本当の友人なら、悪徳商売に巻き込まねぇよ .2
完全にその姿が離れるまで、俺らは三者三様息を殺して時間が経つのを待っていた。
「……ディオさん、もう大丈夫ですよ」
囁くようなシャラさんのその言葉。それに漸く、俺はほっと息をついた。
「シャラさんありがとう。本当に助かったよ」
「いいえ? 大したことではありませんよ」
その表情を見上げれば、微笑む女神がいた。
「だってディオさん、泣きそうだったじゃありませんか。そんな顔されたら、放っておけないですよ」
「シャラさん……」
どうしよう。
うーわ、どうしよう! 今すっごいきゅんと来た! この胸のときめきは一体なんだ?!
シャラさん、マジで俺をどうしたい訳?!
さっきまで身体ガクブルで、手先足先冷えきっていたっていうのに! 顔が火照ってる自覚ある。血の巡りが急に良くなってばくばくする。
え、惚れるよ? そりゃ。
弱っているところに寄り添うこの優しさ! 惚れるしかねぇだろ?!
……あ、でも。同時に、自分がとんでもないダメ男な気がしてきた。
うわ、俺には不釣り合い甚だしい。
むしろ惚れるしかないとか、烏滸がましいにも程がある。
止めよう、悲しくなってきた。うん。
俺は赤くなったり青くなったりしていそうな表情を伏せながら、「お邪魔しました」 だなんて、ぼそぼそ呟きながらごそごそとカウンターを出ていった。
ぽんぽん、と、俺の背中を優しく叩いてくるラズは、一体何に対してそうしているというのか。あんま、考えたくない。
振り返ればきっと、暖かーい眼差しを向けられるんだろうなあ、全く。
何だよニタニタと気持ち悪い。なーんて言って、元ネタが解らなければただの罵詈雑言にしかならないし!
「は~、それにしても、あれがディオの父ちゃん」
何故か、深月君も釣られたように深く息を吐いている。
ああ、面倒臭いな。その後に来るであろう言葉に、黙認を貫こうと思う。
「ってか、最近追い出した、って、言ってたよな? あれれ~? ディオ、運送業やってるのは自立の為っつってたよな?」
ほらな、やっぱり! それ言われると思ったんだよ。にやにや笑いを止めようとしないから、つい、舌打ちしてしまう。
「うっせ! あー、そうだよ! 追い出されたんだよ! ていうか逃げ出したんだよ! なんか文句あるか?」
我ながらすっごい子供染みた反論だった。うん、自覚はあるけど、今更どうしようもないさ。
椅子に体重預けきって、ぷらぷら揺すっている深月君が本当にイラッと来る。椅子の足をすぱっと払ってやりたい。そして転べ。
「なんか、想像つかないけどな、さっきの様子からじゃ」
「はい、深月君はカモ~」
「何でだよ!」
「何でも」
ふんだ。親父殿が明らかによそ行き面してるのに、そうである事すら解らないなんて身ぐるみ剥がされちまえばいいんだ。
なんて、拗ねた考えしながら椅子に戻れば。
「……ですが、本当にディオさんが追い出されたって聞いたときには、私も驚きましたよ?」
シャラさんにまでそんな事を言われる始末。そんなに意外なもんかね?
シャラさんですら、大魔王と化した親父殿は想像つかないって事か?
「……そう? いや、もうこの話はやめよう? また親父殿が戻ってきそうで、俺は気が気じゃないよ」
「それにしてもさ、似てないのな、親父さんに。ディオって母ちゃん似?」
こいつはまた……ほんっとどうでも良いところ突いて来るな。混ぜっ返すなよ! たった今、『終わりにしよう』って言ったのに!
ったく。
「……まさか。そもそも似る訳ねぇよ」
ま、いいけどな? 気まずく思うのは、どうせ周りだけだ。今更俺の知ったことじゃない。
「俺と親父殿は、血なんて一滴たりとも繋がってねぇからな」
「えっ?」
「はあ?!」
なんて淡々と告げてやれば、深月君だけでなく、シャラさんにまで驚かれた。
ほら、な。こうなるって解っていたから、言わなかったのに。
俺と親父殿。文字通り、血縁でもなんでもないんだ。
え? 今まで何で周りに言わなかったかって?
