本当の友人なら、悪徳商売に巻き込まねぇよ .3
「却下」
にべもなく告げて、俺は何も言われなかったことにした。
「さて。深月君、送っていくよ」
「え?! あ、お、おう……」
即ち深月君を口実に、暫くこの街を離れておく事にしようと思う。そうだな、取り敢えず三ヶ月は離れておけば、また戻って来られるだろう。
「有り難いけど……その、いいのか?」
ちらりと視線をくれているのは、俺の背後。振り返る気はない。さっさと行こうとその腕を掴んで引っ張ってやれば、大人しくそれに従ってくれる。
悪いけど、ラングスタへの下見は今度にしてくれ。
「それじゃあシャラさん。少しこの街を空けるね。ジジイには伝えといて」
「あ、はい。……それは、構いませんが……」
ちらり、やっぱり一瞥をくれるのは後ろ。
あーあー、めんどくさいなあもう。どうせ、レトルバもイーサも、大して気にしちゃいねぇだろうに。むしろ、如何に俺を引き留めるか画策しているに違いないんだ。
仕方なく振り返れば、ぷるぷると震えてその大きな瞳に涙を一杯に溜め込んでいるイーサがいた。
「にゃんで……」
ぼそりと呟いた姿が鬱陶しくて、思わず宙を仰いでしまった。
……あー。こりゃ不味いな。一番めんどくさいパターン。
「なんでにゃあああああああ!」
どどどと迫り来、俺の腕をがしりと掴む。しまったと思うよりも先に、ぐわんと身体を思いっきり揺すられた。
「にゃー達は友達だにゃあ、ディオ! なんでそんな事言うにゃ? 嘘にゃ? 嘘だにゃ?」
「ちょっ……おい、やめっ……!」
うえっぷ。シェイクされた胃の辺りが気持ち悪い。こう、揺すられるっていうよりも、がくがくぶんぶん振り回されているって、言った方が正しい。
自分でも、この酷い丘酔いに脳からの血の気が失せてきているのが解る。
うぇっぷ、おまけにチアノーゼだ。誰か助けて……!
脳味噌が……! 脳味噌が頭蓋骨の中で大変なことになってる!
プリンみたいにプリンをクラッシュしてぐちゃっとうげえあ……。
なんて、その時。
「ちょっと、よく解んないけど兄ちゃんから離れて」
「イーサ、その辺にしとけって。そろそろディオが死にそうだ。顔色が大変なことになってる」
双方から救いの手が差し伸べられた!
すなわち、ラズは俺のイーサの間を割って入り、レトルバはひょいと首根っこを摘まんで引き離してくれた。レトルバの手から下ろされた後も、そいつはぐずぐずと鼻をならす。
「うっ……うっ……だって、だって! ディオが酷いこと言うからにゃ……」
「はあ、っ……何言ってんだ? 友達だった試しなんてねぇだろ?」
「酷いにゃあああ!」
だっしん! 地団駄踏んだだけで床が軋むって、どんな怪力だよ。怖すぎっ。
そして、そんな程度じゃ軋みはしてもそれ以上は何事もないジジイのギルドが凄い。
なんて、俺の感心もイーサに伝わった気配もなくて。
「じゃあじゃあ、そっちのヒューマンは、ディオの友達にゃ?」
そんなことを聞かれてつい、ちらりと深月君と見合わせた俺らは悪くない。以心伝心なんてものではなくて、純粋に、そんなことが有り得るのか? って、俺は思ったから。
「いや、な――――」
「おお! 一狩り一夜、さらにはクエスト達成を共にしたマブダチだよな!」
否定するよりも先に、深月君はとてもいい笑顔でそう言い切ってくれた。
おいこら。君、一体何がしたいわけ? わざわざ喧嘩売る奴があるかよ。
「なら、なら! ディオの友達はにゃーの友達! 仲良くしてほしいにゃ。よろしくにゃ」
「ああ、こちらこそ。いいのかー、ディオ。俺仲良くなっちゃうよ?」
「……いや、君の好きにしなよ」
なんて、そっちで勝手に仲良くなるのは構わないけれどな? それで『友達の友達は、みぃんな友達!』 なんて原理が通用すると思うなよ。
と、そこまでは良かった。けどイーサが親しげに出した手を、深月君が応えて握手しようとした時、それに気がついた。
