながら、所有者のいる奴隷を奪ってはいけない、なんてルールはない。奴隷魔術なんて、使える奴の手にかかれば結構カンタンに所有者書き換え出来るからな。

 ま、そもそもエンマとは契約らしい契約を結んだ訳じゃないから、書き換えようねぇけどさ。念には念を入れとかないと。



 それはさておき。


「それで? イーサ。ここまで強引に俺を乗せたんだ。見せてくれるんだろ?」


 乗り込んで開口一番に、俺はイーサに尋ねた。

 何を、とは言わなかった。どうせ、他にないのだから。


「見てくれるのにゃ?! 最近、買い手が少なくて困ってるにゃ! これで百人力にゃ!!」

「調子乗んな。暇潰しだ。それに、こんな悪趣味な部屋にいるくらいなら、奴隷達の部屋を視察した方が百倍マシだ」

「むむむ、なんでディオもこの部屋の良さが解らないにゃ。高級感溢れる素敵な部屋にゃ」

「へ、え……」


 おまえ(イーサ)の趣味かよ。納得と言えばそうだが、びっくりだわ。


「なあな、それ、俺も見てみたいな。俺、まだ奴隷って見たことなくてさ」

「にゃんと! なら、にゃーがとくと説明してやるにゃ!」


 行くにゃー! なんて走り出したイーサに、楽しそうに続く深月君。いや深月君、奴隷見たことあるはずだから。ラズがそうだから。

 なーんて、言うだけ無駄なんだろうな。いいけどね?



 当のラズを手招いてやれば、膨れっ面が見返していた。不満の理由、なんとなく解るけどな。


「どうした?」

「……あいつ、嫌い」


 ぽつり呟き、去ってく背中を睨み付ける。うんまあ、そんな事じゃないかなとは思っていた。つい、苦笑してしまっていたら、懐に飛び込んでくる。


「兄ちゃんに、そんなことしてほしくない」

「ラズ…………」


 そんなことって、多分、奴隷商人紛いの事をしないでって意味なんだろうな。ぎゅうと、力を込めて抱きついてくるのはいいけど……痛いっすラズさん。


 うん、まあ俺も、ラズの前ではあんまやりたくないけど、俺が今一番かっこよく見せられる所って、こんなもんなんだよなあ……。


 え? 商品管理にかっこ良さなんてあるのかって?

 嫌だな、汗水垂らしながらこれから売られていく奴隷達の為に掃除に励む俺!

 一人一人に声かけながら、そして体調を気遣ってやりながら、せっせと健康状態に合わせた食事を用意してやっていた俺!

 かっこいいだろ!!?



 ………………………………。


 ………………うん、なんか言ってみて悲しくなってきた。


 どーせそんな事しかしてないさ! ふんっ!

 でも大事な事だったんだって! 舞台裏なんてそんなもんよ? 何もいつも、親父殿に鞭打たれそうな奴隷庇ってただけじゃないんだからな。


 はあ、なんでこんなに言い訳染みているのか。

 も、いいや。


「ラズ」


 いつもよりも優しく呼び掛けてやれば、ラズは恐る恐る顔を上げた。それに、膝を落として目線を合わせてやる。


「ラングスタにいた頃、おまえの目に俺はどんな風に映ってた?」


 そんな事を聞いてみると、少し考えた風に首を傾げる。実はこれ、今まで何となく聞きづらくって聞いてない。

 だって、怖いだろ。他人にどう思われているかを確かめるのって。しかも、当時最も反抗的だった奴隷からの目線だぜ?


 俺の身の安全の為にも是非とも! ……なんて、思ってないからな?

 ちらっと過ったけど。ちらっとな! ちらっと!



 うんうんと悩む姿に、申し訳なさすら感じてしまう。多分今まで考えないように――――というか、思い出したくない記憶の方ばかりだろうから、直ぐには出てこないのだろう。

 漸くこちらに返ってきた視線に、つい、身構えてしまう。


()()の使いっ走り、かな」

「お、おう………………」


 いや、間違っちゃいねぇけどさ。いないけどさ!

 流石にちょっと、傷つくぞ!