今までの話に、必要あったか? ねぇよな?
え? 知ってた? うっそ。
だけど追い出されるまでは本当に、親父殿の息子としてラングスタを手伝いながら生活していたんだ。俺も一応そのつもりで働いていたさ。
従業員なんかよりも破格の待遇、不満に思う訳がねえだろう? 毎日風呂入れて、のんびり暮らさせてもらって、さ。別に血縁でなくとも、家族として、息子として過ごしていたのは本当だ。そこは、誰にも否定はさせねぇよ?
ああ、他人ならば自らが奴隷に落とされるかもしれない危険まで背負って、親父殿に金返そうとしているなんて、酔狂にもほどがある?
まあ、そうだな。傍目から見ればそうかもしれない。
けど、さ。
「俺、ちっせー頃の拾われっ子だからな。親父殿の気紛れでも拾って貰えなければ、今頃きっと、とっくの昔に野垂れ死んでいただろうからなー。それを思うと、色々と思うところもある訳よ」
くすっと、つい、笑ってしまった。二人がドン引きしているのには気がついているし、ラズなんて目玉が落ちるんじゃねぇの? ってくらいに、目を見開いている。
あーあ、美人も筋肉ついてきたフツメンも、ついでにかわいい顔も台無しじゃねえか。
あの頃の記憶は、今ではマジで笑い話だ。
ちっせー頃の俺は、精神が肉体に今より酷く引きずられていて、その時周りにいた大人たちから見るとかなり異質な譫言を繰り返す子供だった。
例えば?
うーん、そうだなあ。冷静になろうとして、円周率を延々小声で唱えてみたり、とか、一足す一から延々足し算してみたり、とか? ああ、そういえば村に水を引こうとして図面引いたこともあったっけ。
まあ、流石に俺自身でも、あの頃は怪しかったと思う。変人というか、うん。
本当の血縁の両親には気味悪がれ、自分と瓜二つの双子の兄弟にまで嫌煙されていたっけな。
同じ姿形していても、中身がゼロか、イチかによって、こんなにも考え方が変わるのか、なんて、冷静に分析していたのは良い思い出だ。
ああ、懐かしい! ……あいつ、元気にしているのかな?
ま、その結果が村から追い出されて、飢えた獣が出るって言われていた魔窟の森に装備なしで放り出されたんだっけ。あの時、兄弟が最後の最後に同情してくれて資金恵んでくれなかったら、もっとヤバかっただろうなあ。
それがいくつの頃だったかな~? 確か、八歳? こっちの世界の年の数えかた、イマイチ解かんねぇから、それくらいって事にしておこう。
そ! 実は俺、追い出されたの一回目じゃないんだわ。これが。
だからかね? どうにかなるだろ、なんて思ってしまうのは。
え? その飢えた獣が出る魔窟の森に迷い混んで、何で親父殿に拾われたかって?
紆余曲折あったんだよ。
まさか、俺を追い出そうとした奴等が姿さえ隠さずに、村の方向に向かって森を出ていく、なーんて思わねぇだろ? だから、なんでわざわざ森に連れていかれたのか、一瞬本気で悩んだ。
けど、そこで悩んでいたら迷子になる。だから、ふっつーに後を付けていって、森を出た。それだけ。
あとは、村に戻る訳にも行かずにテキトーに街道歩いていたら、親父殿に拾われた。ホント、それだけ。
だから、って訳じゃねぇんだけど。少なくとも俺は、その時拾ってくれた親父殿に感謝しているし、もらった恩くらいは返しておきたい。そういう心積もりな訳。お解り?
