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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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本当の友人なら、悪徳商売に巻き込まねぇよ .1

 

 いつもと代わり映えのしない日の朝。

 俺らはいつもの通りに、ギルドの受付で客待ちする予定だった。けれどよりにもよって、地図を忘れていた事に途中で気がついた俺は、もうギルドに近いこともあって、ラズ達を先に行かせていたのだ。

 もし仮にお客が居たら、ラズ達が対応して、最悪俺を拾いに来てくれる手筈になっている。


 とはいえ、ラズに任せておいて本当に大丈夫なのか。そんな親バカもいいところの心情で俺は、ギルドへの道を急ぐのだった。


 途中。


「……ん?」


 誰かに呼ばれたような気がして、俺は一度、足を止めた。ぐるりと見回すも、視界に移るのは道半ばで止まった俺を邪魔臭そうに避けていく、もっさい冒険者のおっさん達くらいだ。誰も、俺に見向きもしない。


 気のせい、か? やだなあ、自意識過剰みたいで。


 往来にて一人で勝手に恥ずかしくなって、そそくさとその場を離れていく。




 …………ただ俺は、この時ほど俺の事を罵りたいと思ったことはない。もっと注意深く、人込みの向こうに目を凝らしてさえいれば、一番の恐怖に()が伝わる事はなかったのに、と。後から、知る。


 え? 後悔しているのはいつもだろうって?

 うっせーな! どうせ後悔ばっかりの人生だよ! ほっといてくれ!

 厄災の方が嬉しそうに熨斗(のし)付きでやってくるんだ! 仕方ねえだろ?!



 兎に角!

 その時の俺の頭には、早くギルドに行ってやんねえと、って事だけだったんだ!




 * * *




 俺が急いだ努力も空しく、本日もまた、いつも通りの暇を持て余していた。総合受付であるシャラさんの前を俺らは陣取り、のんべんだらりとお客を待つばかりだった。

 当のシャラさんは、俺らが常駐する事に慣れたのか、基本的に我関せずで、占いの向上をはかっているそうだ。


 ついでに言うと、ここにいるのは俺らだけではない。本日もまた、わざわざこの街まで足を運んだんだと胸を張る深月(みづき)君が、解りやすく暇そうに油を売っている。

 どうやら先日の、俺ら『日本人組』の、ヘッタクソな芝居の結果を報告する為に来たらしい。


 え? 何をしたかって?


 ……グロウの指揮で、ラミアちゃんはまた妖艶美女に化けたんだ。そして、イケニエにされていた少年をくわえたまま、町に突撃した。町の人を散々脅かしまわって、滑るように町を通り抜けていったんだ。


 あの時ほど、ラミアって怖いって思った事はない。絶世の美女(上半身)は、少年は食べてしまった後だと町の人たちに知らせるために、顔面崩壊させていたのだ。


 口裂け女なんてもんじゃない。口から顎……強いて言うなら、首から両肩にかけてすべてが口らしく、ばっくりと大きく開けて蹂躙したのだ。

 それだけじゃない。その開けられた口からは、少年に扮したグロウが、助けを乞うように、ラミアの口から手を出していた。


 雰囲気のよくない町だったとはいえ、阿鼻叫喚を生み出す必要はそこまであるか? て、我ながら思ったほどだ。



 そんなラミアを深月君が追っかけまわし、村の反対まで戦闘に見せかけたパレードを披露。やがて、深月君とラミアは丘陵のくぼ地にある森まで凱旋して、後の始末を必ずするからと言い残して、町を後にしたのだ。



 リューンさんは少年と個別に町を離脱、その間に、町に留まらずに一緒に行こうと少年を説得していたそうだ。


 結果として。ラミアを『討伐』していない深月君の依頼の結末は、本来なら失敗だ。けど、グロウが気を効かせて持たせてくれたラミアの鱗――――正確には、『ラミアちゃん』が纏っていた、鱗状のマントの切れ端を持たせてくれたことにより、無事に終わらせることが出来た、らしい。