だからつい。
本当につい、反射のように、イーサの腕を蹴りあげてしまった。
「にゃあ!」
「わっ……おい、ディオ!」
咎めるような深月くんの声は、俺に向けるべきものではないと気がつけよ。手を蹴られたイーサは、びっくりした表情のまま挙手して固まっていた。
未だに事を理解していない深月君は無視。
「イーサ、てめぇ。悪ふざけにしては質悪いことするじゃねぇか。ああ?」
固まっていたのも、本当に一瞬。にんまりと、まるでチシ○猫のように、悪いことしか考えていなさそうに笑うのだった。
「にゃははははは! 失敗失敗! やっぱりディオ、大事なものが解りやすいにゃ~」
「この、クソ狐が……」
「へ? あれ?」
やっぱり解っていないのは、深月君だけ。
「おいレトルバ! この脳足りん、ちゃんと躾けておけよ!」
その姿を振り返って訴えれば、きょとんとした後に苦笑されてしまった。
「悪いなあ、ディオ。普段はさせねぇんだけど、ほら、お前があんまりにもつれない事言うから」
「止めなかったのは、俺のせいかよ!」
ああもう、どいつもこいつも! ああ言えばこういう。
一先ずは、まだ解らなそうにしている深月君だ。
「あのね、深月君。今君、隷属魔術かけられそうになっていたの、解ってる?」
「ええ?!」
ええっ?! って……うん、全く解っていなかったんだね、君。
超初歩的な引っかけというか? 友好的に見せかけて相手の懐に潜り込み、その寝首を欠くなんて、基礎中の基礎だろうに。
「深月君、奴隷商人名乗ってる奴を、簡単に信じちゃダメだ。特に、客になり得ない時なんかはね」
「でも、ただよろしくって挨拶しようとしただけなのに……」
「そうだにゃ。こんなの挨拶にゃ~! ぶーぶーぶー」
まだ納得がいかないと言わんばかりの追撃に、何か雑音が聞こえて気がする。ああ、空耳、気のせいか。
ああ、無視だよ、無視。
「じゃあ深月君、奴隷にされたかったの? ふうん?」
「なんて事言うにゃ、ディオ! 他人になんてやらないにゃ! ディオの友達だからやったんだにゃあ。これくらい、ジョークに過ぎないにゃあ!」
「にゃあにゃあ煩い。このぶりっ子、黙れ」
「酷いにゃ……」
しょぼん、と、今度こそ尻尾を垂れ下げたイーサ。ふん、ずっとそうしてろ。
「……せっかく、お兄さん出汁にしてディオにお願いしようと思ったのに……」
「イーサ、次はもっと上手くやれよ?」
呆れて何も言えない。おいレトルバ。そこは推奨するところじゃないだろ。
ってか、そこまでして一体俺に何させようっていうんだよ。言っておくけど、こいつらに貢献出来ることなんて、炊き出しくらいしか思い付かないぞ? 戦闘力にはなれないからな! ……はあ。
あ、いや、それ以上の興味はないからいいや。
って、思っていた所なのに。
「なあ、二人は何を誘おうとしたんだ?」
「ちょっ……深月君!」
安定して、彼は余計なことを聞くのが好きらしい。俺が腕を引いていたにも関わらず、足を止めて振り返っていた。
ああ、くそっ。前に深月君が言っていた事は本当なのかもな。そこにいるだけで、面白可笑しく引っ掻き回すってやつ。
現に、「イベント臭いもんな。是非とも見ておかないと……」 だなんて、余計な思考の呪文をぶつぶつ唱えている。一つ、言えるのは、そんなに楽しいものじゃないって事くらいだ。
そんな、こちらの事情に構わないのがイーサで。
「ちょっとディオに、奴隷行商レ・イーに入ってほしかったのにゃ……」
「は?」
「ディオに?」
驚いた深月君とは裏腹に、俺はいらっとしてしまった。
理由? んなもん、何の当て付けかよって話だ。
「そうにゃ。奴隷商仲間の間で、ラングスタはかなり有名にゃ。商品の状態も良くて、躾も出来ている」
失敗例もここにあるけどな。隣に。
とは、言わない。むしろ、今にも暴れだしそうだから、その話止めないか?