ま、こんなこと皆に話しても鬱陶しいだけだ。詳しく話す必要すらもないだろう。
「それよか、親父殿の本当の息子は、今頃何処で何しているんだかも解――――――」
なんて、肩を竦めて締めてやっていたら。
「ディオ……!」
「うわっ!」
諸手を挙げた深月君が、身体ごと飛んできた。即ち、深月君が抱き付いてきたのだ。避ける間もなく、俺はされるがまま、だ。
って、デジャヴ! こいつ、自分とこのギルマスに汚染されてきてないか?!
よーしよしよし! なんて、犬じゃ有るまいし、頭撫でるの止めろ!
「お前ってやつは、見た目に反して苦労してきたんだな……!」
「あ?」
どういう意味だこのクソ野郎。見た目に反して、っつったな?
「喧嘩売ってるなら高く買うよ? 深月君」
「は? 売ってねぇよ! 俺は、お前に初めて尊敬の念を抱いている!」
にっこり笑って言ってやれば、物凄く驚かれる。
…………落ち着け、俺。彼はまだ学生だ。言葉のチョイスに何か酷いものが混じっているが、きっと、彼には悪気はないんだ。だから、これ以上怒っても意味はない。
ほらほら、Cool down. Am I ok?
答えはイエス、オフコース!
うん、安定してバカだな、俺。行幸、行幸。
「暑苦しい、邪魔」
べりっと、引き剥がしたくても、残念ながら彼の方が力は強い。俺が彼の勢いに押されたってのもある。
仕方なしにその頬を強く抓ってやれば、「いたたたたた!」 なんて、叫びながら俺の方が突き飛ばされた。
酷い。危うく椅子ごと倒されるかと思った。
幸いな事(?)に、同じく引っ付いてきたラズによって支えられて、事なきを得たけど。
全く、自分が悪いのになんてやつだ! けしからんなあ。全く。
ま、こんな面白くも何ともない話なんてどうでもいいんだ。
そんな事よりも。気になることが一つある。
「けど、なんで急に親父殿の耳に、俺がここにいるって話が伝わったんだ……?」
ぽつり、そんな事を呟いてやれば、途端に謎が深まった気がした。
だって、俺がここに出入りしているのは昨日今日の話ではないんだ。しかも、親父殿の耳には絶対に入らないように、細心の注意は払っていたんだぜ?
うん、まあ。それでも、人の口には戸は立てられない。何処かで俺を見かけたって話が出てくることくらいはあるだろう。
けど、さ。
親父殿のあの様子からいくと、多分真っ直ぐにここ、レバンデュランのギルドに来ているような感じがするんだよな。そうでなければ、この辺りでそれに似た姿は見てないか、くらいは聞くと思うんだよなあ。うん。
うんうんと、悩んで首を傾げているのは俺だけで、シャラさんや深月君には、特別疑問に思うところではないらしい。
まあ、ラズは隣で「ふぅん、あのくそったれにしては誉めてやっても良いけど」 だなんて呟いちゃっている。未だに先程の俺のカミングアウトを引きずって、久々にダークな事呟いちゃっているよー。
俺の義弟も大概怖い。
皆が思うように、深く考える必要のないことなのだろうか? とてもじゃねえけど、そうは思えないんだよなあ。なんて。
考え込みたかった所なんだけど、りんっとまた、軽薄に鳴ったドアベルの音に、俺は飛び上がった。
がたん! と椅子を揺らして、それごと倒れるんじゃないかと胃が縮み上がり、まさか親父殿の不意打ちか?! なんて冷や汗が吹き出す。
隠れるのも間に合わなくて、ギルドの扉はあっさりと開け放たれたのだった。
「まいどー! 奴隷行商レ・イーですにゃ~!」
そんな、内心荒れ狂う俺とは対照的に、そいつらは現れた。
間の抜けた声と共にでっかい三角耳を頭に乗せた、人型獣人擬きが仮面かぶったライダーみたいなポーズ付きで入ってきた。
瞬間。俺は、全てを悟った。入ってきた呑気と、後続の野郎を睨み付ける。
「ほらほら、やっぱりディオいたにゃ~!」
「ま、他にこの辺りで油売れるところなんてないだろうが」
おまけにさらっと、なんか聞き捨てならない事が聞こえた。
「よお? 久しぶりだなあ、イーサ。それにレトルバ」
イライラを隠すこともなく、俺はその名を呼んでやった。
俺のそれに気がつくことなく、イーサはぴょこひょこと跳ね回って突撃してくる。目障り。
「もーディオ探したにゃ~。さっきは見かけたときに呼んでも無視するから別人かと思ってたにゃ」
「ラングスタを追い出されたって、本当か? ディオ」
ものすっごく雑に迎えてやったというのに、二人は途端に群がってきた。
ああ、もう。やっぱりこいつらのせいかよ! 親父殿がここに来た理由!