 そんでもって、依頼が無事成功したって事を伝えてくれる口実にまた、セリーア平原の薬草を取りに来たって事らしい。



 うんうん。まあ、経緯はどうでもいいけど、順調にクエストこなしているみたいで、お兄さんはうれしいよ。

 ……未だにパーティーは居ないようだけど。


「だーかーらー! 世界が俺に追いつけていないせいだっての! 同じ頃に冒険者始めた奴と比べても、圧倒的にオレの方が強いから、みんな萎縮しちゃうの! 解る? この、意図せず孤高を貫く俺の気持ち!」


 芝居がかって腕を広げてみせた彼に、俺は生暖かい目を向けてやることにした。


「深月君。ボッチの言い訳にしては、なかなかスケールの大きな話だけれども、言っていて悲しくならないのかな」

「冷静に切り返されるよりも、お前いい年して厨二病かよって、笑われた方がまだマシなんだけど」

「あ、ごめん。気が利かなくって」

「もういいよ! やめろよ、余計に傷つくだろ!」

「注文が難しいなあ」


 唇を尖らせて拗ねる深月君に、ついつい苦笑をこぼしてしまう。いじめている自覚はあるが、これは意趣返しだ。


 勿論以前、彼が余計な情報を、どこぞのクソバーテンに流してくれたお蔭であった目に対する、な。

 大人げない? 知った事か! 温厚な俺だって、我慢の限界ってもんはあるさ、そりゃな。


 ……おい、そこ! ひそひそすんな! 言いたいことははっきり言ってもらおうじゃないか!

 今更、とは言わせない。この前やり返せなかった分! そして、流れで俺らを巻き込もうとした分! 料金は結局彼の送迎分しかもらっていないんだ! きっちり心労分をやり返すのは当然だろう?!


 ……まあ、いい。



「ごめんごめん。それで深月君、今日はまた何をしに? わざわざそれを知らせに来ただけじゃないんだろ?」


 その話を切るように言ってやれば、嬉しそうに、ぱっと表情を輝かせていた。


「お! よくぞ聞いてくれたな、ディオ! 実はさ、良い話を聞いたんだ」

「いい話?」

「ああ。この大陸って、比較的質の高い奴隷を扱っている店が多いんだってな! 特に、この街は少し先に港町があるから、別大陸の奴隷も入って来やすい、とか!」


 喜々として語ってくれた深月君。けど俺はつい、シャラさんと見合わせてしまった。その華奢な肩をひょいと、竦められてしまう。まあ、そうだよなあ……。


 ってか、うん。この街の奴隷商って、親父殿の店の事ですね。解ります。

 もちろんほかに奴隷商はあるぜ? けど、質がどうこうって絡んでくるなら、間違いなく奴隷商会ラングスタが勧められる筈なんだ。



 ただ、深月君にはちゃんと教えてあげなくちゃならない。

 奴隷について話すって言うのは、世間体上褒められた話題じゃないんだ、って事を。


「あのね、深月君」

「今日はその下見に――――うん? あれ、なんで二人とも、そんな微妙な顔している訳?」


 いや、君の発言が原因だから。とは、言わずに。


「奴隷の話は、あんま表の通りで話しちゃダメだよ」

「へ?」

「俺が言えたクチじゃないけど、大っぴらな奴隷の話は……ここ以外でしちゃダメだよ? 暗黙の了解って奴だよ。そもそも商売が褒められたものじゃない」


 理由を付け足してやれば、そうなの? なんて、シャラさんに向かって訪ねている。当然のように、そうですねぇ、なんて首肯が返ってきた。


 いや、俺やシャラさんなんて前に、奴隷云々の話、普通にしていたじゃねぇか。って、思うだろ? その線引きが難しいところでさ。あの時の俺は、一応それまでの肩書き上、奴隷商人(見習い)だった訳よ。元、がついてもな。

 つまり、商いどうですか? みたいな質問しても、なんら問題なかったって事。


 けど、今は勝手が違う。俺、ヒトの運送屋だから。今となっては、シャラさんとその手の話をする事はないんだ。



「あーそりゃ、知らずに悪かったよ」


 ぽりぽりと、頬をかいて困ったように言う姿。

 解って貰えた見たいで何よりだった。


 ほっとしたのも、束の間。「けど、」 だなんて、御託(ごたく)を続けてくれやがった。


「ディオには解んないのかなあー? こう、奴隷の女の子を幸せにしてあげる気持ちって言うか」


 えーと、何が言いたいのかな、この子。俺の言葉、本当に伝わっている?