「これがどうして、フリーになったディオを誘わない訳がないにゃ?」
「なるほど、確かに」
納得させられないでくれないかなあ、深月君。なし崩し的に巻き込まれそうで凄く嫌だ。
「やらないからな」
だから、という訳じゃないけれど、先制してぴしゃりと宣言してやった。安心させるつもりで、心配そうに見上げているラズの頭を撫でてやる。
「俺は、ラングスタ以外で奴隷商人として働く気はない」
「そんにゃあ~……そこをなんとか」
「嫌だ」
きっぱり突っぱねてやれば、レトルバの方が何かを察したらしい。そこに俺は畳み掛けた。
「第一、今の俺はギルドに籍を置くただの商人。運送以外を、請け負うつもりはない」
「なら、運送を頼まれてくれないか?」
切り出したのは、レトルバ。じろりと見やれば、しれっと笑われた。確信犯かよ、こいつ。質悪いな。
「…………何処まで」
「こっからじゃなくて、エニスクローから、俺らの本拠地レテまで」
「げ」
よりにもよって、エニスクロー。
一言で説明すれば、奴隷商人の為の街だ。全国各地商人が集まり、オークションなんかも開かれているのがそこだ。
行ったこと? ……あるぞ。あの街は、かなりヤバい。合法非合法関係ない。金と武力が物言う街だ。
歓楽街なんかもあって……うん、連れ込まれると身包み剥がされ、売れるものは全部売らされるらしい。
全部。一番怖かったのは、女に誘われるままについていったら臓器抜かれた、なんて事が頻繁におこるって話。めっちゃ怖い。
あの時の俺はまだ小さかったから、ずっと親父殿に引っ付いていたっけ。お陰で、周りの雰囲気に怯えこそすれ、大事はなかった。
そこに、一緒に行けと。
ラズを連れて? 武力面は確かに申し分ないけど、あんな汚い奴らの目にラズを映したくすらないのだが。正直。
「悪いけど、客は選ばせて貰う」
「なら、ギルドに依頼すればいいかな? 籍を置いているなら、指名料多く出せばやってくれるよな?」
「チッ……!」
ホント、痛いところ突いてきやがる。そこまでして俺を巻き込みたいのか?
ああもう、ほんと質が悪い。
「な、な。それ、俺も便乗してもいいかな」
俺が頭を抱えている横で、とんでもないこと言い出している子がここにいる。いや深月君、無茶にも程があるって。間違いなく君は、身包み剥がされるタイプだって。
なんて、言ってあげても彼は聞きやしないんだろうなあ……。
仕方なしの最後の抵抗。シャラさんに目を向けると、ひょいと肩を竦められた。
「申し訳ありません、ディオさん。余程特別な理由がない限り、ギルドが依頼を断れないんです」
まあ、そうだよなあ。別に、ランクが足りないのに高ランクに部類されるクエストに指名された訳とは違うもんなあ。本職にしている運送で、『ここからここまで運んで?』って、言われただけな訳だし。
「……はあ、解ったよ。やればいいんだろ。やれば」
「うわぁい!! ありがとうにゃ、ディオ!」
喜びを体現するように飛んできたイーサを、ラズが片っ端からブロックしている。その攻防はなんともほのぼのとしている。
だと言うのに、俺の心は海溝の底に沈んだかのように重たくて暗い。憂鬱。まさにそれだ。
あーあ。これが、『友達』のすることかよ。信じらんねぇ。




