《おまけ》 異世界転移×異世界転移 *
――――とある日。山の麓のギルド前にて――――
「なあ、知っているか? 西側でさ、ダンジョンが見つかったらしいぜ?」
山のような大男は、飛竜の背中の荷物を下しながら、側にいたウサギの獣人の男に噂した。へえ、そんなものがと同意する姿は、そんな噂を真剣に取り合った様子はない。
だが暇つぶしに噂する男たちを他所に、通りがかった茶髪黒目のヒューマンの少年は食いついて声を上げた。
「ダンジョン?! なあ、おっさん! それは本当かよ!」
「んあ? なんだ? お前興味あんのか? よせよせ、ダンジョンの攻略なんて、しんどいだけで割に合わねえぜ? ――――って、え……?」
苦笑してひらひらと手を振っていた手が、がしりと掴まれて驚かない訳がない。
「教えてくれてありがと! ちょっと行ってくる! 俺の冒険の輝かしい一ページを刻みに!!」
「え、おい! ちょ、待……!」
男の静止の声は、既に走り出して小さくなった背中に届く事はない。
「……あーあ、行ってしまったね。どーすんだよダント」
「…………ま、冒険者なら引き際くらいわかるだろ。……放っておこう」
深く溜め息をこぼした男に、獣人は慰めるように肩を叩いた。その姿に、男も疲れたように眉を落として力なく笑う。
「だ、な」
かくして、意気込む少年は走るままに放置されたのだった。
* * *
――――場所は変わって、虹空ダンジョン幼稚園。
幼い声は、神経を統一して微かに俯く背中に呼び掛けた。
「マスター、お客様がいらしたみたいですよ」
「ほっとけ。今は大事なお歌の時間だ」
男はすっと一つ、肺に溜めこむように息を吸う。すると、背筋も自然とピンと伸びていた。肩の力を抜くと同時に、腕の重みが指先一点を叩く力へと変わる。
たくさんの小さなモンスターに囲まれたダンジョンの主は、至って真剣な眼差しで、白と黒の鍵盤に向き合っていた。
今、ポーンと鍵盤が叩かれようとして……。
「ですが、マスター。こちらを見て欲しいのです」
腹心である金髪の幼女によって、それは叶う事はなかった。
「ああ、もう! 何だよリューシュ! 俺の至福の時間を邪魔しないでくれって!」
「でも、この方。この前の方ですよね?」
彼の向き合う鍵盤の間にずいと差し出されたのは、ダンジョンマスターである彼が魔術で再現した、映像を記録し、再生するための魔道具だった。そこに、明らかにここら一帯に住んでいる人種とは異なる、一人の少年が映し出される。
『出て来い、ダンジョンマスター! 俺と闘え! そして俺の英雄譚の肥やしとなれ!』
そんな事を叫びながら広大な森のダンジョン奥深くに走っていく様子に、ダンジョンマスターの男は頭を抱えた。
「あー……」
そういえば、こいつに自分の身分を明かしていなかったと、今更のように思い出す。そして相手をしなくてはいけないのかと思うと、頭が痛かった。
「いい。ほっとけ。その内ここら辺にたどり着くだろうから、そしたら茶でも出しといて」
「はい、かしこまりました」
そして男は、鼻歌と共に鍵盤をたたいた。小さな声の数々が、一斉に歌い出す。
それは、平和なひととき。