「いや、解るけど?」

「いいや、ディオは解ってない! 少なからず、俺が買ってあげることで、奴隷商にいる時よりも生活が向上するんだぜ?! 俺が普通だと思っているように接してあげるだけで、今までとは大違いだって、慕ってくれるようになるんだぜ? 手に入れない訳にはいかないだろう?」


 あ、駄目だこの煩悩。人の話なんも聞いちゃいねえ。

 ……やれやれ。


「だから、それがダメだって……。ていうか、少なくとも深月君。君よりは解るよ」


 改めて、そう言い切ってやれば、さすがの深月君もムッとしてきたようで。仕方がないなあ、だなんて、首を振っていた。

 ちょっと、俺もイラッときたのは仕方あるまい?


「そんなに肩肘張って張り合わなくても―――――」

「だって、言っておくけどね、君が尋ねようとしている店、俺の親父殿の店だからね?」

「は?」


 きっぱりそういってやれば、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面を晒していた。あーあー、おっかし!


「え? 冗談、だよな?」

「わざわざこんな冗談言うかよ。ホントだって」


 けど、深月君にはまだ伝わっていないようで。訳の解らない事を言い出した。


「え? なんでこんなところで油売ってんだ? 運送屋、だよな? 奴隷の仕入れ中?」


 言われてから気が付く。そうか、彼は本当に知らないんだよな。一応俺が、奴隷商人の息子だって言うこと。

 なら。


「ちっげーよ。その、なんだ。自立、って奴だよ」



 上手いこと言葉を選んだつもりになっていたら、シャラさんにくすりと笑われた。けど、特別何か口を挟むこともなく、また、手元へと視線を落としている。


 いや、ねえ?

 だって、わざわざ言うことでもないだろう? 自分の失敗談とでも言える過去なんて。かっこ悪いったらありゃしねえ。


 なんて俺の気なんて知らずに、「なあディオ、よしみで安く紹介してくれー」 だなんて、宣ってくれちゃっている。

 いや何のよしみだ、何の!



 ってか、こんな噂話していたら、やって来そうでちょっと怖い。なーんて、そんなことある訳がないよなあ。


 はっはっは!


 ……あれ? いや、なーんで、こんなに背中を寒気が撫でてくるかなあ? あっはっは!


 うん、ちょっと。現実逃避するのは止めよう。


 今、俺の身に何が起こっているのか、説明してもいいだろうか? いいよな? 聞いてくれ。


 胸騒ぎって、何だかよく解らないけれど、こうした方がいい、って衝動に駆られて一杯になるだろう? え、なったことがない?

 そうだなあ……。

 じゃあまあ、ここにいたらヤバそう! って言うのかね。こう、えも表現し難い予感がしてならないんだよ。


「どうしました? ディオさん」

「ごめん、シャラさん」


 だから、ギルドの入り口に誰かが立ったような気がした途端、俺はラズを呼んで、一足先にカウンターを越えていた。

 火事場の馬鹿力って奴かね。しゅたっと綺麗に降り立った後、ラズを抱えてしゃがみこんだ。


 物凄く、シャラさんには何か言いたげな顔をされてしまったが、こうしないと俺の命が危ない気がして息を殺した。



 直後に、その原因が判明する。

 りんっと、ドアベルが軽薄な音を立てるのと同時に、勢いよくその扉は開けられた。

 そして、俺の虫の知らせを確信に変えるような、シャラさんの言葉にどきりとさせられる。


「あら、珍しい。ラングスタのルディスさんじゃないですか。こんにちは」

「こんにちは、お嬢さん」


 聞こえてきたのは、俺がよく知るよそ行きの声。その落ち着いた声色は、客に安心感を与えるらしいが、俺には震えるほど怖い。現に、無意識の内に身体の芯から震えている。


 ああ、間違えようもない。我が親父殿、奴隷商会ラングスタを仕切る、恐怖の大魔王ルディスに違いがなかった。

 ああ! 恐ろしいよ! 俺の嫌な予感、ほんと、的中しやがるな! こなくそ!

 なんでよりにもよって、こんなところに親父殿がいるのかなあ?! もう!!



 え? たかが追い出された程度で大袈裟なって、思うだろ?

 それが、ヤバいんだって!