朝方呼び止められた気がしたのは、こいつらの仕業だったと。別人だと思ってそのままラングスタに向かい、この辺りで俺らしい姿をみたんだけど、と、親父殿に確めた、と?
そしたら親父殿は、俺がこの街にまだ居ることを知って、いるならジジイのギルドだろうと当たりを付けて飛んできたと! そういう事かよ!
くっそ! 文句の一つや二つじゃ気が済まねぇ!! ぶん殴りたい!
「ああ、そうだよ。しかも、お前らが余計なこと言ってくれたお陰で俺は――――」
「にゃははははは! ほらほらレトルバ! にゃーの勝ちにゃ!」
「……ちっ! あの真面目君がまさか、本当に出ていくなんてな。賭けて損した」
なんて思って切り出したのも、イーサの大爆笑によって発言した言葉の存在を潰される。それはレトルバとて同じだ。眉をしかめて、俺の話は聞いちゃいねぇ。
こいつら……。勝手に人を賭博対象にするとはホント、相変わらず良い性格してやがる。
舌打ちしながら、紐財布から金貨を出して放り投げているのが、ヒューマンのレトルバ。くたびれた枯れ草色の髪が目立つ旅の行商人だ。つっても、商品は当人らが言ったように奴隷だけどな。
特定の店舗を持たずにキャラバンで動いている。故に、運送もするし、売買もするのがこいつらだ。しかも『商品を守る』為に、腕も立つ。隙がなくてムカつく。
「にゃははは! まいどありぃ、にゃ♪」
そして、金貨を受けとるイーサ。大きな三角の耳にぼっさりした金にも見間違う黄色の大きな尻尾が特徴だ。
え? 猫の獣人、ネコミミキタコレ?!
違う違う。こいつ、「にゃー」 なんて語尾だけど、ぶっちゃけ狐だし。獣人ですらないし。
狐のファミリア。それがイーサだ。
ファミリアっつーのは、ファミリアスピリットの事だ。動物霊の使い魔。でも何故かこいつは主も持たなく、実体もあるけどな。種族詐欺にも程があるだろって思うけれど、こいつは頑として獣人だと認めない。意味がわからない。
『にゃーはいっぺん死んでるのにゃー!』 なんて昔、意味の解らない主張をされたのは覚えている。
「ちっ、詰まんねぇ出費をしちまったぜ」
「だってにゃ、ディオがいつかあの店出るんだろーなってことは、解ってた事だったにゃ? そっちに賭けない方がおかしいにゃ!」
「そんな解りきっていた方に賭けても、面白味がないだろ?」
「ディオに意外性を期待する方が無理にゃ」
おいこら。サラッと失礼な事言ってくるな、こいつら!
二人で勝手に盛り上がるこいつら、マジで何なの? 周りの皆――――あの深月君まで黙らせてしまうこいつらが恐ろしい。
「お前ら何しに来たわけ」
だからつい、キツい口調で聞いてやれば、至って真面目そうな表情が返ってきた。レトルバから。
もう一度言おう。レトルバから。
イーサは放っとけ。あいつに一ナノグラムも真面目さがあった試しがない。ああ、それくらいはあるか、賭けをしているとき、のみだかな!
それはさておき。レトルバは、とんでもないことを口にしてくれたのだ。
「ああ、実はな。ラングスタを出たお前に、頼み――――というか、頼まれて欲しい事があって来たんだ」