「でも、喋れない僕に声かけてくる、暖かくて変な人」


 嬉しそうにはにかむ姿に、俺は気持ちとしては複雑だ。それって、誉めたの? 貶したの? なんか貶された気しかしないのだが。


 まあでも。


「ラズにとって、俺の行動が何かしらプラスに思えていたならいいんだ。俺にはさ、奴隷達全員買い取って面倒見てやる、なんて甲斐性も財産もないから……」


 特に今は、最恐の義弟で手一杯です。……とは言えねー。


「あの時はさ、俺に出来る精一杯が、奴隷として生きる奴らの力になれるなら、せめて全力を尽くしてやりたいって、そう思っていたんだ。それが今は出来なくなったけど、ここで少しは同じことが出来るかもしれない」


 だから、解ってくれ。そんなニュアンスを込めて言えば、くしゃりと笑われた。


「うん……そうだね。なら僕、兄ちゃんを手伝いたいな」

「おう。なら行くか」


 ぽん、とその頭に手を乗せた後に、深月君達が向かった方へと足を運ぶ。途中、手を繋いできたラズに苦笑しながら、子連れの俺らも彼らに追い付いた。


 ただ。



 追い付いたはいいけど、思わず絶句した。


「――――――それでにゃ、こっちがレプラホーンって種類の小人妖精だにゃ。出涸らしみたいな顔してるけど、彼らの本領はそこじゃにゃく――――――」


 何にって、イーサの説明に、ではない。



 きっっっったな!! 汚部屋だよ汚部屋!

 なんだここ、ごみ溜め? 鳩やカラスの巣の巣窟(そうくつ)? ……いや、本当に見たことあるわけじゃねぇけど。むしろ、片付けられない奴の押し入れ?!


 そして、家畜小屋に入った瞬間のような、つんと鼻に来る臭い。アンモニア臭にじめっとした腐敗臭。


 普段使うところだけ片付けておけばいいって思っている、その典型と言うか?

 なんか、入るだけで感染症もらいそうなんじゃ? ってくらいに酷いんだけど。汚い。人が居ていい環境じゃねぇ。



 コンパートメントのような作りはここでも変わらず、仕切りは壁の代わりに檻だ。まあ、そこはどこの設備も同じもんだ。


 ただ、問題はそこじゃない。

 まず床。人が頻繁に通っている通路の真ん中以外。つまり、壁際。埃が溜まりに溜まってあからさまにカスッカスに固まってる。現に、靴を履いた状態の爪先でなぞっただけでも、ざらざらなのが解る。汚い。


 次に部屋のなか全体。窓を締め切ってるせいで兎に角暗い。空気が籠ってる。そして埃臭い廃棄物臭い。

 おいおい、三拍子揃っちゃった所かプラスアルファついちゃったよ。最悪。


 只でさえ運動がしづらい檻の中。加えて日光まで断ったら人間――――じゃない奴が大半だけど、生きていけない事には変わりない。

 あーあー、明らかに不健康な青白さなんて、そりゃ、買い手もつかねぇわ。



 何よりも気になったのが―――というか目についたのが、干からびカビた食べ物の痕跡と屎尿(しにょう)の山。一応、決まった所に集められては要るが、有り得ないの一言に尽きる。


 前世で何度か入ったことのある鶏小屋でも、週に一度は大掃除してたぞ?!



 こいつ、こんなんでよく、俺に見てくれだなんて言えたな?

 あ? なんだこりゃ。『商品管理』の『し』の字もねぇ!


 え? ナニコレ?

 ひょっとして、わざとか? わざと、俺に出番を回しているのか?


 あっはは!

 そっかあ~。わざわざ見せ場作ってくれちゃうなんて、悪いなあ~?



 …………んなわけあるか!!