 親父殿は、無闇に鞭振り回すような事はしない。故に、人当たりはいつだって『良い』んだ。


 紆余曲折あって店を出ることになったけども……俺を見つけた暁には、まず間違いなく店に連れて帰られる。その後にまた、追い出される可能性があったとしても、だ。

 連れて帰られた先、店の中という親父殿の城で、何が起こるか解るか? 良くて説教鞭打ち、悪けりゃ……今度こそ奴隷落ちだ。カミュから逃げ切ったから奴隷落ちはない、とは、思う……けど、絶対じゃねぇしな。


 息子にそんなことするかって? するんだよ、あの恐怖の大魔王はよ!

 しかも、多分商業用じゃない。ラングスタ専属だろう。

 そしてやっぱり、間違いなくカミュが出てくる。


 ……つまり、個人的な奴隷契約を好き勝手に重ねてやれるから、俺は一生、抜け出せないようなキッツイ奴隷魔法に縛り上げられる事だろう。いや、契約に縛られるだけならば生易しい。下手したら、カミュによる人格矯正が行われることは間違いない……!


 怖い。冗談抜きで怖いよー!!



 ついついその腕に力を込めれば、抱えていたラズに宥められるように、頭を撫でられてしまう。……うん、ちょっと、落ち着いたような、気が――――――。



「つかぬことを聞こう。ここに、愚息は出入りしているかい?」



 ああああああああああああ!

 ほら! ほらほらほら!!


 無理だよ、やっぱ! 落ち着いてなんていられねぇよ!

 優しく訪ねているからって、お願いシャラさん! 俺を売らないで!

 マジでお願い!! 


「息子さん、ですか?」

「最近追い出した方だ」


 はい! 最近追い出した方って俺ですねぇええ! っつか、追い出されたのは俺くらいですねぇ!! はあい!!


 戸惑ったような声に、親父殿は畳み掛けた。それにああ、と、シャラさんも納得がいってしまったらしい。


「ディオさんですね? さあ……存じ上げません。随分前に来たっきり、お見かけしておりませんが……どうか致しましたか?」


 女神が……! 女神がいた!!

 ヤバい、ちらりと見上げたシャラさんに、後光が見えたような気がした。俺の女神様! ありがとうございます!

 拝んでおこう、拝まなければ!!

 むしろスライディング土下座! あいやはー! 意味わかんねぇ!


「いいや……」


 その答えに、少なからず親父殿は納得してくれたらしい。シャラさんの信用度半端ねぇ!!

 入り口に立つ親父殿は、ふ、と、溜め息を溢していた。


「少々、この辺りで見かけたって話を耳にしてね。どうせあいつの事だ、適当な距離を置いた所にこそこそ隠れて、苦労しながら日銭を稼いでいるんじゃないかと思って探してみたのだが……。どうやら、早とちりだったようだ」


 騙される事なかれ。あれは、息子の身を案じて溢した溜め息ではない。獲物を見失ったかと、落胆に溢している溜め息だ。


 いや、マジで。カミュは露骨に態度に出すが、親父殿はこういうところでは穏やかな人柄を崩さない。

 邪魔をしたね、なんて。優しく言っている声が本当に怖い。


 あの人、本気で二面性もってるから。

 根っからの商売人よろしく、『自分の城』の中では暴君が君臨するから。治外法権しかねぇから。ホント。



 俺……今までよく、虐げられる事なく過ごしてこれたよなあ、なんて。

 追い出されたけど。逃げ出したけど。

 でもある意味こうしていられる事は、本当に幸運な事だったかもしれない。



 ああ、本当に恐ろしい。


 こんなんで、俺、親父殿に金返しに行くとき、ちゃんと向き合うこと出来るのだろうか?

 自分で決めた事ながら、ものすっごく無謀なことをしようとしているんじゃないかって、今更ながら思えてきた。嗚呼(ああ)……。


 冗談抜きで、チビるかと思った。


「兄ちゃん……そんなに()()が怖いなら、僕がもぎってきてあげるのに……」


 うん。まあ、うん。

 こっちも安定して通常運行だわ。


 腕の中の姿をわしゃわしゃと、猫を可愛がるように撫でてやって、気持ちだけ受け取っておこうと思った。


 いや、それダメだからな? 間違いなく街が半壊する。


 やれやれだ……。

 

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