「さ、どうにゃ? ディオ! なかなか豊富な品揃えににゃって来たと思わにゃいか――――――」

「イーサ。てめえ、ここを最後に掃除したのはいつだ」


 言えば、きょとんとして見返される。ああ、イラッとしたのは気のせいでない。こう言う時に、可愛い子ぶりっ子はいらない。正直きゅっと絞めたくなる。


「はにゃ?」

「掃除したのはいつだって聞いてるんだ脳足りん。答えられねぇならさっさとお湯を大量に沸かしに行け」

「はにゃ?!」


 びっくりしたような顔してる暇があるなら、キリキリ動けよこのノロマ。護衛まで勤める奴隷行商が聞いて呆れるぞ。

 深月君が苦笑しているのは無視。あーらら、なんて笑っているけど、君よくこんなの見て平気だね? 同じ日本人として、俺は悲しいよ。


 こうなったら、徹底してやるしかない。

 まずは隣のラズに指示。


「ラズ、さっきの部屋からシーツひっぺがして来い。んで、手拭い程度に切り刻んで」

「うん、解ったー」

「はにゃ?!!」


 ぱたぱたと奥に向かう姿を確かめて向き直る。この手のお願いならラズはそれはもういい笑顔でやってくれることだろう。

 次に、ぶりっ子は無視して奥に指示。


「深月君、その脳足りんちょっと押さえて。牢屋倉庫の鍵持ってる筈だから」

「え? お、おう……」

「にゃにゃにゃ! ちょっ……待つにゃディオ!」


 慌ててこちらに飛んできた手をつかんで、勢いのままに見よう見まねの適当一本背負い。当然、相手にかける気遣いなんてものもなく、ぶん投げた後は手を離した。


 良い子の皆~真似すんなよー。ぶん投げた奴の手は離しちゃダメだ。ほんとは。

 勿論、こうなるって、解っていたけどな。あいつに優しくしてやる気になれないからいいわ。どうでも。



 ぽーんと、びっくりするくらいよく飛んでいった後、びたん! と壁にぶち当たる。あーあ、かわいそー。ざまあみろ。

 危なっかしく、箱馬車が揺れる。


 「ふぎゃっ」 と、尻尾を踏まれて潰れたネコみたいな断末魔。ふん、少しは引っ込んでろ。



「にょああああー! 横暴だにゃ! 聞いてにゃいにゃ!」

「は? てめえが見ろっつったんだろ? ってか、ラングスタに出入りしていて一体今まで何を見ていたんだ?」


 そう切り返してやっては、何かぼそぼそ仰っている。「それは~、その、品揃え、とかにゃあ…………」 とかなんとか聞こえたが、余計に火に薪をくべているって、気がついているのかね? ついでに油も頂こう。


 嗚呼(ああ)、出来ればついでに窓から放り捨てたい……!



 なんて思いのままに、行動に移すよりも先に。


「おい?! 何だ今の揺れは!」


 バタバタと。恐らく御者台の方からすっ飛んできたのだろう。扉前で目を回しているイーサを見つけて、レトルバはぎょっとしていた。

 そして、ビリビリに破いたシーツを抱えて出てきたラズに、またぎょっとする。


「レトルバ」

「ディオ、これはどういう状況だ?」

「それはこっちの台詞だ」


 じろりとその表情を睨んでやれば、珍しくたじろいでいた。後ろで深月君が「こっわ~……」 なんてほざいているが、俺の一体何処が怖いって言うんだか。なあ?


 どこからどう見ても貧弱そのもの。睨もうが凄もうが迫力なんてものは皆無だっていうのにさ?

 全く、人を妖怪かお化けみたいな目で見てくるなよな。



 ただ、レトルバもイーサと同意見のようで。


「あー……その、なんだ。いつも流し売りばかりしてるから、長期移動の為の設備がそんなに整ってなくてなぁ……。返す言葉もない、かな!」


 気まずそうに視線を剃らしたかと思うと、にこっと、屈託なく笑った。いい加減いい年したおっさんがそれやっても、何も可愛くもない。

 そして、こいつも悪びれすらないのかよ。


「偉そうに胸張ってんじゃねぇだろうが。運行している場合か! 大・掃・除、だ!!」



 全く、信じらんねぇ! あり得ねぇ!

 ほんとよく、こんな酷い有り様で平気だよな?!


 久しぶりの奴隷商人的な仕事については流石の俺も、鬼の形相ものだった。とさ。

 ふ ざ け ろ よ!

 

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